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第2章
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しおりを挟む「ねぇ水波。俺はね、君に今日そのぬいぐるみをくれた子の気持ちがすごくよく分かるんだ。その子はただ、君と仲良くなりたいんだ。君をもっと知りたいんだ。そのきっかけが、このウサギのぬいぐるみだったんだと思う」
綺瀬くんは私の膝の上にちょんと座るぬいぐるみを見て、優しく微笑んだ。
「思いっていうのは、共鳴するのかもしれないね。俺も、水波ともっと仲良くなりたい」
「綺瀬くん……」
まっすぐな思いに、胸がじんわりとあたたまっていく。
こんな感情は知らない。
……いや、知っている。
久しくなかったけれど、来未が話しかけてきたとき、私はたしかにこのあたたかさを知った。そして今日、彼女の笑みにも同じ感情を抱いた。
「水波は?」
綺瀬くんは優しい眼差しで、ゆっくりと瞬きをする。
「……私も、綺瀬くんともっと仲良くなりたい」
すると、綺瀬くんは嬉しそうに表情を綻ばせた。私も思いを受け止めてもらえて嬉しいはずなのに、うまく笑えない。泣き笑いのようになってしまう。
綺瀬くんはそんな私の頭をよしよしと撫でてくれる。おかげで私は少しづつ落ち着いていく。
「まったく、水波は泣き虫だな」
まるで、ずっと前から知っているみたいにそばにいるのが当たり前のような気がする。
「ふだんは我慢してるもん」
「俺の前だけ?」
涙を拭いながら頷く。すると、綺瀬くんは嬉しそうにはにかんだ。
「じゃあ、その子はどうかな?」
「え?」
「その子と向き合える気はする?」
黙り込んで考えて、首を横に振る。
「……分からない。学校の子は、みんな私があの事故の被害者だって知ってるから、どこか気を遣って遠ざけてる気がするし、そうすると私も身構えちゃう。不幸な子でいなきゃいけないんだって思っちゃう」
私は可哀想だから、人殺しだから、笑っちゃいけない。みんなのように楽しそうにしてはいけないのだとみんなの視線に言われている気がして、息が苦しくなる。
「本当にそうなのかな?」
「え?」
「たしかに、中には水波に話しかけづらいなって思ってる人もいるかもしれない。けど、みんながみんなそうじゃないんじゃないかな」
「そんなことない! だって、お母さんですら私を見ようとしてくれない」
言ってから、私はハッと口を噤む。
「……ごめん」
綺瀬くんは優しく微笑んで、私を促した。
「いいよ。我慢しないで、言ってみて」
「…………っ」
綺瀬くんの優し過ぎる声が、トリガーだった。
心の器にこびりついたようにたまっていたものが、ぽろぽろととめどなく零れ出す。
「……事故のあとから、家族すら私に遠慮するようになった」
「うん」
「お母さん、今までみたいな小言を一切言わなくなったんだ。まるで親戚の子を相手するみたいに遠慮するようになった」
泣くとすぐに病院に行こうと言われるようになった。うなされていると、病人扱いされるようになった。
「事故の後、私はきっともうあの人の子供じゃなくなったんだよ。娘と同じ顔をしただけの事故の被害者っていう赤の他人になったんだ」
だから、どこかよそよそしい。
私は、お母さんが私の見えないところで、大きなため息をついていることを知っている。泣いていることを知っている。
きっと私は、死んでいたほうがお母さんもお父さんも楽だった。
仏壇の前で嘆くだけなら、きっと今より心の負担はなかっただろう。
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