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アルフォンス殿下
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「ねぇ、マリア。ノビオ様に婚約破棄されたって噂、本当なの?」
王立魔法学院で授業を受けている間は日常だった。しかし休み時間になり、伯爵令嬢レイチェルの悪戯っぽい一言で全てが壊されてしまう。
「……どうしてそのことを?」
「えーっ! やっぱり本当だったの? マリア可哀想ぅ。あんなにもノビオ様のことを慕っていたのに」
んなことない。あり得ない。そもそも私はノビオなんて昨日まで知らなかったのだから。
「ノビオがなんだっていうのよ!!」
「……マリア。呼び捨てはまずいよー。ノビオ様は王太子なんだから」
「えっ、あんな奴が!? 正気なの!?」
「ちょ、ちょっと! 私まで巻き込むつもり? し、知らないからねっ!」
周囲の視線を気にして後退りし、レイチェルは逃げるように去っていく。静寂の中、一人ぽつんと残された。
ノビオが王太子? 王太子はアルフォンス殿下の筈なのに……。一体全体、何がどうなっているの?
いつまで覚めない悪夢を見ている気分だわ。とても授業を受ける気になれない。
私はサボることを決心し、学院校舎の階段を無心で昇り始めた。
途中、すれ違う貴族の子女達が「ノビオ様に……」「可哀想に……」なんてことを言っていたが、炎の魔法で消し炭にしなかった私はとても辛抱強い。偉いぞマリア。とにかく偉い。
#
校舎の屋上は授業をサボるのには定番の場所で、やさぐれた貴族子女の溜り場になっていた。
しかし今日は誰もいないみたい。ちょうどよかった。
ベンチに腰を下ろして雲一つない空を眺める。私の暗澹たる内面との落差に、世界から見放されたような気分になった。
「はぁぁ。なんなのよ」
全く訳が分からない。私がおかしくなったの? それとも私以外? 周りの様子を見る限り、変なのは私のように思える。
皆はノビオのことを当たり前に知っている。きっと、シズエットのことも知っているのだろう。あんな狂った女が王太子の婚約者ってこと? ヤバすぎる。
ギギギッ。とドアが開き、背を丸めた男が屋上に出てきた。私と同じように暗い雰囲気を醸し出している。
「……アルフォンス殿下?」
こちらを一瞥もせず、すーっと屋上の端まで歩いていく。そして手すりに手を置いてぼんやりと空を眺め始めた。
レイチェル曰く、ノビオが王太子らしい。となるとアルフォンス殿下は一体どのような立場なのだろう? 第一王子から第二王子になっている?
手すりに顎を乗せ、寝そべる様に項垂れるアルフォンス殿下。私の知っている殿下はいつもキリっとして近寄り難いお方だったけれど、今日は違う。
ちょっと話をしてみたい。
そう思ってベンチから立ち上がりゆっくり近づく。殿下は私に一切気付く様子はない。
「アルフォンス殿下」
「ヒッ!」
私の声掛けに身を捩って驚くアルフォンス殿下。そんなに驚かなくてもいいのに……。
「ごめんなさい。驚かせてしまって」
「……はぁはぁ。ふぅー。いや、大丈夫。ちょっと神経質になっているのだ。君は確か侯爵家の……」
「はい。マリアです。ところで、何かあったのですか? いつもの様子とは余りにも違うので、つい声を掛けてしまった次第なのですが……」
「昨日からおかしなことばかりだよ……」
殿下はまた項垂れる。
「それはノビオに関わることでは?」
「……まさか君も!?」
「はい。昨日、気が付いたら東の湖にいて、いきなり現れたノビオに婚約破棄をされました」
「私もだ! 気が付いたら湖の辺りにいて、びしょ濡れの女に婚約破棄をされたんだ!」
「シズエットですね?」
「あぁ。ノビオという輩も現れて私の前で接吻を始める始末。そして何より驚いたのは、私が──」
「王太子の地位を追われていたこと?」
「そうだ! いつの間にか第二王子になっていた!!」
それから二人でベンチに座り、お互いの状況を確認し合った。やはりアルフォンス殿下は私と同じ。昨日まではノビオとシズエットのいない世界に生きていた。
それが急に現れた二人に滅茶苦茶にされたのだ。
「マリア。この世界を元に戻すために協力してくれないか?」
「もちろんですわ。私だってノビオに婚約破棄された女なんて汚名を背負って生きてはいたくありません」
「共に戦おう」
差し出された右手に一瞬ドキッとし、ゆっくりと握手をする。この世界にも味方がいる。その事実が私を安堵させた。
それはきっとアルフォンス殿下も一緒で、少し潤んだ瞳を私は見逃さなかった。
王立魔法学院で授業を受けている間は日常だった。しかし休み時間になり、伯爵令嬢レイチェルの悪戯っぽい一言で全てが壊されてしまう。
「……どうしてそのことを?」
「えーっ! やっぱり本当だったの? マリア可哀想ぅ。あんなにもノビオ様のことを慕っていたのに」
んなことない。あり得ない。そもそも私はノビオなんて昨日まで知らなかったのだから。
「ノビオがなんだっていうのよ!!」
「……マリア。呼び捨てはまずいよー。ノビオ様は王太子なんだから」
「えっ、あんな奴が!? 正気なの!?」
「ちょ、ちょっと! 私まで巻き込むつもり? し、知らないからねっ!」
周囲の視線を気にして後退りし、レイチェルは逃げるように去っていく。静寂の中、一人ぽつんと残された。
ノビオが王太子? 王太子はアルフォンス殿下の筈なのに……。一体全体、何がどうなっているの?
いつまで覚めない悪夢を見ている気分だわ。とても授業を受ける気になれない。
私はサボることを決心し、学院校舎の階段を無心で昇り始めた。
途中、すれ違う貴族の子女達が「ノビオ様に……」「可哀想に……」なんてことを言っていたが、炎の魔法で消し炭にしなかった私はとても辛抱強い。偉いぞマリア。とにかく偉い。
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校舎の屋上は授業をサボるのには定番の場所で、やさぐれた貴族子女の溜り場になっていた。
しかし今日は誰もいないみたい。ちょうどよかった。
ベンチに腰を下ろして雲一つない空を眺める。私の暗澹たる内面との落差に、世界から見放されたような気分になった。
「はぁぁ。なんなのよ」
全く訳が分からない。私がおかしくなったの? それとも私以外? 周りの様子を見る限り、変なのは私のように思える。
皆はノビオのことを当たり前に知っている。きっと、シズエットのことも知っているのだろう。あんな狂った女が王太子の婚約者ってこと? ヤバすぎる。
ギギギッ。とドアが開き、背を丸めた男が屋上に出てきた。私と同じように暗い雰囲気を醸し出している。
「……アルフォンス殿下?」
こちらを一瞥もせず、すーっと屋上の端まで歩いていく。そして手すりに手を置いてぼんやりと空を眺め始めた。
レイチェル曰く、ノビオが王太子らしい。となるとアルフォンス殿下は一体どのような立場なのだろう? 第一王子から第二王子になっている?
手すりに顎を乗せ、寝そべる様に項垂れるアルフォンス殿下。私の知っている殿下はいつもキリっとして近寄り難いお方だったけれど、今日は違う。
ちょっと話をしてみたい。
そう思ってベンチから立ち上がりゆっくり近づく。殿下は私に一切気付く様子はない。
「アルフォンス殿下」
「ヒッ!」
私の声掛けに身を捩って驚くアルフォンス殿下。そんなに驚かなくてもいいのに……。
「ごめんなさい。驚かせてしまって」
「……はぁはぁ。ふぅー。いや、大丈夫。ちょっと神経質になっているのだ。君は確か侯爵家の……」
「はい。マリアです。ところで、何かあったのですか? いつもの様子とは余りにも違うので、つい声を掛けてしまった次第なのですが……」
「昨日からおかしなことばかりだよ……」
殿下はまた項垂れる。
「それはノビオに関わることでは?」
「……まさか君も!?」
「はい。昨日、気が付いたら東の湖にいて、いきなり現れたノビオに婚約破棄をされました」
「私もだ! 気が付いたら湖の辺りにいて、びしょ濡れの女に婚約破棄をされたんだ!」
「シズエットですね?」
「あぁ。ノビオという輩も現れて私の前で接吻を始める始末。そして何より驚いたのは、私が──」
「王太子の地位を追われていたこと?」
「そうだ! いつの間にか第二王子になっていた!!」
それから二人でベンチに座り、お互いの状況を確認し合った。やはりアルフォンス殿下は私と同じ。昨日まではノビオとシズエットのいない世界に生きていた。
それが急に現れた二人に滅茶苦茶にされたのだ。
「マリア。この世界を元に戻すために協力してくれないか?」
「もちろんですわ。私だってノビオに婚約破棄された女なんて汚名を背負って生きてはいたくありません」
「共に戦おう」
差し出された右手に一瞬ドキッとし、ゆっくりと握手をする。この世界にも味方がいる。その事実が私を安堵させた。
それはきっとアルフォンス殿下も一緒で、少し潤んだ瞳を私は見逃さなかった。
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