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まさかの婚約破棄
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「遂に……やったわね!」
激闘の末、魔王は倒れた。人間が魔族に勝利したのだ。
「……はぁはぁ。そうだな、俺達の勝ちだ」
勇者であり、ニース王国の王太子。そして私の婚約者でもあるアベルは聖剣を杖のようにして、辛うじてその身を支えている。
「アベル、大丈夫? 今、傷を癒すわ」
駆け出そうとすると、アベルはサッと手をだして私を制した。
「いや、ユリアの癒しの魔法はいらない」
「遠慮しないで。まだ私は魔力に余裕があるわよ?」
もう一人のパーティーメンバー、賢者エビータがアベルに駆け寄りポーションを飲ませた。
少し回復したのかアベルは真っ直ぐと立ち、聖剣を仕舞う。
その仕草を見て、「あぁ、本当に戦いは終わったのだ」という実感が湧いた。
「さぁ、王国に帰りましょう。もう魔族に怯えることはないと、民に知らせないと。それに、私達の結婚式の準備もしないとね……?」
「……」
あれ……? アベルに反応がない。
アベルとエビータが顔を見合わせる。何かあったのだろうか?
「ユリア、その件だが……」
アベルは視線を下に向けながら、重たい口を開く。
「どうしたの、アベル?」
「君との婚約を破棄したい」
……えっ?
「何を言っているの?」
エビータがさっとアベルの背後に隠れた。アベルの身体を盾にして、こちらを覗き込んでいる。
まるで状況が分からない……。
「考えが変わったんだ。やはり、平民出身の君と結婚することは出来ない」
「ちょっと待って。私が平民なのは最初から知っていたでしょ? それを承知でアベルはプロポーズしてくれたじゃない! それを今更──」
「鈍いわね~。必要だったのは聖女の力よ? 勇者パーティーには強力な癒し手が必須。ただ、過保護な教会がユリアを出し渋るから、アベルは仕方なくプロポーズしたってわけ。あなたのことなんてこれっぽっちも愛していないわ」
エビータがニヤついた顔で言い放つ。
「アベル……! 本当なの……!?」
「あぁ。本当だ。俺が愛しているのは──」
アベルとエビータが見つめ合った。
「──エビータだけだ」
頭が真っ白になる。
なんてことだ。私は、道化ではないか。アベルにプロポーズされて浮かれ、教会の反対を押し切って魔王討伐に参加した過去の自分に平手打ちをしたい。
「アベル。帰りましょう」
「あぁ。早く帰って、王国民に知らせないとな。魔王の討伐と、俺達の婚約を」
「民も安心するでしょう。やはり王妃には高貴な血が必要ですわ」
エビータは公爵令嬢。平民出身の私とは違う。
しかし、納得なんて出来ない。私の心を踏み躙る必要なんてなかった筈だ。
アベルとエビータは「先に馬車へ戻る」と言い残し、魔王の間から出ていった。
力が抜けて、石畳の床にしゃがみ込んだ。
二年にも及ぶ魔王討伐の旅はなんだったのか。これまでの苦労を思うと、全てが馬鹿らしくなる。
もう王国に戻る気力すらない。いっそこの魔王城で生涯をおえようか? という気分になる。
「……ウゥ」
静寂の中に、くぐもった声が響いた。
見ると、血溜まりの中に倒れたままの魔王の指先が微かに動いている。まだ、完全に死んでいたわけではないらしい。
私は立ち上がり、魔王の側へ向かった。そして声をかける。
「もし、私の願いを聞いてくれるなら、貴方の身体を元通りにしてあげるわ」
一瞬間があってから、魔王の指先が二度動いた。これは「了解」の合図だろう。
血溜まりの中に屈み、もう冷たくなりかけている身体に手をかざした。そして全力で魔力を込め、癒しの魔法を発動する。
傷口は見る見るうちに塞がり、身体に熱が戻ってきた。
「話せるかしら?」
「あぁ」
魔王は起き上がり、自分の身体を確かめている。
「聖女の力とは恐ろしいものだな。聖剣で受けた傷まで治してしまうとは……」
「そうね。そんな強力な力だから、アベルも欲しがったのでしょうね……」
魔王が周囲を見渡してから、不思議そうに首を傾げた。
「勇者と賢者が見当たらないが、どういうことだ?」
「簡単に言うと、仲間割れね。二人は私を裏切った。だから、私も仕返しをしないと」
魔王が口角を釣り上げる。
「ハハハッ。これは愉快な展開だな。聖女よ、俺は何をすればいい?」
「手始めに、二人の乗る馬車を業火で包んでもらおうかしら」
バルコニーへ出ると、魔王城の正面に停められた馬車が見える。一応、私が来るのを待っているようだ。客室にいる二人を想像し、怒りがわいてきた。
「やって頂戴」
私の隣に立つ魔王に命じると、その手に禍々しい黒い炎が現れ、放たれる。馬車の客室は一瞬で炎に包まれた。
そして中から人間が二人飛び出す。
「グハハハッ! 見ろよ。勇者と賢者が慌てているぜ!」
「気を引き締めて。奴等、またやって来る筈よ」
「なーに、聖女さえこちらにつけば平気さ。今度こそ返り討ちにしてやる」
この後、私達は見事に勇者と賢者を打ち負かした。命までは取らなかったけれど、二人のプライドはズタズタになった筈だ。
「なぁ、魔王と聖女のペアが実は最強なのではないか? 出来ればこれからも俺と一緒に居て欲しい」
魔王は真面目な顔だ。
「私は平民出身よ?」
「俺は魔族だが?」
二人、顔を見合わせて笑う。
「私、人間の領域を侵略したりするのは嫌よ?」
「分かってないな。俺達魔族は一度も侵略などしたことはない。攻めてきているのは人間達の方だ。向こうが何もしなければ、俺達は静かに暮らすだけだ」
薄々勘づいていたことを、魔王ははっきりと言った。
「私の名前はユリアよ」
「俺の名前はベルバトスだ」
ベルバトスが差し出した手をそっと握った。
その温かい感触に、私は新たな生活を夢見るのだった。
激闘の末、魔王は倒れた。人間が魔族に勝利したのだ。
「……はぁはぁ。そうだな、俺達の勝ちだ」
勇者であり、ニース王国の王太子。そして私の婚約者でもあるアベルは聖剣を杖のようにして、辛うじてその身を支えている。
「アベル、大丈夫? 今、傷を癒すわ」
駆け出そうとすると、アベルはサッと手をだして私を制した。
「いや、ユリアの癒しの魔法はいらない」
「遠慮しないで。まだ私は魔力に余裕があるわよ?」
もう一人のパーティーメンバー、賢者エビータがアベルに駆け寄りポーションを飲ませた。
少し回復したのかアベルは真っ直ぐと立ち、聖剣を仕舞う。
その仕草を見て、「あぁ、本当に戦いは終わったのだ」という実感が湧いた。
「さぁ、王国に帰りましょう。もう魔族に怯えることはないと、民に知らせないと。それに、私達の結婚式の準備もしないとね……?」
「……」
あれ……? アベルに反応がない。
アベルとエビータが顔を見合わせる。何かあったのだろうか?
「ユリア、その件だが……」
アベルは視線を下に向けながら、重たい口を開く。
「どうしたの、アベル?」
「君との婚約を破棄したい」
……えっ?
「何を言っているの?」
エビータがさっとアベルの背後に隠れた。アベルの身体を盾にして、こちらを覗き込んでいる。
まるで状況が分からない……。
「考えが変わったんだ。やはり、平民出身の君と結婚することは出来ない」
「ちょっと待って。私が平民なのは最初から知っていたでしょ? それを承知でアベルはプロポーズしてくれたじゃない! それを今更──」
「鈍いわね~。必要だったのは聖女の力よ? 勇者パーティーには強力な癒し手が必須。ただ、過保護な教会がユリアを出し渋るから、アベルは仕方なくプロポーズしたってわけ。あなたのことなんてこれっぽっちも愛していないわ」
エビータがニヤついた顔で言い放つ。
「アベル……! 本当なの……!?」
「あぁ。本当だ。俺が愛しているのは──」
アベルとエビータが見つめ合った。
「──エビータだけだ」
頭が真っ白になる。
なんてことだ。私は、道化ではないか。アベルにプロポーズされて浮かれ、教会の反対を押し切って魔王討伐に参加した過去の自分に平手打ちをしたい。
「アベル。帰りましょう」
「あぁ。早く帰って、王国民に知らせないとな。魔王の討伐と、俺達の婚約を」
「民も安心するでしょう。やはり王妃には高貴な血が必要ですわ」
エビータは公爵令嬢。平民出身の私とは違う。
しかし、納得なんて出来ない。私の心を踏み躙る必要なんてなかった筈だ。
アベルとエビータは「先に馬車へ戻る」と言い残し、魔王の間から出ていった。
力が抜けて、石畳の床にしゃがみ込んだ。
二年にも及ぶ魔王討伐の旅はなんだったのか。これまでの苦労を思うと、全てが馬鹿らしくなる。
もう王国に戻る気力すらない。いっそこの魔王城で生涯をおえようか? という気分になる。
「……ウゥ」
静寂の中に、くぐもった声が響いた。
見ると、血溜まりの中に倒れたままの魔王の指先が微かに動いている。まだ、完全に死んでいたわけではないらしい。
私は立ち上がり、魔王の側へ向かった。そして声をかける。
「もし、私の願いを聞いてくれるなら、貴方の身体を元通りにしてあげるわ」
一瞬間があってから、魔王の指先が二度動いた。これは「了解」の合図だろう。
血溜まりの中に屈み、もう冷たくなりかけている身体に手をかざした。そして全力で魔力を込め、癒しの魔法を発動する。
傷口は見る見るうちに塞がり、身体に熱が戻ってきた。
「話せるかしら?」
「あぁ」
魔王は起き上がり、自分の身体を確かめている。
「聖女の力とは恐ろしいものだな。聖剣で受けた傷まで治してしまうとは……」
「そうね。そんな強力な力だから、アベルも欲しがったのでしょうね……」
魔王が周囲を見渡してから、不思議そうに首を傾げた。
「勇者と賢者が見当たらないが、どういうことだ?」
「簡単に言うと、仲間割れね。二人は私を裏切った。だから、私も仕返しをしないと」
魔王が口角を釣り上げる。
「ハハハッ。これは愉快な展開だな。聖女よ、俺は何をすればいい?」
「手始めに、二人の乗る馬車を業火で包んでもらおうかしら」
バルコニーへ出ると、魔王城の正面に停められた馬車が見える。一応、私が来るのを待っているようだ。客室にいる二人を想像し、怒りがわいてきた。
「やって頂戴」
私の隣に立つ魔王に命じると、その手に禍々しい黒い炎が現れ、放たれる。馬車の客室は一瞬で炎に包まれた。
そして中から人間が二人飛び出す。
「グハハハッ! 見ろよ。勇者と賢者が慌てているぜ!」
「気を引き締めて。奴等、またやって来る筈よ」
「なーに、聖女さえこちらにつけば平気さ。今度こそ返り討ちにしてやる」
この後、私達は見事に勇者と賢者を打ち負かした。命までは取らなかったけれど、二人のプライドはズタズタになった筈だ。
「なぁ、魔王と聖女のペアが実は最強なのではないか? 出来ればこれからも俺と一緒に居て欲しい」
魔王は真面目な顔だ。
「私は平民出身よ?」
「俺は魔族だが?」
二人、顔を見合わせて笑う。
「私、人間の領域を侵略したりするのは嫌よ?」
「分かってないな。俺達魔族は一度も侵略などしたことはない。攻めてきているのは人間達の方だ。向こうが何もしなければ、俺達は静かに暮らすだけだ」
薄々勘づいていたことを、魔王ははっきりと言った。
「私の名前はユリアよ」
「俺の名前はベルバトスだ」
ベルバトスが差し出した手をそっと握った。
その温かい感触に、私は新たな生活を夢見るのだった。
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