15 / 52
第3章・変わり始める世界
第15話
しおりを挟む
「……君ってほんと、変なひとだね」
「えっ! なにそれ、ひどい!」
千鳥さんは口を尖らせてふん、とそっぽを向いた。
相変わらず怒りかたが小二だな、と思いつつ、僕はポケットから財布を取り出す。自動販売機に小銭を入れ、サイダーの真下にあるボタンを押した。
ガコン、と大きな音とともにペットボトルが取り出し口に落ちてくる。
もう一度同じ工程を繰り返して、僕はふたつのサイダーを手に取った。そのうちのひとつを彼女に差し出す。
「え……くれるの?」
「うん。入学祝いってことで」
「あ、ありがと……」
千鳥さんはそろそろと手を伸ばし、僕からサイダーを受け取った。
「すごい……! なんか、水がきらきらしてるよ……!?」
「炭酸だからね。振っちゃダメだよ」
「炭酸……!!」
千鳥さんは、サイダーなんかより目をきらきらさせて、僕があげたサイダーを抱き締める。
「ありがとう。一生大切にする!」
「いや、それは炭酸が抜ける前に飲んでよ」
「あ、そっか。えへへ……あ、ねぇ汐風くん。今日のお昼休み、また会いに来てもいい?」
「でも君、午前の授業が終わったら帰るんじゃないの?」
「ここに来るまではそのつもりだったけど……汐風くんとクラス離れちゃったし、昼休みくらいしか仲良くなれるチャンスないんだもん。ダメ?」
千鳥さんは少し不貞腐れたような顔をして言う。
どきり。ストレートな表現に、異性に慣れない僕の心臓は大袈裟に反応してしまう。
「……そ、それはかまわないけど……でも、どうせなら僕とお昼食べるより、同じクラスのひとたちと仲良くなったほうがいいんじゃない? 馴染むためにも」
あくまで、彼女に気を遣ったつもりだった。
だって、僕とかかわったところで彼女に得はない。
僕は、高校に入学してからだれともかかわろうとしてこなかった陰キャの代表のようなもの。一方で、彼女は可愛くて話題の転校生。
僕なんかにこだわらず、もっと明るいひとたちと仲良くなったほうが、より楽しい学校生活を送れるだろうと思ったのだ。
今だってそうだ。
僕なんかといるところを見られたら、彼女がまわりからなにを言われるか分かったものではないし、僕といたせいで彼女にマイナスのイメージがついてしまうかもしれない。
「それは……まぁ、そうなんだけどさ」
出会ってからというもの、いつだって軽やかな返答をしてきた彼女が、珍しく歯切れの悪い反応をした。その顔を見て、ハッとする。
千鳥さんは、現在進行形で入院している。口調こそ明るいけれど、きっと心の内はいろんな不安でいっぱいのはず。唯一知り合いである僕を頼ろうとするのは、当然のことなのではないか。
周りの目を気にするより、僕はまず彼女に優しくするべきだったのではないか。
「ごめん。僕、君の気持ちも考えずに」
慌てて謝ると、千鳥さんは首を振った。
「ううん。私こそ、ごめん」
「……なんで君が謝るの?」
訊ねると、千鳥さんは自嘲気味の笑みを浮かべた。
「……だって私、汐風くんに大きな口叩いたくせにまだだれにも話しかけられてないんだ」
「……だれにも?」
「うん。思えば、病院のひとたちは生まれたときからそばにいてくれて、話しかけるのもなにかを頼むのも当たり前の日常だったから、緊張なんてしたことなかったなって。ぜんぜん知らない大勢のひとのなかに入るって、こんなに怖いことなんだね。知らなかったよ」
罪悪感が胸に広がっていく。
「だから、汐風くんはすごいよ。ちゃんと学校にいるんだもん。すごい」
呟く千鳥さんは、やはり拠りどころのない顔をしていた。
「……そんなこと、ないよ」
彼女に言われて凪と向き合って、心は見えないものだと分かっていたはずなのに。
「……君のほうが、よっぽどすごい」
しゅんとしてしまった千鳥さんに、僕は微笑みを向ける。
「僕だって怖いんだから、君が怖いのなんて当たり前だよ。新学期は毎年緊張するし、本当は今だって……強がって平気なふりしてるだけで、本当はめちゃくちゃ怖い」
「汐風くんも?」
「……うん」
たぶん、本がなかったら僕はこの学校という社会を生きていけない。
「そっか。じゃあ、私たちいっしょだね!」
ようやく彼女がいつもどおりの朗らかな笑みを浮かべる。
「うん……そうだね」
その笑みに、僕の心はまた少しだけ軽くなる。
「……じゃあ、とりあえず昼休みにここに集合ってことで。お昼は教室じゃなくて違うところで食べよう」
「えっ……いいの?」
千鳥さんの顔に、わずかに驚愕の色が滲む。
「……うん」
僕とかかわって彼女がいやな目に遭わないか、心配だけれど。こんな顔をされてしまったら、さすがに断れない。それに、彼女には恩がある。
僕なんかが彼女の役に立てるとは思わないけれど、せめて彼女に友だちができるまではそばにいよう。
頷くと、彼女は花が咲いたような笑みを浮かべた。
「やった! じゃあお昼休み、楽しみにしてるね!」
昼休みに会う約束を取り付けると、千鳥さんは軽やかな足取りでじぶんのクラスに戻っていく。
呑気なうしろ姿に小さく苦笑しながら、ふと思い出す。
「あ、お礼」
凪と仲直りできたことを思い出し、彼女が消えたほうを見る。しかし、そこにはもう千鳥さんの姿はなかった。
まぁ、昼休みに言えばいいか。
僕も彼女のあとを追い、教室へと戻るのだった。
「えっ! なにそれ、ひどい!」
千鳥さんは口を尖らせてふん、とそっぽを向いた。
相変わらず怒りかたが小二だな、と思いつつ、僕はポケットから財布を取り出す。自動販売機に小銭を入れ、サイダーの真下にあるボタンを押した。
ガコン、と大きな音とともにペットボトルが取り出し口に落ちてくる。
もう一度同じ工程を繰り返して、僕はふたつのサイダーを手に取った。そのうちのひとつを彼女に差し出す。
「え……くれるの?」
「うん。入学祝いってことで」
「あ、ありがと……」
千鳥さんはそろそろと手を伸ばし、僕からサイダーを受け取った。
「すごい……! なんか、水がきらきらしてるよ……!?」
「炭酸だからね。振っちゃダメだよ」
「炭酸……!!」
千鳥さんは、サイダーなんかより目をきらきらさせて、僕があげたサイダーを抱き締める。
「ありがとう。一生大切にする!」
「いや、それは炭酸が抜ける前に飲んでよ」
「あ、そっか。えへへ……あ、ねぇ汐風くん。今日のお昼休み、また会いに来てもいい?」
「でも君、午前の授業が終わったら帰るんじゃないの?」
「ここに来るまではそのつもりだったけど……汐風くんとクラス離れちゃったし、昼休みくらいしか仲良くなれるチャンスないんだもん。ダメ?」
千鳥さんは少し不貞腐れたような顔をして言う。
どきり。ストレートな表現に、異性に慣れない僕の心臓は大袈裟に反応してしまう。
「……そ、それはかまわないけど……でも、どうせなら僕とお昼食べるより、同じクラスのひとたちと仲良くなったほうがいいんじゃない? 馴染むためにも」
あくまで、彼女に気を遣ったつもりだった。
だって、僕とかかわったところで彼女に得はない。
僕は、高校に入学してからだれともかかわろうとしてこなかった陰キャの代表のようなもの。一方で、彼女は可愛くて話題の転校生。
僕なんかにこだわらず、もっと明るいひとたちと仲良くなったほうが、より楽しい学校生活を送れるだろうと思ったのだ。
今だってそうだ。
僕なんかといるところを見られたら、彼女がまわりからなにを言われるか分かったものではないし、僕といたせいで彼女にマイナスのイメージがついてしまうかもしれない。
「それは……まぁ、そうなんだけどさ」
出会ってからというもの、いつだって軽やかな返答をしてきた彼女が、珍しく歯切れの悪い反応をした。その顔を見て、ハッとする。
千鳥さんは、現在進行形で入院している。口調こそ明るいけれど、きっと心の内はいろんな不安でいっぱいのはず。唯一知り合いである僕を頼ろうとするのは、当然のことなのではないか。
周りの目を気にするより、僕はまず彼女に優しくするべきだったのではないか。
「ごめん。僕、君の気持ちも考えずに」
慌てて謝ると、千鳥さんは首を振った。
「ううん。私こそ、ごめん」
「……なんで君が謝るの?」
訊ねると、千鳥さんは自嘲気味の笑みを浮かべた。
「……だって私、汐風くんに大きな口叩いたくせにまだだれにも話しかけられてないんだ」
「……だれにも?」
「うん。思えば、病院のひとたちは生まれたときからそばにいてくれて、話しかけるのもなにかを頼むのも当たり前の日常だったから、緊張なんてしたことなかったなって。ぜんぜん知らない大勢のひとのなかに入るって、こんなに怖いことなんだね。知らなかったよ」
罪悪感が胸に広がっていく。
「だから、汐風くんはすごいよ。ちゃんと学校にいるんだもん。すごい」
呟く千鳥さんは、やはり拠りどころのない顔をしていた。
「……そんなこと、ないよ」
彼女に言われて凪と向き合って、心は見えないものだと分かっていたはずなのに。
「……君のほうが、よっぽどすごい」
しゅんとしてしまった千鳥さんに、僕は微笑みを向ける。
「僕だって怖いんだから、君が怖いのなんて当たり前だよ。新学期は毎年緊張するし、本当は今だって……強がって平気なふりしてるだけで、本当はめちゃくちゃ怖い」
「汐風くんも?」
「……うん」
たぶん、本がなかったら僕はこの学校という社会を生きていけない。
「そっか。じゃあ、私たちいっしょだね!」
ようやく彼女がいつもどおりの朗らかな笑みを浮かべる。
「うん……そうだね」
その笑みに、僕の心はまた少しだけ軽くなる。
「……じゃあ、とりあえず昼休みにここに集合ってことで。お昼は教室じゃなくて違うところで食べよう」
「えっ……いいの?」
千鳥さんの顔に、わずかに驚愕の色が滲む。
「……うん」
僕とかかわって彼女がいやな目に遭わないか、心配だけれど。こんな顔をされてしまったら、さすがに断れない。それに、彼女には恩がある。
僕なんかが彼女の役に立てるとは思わないけれど、せめて彼女に友だちができるまではそばにいよう。
頷くと、彼女は花が咲いたような笑みを浮かべた。
「やった! じゃあお昼休み、楽しみにしてるね!」
昼休みに会う約束を取り付けると、千鳥さんは軽やかな足取りでじぶんのクラスに戻っていく。
呑気なうしろ姿に小さく苦笑しながら、ふと思い出す。
「あ、お礼」
凪と仲直りできたことを思い出し、彼女が消えたほうを見る。しかし、そこにはもう千鳥さんの姿はなかった。
まぁ、昼休みに言えばいいか。
僕も彼女のあとを追い、教室へと戻るのだった。
10
あなたにおすすめの小説
神楽囃子の夜
紫音みけ🐾書籍発売中
ライト文芸
※第6回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
地元の夏祭りを訪れていた少年・狭野笙悟(さのしょうご)は、そこで見かけた幽霊の少女に一目惚れしてしまう。彼女が現れるのは年に一度、祭りの夜だけであり、その姿を見ることができるのは狭野ただ一人だけだった。
年を重ねるごとに想いを募らせていく狭野は、やがて彼女に秘められた意外な真実にたどり着く……。
四人の男女の半生を描く、時を越えた現代ファンタジー。
僕《わたし》は誰でしょう
紫音みけ🐾書籍発売中
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。
「自分はもともと男ではなかったか?」
事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。
見知らぬ思い出をめぐる青春SF。
※表紙イラスト=ミカスケ様
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
『大人の恋の歩き方』
設楽理沙
現代文学
初回連載2018年3月1日~2018年6月29日
―――――――
予定外に家に帰ると同棲している相手が見知らぬ女性(おんな)と
合体しているところを見てしまい~の、web上で"Help Meィィ~"と
号泣する主人公。そんな彼女を混乱の中から助け出してくれたのは
☆---誰ぁれ?----★ そして 主人公を翻弄したCoolな同棲相手の
予想外に波乱万丈なその後は? *☆*――*☆*――*☆*――*☆*
☆.。.:*Have Fun!.。.:*☆
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
灰かぶりの姉
吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。
「今日からあなたのお父さんと妹だよ」
そう言われたあの日から…。
* * *
『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。
国枝 那月×野口 航平の過去編です。
『愛が揺れるお嬢さん妻』- かわいいひと - 〇
設楽理沙
ライト文芸
♡~好きになった人はクールビューティーなお医者様~♡
やさしくなくて、そっけなくて。なのに時々やさしくて♡
――――― まただ、胸が締め付けられるような・・
そうか、この気持ちは恋しいってことなんだ ―――――
ヤブ医者で不愛想なアイッは年下のクールビューティー。
絶対仲良くなんてなれないって思っていたのに、
遠く遠く、限りなく遠い人だったのに、
わたしにだけ意地悪で・・なのに、
気がつけば、一番近くにいたYO。
幸せあふれる瞬間・・いつもそばで感じていたい
◇ ◇ ◇ ◇
💛画像はAI生成画像 自作
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる