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08:長所もあるのです
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「お前は自分を無能だと思っているのか?」
アルベルトが懸命に話をしていた者たちが誰かは分からない、いつの事だったかも覚えていないと言い張ったおかげで、フェルディナンドとカロリーナは追及を辞めた。その者たちのたわ言も問題だが、アルベルトがその言葉をどう受け取ったかのほうがより重大な問題だ。
「事実ですから」
俯いたアルベルトが諦念をもって口にした答えを聞いた二人は眉を寄せる。
「兄上たちと違って勉強もできない、剣もそこそこ、研究者になれるほど情熱を持てるものもなくそもそもじっと机に向かうことも苦痛です。人の気持ちも分からない。私が何か言うと相手は悲しんだり傷ついたりする。でも、それがなぜなのか私には分からない。説明されて、ああそういうことかと思いはしても、また同じようなことを繰り返す」
アルベルトは自分を諦めたように笑って言う。出来損ないですから、と。
「馬鹿言ってんじゃないわよっ!」
「何を言っているのだ、お前は!」
カロリーナとフェルディナンドが気色ばむのを見て、家族には愛されているとアルベルトは思う。だが、愛で目が曇っているのだなと同時に考える。自分だけではなく母も兄も座学も剣術も振るわない自分のことを知っていることに間違いないのに、無能を事実と認められないのは欲目だとありがたい気持ちと申し訳ない気持ち、そこに怒りも混じる。なぜ自分のことを分かってくれないのかと。
「確かにあなたは目から鼻に抜けるような才気はありませんし、人の気持ちを慮ることが苦手で幾度も間違いを繰り返しています。勉強や剣術が苦手なのは根気と集中力がないのはもちろん、興味が薄く意欲がないからでしょう」
欲目どころか貶めているようにも聞こえるが、あながち間違いではない。愛情過多であっても我が子をここまで客観視出来ることはカロリーナの長所といってもいいだろう。言われたアルベルトと言えば、先ほど感じた怒りなど何処かへ霧散してしまい、肩を落としている。
「そうだ。お前は人の話を聞くことが苦手で一を聞いて十を知るどころか一をしっかりと聞くことが出来ないし、考えてから話すことも不得手でよく舌禍を招く。対人関係を有効に保つことが出来ないから外交にも向かないし、感情的になりやすいから商業方面も適性がない」
せめてもう少し柔らかい言い回しでダメージを受けない方向にしてほしいと思うアルベルトの肩を、フェルディナンドが掴む。兄の真剣な目で真正面から見据えられ、我知らず体が引けたアルベルトだが兄は弟を逃す気は毛頭ない。
「だがな、お前にはお前の長所がある」
散々こき下ろしておいていまさら何をとアルベルトはまっすぐに見つめてくるフェルナンドから目を逸らした。
「王族としてではない。アルベルト個人としての美点だ。座学でじっとしていられないお前が画布に向かっているときは寝食を忘れるのを知っている。お前の描く絵は素晴らしい。ただ美しいだけでなく見る者の心を揺さぶる。彫刻も素晴らしい。躍動的かつ野性的な男神を顕現させたかと思えば、儚くも繊細な精霊を生み出す」
「え」
「お前には芸術の才がある。兄弟の中でお前にしかない資質だ」
王家の人間として芸術の才があったからどうなのだと、きっと貴族たちは言うだろう。だがしかし、無才であると自分を責め続けてきたアルベルトにとってフェルディナンドの言葉は暗闇の中に灯る希望であった。
そもそもアルベルトは描くこと作ることに熱中はしても完成した自分の作品に思い入れはなかった。出来上がった作品はすでに過去の遺物で、顧みることも他者の評価を得ようとしたこともない。
「あなたは何度も間違えてきたけれど同じ間違いはしていないわ。経験して納得しないと血肉にならないだけで、決して無能なんかじゃないの。環境に馴染めないところはあるけれど特化した才能を持つものに見られることがある。トリアちゃんはあなたのそういうところをそのまま認めてくれた子だから大丈夫だと思ったの」
ヴィットーリアはアルベルトを無能な種馬としてみていたのではない、難ありで王家の厄介者として見ていたわけではない、ただアルベルトとして受け入れていたのだとカロリーナは言う。
思い返せば確かにヴィットーリアは一度も婚約者の才のなさを嘆くことも努力が足りないと叱咤することも無かったとアルベルトは思った。
「トリアに謝らないと……。私はトリアに酷いことを……」
「謝るのはいいけど復縁などと考えるなよ?既に婚約は解消されてる――いや、謝らなくてもいい。私がお前の気持ちをヴィーに伝えておこう」
「何故、兄上が?」
「私がヴィーの新しい婚約者だからね」
フェルディナンドの言葉はアルベルトに衝撃を与えた。自分の行いの尻ぬぐいで今まで結婚を視野に入れていなかった兄がヴィットーリアとの結婚せざるを得ない仕儀になったことを申し訳なく思ったのだ。
「いえ、違うから」
アルベルトの考えはカロリーナに否定された。
「違う?」
「そう、フェルディナンドは思い人のトリアちゃんにアルベルトという婚約者がいたから婚約者を持たなかったのよ」
「……え?」
「母上っ!」
自分の思いをアルベルトに聞かせる気はフェルディナンドには無かった。婚約は解消されたとはいえ、自分の婚約者に兄が横恋慕していたと知ったら良い気分になるはずがない。なのに、それをあっさりとばらすカロリーナ。だが彼女にも言い分はある。黙っていたらアルベルトは兄に自分の失態の後始末をさせたと悔やむだろう。ヴィットーリアとの婚約はしわ寄せではなく幸せなのだと伝えるべきだとカロリーナは言い、その言い分にフェルディナンドは納得した。
「ヴィーをお前から奪うつもりは無かった。だが、結果的にそういうことになってしまった」
「奪うだなんて!兄上……兄上は本当にトリアを?」
話を聞いてなおアルベルトはフェルディナンドが空言をついているのではないかと疑っている。自分の感情を慮っているのではないかと怪訝に思う気持ちがあるのだ。他者の気持ちに心を配ることを不得手としているアルベルトであるが、家族に対しては多少は推察することもできた。
的外れが多いのはご愛敬だ。
「そうなのよー。吃驚よね?私も先日聞かされた時には驚いたわ。まさかフェルディナンドがロリコンだなんてねぇ……」
第二子はロリコン、第五子は男色、だが子どもが幸せならそれでいいとカロリーナは認めていた。まさか、男色ではなくただ拗らせただけだったとは思いもしなかったが、陰口で卑屈になっていただけだと知って哀れとも情けなくも思った。情けないのは勿論我が子の傷に気付けなかった己の事である。そして王家直系男子である息子を能無しの種馬呼ばわりした者たちをどうしてやろうかと脳内で仕置き準備を始めてもいる。
「ろりこん……?」
「母上、ヴィーはロリータではありません」
意味の分からないアルベルトと分かった上で反論をするフェルディナンド。
「ロリコンって言うのはね、年端のいかない少女を好む変態性欲者の事よ、アルベルト。そしてフェルディナンド、聞いた話ではあなたがトリアちゃんを見染めたのは彼女が12歳の時だそうじゃないの。まごうことなく当時のトリアちゃんはロリータです」
少女だから欲したわけではない。想うのはヴィットーリアでたまたまその時の彼女が幼かっただけで、今の彼女もこれからの彼女も慈しみ愛しむとフェルディナンドは抗弁するが、12歳の少女に19歳の青年が懸想したのなら言われても仕方のないところであった。
アルベルトが懸命に話をしていた者たちが誰かは分からない、いつの事だったかも覚えていないと言い張ったおかげで、フェルディナンドとカロリーナは追及を辞めた。その者たちのたわ言も問題だが、アルベルトがその言葉をどう受け取ったかのほうがより重大な問題だ。
「事実ですから」
俯いたアルベルトが諦念をもって口にした答えを聞いた二人は眉を寄せる。
「兄上たちと違って勉強もできない、剣もそこそこ、研究者になれるほど情熱を持てるものもなくそもそもじっと机に向かうことも苦痛です。人の気持ちも分からない。私が何か言うと相手は悲しんだり傷ついたりする。でも、それがなぜなのか私には分からない。説明されて、ああそういうことかと思いはしても、また同じようなことを繰り返す」
アルベルトは自分を諦めたように笑って言う。出来損ないですから、と。
「馬鹿言ってんじゃないわよっ!」
「何を言っているのだ、お前は!」
カロリーナとフェルディナンドが気色ばむのを見て、家族には愛されているとアルベルトは思う。だが、愛で目が曇っているのだなと同時に考える。自分だけではなく母も兄も座学も剣術も振るわない自分のことを知っていることに間違いないのに、無能を事実と認められないのは欲目だとありがたい気持ちと申し訳ない気持ち、そこに怒りも混じる。なぜ自分のことを分かってくれないのかと。
「確かにあなたは目から鼻に抜けるような才気はありませんし、人の気持ちを慮ることが苦手で幾度も間違いを繰り返しています。勉強や剣術が苦手なのは根気と集中力がないのはもちろん、興味が薄く意欲がないからでしょう」
欲目どころか貶めているようにも聞こえるが、あながち間違いではない。愛情過多であっても我が子をここまで客観視出来ることはカロリーナの長所といってもいいだろう。言われたアルベルトと言えば、先ほど感じた怒りなど何処かへ霧散してしまい、肩を落としている。
「そうだ。お前は人の話を聞くことが苦手で一を聞いて十を知るどころか一をしっかりと聞くことが出来ないし、考えてから話すことも不得手でよく舌禍を招く。対人関係を有効に保つことが出来ないから外交にも向かないし、感情的になりやすいから商業方面も適性がない」
せめてもう少し柔らかい言い回しでダメージを受けない方向にしてほしいと思うアルベルトの肩を、フェルディナンドが掴む。兄の真剣な目で真正面から見据えられ、我知らず体が引けたアルベルトだが兄は弟を逃す気は毛頭ない。
「だがな、お前にはお前の長所がある」
散々こき下ろしておいていまさら何をとアルベルトはまっすぐに見つめてくるフェルナンドから目を逸らした。
「王族としてではない。アルベルト個人としての美点だ。座学でじっとしていられないお前が画布に向かっているときは寝食を忘れるのを知っている。お前の描く絵は素晴らしい。ただ美しいだけでなく見る者の心を揺さぶる。彫刻も素晴らしい。躍動的かつ野性的な男神を顕現させたかと思えば、儚くも繊細な精霊を生み出す」
「え」
「お前には芸術の才がある。兄弟の中でお前にしかない資質だ」
王家の人間として芸術の才があったからどうなのだと、きっと貴族たちは言うだろう。だがしかし、無才であると自分を責め続けてきたアルベルトにとってフェルディナンドの言葉は暗闇の中に灯る希望であった。
そもそもアルベルトは描くこと作ることに熱中はしても完成した自分の作品に思い入れはなかった。出来上がった作品はすでに過去の遺物で、顧みることも他者の評価を得ようとしたこともない。
「あなたは何度も間違えてきたけれど同じ間違いはしていないわ。経験して納得しないと血肉にならないだけで、決して無能なんかじゃないの。環境に馴染めないところはあるけれど特化した才能を持つものに見られることがある。トリアちゃんはあなたのそういうところをそのまま認めてくれた子だから大丈夫だと思ったの」
ヴィットーリアはアルベルトを無能な種馬としてみていたのではない、難ありで王家の厄介者として見ていたわけではない、ただアルベルトとして受け入れていたのだとカロリーナは言う。
思い返せば確かにヴィットーリアは一度も婚約者の才のなさを嘆くことも努力が足りないと叱咤することも無かったとアルベルトは思った。
「トリアに謝らないと……。私はトリアに酷いことを……」
「謝るのはいいけど復縁などと考えるなよ?既に婚約は解消されてる――いや、謝らなくてもいい。私がお前の気持ちをヴィーに伝えておこう」
「何故、兄上が?」
「私がヴィーの新しい婚約者だからね」
フェルディナンドの言葉はアルベルトに衝撃を与えた。自分の行いの尻ぬぐいで今まで結婚を視野に入れていなかった兄がヴィットーリアとの結婚せざるを得ない仕儀になったことを申し訳なく思ったのだ。
「いえ、違うから」
アルベルトの考えはカロリーナに否定された。
「違う?」
「そう、フェルディナンドは思い人のトリアちゃんにアルベルトという婚約者がいたから婚約者を持たなかったのよ」
「……え?」
「母上っ!」
自分の思いをアルベルトに聞かせる気はフェルディナンドには無かった。婚約は解消されたとはいえ、自分の婚約者に兄が横恋慕していたと知ったら良い気分になるはずがない。なのに、それをあっさりとばらすカロリーナ。だが彼女にも言い分はある。黙っていたらアルベルトは兄に自分の失態の後始末をさせたと悔やむだろう。ヴィットーリアとの婚約はしわ寄せではなく幸せなのだと伝えるべきだとカロリーナは言い、その言い分にフェルディナンドは納得した。
「ヴィーをお前から奪うつもりは無かった。だが、結果的にそういうことになってしまった」
「奪うだなんて!兄上……兄上は本当にトリアを?」
話を聞いてなおアルベルトはフェルディナンドが空言をついているのではないかと疑っている。自分の感情を慮っているのではないかと怪訝に思う気持ちがあるのだ。他者の気持ちに心を配ることを不得手としているアルベルトであるが、家族に対しては多少は推察することもできた。
的外れが多いのはご愛敬だ。
「そうなのよー。吃驚よね?私も先日聞かされた時には驚いたわ。まさかフェルディナンドがロリコンだなんてねぇ……」
第二子はロリコン、第五子は男色、だが子どもが幸せならそれでいいとカロリーナは認めていた。まさか、男色ではなくただ拗らせただけだったとは思いもしなかったが、陰口で卑屈になっていただけだと知って哀れとも情けなくも思った。情けないのは勿論我が子の傷に気付けなかった己の事である。そして王家直系男子である息子を能無しの種馬呼ばわりした者たちをどうしてやろうかと脳内で仕置き準備を始めてもいる。
「ろりこん……?」
「母上、ヴィーはロリータではありません」
意味の分からないアルベルトと分かった上で反論をするフェルディナンド。
「ロリコンって言うのはね、年端のいかない少女を好む変態性欲者の事よ、アルベルト。そしてフェルディナンド、聞いた話ではあなたがトリアちゃんを見染めたのは彼女が12歳の時だそうじゃないの。まごうことなく当時のトリアちゃんはロリータです」
少女だから欲したわけではない。想うのはヴィットーリアでたまたまその時の彼女が幼かっただけで、今の彼女もこれからの彼女も慈しみ愛しむとフェルディナンドは抗弁するが、12歳の少女に19歳の青年が懸想したのなら言われても仕方のないところであった。
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