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04 魔女は出て行く
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ガーラントは己の目を、耳を疑った。
力のある魔石を使用し、魔術に関してはこのランティス随一の自分が陣を刻んだ。なのに、なぜ、ハニー・ビーは命令を拒否できるのだ。
これにはあるカラクリがあるのだが、ハニー・ビーはそれを説明する気は無い。カラクリが無かったとしても、ハニー・ビーとガーラントとの力量差では服従の魔法陣が効力を発揮することは不可能であることも。
「だから効かないって言ったのにねー。ガーラント、ちょっと慢心し過ぎ。夏虫は雪を知らないって言うけど、自分の周りだけを見て全てを知った気になっちゃいかんな。ここではお偉いさんなのかもしれないけど、あたしの方がずっと優秀だし、そのあたしだって師匠の足元にも及ばないよ?上には上がいるってことを知る機会になって良かった、良かった」
「そ……んな……馬鹿な」
「あ、ガーラントがこの国の魔法使いの頂点なら、あたし、ここでは最強?わお、無双出来ちゃうじゃん!普段、師匠に顎で使われている鬱憤を晴らすチャンス!?やりたい放題!?ひゃっほー」
胸の前で両拳を握り、飛び跳ねんばかりに浮かれているハニー・ビーを見て、ガーラントは己の所業が悪手であったことを知り、絶望した。
私が敵わぬ相手に敵対心を持たれてしまっては、この国はどうなるのだ。
ただでさえ瘴気の蔓延で国が危機に瀕していると言うのに、私が滅びへの後押しをしてしまったと言うのか。己の無力を嘆くだけでは不甲斐ないが、この事態をどう収拾したものか。
ガーラントは己の行動による危機を、どうにか治めなければならぬと歯を食いしばった。自分の首一つで怒りを鎮めてもらう事は可能だろうかと考えた。
ハニー・ビーはそんな彼を見てこともなげに笑う。
「総員、あたしがこの部屋を出るまで動くな。明日の朝までこの部屋から出ず、声を出さずその場に待機」
魔法陣を刻んだわけでもない、ハニー・ビーの魔力を乗せた声だけで部屋にいた男たちは指一本動かせず、喉を震わせても一言すら漏らせなくなってしまった。
夏虫は雪を知らない。
ハニー・ビーの言葉はガーラントの胸を穿った。実際、魔術を使うものとしてまだ幼いといってもいい少女にこの国の頂である自分が手も足も出ないのだから、その言葉は当を得ている。忸怩たる思いで己に一撃を与えた言葉を咀嚼しているガーラントや、打ちひしがれているローブの男たちにハニー・ビーは軽く手を振る。
「じゃあねー。明日の朝には動けるようになるから大人しくしてるんだよ?」
そう言葉を残して部屋を出て行く後姿を、彼らはただ黙って見送るしかできなかった。けちょんけちょんにされた実力差を鑑みて――だけではなく、声を禁じられているのだから。
魔女怖い……聖女様助けて。誰の胸にもその思いが去来していたが、声にならぬ願いを聞く者も助けてくれる聖女もいないのであった。
◇◇◇
ハニー・ビーが部屋を出た途端に体は自由になった。しかし、声は出せないし部屋のドアは消失して壁となっている。
聖別されたナイフさえあれば魔法陣を刻むことも出来たのだが、この部屋には無かった。
結局、翌朝までまんじりともせずに男たちは部屋に籠っているしかなかったのだ。そして睡眠をとれなかった肉体よりも精神に打撃を折った翌朝のこと。
「魔女殿は……いまごろ何をされているのだろう。民に害が無ければよいのだが」
一人が言えば、一人が泣きそうな顔で頷く。
「私の慢心が招いた事だ。皆、すまぬ」
「いや、ガーラント殿。貴殿も我々も文献の通りに陣を刻み聖女を招こうとしただけ。魔女なるものが現れたのは予想外の事と」
だれもが聖女が召喚されることを疑っていなかった。文献しかない状況で助言を与えてくれる先達もおらず手探りの状態だったとはいえ、彼らは国難を憂い、私欲ではなく自分たちの手で平和を取り戻すべく動いたのだから。
疑わなかったことが罪と言ってもいい。
その結果は自分たちの手に負えない魔女、ハニー・ビーの召喚であった。
対応も拙く、彼女は城を出て現在は行方も知れない。
「先ず……陛下に結果を奏上せねばなりませんな」
「あ、いや、それは……」
ガーラントが焦りを見せて止めた。
「陛下には、満足な結果が出たのちに私から奏上を」
「……ガーラント殿。まさか、此度の召喚を陛下はご存じないなどという事はございませぬよな?」
「い……いや、それは」
実は、ガーラントは国王に聖女召喚を進言するも許可を得られていない。自国の国難排除を他の世界から拐かす人物に委ねるとは何事かと叱責も受けた。しかし、召喚してしまえばこちらのもの。送還は叶わぬのだから聖女さえこの地に降りて貰えば後は如何様にもなると独断で敢行したのだった。
なのに、魔女。なぜ、魔女。
魔女などお伽噺の中のみの存在ではないではなかろうか。
「ガーラント殿……」
非難の色も露わな目をガーラントは直視できなかった。上手くいくと思っていた。聖女さえ召喚できれば、国王も国民も瘴気を憂うことはなくなるのだと。贖いならこの首を差し出そうと、他の者に陛下の許可が下りていない事を話さなかったのは、咎はこの身一つで受けるつもりだったからなどと、失敗した今となっては言っても詮無いことだろう。
「ただの失敗ではござらぬ。手に負えぬ危険人物を野に放ってしまったのだ。陛下にご報告せぬわけにはいかぬ」
「今一度!今一度召喚の儀を行い、聖女を伴い魔女の行方を把握して、そして――」
「先ほどの慢心を悔いた言葉は空事かっ!」
強い叱責を受けても、ガーラントは再びの召喚を諦めなかった。
力のある魔石を使用し、魔術に関してはこのランティス随一の自分が陣を刻んだ。なのに、なぜ、ハニー・ビーは命令を拒否できるのだ。
これにはあるカラクリがあるのだが、ハニー・ビーはそれを説明する気は無い。カラクリが無かったとしても、ハニー・ビーとガーラントとの力量差では服従の魔法陣が効力を発揮することは不可能であることも。
「だから効かないって言ったのにねー。ガーラント、ちょっと慢心し過ぎ。夏虫は雪を知らないって言うけど、自分の周りだけを見て全てを知った気になっちゃいかんな。ここではお偉いさんなのかもしれないけど、あたしの方がずっと優秀だし、そのあたしだって師匠の足元にも及ばないよ?上には上がいるってことを知る機会になって良かった、良かった」
「そ……んな……馬鹿な」
「あ、ガーラントがこの国の魔法使いの頂点なら、あたし、ここでは最強?わお、無双出来ちゃうじゃん!普段、師匠に顎で使われている鬱憤を晴らすチャンス!?やりたい放題!?ひゃっほー」
胸の前で両拳を握り、飛び跳ねんばかりに浮かれているハニー・ビーを見て、ガーラントは己の所業が悪手であったことを知り、絶望した。
私が敵わぬ相手に敵対心を持たれてしまっては、この国はどうなるのだ。
ただでさえ瘴気の蔓延で国が危機に瀕していると言うのに、私が滅びへの後押しをしてしまったと言うのか。己の無力を嘆くだけでは不甲斐ないが、この事態をどう収拾したものか。
ガーラントは己の行動による危機を、どうにか治めなければならぬと歯を食いしばった。自分の首一つで怒りを鎮めてもらう事は可能だろうかと考えた。
ハニー・ビーはそんな彼を見てこともなげに笑う。
「総員、あたしがこの部屋を出るまで動くな。明日の朝までこの部屋から出ず、声を出さずその場に待機」
魔法陣を刻んだわけでもない、ハニー・ビーの魔力を乗せた声だけで部屋にいた男たちは指一本動かせず、喉を震わせても一言すら漏らせなくなってしまった。
夏虫は雪を知らない。
ハニー・ビーの言葉はガーラントの胸を穿った。実際、魔術を使うものとしてまだ幼いといってもいい少女にこの国の頂である自分が手も足も出ないのだから、その言葉は当を得ている。忸怩たる思いで己に一撃を与えた言葉を咀嚼しているガーラントや、打ちひしがれているローブの男たちにハニー・ビーは軽く手を振る。
「じゃあねー。明日の朝には動けるようになるから大人しくしてるんだよ?」
そう言葉を残して部屋を出て行く後姿を、彼らはただ黙って見送るしかできなかった。けちょんけちょんにされた実力差を鑑みて――だけではなく、声を禁じられているのだから。
魔女怖い……聖女様助けて。誰の胸にもその思いが去来していたが、声にならぬ願いを聞く者も助けてくれる聖女もいないのであった。
◇◇◇
ハニー・ビーが部屋を出た途端に体は自由になった。しかし、声は出せないし部屋のドアは消失して壁となっている。
聖別されたナイフさえあれば魔法陣を刻むことも出来たのだが、この部屋には無かった。
結局、翌朝までまんじりともせずに男たちは部屋に籠っているしかなかったのだ。そして睡眠をとれなかった肉体よりも精神に打撃を折った翌朝のこと。
「魔女殿は……いまごろ何をされているのだろう。民に害が無ければよいのだが」
一人が言えば、一人が泣きそうな顔で頷く。
「私の慢心が招いた事だ。皆、すまぬ」
「いや、ガーラント殿。貴殿も我々も文献の通りに陣を刻み聖女を招こうとしただけ。魔女なるものが現れたのは予想外の事と」
だれもが聖女が召喚されることを疑っていなかった。文献しかない状況で助言を与えてくれる先達もおらず手探りの状態だったとはいえ、彼らは国難を憂い、私欲ではなく自分たちの手で平和を取り戻すべく動いたのだから。
疑わなかったことが罪と言ってもいい。
その結果は自分たちの手に負えない魔女、ハニー・ビーの召喚であった。
対応も拙く、彼女は城を出て現在は行方も知れない。
「先ず……陛下に結果を奏上せねばなりませんな」
「あ、いや、それは……」
ガーラントが焦りを見せて止めた。
「陛下には、満足な結果が出たのちに私から奏上を」
「……ガーラント殿。まさか、此度の召喚を陛下はご存じないなどという事はございませぬよな?」
「い……いや、それは」
実は、ガーラントは国王に聖女召喚を進言するも許可を得られていない。自国の国難排除を他の世界から拐かす人物に委ねるとは何事かと叱責も受けた。しかし、召喚してしまえばこちらのもの。送還は叶わぬのだから聖女さえこの地に降りて貰えば後は如何様にもなると独断で敢行したのだった。
なのに、魔女。なぜ、魔女。
魔女などお伽噺の中のみの存在ではないではなかろうか。
「ガーラント殿……」
非難の色も露わな目をガーラントは直視できなかった。上手くいくと思っていた。聖女さえ召喚できれば、国王も国民も瘴気を憂うことはなくなるのだと。贖いならこの首を差し出そうと、他の者に陛下の許可が下りていない事を話さなかったのは、咎はこの身一つで受けるつもりだったからなどと、失敗した今となっては言っても詮無いことだろう。
「ただの失敗ではござらぬ。手に負えぬ危険人物を野に放ってしまったのだ。陛下にご報告せぬわけにはいかぬ」
「今一度!今一度召喚の儀を行い、聖女を伴い魔女の行方を把握して、そして――」
「先ほどの慢心を悔いた言葉は空事かっ!」
強い叱責を受けても、ガーラントは再びの召喚を諦めなかった。
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