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対峙

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ギルドの応接室に通された俺達は得体の知れない魔物と対峙しているようなもので、この上ない緊張感に包まれていた。

なんせ貴族なんてものと接触するのは完全に想定外でどう振る舞っていいのかてんで分からないのだ。シシーですら押し黙っているのだから、公爵令嬢恐るべしだ。

「あらあら。そんなに私が怖いかしら?一応レガス公爵の長女はモーシャス王国でも指折りの美貌ってことになっているのだけれど、貴方達の表情を見るとドラゴンにでも遭遇したみたいよ」

なるほど。ドラゴンに睨まれたらこんな風になるのかも知れない。しかし、相手がドラゴンであったら後先考えず殴り掛かることも出来る。しかしこの女、オクタビアは別だ。下手な事をすればこのレガス、もしかするとこの国で暮らせなくなるかも知れない。俺とシシーは吸血鬼だけれど、かなりの部分で人間社会に依存している。ダツマは言わずもがなだ。こちらから下手な事をする訳にはいかないのだ。

「オクタビア。そういじめてやるな。ジルとシシーはスラム出身だし、その男、ダツマだったか、だって貴族と話すのは初めてだろう。そういう者達にとっては貴族はドラゴン以上の脅威なのだぞ」

驚いたことに、ルーシーのオクタビアに対する態度は応接室に入るまでと違って非常に砕けたものだった。2人にとってはこちらの方が本来の関係なのかもしれない。

「ルーシーだってスラム出身なのに周囲の目がないと全く私を敬わないわよね」

「当たり前だろ!オクタビアのことはまだ鼻水垂らしているころから知っているんだ。こんなのがモーシャス王国一の美貌だなんだともてはやされているなんて、私からしたら悪い冗談だ」

「あー、言ったな!ルーシー。あなただって今でこそ≪疾風≫なんて言われてるけど、昔はやたら喧嘩っ早いだけの子供だったじゃない」

「その喧嘩っ早い私にいつも守られていたのは誰だ?」

「むっ」

「あの……、すいません。俺達は何でここに呼ばれたのでしょう?」

大分空気がほぐれてきたのでそろそろ切り出すことにした。

「あら、私ったらごめんなさいね。でも悪いのはルーシーなの。許してね」

「オクタビア!」

「ははは、冗談よ。それでね……」

それまでの緩んだ空気が一瞬で変わった。その凍るような雰囲気がオクタビアの美貌を際立たせる。

「あなた達を呼んだ件なんだけど。簡単にいうと、私に力を貸して欲しいの。帝国を打ち破るだけの力を」

「帝国、ですか?」

「この国、モーシャス王国は近い内に北のザンジバアル帝国と戦争になるわ。冬が明けてから帝国は国境付近に兵を展開し続けているの。それに対応するために王国もレガスの北にある要塞に兵を集めている。その中心はレガスの領兵団よ」

「俺達は兵士ではありませんよ」

「ジル、戦争の時に冒険者が領主に雇われて戦うっていうのはよくあることなんだ。通常の依頼の延長だと思ってくれればいい」

ルーシーが補足する。

「なぜ俺達なんです?」

「ふふふ。そーねぇ。それを聞いたらもう断れなくなるけど、いいかしら?」

オクタビアの妖しい笑みに俺はぞっとした。そして確信した。もう俺達に逃げ場なんてないってことを。
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