スライムの恩返し

柴犬

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「……カシ?」

「はい、スタン様」

「本物?夢じゃなくて?妄想じゃなくて?幻じゃなくて?」

「はい、本物のカシです、スタン様」


 癒しは足りたかな?そう思ってスタン様を見上げると、真っ赤な顔をしたスタン様がぽかんと口を開けている。


「申し上げましたよ、本物のカサンドラ嬢ですと」

「え、いや、だって、カシがこんな所にいるとは思わないだろ。俺が会いたいと思ってるから幻影でも見ているのかと思うだろ」

「冷静になられましたら、先ず、周囲を見て下さい」

 テオさんの言葉を聞いて周りに目をやったスタン様は、慌てて私の肩に手を置いて体を離した。

「ごめん、カシ。こんな所で抱きしめたりして」

「謝らないでください、スタン様。私はいつでもスタン様のお役に立ちたいですから、どうぞお望みのままに」

「え、それ、男に言っちゃダメなヤツ……」

「カサンドラ嬢、スタニスラス様に何か用事があったのではないですか?」

 赤い顔を手で覆ったスタン様を無視したテオさんに言われ、用件を思い出した。


「スタン様、ジェシカさんに頼まれて、魔術省から急ぎの書類をお持ちしました。目を通してサインを頂きたいとの事です」

「うん、分かった。そうだよな、俺に会いたくて来たとかじゃないよな。一カ月も会ってなかったのに幻を見たかと思うほどに、ただただ会いたいと思ってたのは俺だけだよな、うん、知ってた」

「スタニスラス様、落ち着いてください。カサンドラ嬢がお困りになります。っつーか、落ち着け!」

「うん、落ち着く。――大丈夫だ。カシ、すまないがそこのベンチで少し待ってもらってもいいだろうか?講師室へもどって書類に目を通し、署名をして来よう。少し時間をくれ――冷静になって戻って来る」

「はい、スタン様。お待ちしております」


 何度も振り返りながら去っていくスタン様が見えなくなるまで見送って、私はベンチに腰掛けた。先ほどの光景を見ていた生徒さん達が、私を見てひそひそと話をしている。と、その集団の中から一人の女性が私の方へやってきた。その女性はピンクの髪を頭の両脇で結わいていた。


 この人がきっとスタン様の言うピンク頭さんだ……お名前は何というのだろうか、スタン様はピンク頭としか言ってなかったから名前を知らない。

 座ったままでは拙いので立ち上がって礼を取る。ピンク頭さんは礼を返すことなく、腕組みをして私を睨め付けた。私は伯爵家の娘という態になっているけれど、お父様に拾っていただいただけの娘、ピンク頭さんは庶子とはいえ子爵家当主の実の娘だ。立場としてどちらが上なのか。それは挨拶する順序に関わることなので下手なことは出来ない。下の者が上の者を先して名乗るわけにはいかないのだ。


 そういう私の葛藤も何のその、ピンク頭さんは名乗りもせず荒げた声で私を詰った……のだと思う。


「何故、スタニスラス様の傍にあなたのようなモブ以下の女がいるの!?隠しキャラの攻略が上手くいかないのはあなたのせいよね!?邪魔しないでほしいんだけどっ!」

 もぶ……隠しきゃら……もしかしてだけれど、ピンク頭さんはスタン様と同じいの知識があるのではないだろうか。知らない単語の醸し出す雰囲気が似ている気がする。

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