側妻になった男の僕。

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鏡の前で、いつもよりキツめにネクタイを締める。そして、制服を着こなせているかを何度も確認し自室を後にする。
廊下を歩いてすぐに厨房へと向かうと、なんだか落ち着きが無いのは皆同じなようだ。
「おい、フリード!!なに突っ立ってんだ。今日はとてつもなく忙しいと言ったはずだぞ!早く準備にかかれ!」
多忙につきイライラがピークに達している料理長は僕にそう怒鳴り散らした。
……少しムカつくが、僕は良質な喝が入った気がして「はい!すみません!」とさっぱりした謝罪を済ませ自分の持ち場である流しに着いた。
僕、ウィル・フリード17歳はこの国の城の厨房における末端の末端の末端の末端……つまりは雑用係だ。普段は皿洗いや厨房の掃除などしか任されない。
元々フリード家はただの一市民に過ぎない平凡な家庭だったのだが、死んだ親父が何故か持ち合わせていたコネで僕はなんとか城で働くことが出来た。……と言っても、まあ『最末端』だけど。
欲を言ってもいいのなら、本来であれば僕だって調理を担当したかった。せっかく国お墨付きの厨房で働けるんだ、と、そう思うが、もちろんそれは夢のまた夢であって叶うことは決してないし、そもそもこんな貴族でもない平凡な平民を前国王が城へ受け入れてくれたこと自体が奇跡なのだ。僕は料理長やその上の人たちに目をつけられないように細々と仕事をするのが精一杯だ。
とりあえず僕は、城で働けている事に感謝しなければいけない。なんて言ったって、城で働き貰える給料は城下町で働くよりも何倍もいいからだ。
「うわっもうこんなにあんのかよ……」
まだ調理が始まって間もないというのに、大きな流し台には大量の調理器具やら皿が積まれていた。
僕は汚れが目立つようにと黒に揃えられたワイシャツの袖を二の腕まで捲り、さっそくスポンジを泡立てた。

・・・

『今日はとてつもなく忙しい』かー。勤務開始から3時間経った今、料理長の言葉が痛いくらいに重く感じる。
あれから僕は、ずっと休む暇も無く流し台に立っている。今まで二人がかりでやっていた仕事なのだが、もう1人の相方が先日クビになっため皿洗いの仕事は僕一人でこなしているのだ。
…… ……しんどい。
なんといっても今日は遠征から国王が帰還する日だ。そのための宴が城で盛大に催されるので厨房は大忙し、と言う訳だ。
物凄い勢いで料理が皿に乗せられ別の部屋へと運ばれていく。
そうこうしている間に料理を帰還した国王と兵士に出し終え、料理人達(僕一人を含む)が宴会場に出る時間が回ってきた。
「全員、手を止めろ!!これから宴会場へと向かう!俺を先頭に並んで着いてこい!」
厨房全体に通る様な声で料理長がそう言った。料理長は、人使いは荒く気性も荒い人だが料理人としてのスペックは完璧でなんとも憎めない。僕は不思議と、命令されてもすんなりと従うことが出来た。
この仕事に就いて2年経つが、実際に宴会場に身を運ぶのはこれが初めてだった。故に、国王を直接で見ることも初めてだった。
宴会場の扉は既に開いていて、先頭に立つ料理長が深くお辞儀をしてから他の料理人達が続いて部屋に入っていった。列の最後尾に位置する僕もやっと入り終えると、大きな二枚扉はバタン!と音を立てて閉まった。
何列も並べられた長いテーブルに……僕とは似ても似つかない、体格の良い兵士たちが座っている。その表情は堂々としていて、男の僕でも素直にかっこいいなと思った。
「……!!」
僕の体から一瞬にしてぶわっと嫌な感じの冷や汗が吹き出した。完全にやらかした。
兵士の列を目で追っているうちに、少し遠くにある俗に言う、お誕生日席に座る国王とコンマ1秒もしない間だが確実に目が合った……いや、合ってしまった。
反射的に、長時間浴びた冷水であかぎれた指先に力が入った。すぐに顔を伏せ、こころの中でやばいやばいやばいやばいやばいと無限に唱える。
僕はあんな鋭く冷たく、射抜くような目を見たのは初めてだった。
威圧的、かつ凛としている。しかも、これも初めて見る純黒と深紅の見事なオッドアイ。昔、親父にアルヴァマー帝国の王家の血を引く者は代々オッドアイなのだと聞いていたが、まさか本当に見ることができるとは思ってもみなかった。
そして、瞳だけではない、あの容姿。
国王から一瞬、ホワイトタイガーを思わせる様な高潔さと洗礼された雰囲気が感じられた。
いつまでも顔を伏せる訳にも行かないので僕はゆっくりと、また視線を正面に戻した。
国王にチラリと一瞬視線を向けると、彼はもう食事を始めていた。
「…… …… ……はぁ……。」
そのことに少し安心し、僕は誰にも気づかれないように小さく安堵のため息をついた。

・・・

昼の宴はなんの問題もなく終わり、次に僕らはすぐに夜の宴の仕込みに追われていた。
そして、言い忘れていたが僕にも厨房に1人くらい友達はいる。……1人くらいは。
「あ、バラード!!お前遅いぞ!」
「ははっ仕入れ、中々手こずっちまってよ。……おっ流しはやっぱ大変そうだな。手伝うよ。」
僕の唯一の友達、バラード・シュナイダーは仕入れ兼雑務係だ。
元々は商人で、バラードの持つ人脈は結構広く、バラードの名を知った貴族が料理長に彼の話をしたところ、人柄とその人脈の広さを買われ、はるばる西の街から厨房へやってきたらしい。
「ウィル、お前初めての宴だっただろ。どうだった?」
金属で出来たボウルを手に取り、大まかな汚れを水で洗い流しながら僕に聞く。
「なんか、会場もデカくてすごい壮大だったよ。」
「国王はどうだった?初めてみただろ?あの引き締まった感じ、俺は怖くて近付けねえよ~ははは!」
僕はギクッとし、小鍋を流しへ落としてしまった。……あえて国王のことには触れずに返したのに……。
「…… ……ウィル、お前なんかしたのか……?」
僕がこんなに分かりやすく反応してしまえば、バラードがなんとなく困惑するのも無理がないと思った。
なんとか仕込みや片付けを終え、夜の宴が無事始まった。
夜の宴は昼のピリピリと緊張した空気が漂うことなく、花火が上がり、祭りのような雰囲気の中で行われた。
料理人たちも夜の宴は自由行動の許可が降りていて、僕は仕事からの解放感に浸っている。
「それで?国王となんかあったって?」
バラードが自分の分と僕の分の飲み物を取ってきてくれた。
ありがとう、と受け取りふたりで厨房のある棟のバルコニーから花火と夜空を見上げた。
「…… ……大袈裟かもしれないけど……」
「おう。」
バラードは軽く相槌を打って飲み物に口を付ける。
「…… 」
「なんだよ、勿体ぶらないで言えよ。」
「…… …… ……今日の昼間に国王と目があったんだよ。偶然じゃない、国王は僕を獲物を捕える時みたいな眼差しでこっちを見ていた。情けないけど、正直怖かったんだ。」
僕は全部言い終えてから、目が合ったくらいでへこたれんな!とバラードが笑って肩を叩いてくれる、いつもの冗談じみた笑顔を期待し、しかしなかなかアクションを起こさないバラードの顔を覗き込んだ。
「な、なんだよその顔。」
それは僕の見たことの無い顔だった。なんとも言えない、苦虫を噛み潰したような、哀れみ心配するような顔だった。
「お前……死ぬかもな。」
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