側妻になった男の僕。

selen

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#4

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「国王!!!!」
王室に響き渡るような声の大きさで僕はめいいっぱい叫ぶ。

僕は男です!!!!!!!

なんて意味不明な叫びなんだろう。と、しんどい既視感と共に僕は思った。
大体、僕はそんなに女っぽいのか?
僕の身長は172センチ。男の身長業界では小柄な方かも知れないけど、女の子にしてみればかなりでかい。(方だと勝手に思っている)……190センチ近くあるバラードと並んでいるとよくかわいい彼女さんね、なんてパン屋のおばちゃんに言われたことを思い出した。それにバラードが乗っかって、そうそう、可愛いでしょ、なんて言うもんだからあの時も「僕は男だ!」なんて情けない叫び声を上げた気がする。
そんな嫌な思い出に続いて、宴の時に楽しそうに食事をしていた兵士達の体格がふと脳裏を過ぎった。
トレーニングを重ねた(でであろう)厚い胸板、太い腕、がっしりとした足腰……それに比べて僕は……。良くいえば華奢、悪く言えばヒョロヒョロだ。今になって鍛えよう、なんで思った。
散髪する時もあまり短すぎると落ち着かない感じがするから、散髪屋のおじさんにいつも「あんまり短くしないで下さい」とお願いしている。髪質は猫っ毛でまあまあストレート。先月切りに行った時に、伸ばしたら綺麗な髪になるかもなと言われた。それに対し僕は、断固変わらぬ意思で「絶対に延ばしません。」と言った。
もしかしたら僕は女装すれば、いい線行くのかもしれない(?)。
そんなくだらない回想が頭の中をぐるぐると回っているうちに、国王がこういった。
「男、だと……?」
「え…… ……?」
嘘だ。やっぱり僕今の今まで女だと思われてたのか?それはそれで……かなりショックだ。
「そんなことはもうとっくに分かっているが?」
まるで、僕がおかしなことを言って いて、国王は「何言ってんだこいつ。」とも言わんばかりの眉間へのシワの寄せ方と、少し軽蔑のような負の感情を込めるように僕を見つめた。
「わ、分かってるって、そんな……。では、なぜ男の僕を側妻に……?」
「少し黙れ。」
髪の隙間から覗く深紅の左目がギロっと僕を睨みつける。
理不尽に咎められた時の様な、不安感と焦燥感、恐怖に包まれた。
僕はビクッと身体を振るわせた。……一国の国王を相手にすこしばかり、喋りすぎたのかもしれない。
「……申し訳ございません……。」
ルイス国王は引き出しから書類の束を取り出した。そして、ペラリと1ページ捲る。
「順を追って話してやるからよく聞け。まず、ウィル。お前は今日限りで厨房の勤務員を解雇とする。」
「はあ…… ……え?」
ルイス国王、いまサラッと凄いことを言ったぞ。
「次に、明日からお前はこの中央棟に住居を移せ。」
頭の中にものすごい量の情報が溢れかえる。解雇?明日から僕の住居はここ?な、なんなんだ?!
「あ、あの……ルイス国王、ひとつだけよろしいでしょうか……。」
「なんだ、ウィル。」
国王にファーストネームで呼ばれることにこの上ない違和感を覚えながら、質問を続けた。
「僕は何故として中央棟での勤務しなければならないのでしょうか……。第一僕は子供を産めない。なのにどうして……。」
「どうでもいいんだよ。子供なんて。」
どうでもいいとは、どういうことだ?より良い子孫を残す為にあんなに沢山の側妻を身の元に置いているんじゃないのか……?!
「……以外だ。お前が私にそのような質問をすると思わなかったな。お前はただ黙って何もわからぬまま俺に従うような男だと思っていたんだが……。あの日の宴の時はよくも目を逸らしてくれたというのにな?」
僕はすっかりその事を忘れていて、今更ぎくっとする。目が泳ぎまくっているのが自分でもわかる。「ふん、まあその件のことはもう良い。」
ルイス国王は音もなく僕の頬に手を伸ばした。手から国王の体温は感じられなかった。
そして、僕と同じ高さくらいの目線になるように国王は上半身を屈ませた。
「何故男であるお前を側妻にしたか、だって?そんなことは決まっている。」
穏やかな空調からゆったりとした生暖かい風が吹く。それに、ルイス国王の長めの前髪がなびき、隠れていた純黒の右目も露わになった。
「従者は城に勤めているだけであって、交際、結婚は自由だ。それに相反して側妻という身分のものは……もちろん王の側室であり、仮にも妻である。
したがって、側妻に任命されたお前にはもうほかの誰とも交際、結婚することは断じて許されない。法律でそう決まっているからな。
つまり……何がいいたいか分かるか?」

「私の側妻である限りお前には恋愛の自由は無い。私が死んでも、お前が死ぬまでだ。」

・・・

「お疲れ様でございました。また明日、お待ちしております。」
僕を見送りに門まで一緒に降りてきたヘルツシュさんは、子犬のように撫でるように優しく僕の頭を撫でた。
「今日はありがとうございました。それでは、また明日。」
僕もヘルツシュさんも一礼してから、背を向けて歩き出した。
あんなに僕の人生をめちゃくちゃにされるような事を言われたのに、なんだか僕の頭は妙に冴えていた。
「要は、僕を所有物にしたいってことか……?」
それにしても、あのルイス国王に自分の意見を言ってしまうなんて……色々、感覚が麻痺していたんだ。きっと。
これからどうするかな、と、22時を少しすぎた静かな路地裏を通って僕の古い木造の家に帰った。
さっきまで、キラキラと輝く家具に囲まれていたからいつもより貧乏臭く感じる。
切れ掛けの電球を付け、家の鍵をテーブルに置いた。家には妹の部屋がまだ残っているけど僕は明日からこの家は使わない。だから、妹に鍵を送るために包み紙で鍵と、ちょっとした手紙を挟んだ。
もう大分夜が深いのにドンドンドン!!!と僕の家の扉が叩かれた。
「はい……あ、バラード……うわ!!」
扉開けるなりいきなり抱きつかれた。謎に丁度いい(悔しい)体格差で僕はすっぽりとバラードの腕の中に収まってしまった。
「お前、今日限りで解雇って料理長が言ってたけど……どうしたんだよ?!」
「えっと……。」
説明しようとしたけど、事のスケールが壮大すぎて僕がどこから話せばいいかとたじろいでいると、とりあえず中に入れさせろ、と強引にバラードは家に入った。
「おい……鍵、セレンに送るのかよ。」
テーブルに包みかけにされている鍵と、僕が妹宛にかいたちょっとした手紙を見てそう言った。……たしかに、友達が急に引っ越そう(?)としていたら驚くだろうな。
「ちゃんと話してくれ……。俺、お前ともう会えないなんて嫌だ!!」
僕はこんなに余裕がないバラードは初めて見た。ルイス国王と話している時は僕が慌てまくって余裕が無かったのに、今度はその逆だ。
「バラード、落ち着いて。ちゃんと話すから。」
なんとかなだめて、若干涙目なバラードをテーブルと対になっている椅子に座らせた。
「僕、厨房棟は辞めるけど、その代わり中央棟で働くことになったんだ。」
一番無難でシンプルに伝えられたつもりだ。バラードが冗談で言った「側妻に見受けられかも」……なんてことが本当に事実になってしまったなんて、口が裂けても言えない。
「なんで、お前なんだよ。料理人なんて他に腐るほどいるだろ……。」
バラードからはいつものにこやかで爽やかな雰囲気はどこからも感じられなかった。今はネガティブ。ネガティブの具現化したような男になっている。
それと同時に、僕はバラードにこんなに好かれていたんだな、と嬉しいような寂しいような複雑な気持ちになった。
「でもさ、バラード。僕達これから一生会えないわけじゃないよ。」
嘘は言っていないはずなのに……僕はバラードに嘘を付いているような気分になった。
今後僕の身分は国王の側妻だ。勝手に城を抜けて、平民と遊び歩くことなんて可能なのだろうか?
「そっか……。そうだよな。」
バラードの顔には少しづつ笑顔が戻っていくのが分かる。
「俺さ。」
「何?」
「お前のことさ。」
「うん。」
少しずれた時計の秒針がカチカチと響く。
バラードと出会ったのは、丁度2年前だ。なんだか、最後の別れみたいで悲しみがじわじわと込み上げてきた。
「俺、お前の事好きなんだ。」
柔らかくて、すこしばかり幼さのようなものを含んだバラードの笑顔が僕に向けられた。
「うん、僕もバラードのとこ好きだよ。」
素直な気持ちでそう言った。
バラードは目を見開いてから、「そっか、ありがとな。」といって僕の頭をぐちゃぐちゃになるまで両手で撫で回した。それはなんだかヘルツシュさんを思い出させた。
それから談笑しながら大きな通りまでバラードを送った。
帰り際にバラードはこう言った。
「……お前はそれでいいと思うよ。」
「……うん……?」
僕はよく分からぬまま曖昧な返事をした。
それから、彼の姿が完全に見えなくなるまで手を振った。それからまた来た道を折り返して家へ帰って行った。
そういえば、バラードの顔が赤かった。僕はさっきちょっとだけ泣いていたからだと思っていた。
「……。」
何故かルイス国王の顔が浮かんだ。
僕の恋愛の自由を剥奪するために側妻にした。
交際も結婚も許されない側妻の身。

『 俺、お前のこと好きなんだ。』

「あれ?」
霧がかかったように最終的な結末はうやむやになって、全貌は見えていないけど……。
どこかで話が繋がった気がした。
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