ホラー短編集(完結)

貝鳴みづす

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真夏の別荘、夜行バス

5話(完結)

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「早く、救急車と警察!」

 誰かが叫ぶ。

「それが、随分前から無線が使えなくて」
「そんな」
「携帯は?」

 皆、自分の携帯を持ち出した。私の携帯は圏外だった。

「あたしの繋がるよ!」

 女子高生の一人が言った。こんな山奥でも繋がる携帯があるのか、なんて考えている余裕はない。

「え、あれ…なにこれ」
「何、どうしたの?繋がるんじゃないの?」

 携帯を耳に当てたまま、女子高生は固まっていた。どうしたのだろう。

「や、や…やぁぁぁっ!!」

 彼女は突然悲鳴を上げて、携帯を投げ捨てた。

「へ、変な声が・・・!」

 地面に投げつけられ、壊れてしまった携帯を指差して、彼女はその場に崩れるように座りこんだ。

「警察に掛けたんじゃないの?一体何?!」

 恐怖に震えている彼女。なにがなんだかわからない。

「お、お前達全員殺してやるって」
「え?」
「一人残さず崖の下に落としてやるって!!」

 悲痛の叫びに、皆言葉を失った。その沈黙を破ったのは、彼女と一緒にいた友達だった。

「何言ってるの、こんなときに、冗談やめて!」
「ウソじゃないよ!私警察に掛けたのに、女の声で、全員殺してやるって言われたの!」

 女の…声…?
 その一言に、私ははっとした。

「夏海…夏海よ! 夏海だわ!!」

 そうだ。夏海に違いない。他に誰がいるというのだろう。

「わ、私を殺そうとしてるのよ!」

 私はパニックに陥っていた。
 あのときの、夏海の目が頭から離れない。

「一人ずつ殺して、私が怖がるのを楽しんでるんだわ!」
「落ち着いて。皆、とにかくバスに戻りましょう」

 医者と運転手が、動けないでいる私達の手を引いて、全員バスの中に乗りこんだ。


 どうして?どうして私だけを殺さないの?
 夏海、夏海?私が憎いんじゃないの?

「どうしましょう」
「早く街へ降りた方が」
「また同じ場所を回るだけに決まってるわ!」
「そ、それに、崖に落とされてしまうかも・・・」

 あの電話――夏海の声を聞いた女子高生が、震えながら言った。

「朝までここにいようよ。きっと帰ってこないことに気付いて、助けが来るよ!」
「それがいいかもしれない。皆パニック状態だ。下手に動くより、助けを待とう」

 医者の言葉に、皆頷いた。
 ――が、なんということか。何の言葉もなく、バスは動き始めたのだ。

「ちょ、ちょっと?今の話聞いてなかったんですか?!」

 慌てて皆、運転席へ駆け寄る。

「止めて下さい、早く止め――」

 言葉が止まる。

「…え?」
「うそ…」

 止めようと運転手を揺すると、彼はそのまま前へと倒れた。

プ―――――――――

クラクションが鳴り響いた。
 な、なにこれ…
「ちょっ…!」
「うそ、この人死んでるよ?!」
「どいて!」

 動揺している少女達を押しのけて、医者が運転手を起こす。

「くそっ!ブレーキが効かない!!ハンドルも!」
「えぇっ?!」

 訳が分からなかった。運転手の突然死。止まらないバス。一直線先には、崖。

「飛び降りよう!」

 私は叫んだ。

「だめ!間に合わないよ。それにこの速度じゃ・・・!」

 隣にいた少女が、私の腕をつかむ。

「じゃあどうすればいいの?!」

 あぁ、助けて、助けて夏海!もう止めて、夏海・・・っ!

「いやぁぁぁぁぁぁ――――――っ!!」

 崖の手前。女子高生達の悲鳴が、やけに鮮明に聞こえた。


 …痛い。
 頭を抑えると、手に血がついた。
 私…生きてるの?
 少しクラクラしたが、なんとか立ち上がる事が出来た。

「!!」

 グチャグチャになったバスの中。そこは血の海だった。
 女子高生二人は折り重なって倒れていて、二人とも血で真っ赤に染まっている。もう、どちらがどちらなのかすら分からないほど、それは酷い有様だった。医者も頭を強く打ったらしく、ピクリとも動かない。
 どうして、私だけが助かったのだろう。そのときは、目の前の惨劇に頭が真っ白になって、ある重要なことに気付かなかった。

「わ、私…」

 どうしよう。どうすればいいのだろう。

「うぅっ」

 もの凄い血の匂いに、嘔吐した。

「う、ぐ…出なきゃ、逃げなきゃ…」

 とにかくこの場にいたくはない。フラフラと私はバスから飛び降りた。
 そして目の前の状況に、言葉を亡くす。

「な…な…」

 バスのすぐ側、崖の下に三つ、赤く染まった死体が転がっていた。

「な、なんでここに…」

 そう、それは、飛び降りた母親と、途中で消えた二人の男性だった。
 ありえない。ありえるはずがない。

「う、うそよね」

 だって、おかしい。母親も、あの二人も、全く違う場所で消えたのに。
 どうしてこの三人が並んで死んでいるの?――どうして皆、私を睨みつけてるの?!

「いやぁぁっ!」

 もうこんなのは嫌だ。逃げよう。逃げるのだ。
 そう思って振り返った先は、川だった。

「え…」

 川は川だが、おかしい。暗いがわかる。この川の色はおかしい! なんで? なんで赤いんだ!

「あぁぁっ!」

 思わず私は叫んでいた。
 赤い色を辿っていった先、そこには・・・・

「な、なつ…み…」

 そう、私が殺した姉が、そこに転がっていたのだ。
 確かに、私は夏海を川に捨てた。それがここまで流れてきたというのだろうか?そして、彼女は、私をここに連れてきたかったのだろうか。

「ごめん、ごめんなさい夏海! ごめんなさいごめんなさい!!」

 私は彼女の前で謝った。何度も何度も。
 そして聞こえた、彼女の声が。

「謝ったら生き返るとでも思ってるの?」

「え…?」

 違う、これは本物の声だ。すぐ背後に気配を感じる。

「謝ってももう遅いわ。だって、もう死んじゃったんだもの」
「あ、あなた…誰…?」

 恐る恐る振り返る。そこにいたのは、バスで隣に座っていたあの少女。
 そういえばバスの中に、彼女はいなかった。

「あら、まだわからない?私達、良く知った仲でしょ、ねぇ?夏樹」
「な、なんで私の名前…!」

 はっとした。

「そうね。川も凄く冷たくて、夏だけど凄く寒かったわ」
「そう。この下に川があるのよ。岩が沢山あって、歩くのも大変だったの」

 この少女が私の隣に座ったとき、言っていた言葉。
 彼女が私にそっくりなこと。どうして今まで気付かなかったのだろう。
 ――そう、彼女は夏海だった。夏海の幽霊だったのだ。

「夏樹、私達はずっと一緒よね。どんなときも――なにがあっても!」
「い、嫌…嫌…」

 夏海の手には包丁があった。私は一歩一歩、後退る。その分、近づいてくる夏海。
 もうこれ以上逃げられない。後ろは川だった。

「ふふ、大丈夫よ。すぐには死なせないわ。私が味わったくらい、いっぱい痛くしてあげるから!!」

 グサリと、生々しい音がした。

「あ、あ…」

 肩の辺りを刺され、私は倒れ込む。痛い、痛い。頭の中はパニック状態で、意識が飛びそうだった。

「あら、これくらいで死なないでよ? まだまだお楽しみはこれからなんだから、ふふ」
「あぁっ!」

 倒れた私の上に乗って、また刺される。

「夏樹、一緒にこの川に沈もうね、ずっと一緒にここにいましょうね。ふふ、あはははははは!!」

 笑いながら、夏海は私を体中刺しまくった。

「うぅぅっ! …そ、そうね夏海…私達、ずっと一緒に…」

 薄れゆく意識の中、私は必死に言った。

「一緒にいよう、ずっと…ずっと」
「そうよ、一緒よ。だって私達は産まれたときから、ずっと一緒なんだもの!」

 だから死ぬのも一緒よ。それが、私が最期に聞いた彼女の言葉だった。


「誕生日おめでとう、夏海、夏樹」
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