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東京

閑話その一 世奈

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「お母さん! 温泉汲んで来たよ!!」

 お母さんはいつも手に包帯を巻いている。包帯は毎日替えているけど、赤黒い。皮膚がぼろぼろになるまで掻いてしまうからだ。

「……ごめんね」

 暗い部屋の中でボソリ、呟く。

「謝らないの!」

「……だって」

 赤く炎症した顔を歪める。泣きそうな顔を見ると私も悲しくなるからやめて欲しい……。

 ウチのお母さんは二年前に魔素皮膚炎になった。魔素に皮膚が反応して赤く腫れ上がり、とても痒いらしい。寝ている時はいつもボリボリと掻いている。

「はーい、脱いでくださーい」

 私がそう促すと、お母さんは肌着を脱いで上半身裸になった。

「はーい、拭きますよー」

 手桶に入れた温泉にタオルを浸し、よく絞る。そして、お母さんの背中にポンポンと当てた。蒲田の温泉は魔素皮膚炎に良いらしく、こうやって肌に染み込ますと痒みが収まる。

「あれ、そういえばお父さんは?」

「……」

 どうしよう。お父さんの怪我の話をするとお母さんは悲しむに違いない。自分のせいだと言うだろう。でも、骨折なんてすぐに治るものでもないし……。

「お父さん、怪我しちゃったから医務室に行ってる」

「えっ、何かあったの?」

「……オークに襲われちゃって」

「えっ!」

 背中を向けていたお母さんは勢いよく振り返り、私の肩を掴んだ。

「お父さん、大丈夫なの!?」

「大丈夫! 腕の骨折られただけの軽傷よ!」

「……軽傷」

 オークに襲われて腕の骨折だけで済んだのだから、軽傷じゃないかな?

「それでね、変な男の人に助けてもらったの!」

「変な人?」

「うん! 本人は過去からタイムスリップしてこの時代にやって来たって言ってるの!」

「……そんな人が助けてくれたの?」

 お母さんは首を傾げている。

「私の悲鳴が聞こえたんだって! その人、名前はルーメンって言うんだけど、めちゃくちゃ強いの! 一条院さんと力比べして勝っちゃったんだよ! 凄くない!?」

「……凄いわね」

「そう! 凄いの!! 背が高くてがっしりなんだけど、顔はシュッとしてイケメンなの!!」

「世奈、楽しそうね」

「えっ! そんなことないけど……。でね、その人、虫を食べるんだよ!? 美味しいんだって!! やばくない!?」

「……本当に変な人じゃない。大丈夫なの?」

「えっ、大丈夫だよ! 変だけど大丈夫な人だよ! ルーメンさんは! お父さんにも聞いてみて」

「……そうね。お父さんに聞いてみるわ」

 お母さんは私に背中を向けた。

 私は手桶の温泉にタオルをつけて絞る。魔素皮膚炎、早く良くなれ! そう念じながら、また、ポンポンとお母さんの背中を拭くのだった。
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