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異世界

転移の棺桶

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「これが【転移】の棺桶ですか」

富沢が興味深そうに呟いた。

集会所には帝国の使者がマジックポーチから取り出した【転移】の棺桶が置かれている。

この棺桶は【転移】の葛籠と同じ、2個で1セットの魔道具だ。一方の棺桶に入って蓋を閉じると、もう一方の棺桶に転移する。そしてもう一方の棺桶が置かれているのは。

「しかし、歴代の皇帝が眠る陵墓に転移するのはあまり気持ちの良いものじゃありませんねぇ」

使者が単独でフィロメオを連れ戻しに来たのはこの棺桶があったからだ。この棺桶があれば一瞬でゲンベルク帝国の帝都へ飛べる。

向こうでは皇帝の側近達がフィロメオの到着を今か今かと待っていることだろう。フィロメオさえいれば他の皇子の陣営を切り崩すことが出来ると本気で思っているのだ。おめでたい。

確かにフィロメオは聡明だ。あと5年もすれば本当に皇帝の器になるかもしれない。しかし今のフィロメオはあまりにも純粋だ。一人で行かせるわけにはいかない。

「おお、パイセン!これが【転移】の棺桶すか!?思ったよりシンプルで小さいっすね!!」

和久津と五条に挟まれてフィロメオがやって来た。どうやら覚悟が決まったようだ。

「お前達、準備はいいな。帝都へはここにいる全員で向かう」

「準備は万端っす!ねえ、五条さん」

「……フィロ君。いいの?」

「……大丈夫です」

フィロメオの決意は固そうだ。

「だが一点問題がある」

皆が富沢の大きな身体を見た。

「な、なんですか皆さん!大丈夫です!大丈夫に決まっています!私は着太りするタイプなんです。実際はそこまで大きくないんですよ?問題なく棺桶にも入れます」

「パイセン。富沢さんは諦めません?」

「富沢はデバファーとして一流だ。俺も身を以って知っている。必ず連れていく」

「サブロー。名案がある。首だけ送ればいい」

ひょっこり姿を現した黛が胸を張って提案した。

「……ほほほ。本気で言ってるから怖いですねぇ」

「案ずるよりだ。富沢。ちょっと入ってみろ」

俺が言うと、富沢は棺桶の蓋を開けて恐る恐る入ろうとした。

「「「「……」」」」

棺桶に横たわろうとするが、その巨体が沈むことはない。

「ふう。惜しいですねぇ」

「全然惜しくないっす!!」

「黛。富沢を削ってくれ」

「アイ・コピー」

黛が大鎌を取り出して構える。

「ちょ、ちょっと待って下さい!少し走って痩せてきますから!!」

「計量前のボクサー!!」

「富沢。そんな時間はない。ポーションならいくらでもあるから大丈夫だ」

「……あの」

五条が控えめに口を開いた。

「……滑りをよくすれば入るのではないかと」

「……やってみる価値はあるな。富沢、服を脱いで石鹸を塗りたくれ。マジックポーチに入っているだろ?」

「えっ、今やるんですか?」

富沢が身震いした。

「当たり前だ。別に下着まで脱ぐ必要はないから早くやれ。こんなことに時間をかけていられない」

「……分かりました。皆さん、ちょっとあっちを向いてて下さい」

富沢に言われて全員が壁の方を向いた。背後から衣擦れの音がする。続いて水をかき混ぜるような音だ。石鹸を塗りたくっているのだろう。

「……では、いきますねぇ」

沈黙が流れる。

「は、入りましたよ!!」

慌てて振り返ると確かに富沢の身体が棺桶に収まっている。

「和久津、蓋を閉めろ!!」

はい!と言いながら和久津が棺桶に蓋をするが、富沢の肉が邪魔で閉まりきらない。

「皆、蓋を押さえるんだ!!」

全員で蓋を押さえると、棺桶が発光を始めた。【転移】が発動したのだ。中から苦しそうな唸り声が聞こえるが、気のせいだろう。

棺桶の発光がおさまってから蓋を開けると、富沢の身体は綺麗さっぱりなくなっていた。【転移】成功だ。

「よし。次は誰がいく?」

俺の問いに誰も応えない。

「……サブロー。この棺桶には入りたくない」

「……あの、私もちょっと嫌かもしれないです」

女性陣が駄々をこねはじめた。

「正直、自分もキツイっす!!」

数々の恥辱にも耐えてきた和久津すら嫌がっている。

「あの、モチ太郎に乗っていくのはどうでしょうか?夜に陵墓に着くようにすれば問題ないと思います」

土地勘のあるフィロメオの提案だ。勝算はあるのだろう。最悪、騒動になっていい。

「予定変更だ!全員、モチ太郎で行くぞ!望月を呼んでくれ」

よし。空の旅だ。
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