2 / 8
私の妻は女神様 黄金の日々 妻専用の便器を護り抜く為に
私の妻は女神様 ―黄金の日々―
妻専器を守り抜くために
佐竹 治憲
私達夫婦関係の変遷を書いてみます。私たちは某県の県庁所在地に住んでおります。
私は30代後半、妻とは10歳離れていて、結婚5年目です。 妻は私がオートバイの事故で入院していた病院の医療スタッフで、私が一目惚れして、やっと口説き落として、結婚に至りました。
私は天にも昇る気持ちで、妻をお姫様扱いしてきたこともあり、子作りは後回しになっていました。
私は男子校から大学は工学部に進み、現在技師をしており、仕事は充実しているものの、女性関係はからっきしで、ソープランドで筆おろしし、それからも風俗のお世話になるばかりでした。
一方妻は見事なボディにすっとした清楚な顔貌で、あまり話はしませんが、相当もてただろうと思います。結婚前の男性関係は語らずともおおよそ想像がつきます。一般女性とのセックスに自信がなかったので、行きつけのソープランドの女性に事情を話して、特訓をしてもらいました。
風俗しか知らない男は女性の服の脱がせ方すら知らないのでした。
そのソープ嬢からは、相手が処女でないなら、すぐに奥手がばれてしまうから、下手に取り繕わない方が良いこと、はっきり言ってかなりお粗末なお道具なので、挿入以外で盛り上げること、セックス以外で喜ばせた方が無難ということなど次々と矢が心に突き刺さるようなストレートかつありがたい忠告をもらいました。
あともう一つ、
「あなた変態なんだから、最初から彼女にあんなこと、こんなことしたらダメよ」
と釘を刺されました。
「あんなこと、こんなこと、かあ、、、」
結婚してからも時々は遊びに来てねと見送られました。
結婚して3年間は、週末妻とあちこち遊びに出て、夢のような日々でした。着飾ると妻の美貌は思わずひれ伏してしまいそうになるほどで、それを自制するのがやっとで、夜勤の際の仮眠のベッドで、妻を思ってマスに励んだものでした。もちろん妻にも相手してもらってはいたのですが、長年の習慣で、手で射精することになれてしまっていて、妻を思いながら果ててしまう方が、なんだか自分らしいような気がしていました。
そんな調子で、なかなか子供できなかったので、妻は医療職ということもあってか、その辺の気遣いをみせてくれ、あれこれ二人で頑張っていました。でも時々けんかしたときや不機嫌なときには、ずいぶん責められました。怒った表情も好きなので、ついついにやけてしまうと真剣さが足りないと更に叱られました。
あるとき思いきって、足こきをお願いしてみたところ、初めは驚いて、そんな乱暴なことはできないと言われましたが、私のものを足の趾で挟んで、上下し、強くひねってみたりして、私が興奮しているのをみて、踏みつけからかき回すように強く刺激してもらうとあっという間に射精してしまいました。
「こんなことでいっちゃうんだ」
足の趾で更に絞り出すようにし、
「足、ベッタベタになっちゃった」
その言葉の裏には「これどうしてくれるのよ」と迫るような目線を感じました。妻は足底を私の胸に当てて、こそぎ落とすようにしたので、嫌がるような仕草を見せたところ、妻から驚きの言葉を受けました。
「自分のでしょ」
妻がそんなことを言うとは思いもかけなかったのですが、ずっと妻に隠してきた性癖が一気に燃え出しました。
でも素直でない私は、敢えて拒否の姿勢をみせて、妻の次の反応をみてみたいと思ったのです。
「なにバカ言ってんの。早く拭きなよ」
いつもそんな荒っぽい言葉は使わず、敬語を使うことさえあるのに故意にぶっきらぼうに言ってみると
「なにそれ、ふざけてるの」
と私のふてぶてしい態度に怒りが湧いたようでした。
いつ見ても妻の怒った顔は美しいです。
「じゃ、どうすればいいの?」
と、もう少し引っ張ってみました。
「自分で考えてよ」
少し妻のトーンが下がってきたので、慌てて
「ちゃんと命令していただかないとできません」
いつもの口調で、返してみました。
「なんていうのよ」
ちょっと気が引けましたが、勇気を出しました。
「私の足をきれいにお舐め!、って言って」
呆れたように妻は応じてくれました。
「舐めてちょうだい」
引っ張りすぎはまずいので、妻の足を心を込めて舐め始めました。
足底に舌を這わせるとくすぐったさに体をよじりましたが嫌がる様子はなく、趾を口に含んで、舐め上げていくと私を興味深そうに見下ろしていました。妻の表情が段々不安に変わっていくのが分かりました。
「ありがとうございました」
と言ってみました。
妻はかなり引いてしまって、片足ケンケンして、浴室に入っていきました。
次の言葉をいろいろ用意していたのですが、戻ってくると案外平気そうに見えたので、
「足を舐めさせてくれてありがとうございます」
と言ってみました。
足舐めを強い愛情表現と受け取ってもらえたことがうれしくて、私の要求はエスカレートし、手で口と鼻を押さえて、息詰めをしてもらったり、胸や腹を手で押さえつけてもらったりしていました。
妻の誕生日にはたくさんの贈り物をして、おしゃれして、食事にも出かけました。私にとっては、美しい妻が更に磨きをかけていると心からうれしく、また贈り物のハイヒールが増えるとそれだけ私の楽しみも増えるわけで、正にWin-Winの関係でした。
私には使用後の妻の履いたハイヒールを磨き上げることがこの上ない喜びだったのです。
妻の不在時に底面までなめ回してから、磨き上げると怪しく輝き、ふと私は寝転んで、ハイヒールを手に取って自分の顔に乗せてみました。
頭の中には妻の足が見え、冷たい目で私を見下ろしています。
「もっと踏みつけてやる、この変態」
「1日履いたヒールの底を丁寧に舐めるのよ」
「おまえは私の踏み台がお似合いよ」
「ほら、顔に乗ってやるよ」
「耐えられたらもっとご褒美をやるよ」
妄想は膨らみます。
ご褒美とは、顔をヒールで踏みつけられてから、跨いで立って頂き、妻のお聖水を浴びることでした。
そんなことを考えていたら、股間が熱くなりました。
妻は私の膨れ上がる妄想などきっと知るはずもなく、大好きなハイヒールが増えていくことを素直に喜んでくれたと思います。
私は月に数回の夜勤があり、妻は不規則勤務です。
共働きということで、家事を二人で分担していましたが、私は自炊生活が長かったので、炊事でも何でもできたこと、妻にはあまり所帯じみて欲しくなかったこともあり、7:3か8:2くらいで、担っていました。
元々苦にならないというのは表向きで、実際には妻の下着まで洗濯できること、もちろん洗濯前に妻のエキスをすべて舐めとり、吸い取ってからで、さらにはハイヒール磨きも家事としてできるからにほかなりません。
丁寧に洗濯し、靴もピカピカなら、妻も上機嫌ですから、本当に幸せでした。その流れで、家事の全てを行うことが当たり前になっていきました。
私は朝早く起きて、妻が起きる前に食事の用意をしておきます。
私は先に簡単な朝食を済ませて、妻が出かけるまでのお世話に注力します。
妻を無事送り出してから、私はトイレにはいります。
そこで用を足すようなことは絶対にありません。
結婚生活が始まって、妻への強い思いが更に募り、さらには自分でも変態的と思うまで愛情が湧いてきて、妻と共用するのはできるだけ避けようと考えるようになり、節水型に変えるからと告げて、便器を新品に入れ替えました。それ以降私は自宅のトイレを使わなくなったのです。
妻以外に使われたくないので、客人はまず呼ぶことはなく、以前妻の同僚が遊びに来られ、かなりきれいな女性だったのですが、どうしても混ざってしまうのが我慢できず、妻には内緒で同型の新品の便器に交換したことがありました。それくらい徹底していたのです。
ということで、朝起きたら、すぐにトレイ掃除をします。
念入りに新品同様に、洗剤など使わずに便器を磨き上げておきます。
朝食前か出勤前に妻はトイレに入ります。
トイレに妻の残り香はまずありませんが、まず妻のお尻が直に触れたであろう便座を丁寧に舐め上げ、それから妻のお聖水をじかに受けたであろう内面を顔を差し込んで舐めていきます。便器の内側はすべて丁寧に舌で磨き上げます。最後にトラップに貯まった水を犬のように舌ですくい取り、残りはストローで吸い上げます。
これが私の朝の至高のドリンクです。
時には、妻のトイレの時間が長いことがあり、そんな時は妻の残した黄金のかけら、痕跡でも見つけられないかさらに慎重に念を入れて、舌を使います。トイレの蓋の裏側を舐め上げて私の朝の家事が完了します。
妻との性生活は妻から強めと言いますか、やや攻撃的な扱いを受け、私は全身舌奉仕をお返しします。私が窒息しそうになるのを見て楽しむようになり、手で鼻と口を覆ったり、胸に両手を当てて、私が息を吐くと力を込めてきて、体重までかけて、息を吸えないようにしてきます。私の危機的な状況を見て、気を失いそうになる寸前で、解放していただきました。
乗って欲しいとお願いしたところ、胸や腹部に跨がってくれ、本当はそのまま顔に乗って欲しかったのですが、多分嫌がられるでしょうから、我慢していました。全身舌奉仕は乳房から両脇、胸部から臍部まで、それから太股、下腿、足背、足趾と丁寧に舐め下りていき、足底は仰臥位だと舐めにくいので、腹臥位になっていただき、身をよじってくすぐったがるのを感じながら、頬を当て、額を当て、それから舐めていきます。脹ら脛から、太股の裏側に舐めあがり、お尻の双丘に吸い付きます。そうしていると妻が少しまたを開き加減にしてくれるので、顔をお尻の双丘の谷間に深く埋めて、鼻をお尻の穴に押し当てて、舌を伸ばして、前の方を刺激していきます。めったにお尻の匂いなどかげませんが、ごくまれに酸っぱいような饐えた臭いが漏れてきて、私には妻の奴隷として生きていく覚悟のようなものを再確認できて、幸せでした。お尻への舌奉仕は初めのうちはくすぐったがって、すぐに逃げてしまっていたのですが、丁寧に皺に沿って、舌先を這わすと受け入れてもらえるようになりました。一気に吸い付いて、人間バキュームになりたい衝動を何とか抑えていました。朝までお尻に吸い付いていたい気もしますが、腰から背中からうなじまで上っていきます。
前戯だけで95%位のエネルギーを使ってしまうので、妻を征服するようなセックスにはほど遠かったと思います。
6月、その年の私の誕生日の朝、夕食は自宅で私はいつもより手をかけて食事を作り、祝うことになっていて、妻もなんだかうれしそうでした。
妻を送り出してから、トイレに入ったところ、いつもと様子が違い、便器の蓋が開いたままで、トラップには透明な水ではなく、濃い黄色の泡だったものが貯まっていました。
顔を近づけてみると生臭いような少しツンとした匂いもして、間違いなく妻の聖水と確信して、トラップに舌をつけてみました。便器を舐める前にトラップ内の琥珀色の液体をストローですべて吸い上げました。
なんだか体中に素晴らしい燃料が注ぎ込まれた気がしました。
自分の出勤時間まで、時間が吊す限り、便器をなめ回し、妻の聖水を1分子も残さないように自分の体内に納めました。
その日は体がほてり、股間はずっと熱いままで、頭に持ちが上り、仕事を何とか片付けていました。
それにしてもどうして妻はフラッシュもせず、蓋もしないで、トイレから出たのでしょうか。
それでほど急ぐ様子もなかったですし、気分的な動揺や言動の変化も気づきませんでした。いずれにせよ妻から最高のプレゼントを頂いたので、食材とスパークリングワインを買い、早めに帰って料理をしていました。
妻が帰宅し、自分の誕生日ではあったのですが、妻のために買ったドレスを着てもらい、二人で食事をしました。妻がきれいでいてくれることが私にとっては一番のプレゼントです。
妻から私へのプレゼントも頂き、目の前で開けるように言われました。
私の趣味であるカメラか釣り道具かなと思っていたところ、なんと首輪でした。犬を飼うと言うことかと思い、顔を上げて妻を見つめたところ、妻は首輪を手に取り、立ち上がると私の首にまわして、留めました。
巻き取り式のリードも入っていて、それも首輪につけられました。
「ぴったりね」
私は言葉もなく、顔を真っ赤にしてうつむきました。
「ほら、犬らしくしないと」
床に犬の姿勢になると妻はリードを引いて、室内を歩き出しました。
「伏せ」
「お回り」
「ちんちん」
一通り飼い犬の躾動作をしてから、四つん這いの背に妻が座りました。
「あなたのパソコン見ちゃった」
さっと血の気が引くような気がし、ビクンとしたのが妻にも伝わったことと思います。
「ちょっとだけ調べたいことがあって、借りたのよ」
いつか話さなければと思いながらも、捨てられるのが怖くて、ごまかしながら暮らしてきたことを打ち明けました。
「もっと早く教えて欲しかった」
一人の女性として心から愛していること、少し強めに接して欲しい、家事は8:2ではなく、10:0で自分がすること、これから1日24時間、週7日間ずっとお仕えすることを誓いました。
「これまでと変わらないんじゃない?」
と言われ、私の心情では結婚以来妻の奴隷として生きてきたつもりなので、私にはもちろんブレはありませんが、妻に私を隷従させている意識を抱いてほしいということです。
今日は首輪をして、リードを持ってもらっているけれども、いつも見えない首輪と見えないリードを握っていて欲しいと願いました。
それから私のパソコンをテレビにつなぎ、画像やビデオを妻に見てもらいました。
「パソコン開いたら、女がオシッコてる写真が出て、びっくりしたのよ」
、、、
「オシッコしてるところ見たいんじゃなくて、飲ませてるね」
、、、
「あなたもオシッコ飲んだことあるの?}
、、、
「ないの?」
、、、
「私のをどう思うかなと思って、そのままにしたのよ」
、、、
「私もとっても恥ずかしいのよ」
妻にトイレは妻専用だったこと、毎日トイレのトラップは全部飲んでいたことまで話しました。
妻は驚きながらも、やはりねという感じでした。
その晩は、首輪とリードをつけたまま、妻の眠るベッドに固定され、フローリングで休みました。
翌朝、いつものように早起きして、朝食を作りました。私はあえて何も食べずに妻が起きてくるのを待っていました。
トイレの掃除はいつも通りしておきました。
でも昨日までとは違って、妻が起きてくるとまず、私は妻の便器になりました。床に寝て口を開けると、妻は私の顔の上に跨ってオ○ッコをします。
終わったら、滴をトイレットペーパー代わりに私の舌で舐めとりました。
一連の動作にためらいが一切なく、妻は口に聖水を注ぐのに慣れていると感じました。
妻が食事をしている間、私は横に立っていました。妻の指示で、床に這いつくばると妻の食べ終わった皿を床に置き、素足で踏み潰して足で混ぜたものを頂きました。時間が迫っていたので、急いで妻の足を口と舌できれいにし、後はタオルで拭き上げました。
妻は早番でなければ、7時に家を出ます。妻から命じられたわけではありませんが、私からのあいさつとして、出かける妻の足もとに土下座して、ハイヒールのつま先にキスをしました。
今日は使われなかったトイレ、真っ白な便器をみていると同胞と思えて、抱きしめたくなりました。
「これからは私が担うから安心してくれ!」
とでも言っておきましょう。
夏はキャンプによく出かけました。
ワイルドになった妻はドレスとは違った魅力に溢れ、私は見とれながら、せっせとグリルで食事を作りました。
ずっと首輪をつけているとずっとこのままもいいような気がしますが、買い出しの時は相手の反応がかなり気になるもので、ヒールの高いサンダルを履いた妻と並ぶと見る人が見れば、SMカップルと受け取られたかもしれません。変なカップルには違いないのですが、とても恥ずかしいです。
夕方食事の際にはリードをつけられ、妻はクーラーにかけ、私は地面に座って頂きました。ほかのテントとはまあまあ距離を開けていますが、見えないことはないので、異様に映ったかもしれません。
早く日が暮れないかな思いながら、妻がリードを牽いて散歩に行きたそうにしているのを恐れながらみていました。牽かれたらもちろんない尻尾を振ってついて行かなければなりません。たくさんビールを飲んでは、その分私の胃に収まることになり、私も酔ってきます。妻は外出中も自宅でも聖水はすべて私の口に注ぐので、普通のカップルで言うと手をつなぐような感覚になってしまいました。薄暗くなってから、周囲に子供の目がないのを十分確認してから、リードに牽かれて散歩に出ました。
9月、妻の誕生日、私は休暇を取りました。
妻は夜勤明けで午前10時前に疲れて帰宅しました。
土下座して、足のキスをしてお迎えし、妻はシャワーを浴びに行きました。
体を拭き上げ、足を揉んでいるとすぐに眠りについたので、私は家事を控え、買い物に出かけました。前から妻が欲しがっていたブランドもののハイヒールと結構高価なドレスを注文していた店に取りに行き、食材もいつもより多めに買い、最後に頼んでいたケーキを持って帰宅しました。
多分妻が起きるのは15時頃と読んで、静かに調理を始めました。
妻が喜んでくれるのではないかと思うと料理をつくのもとても幸せです。
家事を音を立てずに終えて、私はガレージに向かいました。
この日のためにいろいろ準備していたのです。
二人の休みが重なる日は私は終日奴隷になれるので、ほとんど犬のように扱って頂きました。リードでつながれるのは、心情的な結びつき以上に結束力を感じます。妻からは、もっと犬らしく暮らせるようにしようと提案を受け、犬用のケージ、餌皿、餌ボウルなどペットショップで買い求めてきたのです。上に乗れるような頑丈なケージは犬用ではなく、その手のショップで求めるしかないようで、今回はあくまでも室内飼育犬としての装備になります。犬の気持ちになって考えると言っても飼育した経験がなく、犬の生態が分かりません。ケージに入って寝られるものなのか、妻が喜んでくれるのかがとても気がかりでした。
14時過ぎに妻が起きるのを感じ、寝室まで行くと妻は立ったまま、跪いた私の口に聖水を注ぎました。朝帰宅時に頂けるのかと思っていたので、今頂けるのも織り込み済みで、ただ、シャワールームではないので、絶対にこぼしたりはできない事が緊張感を呼びました。私の口に用を足したのにそのままトイレに入り、私はトイレの前に正座していました。
真っ白な便器に対して、これからは自分がと言ったものの、妻のトイレとしてすべてを受け入れられるのかは、現実には全く分かりませんでした。
私を室内犬にするアイデアは実は私が妻にみせた画像に由来するのですが、妻に私のパソコンをみられてからは、故意に妻に情報提供するがごとく、怪しい画像を提示してきました。調子に乗って、黄金のシーンも見えるようにしていたので、多分妻は確認済みでしょう。
実行するかどうかはもちろん妻にすべてお任せではありますが、私が提示したようなものですから、妻が前向きに考えても不思議ではありません。
それなのに全然期待に応えられないとなると妻の誕生日という特別な日に大失態をやらかすことになります。
トイレの前で正座して待っていなさい、などとは言われてはいないのですが、こうするのが室内犬奴隷として当然でしょう。
妻が出てきて、そのまま何事もなかったように素通りするのか、それとも黄金の画像みたいな事になるのか、心臓がバクバクしていました。
フラッシュ音がして、しばらくしてドアが開きました。
妻がお尻をむき出しにして、私に向けてくるのではないかと思っていましたが、普通に身繕いをしていて、正座したまま見上げた私と目が合うと微笑みました。
「あなたのトイレ掃除をみせてちょうだい」
便器の蓋を開けると少し匂いがたちました。
ちらっと妻の顔を見上げるとやはり微笑んでいました。
さすがにドン引きされて、捨てられてしまうのではないかといつもの潜在的な不安感がもたげてきます。
でももうトイレ掃除の件をお伝えしましたし、聖水も直に飲ませて頂きましたから、隠すことなどないと考えることにしました。
いつもの手順に従い、妻のお尻を直に受け止めた便座を丁寧に舐め上げ、便座を上げてから、中に顔を差し入れて、聖水を受け止めたであろう前面に舌を這わせ、便器の縁から内面まですべてきれいにしていきます。
それからトイレットペーパーを入れている棚からタピオカドリンクで使用する太いストローを出し、まずは顔を突っ込んでトラップの水を舌ですくい取ってから、ストローで吸い上げました。
全部飲んでトラップが空になると便座の裏側、便器の蓋の内側を舐めてきれいにし、蓋を閉めておしまいです。
任務遂行はいいですが、怖くて顔を上げられませんでした。
「汚くないの?」
妻が心配そうに小さな声で言いました。
「毎日きれいに洗っているし、このトイレは一名限定の専用だから」
妻は驚くとともに納得したようでした。
妻は上機嫌で、贈ったドレスを着て、私はカメラマンとなって、写真を撮りまくりました。私は首輪とリードをつけて頂き、牽かれるところ、餌皿に顔をつけるところ、ケージに入り、妻と顔を合わせているところなどをセルフタイマーで撮りました。
かなりの手の込んだ料理を作っていたのですが、私は餌皿に落とされたものをいただき、ケーキは踏み潰されたものを、妻の足から頂きました。
ケージに寝るのもリードが妻の眠るベッドに繋がれているととても安心で、全く問題ありませんでした。
クリスマスイブは街に出て、レストランで食事をしました。
ケーキを買って帰り、なぜか私は床に這いつくばることなく、妻に相対して座り、普通に、当たり前にケーキを食べました。
てっきり踏み潰されたのを頂くものと思っていたので、やや拍子抜けでした。首輪とリードをつけて頂き、私はトナカイ、妻はサンタクロースの衣装を着て、記念写真を撮りました。
その晩妻はいつもより言葉数が少なくて、何か考え事をしているように見えました。私はネックレースを妻に贈りました。妻からは聖水の後、私の口の上にしゃがみ込み、遂に黄金を頂くことができました。
妻にとって覚悟の黄金だったと思います。
遂にこの日が来たか、結婚していろいろ不安はあったものの、美しい妻と一緒にいられて、本当に幸せでした。そして今日遂に妻の完全な便器にして頂けて、私の結婚を驚き、信じてくれなかった行きつけのソープランドの女性から、奥さんの便器にもなるつもりなのかと聞かれ、離婚されないならぜひそうしたいとお答えしたのを思い出します。
結婚してから全くのご無沙汰ですが、彼女からは100回以上、聖水を飲ませて頂き、黄金も10回は頂いたので、本当に私を便器として鍛えてくれましたし、妻の便器になる道を開いてくれた素晴らしい女神様と思いました。
クリスマスから年末年始にかけて、私は比較的暇になる一方で、妻は大車輪の日々が続きました。私が休みに入っても妻は夜勤もありますし、大変だったと思います。イブの一件以来、妻は自宅でトイレに入ることがなくなりました。三が日が明けるまで、私はずっと妻のお尻に敷かれて生きていました。特に12/29から大晦日までは水分も一切とらずに妻から与えて頂く分だけで生きていました。空腹感はありませんが、口渇感はかなり辛くて、私には3日間が限度と思いました。元日は食べることより、まず水分をとりたくて、妻にはたくさん水分をとって頂き、かなり薄いものを飲ませて頂いて、一息つきました。初詣に行くことになり、体力の落ちてきた私は外出が辛かったのですが、妻が着物を着ると聞いて、俄然力が湧きました。
神社で妻が何か一所懸命お願いしていたので、帰る途中で訪ねたところ、子供が欲しいとのことでした。奴隷に子作りをさせて頂けるのかと思うととても不思議な感じでしたが、夫なので、真正面から受け止めないといけません。セックスではからっきし、妻を満足させられない私がどうやって臨んだら良いか、いつの間にか挿入など忘れて、排出の方にのみご奉仕してきたのを今から埋め合わせできるか、不安は募りました。
元旦の晩から、早速子作りのためにセックスに耽ったかというとそんな訳はなく、私は妻のお尻に敷かれ、尽くして尽くして、私の粗ちんがそれでも一番張り切った時に射精させて頂き、終わったら、カマキリの雄が雌に食べられてしまうように、私は妻の便器に成り下がるのでした。
「口にしてあげてるときが一番元気ね」
そういわれると恥ずかしかったです。
努力は報われる。遂に妻が妊娠しました。妊娠すると体調が変わるようで、それまでのように肉を食べることが減って、果物ばかり求めていました。妊娠中はホルモンのバランスも変わる聞いており、聖水には女性ホルモンがたくさん含まれているから、ずっと飲んでいると奴隷は女性化するなんて聞いたことがあります。黄金は野菜食なので、ぬか漬け様というか、発酵食品そのものになっていました。
妻と同じ高さでサポートする必要があり、m生活も一区切りつけた。
ちょっとだけあのソープ嬢のことを思い出しましたが、当然我慢が必要です。安定期に入ると妻を乗せてドライブに出かけました。
子供が無事生まれるまでは、SMは禁止と言われ、私は召使いとして、できる限り妻に付き従いました。
少し丸くなった体型にスニーカーを履くようになっても妻は魅力的でした。
プレイというものはなくなりましたが、妻はトイレに入るといつも私のためにフラッシュせず、ペーパーも折りたたんで便器の蓋の上に置いてあります。気のせいか聖水が甘くなった気がしました。
臨月になり、いろいろ準備が始まり、私用の犬の道具や貼り付け台などすべてガレージにしまいました。
無事子供が生まれ、家に帰ってからは妻のトイレはもはや妻だけのものではなくなり、私がしてきた事も封印することになりました。
妻もハイヒールなどおしゃれ靴は封印し、服も子育て中が全開のようなとても健全なものばかりになり、あの頃が夢のように感じられました。
了
妻専器を守り抜くために
佐竹 治憲
私達夫婦関係の変遷を書いてみます。私たちは某県の県庁所在地に住んでおります。
私は30代後半、妻とは10歳離れていて、結婚5年目です。 妻は私がオートバイの事故で入院していた病院の医療スタッフで、私が一目惚れして、やっと口説き落として、結婚に至りました。
私は天にも昇る気持ちで、妻をお姫様扱いしてきたこともあり、子作りは後回しになっていました。
私は男子校から大学は工学部に進み、現在技師をしており、仕事は充実しているものの、女性関係はからっきしで、ソープランドで筆おろしし、それからも風俗のお世話になるばかりでした。
一方妻は見事なボディにすっとした清楚な顔貌で、あまり話はしませんが、相当もてただろうと思います。結婚前の男性関係は語らずともおおよそ想像がつきます。一般女性とのセックスに自信がなかったので、行きつけのソープランドの女性に事情を話して、特訓をしてもらいました。
風俗しか知らない男は女性の服の脱がせ方すら知らないのでした。
そのソープ嬢からは、相手が処女でないなら、すぐに奥手がばれてしまうから、下手に取り繕わない方が良いこと、はっきり言ってかなりお粗末なお道具なので、挿入以外で盛り上げること、セックス以外で喜ばせた方が無難ということなど次々と矢が心に突き刺さるようなストレートかつありがたい忠告をもらいました。
あともう一つ、
「あなた変態なんだから、最初から彼女にあんなこと、こんなことしたらダメよ」
と釘を刺されました。
「あんなこと、こんなこと、かあ、、、」
結婚してからも時々は遊びに来てねと見送られました。
結婚して3年間は、週末妻とあちこち遊びに出て、夢のような日々でした。着飾ると妻の美貌は思わずひれ伏してしまいそうになるほどで、それを自制するのがやっとで、夜勤の際の仮眠のベッドで、妻を思ってマスに励んだものでした。もちろん妻にも相手してもらってはいたのですが、長年の習慣で、手で射精することになれてしまっていて、妻を思いながら果ててしまう方が、なんだか自分らしいような気がしていました。
そんな調子で、なかなか子供できなかったので、妻は医療職ということもあってか、その辺の気遣いをみせてくれ、あれこれ二人で頑張っていました。でも時々けんかしたときや不機嫌なときには、ずいぶん責められました。怒った表情も好きなので、ついついにやけてしまうと真剣さが足りないと更に叱られました。
あるとき思いきって、足こきをお願いしてみたところ、初めは驚いて、そんな乱暴なことはできないと言われましたが、私のものを足の趾で挟んで、上下し、強くひねってみたりして、私が興奮しているのをみて、踏みつけからかき回すように強く刺激してもらうとあっという間に射精してしまいました。
「こんなことでいっちゃうんだ」
足の趾で更に絞り出すようにし、
「足、ベッタベタになっちゃった」
その言葉の裏には「これどうしてくれるのよ」と迫るような目線を感じました。妻は足底を私の胸に当てて、こそぎ落とすようにしたので、嫌がるような仕草を見せたところ、妻から驚きの言葉を受けました。
「自分のでしょ」
妻がそんなことを言うとは思いもかけなかったのですが、ずっと妻に隠してきた性癖が一気に燃え出しました。
でも素直でない私は、敢えて拒否の姿勢をみせて、妻の次の反応をみてみたいと思ったのです。
「なにバカ言ってんの。早く拭きなよ」
いつもそんな荒っぽい言葉は使わず、敬語を使うことさえあるのに故意にぶっきらぼうに言ってみると
「なにそれ、ふざけてるの」
と私のふてぶてしい態度に怒りが湧いたようでした。
いつ見ても妻の怒った顔は美しいです。
「じゃ、どうすればいいの?」
と、もう少し引っ張ってみました。
「自分で考えてよ」
少し妻のトーンが下がってきたので、慌てて
「ちゃんと命令していただかないとできません」
いつもの口調で、返してみました。
「なんていうのよ」
ちょっと気が引けましたが、勇気を出しました。
「私の足をきれいにお舐め!、って言って」
呆れたように妻は応じてくれました。
「舐めてちょうだい」
引っ張りすぎはまずいので、妻の足を心を込めて舐め始めました。
足底に舌を這わせるとくすぐったさに体をよじりましたが嫌がる様子はなく、趾を口に含んで、舐め上げていくと私を興味深そうに見下ろしていました。妻の表情が段々不安に変わっていくのが分かりました。
「ありがとうございました」
と言ってみました。
妻はかなり引いてしまって、片足ケンケンして、浴室に入っていきました。
次の言葉をいろいろ用意していたのですが、戻ってくると案外平気そうに見えたので、
「足を舐めさせてくれてありがとうございます」
と言ってみました。
足舐めを強い愛情表現と受け取ってもらえたことがうれしくて、私の要求はエスカレートし、手で口と鼻を押さえて、息詰めをしてもらったり、胸や腹を手で押さえつけてもらったりしていました。
妻の誕生日にはたくさんの贈り物をして、おしゃれして、食事にも出かけました。私にとっては、美しい妻が更に磨きをかけていると心からうれしく、また贈り物のハイヒールが増えるとそれだけ私の楽しみも増えるわけで、正にWin-Winの関係でした。
私には使用後の妻の履いたハイヒールを磨き上げることがこの上ない喜びだったのです。
妻の不在時に底面までなめ回してから、磨き上げると怪しく輝き、ふと私は寝転んで、ハイヒールを手に取って自分の顔に乗せてみました。
頭の中には妻の足が見え、冷たい目で私を見下ろしています。
「もっと踏みつけてやる、この変態」
「1日履いたヒールの底を丁寧に舐めるのよ」
「おまえは私の踏み台がお似合いよ」
「ほら、顔に乗ってやるよ」
「耐えられたらもっとご褒美をやるよ」
妄想は膨らみます。
ご褒美とは、顔をヒールで踏みつけられてから、跨いで立って頂き、妻のお聖水を浴びることでした。
そんなことを考えていたら、股間が熱くなりました。
妻は私の膨れ上がる妄想などきっと知るはずもなく、大好きなハイヒールが増えていくことを素直に喜んでくれたと思います。
私は月に数回の夜勤があり、妻は不規則勤務です。
共働きということで、家事を二人で分担していましたが、私は自炊生活が長かったので、炊事でも何でもできたこと、妻にはあまり所帯じみて欲しくなかったこともあり、7:3か8:2くらいで、担っていました。
元々苦にならないというのは表向きで、実際には妻の下着まで洗濯できること、もちろん洗濯前に妻のエキスをすべて舐めとり、吸い取ってからで、さらにはハイヒール磨きも家事としてできるからにほかなりません。
丁寧に洗濯し、靴もピカピカなら、妻も上機嫌ですから、本当に幸せでした。その流れで、家事の全てを行うことが当たり前になっていきました。
私は朝早く起きて、妻が起きる前に食事の用意をしておきます。
私は先に簡単な朝食を済ませて、妻が出かけるまでのお世話に注力します。
妻を無事送り出してから、私はトイレにはいります。
そこで用を足すようなことは絶対にありません。
結婚生活が始まって、妻への強い思いが更に募り、さらには自分でも変態的と思うまで愛情が湧いてきて、妻と共用するのはできるだけ避けようと考えるようになり、節水型に変えるからと告げて、便器を新品に入れ替えました。それ以降私は自宅のトイレを使わなくなったのです。
妻以外に使われたくないので、客人はまず呼ぶことはなく、以前妻の同僚が遊びに来られ、かなりきれいな女性だったのですが、どうしても混ざってしまうのが我慢できず、妻には内緒で同型の新品の便器に交換したことがありました。それくらい徹底していたのです。
ということで、朝起きたら、すぐにトレイ掃除をします。
念入りに新品同様に、洗剤など使わずに便器を磨き上げておきます。
朝食前か出勤前に妻はトイレに入ります。
トイレに妻の残り香はまずありませんが、まず妻のお尻が直に触れたであろう便座を丁寧に舐め上げ、それから妻のお聖水をじかに受けたであろう内面を顔を差し込んで舐めていきます。便器の内側はすべて丁寧に舌で磨き上げます。最後にトラップに貯まった水を犬のように舌ですくい取り、残りはストローで吸い上げます。
これが私の朝の至高のドリンクです。
時には、妻のトイレの時間が長いことがあり、そんな時は妻の残した黄金のかけら、痕跡でも見つけられないかさらに慎重に念を入れて、舌を使います。トイレの蓋の裏側を舐め上げて私の朝の家事が完了します。
妻との性生活は妻から強めと言いますか、やや攻撃的な扱いを受け、私は全身舌奉仕をお返しします。私が窒息しそうになるのを見て楽しむようになり、手で鼻と口を覆ったり、胸に両手を当てて、私が息を吐くと力を込めてきて、体重までかけて、息を吸えないようにしてきます。私の危機的な状況を見て、気を失いそうになる寸前で、解放していただきました。
乗って欲しいとお願いしたところ、胸や腹部に跨がってくれ、本当はそのまま顔に乗って欲しかったのですが、多分嫌がられるでしょうから、我慢していました。全身舌奉仕は乳房から両脇、胸部から臍部まで、それから太股、下腿、足背、足趾と丁寧に舐め下りていき、足底は仰臥位だと舐めにくいので、腹臥位になっていただき、身をよじってくすぐったがるのを感じながら、頬を当て、額を当て、それから舐めていきます。脹ら脛から、太股の裏側に舐めあがり、お尻の双丘に吸い付きます。そうしていると妻が少しまたを開き加減にしてくれるので、顔をお尻の双丘の谷間に深く埋めて、鼻をお尻の穴に押し当てて、舌を伸ばして、前の方を刺激していきます。めったにお尻の匂いなどかげませんが、ごくまれに酸っぱいような饐えた臭いが漏れてきて、私には妻の奴隷として生きていく覚悟のようなものを再確認できて、幸せでした。お尻への舌奉仕は初めのうちはくすぐったがって、すぐに逃げてしまっていたのですが、丁寧に皺に沿って、舌先を這わすと受け入れてもらえるようになりました。一気に吸い付いて、人間バキュームになりたい衝動を何とか抑えていました。朝までお尻に吸い付いていたい気もしますが、腰から背中からうなじまで上っていきます。
前戯だけで95%位のエネルギーを使ってしまうので、妻を征服するようなセックスにはほど遠かったと思います。
6月、その年の私の誕生日の朝、夕食は自宅で私はいつもより手をかけて食事を作り、祝うことになっていて、妻もなんだかうれしそうでした。
妻を送り出してから、トイレに入ったところ、いつもと様子が違い、便器の蓋が開いたままで、トラップには透明な水ではなく、濃い黄色の泡だったものが貯まっていました。
顔を近づけてみると生臭いような少しツンとした匂いもして、間違いなく妻の聖水と確信して、トラップに舌をつけてみました。便器を舐める前にトラップ内の琥珀色の液体をストローですべて吸い上げました。
なんだか体中に素晴らしい燃料が注ぎ込まれた気がしました。
自分の出勤時間まで、時間が吊す限り、便器をなめ回し、妻の聖水を1分子も残さないように自分の体内に納めました。
その日は体がほてり、股間はずっと熱いままで、頭に持ちが上り、仕事を何とか片付けていました。
それにしてもどうして妻はフラッシュもせず、蓋もしないで、トイレから出たのでしょうか。
それでほど急ぐ様子もなかったですし、気分的な動揺や言動の変化も気づきませんでした。いずれにせよ妻から最高のプレゼントを頂いたので、食材とスパークリングワインを買い、早めに帰って料理をしていました。
妻が帰宅し、自分の誕生日ではあったのですが、妻のために買ったドレスを着てもらい、二人で食事をしました。妻がきれいでいてくれることが私にとっては一番のプレゼントです。
妻から私へのプレゼントも頂き、目の前で開けるように言われました。
私の趣味であるカメラか釣り道具かなと思っていたところ、なんと首輪でした。犬を飼うと言うことかと思い、顔を上げて妻を見つめたところ、妻は首輪を手に取り、立ち上がると私の首にまわして、留めました。
巻き取り式のリードも入っていて、それも首輪につけられました。
「ぴったりね」
私は言葉もなく、顔を真っ赤にしてうつむきました。
「ほら、犬らしくしないと」
床に犬の姿勢になると妻はリードを引いて、室内を歩き出しました。
「伏せ」
「お回り」
「ちんちん」
一通り飼い犬の躾動作をしてから、四つん這いの背に妻が座りました。
「あなたのパソコン見ちゃった」
さっと血の気が引くような気がし、ビクンとしたのが妻にも伝わったことと思います。
「ちょっとだけ調べたいことがあって、借りたのよ」
いつか話さなければと思いながらも、捨てられるのが怖くて、ごまかしながら暮らしてきたことを打ち明けました。
「もっと早く教えて欲しかった」
一人の女性として心から愛していること、少し強めに接して欲しい、家事は8:2ではなく、10:0で自分がすること、これから1日24時間、週7日間ずっとお仕えすることを誓いました。
「これまでと変わらないんじゃない?」
と言われ、私の心情では結婚以来妻の奴隷として生きてきたつもりなので、私にはもちろんブレはありませんが、妻に私を隷従させている意識を抱いてほしいということです。
今日は首輪をして、リードを持ってもらっているけれども、いつも見えない首輪と見えないリードを握っていて欲しいと願いました。
それから私のパソコンをテレビにつなぎ、画像やビデオを妻に見てもらいました。
「パソコン開いたら、女がオシッコてる写真が出て、びっくりしたのよ」
、、、
「オシッコしてるところ見たいんじゃなくて、飲ませてるね」
、、、
「あなたもオシッコ飲んだことあるの?}
、、、
「ないの?」
、、、
「私のをどう思うかなと思って、そのままにしたのよ」
、、、
「私もとっても恥ずかしいのよ」
妻にトイレは妻専用だったこと、毎日トイレのトラップは全部飲んでいたことまで話しました。
妻は驚きながらも、やはりねという感じでした。
その晩は、首輪とリードをつけたまま、妻の眠るベッドに固定され、フローリングで休みました。
翌朝、いつものように早起きして、朝食を作りました。私はあえて何も食べずに妻が起きてくるのを待っていました。
トイレの掃除はいつも通りしておきました。
でも昨日までとは違って、妻が起きてくるとまず、私は妻の便器になりました。床に寝て口を開けると、妻は私の顔の上に跨ってオ○ッコをします。
終わったら、滴をトイレットペーパー代わりに私の舌で舐めとりました。
一連の動作にためらいが一切なく、妻は口に聖水を注ぐのに慣れていると感じました。
妻が食事をしている間、私は横に立っていました。妻の指示で、床に這いつくばると妻の食べ終わった皿を床に置き、素足で踏み潰して足で混ぜたものを頂きました。時間が迫っていたので、急いで妻の足を口と舌できれいにし、後はタオルで拭き上げました。
妻は早番でなければ、7時に家を出ます。妻から命じられたわけではありませんが、私からのあいさつとして、出かける妻の足もとに土下座して、ハイヒールのつま先にキスをしました。
今日は使われなかったトイレ、真っ白な便器をみていると同胞と思えて、抱きしめたくなりました。
「これからは私が担うから安心してくれ!」
とでも言っておきましょう。
夏はキャンプによく出かけました。
ワイルドになった妻はドレスとは違った魅力に溢れ、私は見とれながら、せっせとグリルで食事を作りました。
ずっと首輪をつけているとずっとこのままもいいような気がしますが、買い出しの時は相手の反応がかなり気になるもので、ヒールの高いサンダルを履いた妻と並ぶと見る人が見れば、SMカップルと受け取られたかもしれません。変なカップルには違いないのですが、とても恥ずかしいです。
夕方食事の際にはリードをつけられ、妻はクーラーにかけ、私は地面に座って頂きました。ほかのテントとはまあまあ距離を開けていますが、見えないことはないので、異様に映ったかもしれません。
早く日が暮れないかな思いながら、妻がリードを牽いて散歩に行きたそうにしているのを恐れながらみていました。牽かれたらもちろんない尻尾を振ってついて行かなければなりません。たくさんビールを飲んでは、その分私の胃に収まることになり、私も酔ってきます。妻は外出中も自宅でも聖水はすべて私の口に注ぐので、普通のカップルで言うと手をつなぐような感覚になってしまいました。薄暗くなってから、周囲に子供の目がないのを十分確認してから、リードに牽かれて散歩に出ました。
9月、妻の誕生日、私は休暇を取りました。
妻は夜勤明けで午前10時前に疲れて帰宅しました。
土下座して、足のキスをしてお迎えし、妻はシャワーを浴びに行きました。
体を拭き上げ、足を揉んでいるとすぐに眠りについたので、私は家事を控え、買い物に出かけました。前から妻が欲しがっていたブランドもののハイヒールと結構高価なドレスを注文していた店に取りに行き、食材もいつもより多めに買い、最後に頼んでいたケーキを持って帰宅しました。
多分妻が起きるのは15時頃と読んで、静かに調理を始めました。
妻が喜んでくれるのではないかと思うと料理をつくのもとても幸せです。
家事を音を立てずに終えて、私はガレージに向かいました。
この日のためにいろいろ準備していたのです。
二人の休みが重なる日は私は終日奴隷になれるので、ほとんど犬のように扱って頂きました。リードでつながれるのは、心情的な結びつき以上に結束力を感じます。妻からは、もっと犬らしく暮らせるようにしようと提案を受け、犬用のケージ、餌皿、餌ボウルなどペットショップで買い求めてきたのです。上に乗れるような頑丈なケージは犬用ではなく、その手のショップで求めるしかないようで、今回はあくまでも室内飼育犬としての装備になります。犬の気持ちになって考えると言っても飼育した経験がなく、犬の生態が分かりません。ケージに入って寝られるものなのか、妻が喜んでくれるのかがとても気がかりでした。
14時過ぎに妻が起きるのを感じ、寝室まで行くと妻は立ったまま、跪いた私の口に聖水を注ぎました。朝帰宅時に頂けるのかと思っていたので、今頂けるのも織り込み済みで、ただ、シャワールームではないので、絶対にこぼしたりはできない事が緊張感を呼びました。私の口に用を足したのにそのままトイレに入り、私はトイレの前に正座していました。
真っ白な便器に対して、これからは自分がと言ったものの、妻のトイレとしてすべてを受け入れられるのかは、現実には全く分かりませんでした。
私を室内犬にするアイデアは実は私が妻にみせた画像に由来するのですが、妻に私のパソコンをみられてからは、故意に妻に情報提供するがごとく、怪しい画像を提示してきました。調子に乗って、黄金のシーンも見えるようにしていたので、多分妻は確認済みでしょう。
実行するかどうかはもちろん妻にすべてお任せではありますが、私が提示したようなものですから、妻が前向きに考えても不思議ではありません。
それなのに全然期待に応えられないとなると妻の誕生日という特別な日に大失態をやらかすことになります。
トイレの前で正座して待っていなさい、などとは言われてはいないのですが、こうするのが室内犬奴隷として当然でしょう。
妻が出てきて、そのまま何事もなかったように素通りするのか、それとも黄金の画像みたいな事になるのか、心臓がバクバクしていました。
フラッシュ音がして、しばらくしてドアが開きました。
妻がお尻をむき出しにして、私に向けてくるのではないかと思っていましたが、普通に身繕いをしていて、正座したまま見上げた私と目が合うと微笑みました。
「あなたのトイレ掃除をみせてちょうだい」
便器の蓋を開けると少し匂いがたちました。
ちらっと妻の顔を見上げるとやはり微笑んでいました。
さすがにドン引きされて、捨てられてしまうのではないかといつもの潜在的な不安感がもたげてきます。
でももうトイレ掃除の件をお伝えしましたし、聖水も直に飲ませて頂きましたから、隠すことなどないと考えることにしました。
いつもの手順に従い、妻のお尻を直に受け止めた便座を丁寧に舐め上げ、便座を上げてから、中に顔を差し入れて、聖水を受け止めたであろう前面に舌を這わせ、便器の縁から内面まですべてきれいにしていきます。
それからトイレットペーパーを入れている棚からタピオカドリンクで使用する太いストローを出し、まずは顔を突っ込んでトラップの水を舌ですくい取ってから、ストローで吸い上げました。
全部飲んでトラップが空になると便座の裏側、便器の蓋の内側を舐めてきれいにし、蓋を閉めておしまいです。
任務遂行はいいですが、怖くて顔を上げられませんでした。
「汚くないの?」
妻が心配そうに小さな声で言いました。
「毎日きれいに洗っているし、このトイレは一名限定の専用だから」
妻は驚くとともに納得したようでした。
妻は上機嫌で、贈ったドレスを着て、私はカメラマンとなって、写真を撮りまくりました。私は首輪とリードをつけて頂き、牽かれるところ、餌皿に顔をつけるところ、ケージに入り、妻と顔を合わせているところなどをセルフタイマーで撮りました。
かなりの手の込んだ料理を作っていたのですが、私は餌皿に落とされたものをいただき、ケーキは踏み潰されたものを、妻の足から頂きました。
ケージに寝るのもリードが妻の眠るベッドに繋がれているととても安心で、全く問題ありませんでした。
クリスマスイブは街に出て、レストランで食事をしました。
ケーキを買って帰り、なぜか私は床に這いつくばることなく、妻に相対して座り、普通に、当たり前にケーキを食べました。
てっきり踏み潰されたのを頂くものと思っていたので、やや拍子抜けでした。首輪とリードをつけて頂き、私はトナカイ、妻はサンタクロースの衣装を着て、記念写真を撮りました。
その晩妻はいつもより言葉数が少なくて、何か考え事をしているように見えました。私はネックレースを妻に贈りました。妻からは聖水の後、私の口の上にしゃがみ込み、遂に黄金を頂くことができました。
妻にとって覚悟の黄金だったと思います。
遂にこの日が来たか、結婚していろいろ不安はあったものの、美しい妻と一緒にいられて、本当に幸せでした。そして今日遂に妻の完全な便器にして頂けて、私の結婚を驚き、信じてくれなかった行きつけのソープランドの女性から、奥さんの便器にもなるつもりなのかと聞かれ、離婚されないならぜひそうしたいとお答えしたのを思い出します。
結婚してから全くのご無沙汰ですが、彼女からは100回以上、聖水を飲ませて頂き、黄金も10回は頂いたので、本当に私を便器として鍛えてくれましたし、妻の便器になる道を開いてくれた素晴らしい女神様と思いました。
クリスマスから年末年始にかけて、私は比較的暇になる一方で、妻は大車輪の日々が続きました。私が休みに入っても妻は夜勤もありますし、大変だったと思います。イブの一件以来、妻は自宅でトイレに入ることがなくなりました。三が日が明けるまで、私はずっと妻のお尻に敷かれて生きていました。特に12/29から大晦日までは水分も一切とらずに妻から与えて頂く分だけで生きていました。空腹感はありませんが、口渇感はかなり辛くて、私には3日間が限度と思いました。元日は食べることより、まず水分をとりたくて、妻にはたくさん水分をとって頂き、かなり薄いものを飲ませて頂いて、一息つきました。初詣に行くことになり、体力の落ちてきた私は外出が辛かったのですが、妻が着物を着ると聞いて、俄然力が湧きました。
神社で妻が何か一所懸命お願いしていたので、帰る途中で訪ねたところ、子供が欲しいとのことでした。奴隷に子作りをさせて頂けるのかと思うととても不思議な感じでしたが、夫なので、真正面から受け止めないといけません。セックスではからっきし、妻を満足させられない私がどうやって臨んだら良いか、いつの間にか挿入など忘れて、排出の方にのみご奉仕してきたのを今から埋め合わせできるか、不安は募りました。
元旦の晩から、早速子作りのためにセックスに耽ったかというとそんな訳はなく、私は妻のお尻に敷かれ、尽くして尽くして、私の粗ちんがそれでも一番張り切った時に射精させて頂き、終わったら、カマキリの雄が雌に食べられてしまうように、私は妻の便器に成り下がるのでした。
「口にしてあげてるときが一番元気ね」
そういわれると恥ずかしかったです。
努力は報われる。遂に妻が妊娠しました。妊娠すると体調が変わるようで、それまでのように肉を食べることが減って、果物ばかり求めていました。妊娠中はホルモンのバランスも変わる聞いており、聖水には女性ホルモンがたくさん含まれているから、ずっと飲んでいると奴隷は女性化するなんて聞いたことがあります。黄金は野菜食なので、ぬか漬け様というか、発酵食品そのものになっていました。
妻と同じ高さでサポートする必要があり、m生活も一区切りつけた。
ちょっとだけあのソープ嬢のことを思い出しましたが、当然我慢が必要です。安定期に入ると妻を乗せてドライブに出かけました。
子供が無事生まれるまでは、SMは禁止と言われ、私は召使いとして、できる限り妻に付き従いました。
少し丸くなった体型にスニーカーを履くようになっても妻は魅力的でした。
プレイというものはなくなりましたが、妻はトイレに入るといつも私のためにフラッシュせず、ペーパーも折りたたんで便器の蓋の上に置いてあります。気のせいか聖水が甘くなった気がしました。
臨月になり、いろいろ準備が始まり、私用の犬の道具や貼り付け台などすべてガレージにしまいました。
無事子供が生まれ、家に帰ってからは妻のトイレはもはや妻だけのものではなくなり、私がしてきた事も封印することになりました。
妻もハイヒールなどおしゃれ靴は封印し、服も子育て中が全開のようなとても健全なものばかりになり、あの頃が夢のように感じられました。
了
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話