明日はちゃんと、君のいない右側を歩いてく。

朱宮あめ

文字の大きさ
22 / 85
第2章

9

しおりを挟む

 言い終わって黙り込んだ私を、綺瀬くんが優しく抱き締めた。

「……バカだなぁ。そんなこと思うわけないって、分かってるくせに」
「でも……っ」

 綺瀬くんは優しく私の背中を撫でながら、
「前に言ったでしょ。俺たちはエスパーじゃないから、心の中までは見えないんだよ。たとえ家族でも」

 綺瀬くんは少し身体を離し、私と視線を合わせて「大丈夫」と優しく微笑んだ。

「ふたりはきっと、どうしたら水波が笑ってくれるかを考えてるんだ。ただただずっと、可愛い水波のことを考えてるんだよ」
「……そんなことない。お母さんもお父さんも、きっともう私を面倒としか思ってない」

 あれから私は、ずっと嫌な子供のまま。この前だって、酷い言葉を言ってしまった。

「そんなの、思春期の子供を持つ親ならちゃんと分かってるよ」

 綺瀬くんは私をまっすぐに見つめて微笑んだ。

「あのね、水波。親だって、人間なんだ。分からないことだってあるよ。娘のことをいくら思ってても、空回りして間違えることだってあるんだ」

 俺の親もそうだった、と綺瀬くんは言う。

「綺瀬くんの?」
「俺のお母さんもふだんは優しい人なんだけどね……」
 そう言って、綺瀬くんは目を伏せた。目を開け、私を見る。
「親は、子供のためならなんだってするんだ。……時には、間違ったことだって」

 綺瀬くんがするりと私の手をとった。そのぬくもりにハッとする。

「俺たちは大切な人を失って、恐ろしい孤独を味わってる。命の儚さを人よりずっとよく分かっているだろ?」

 綺瀬くんに優しく問われ、頷く。すると、綺瀬くんがにこりと微笑む。

「たらればを考えたってなんにもならない。そんな暇があるなら、今生きてる人たちと向き合うんだ。言葉は、生きているうちしか伝えられないんだから」

 あの日、もしあのフェリーに乗っていなければ。
 あの日、もし旅行になんて行っていなければ。
 ……喧嘩なんてしていなかったら。

 あの日からずっと、もしものことばかり想像した。祈った。

 でも、どれだけ悔やんでも、過去が変わることはない。死んだ人は戻ってこない。今さら来未の気持ちを聞くことはできないのだ。

 ……だけど、今は変えられる。

「俺たちは、未来に後悔を持ち込まないようにできるだけじぶんで努力するしかないんだ」

 涙ぐみながら、綺瀬くんを見上げる。唇から、声とも言えない吐息が漏れる。

「大丈夫。水波はひとりぼっちなんかじゃないよ」

 綺瀬くんが優しい言葉をくれるたび、私の心は灯火が灯るようにあたたかくなっていく。

「……お母さんと、話してみる。それから、志田さんとも」
 すると、綺瀬くんはなにやら考え込む仕草をした。
「……あ、でもね、ひとつだけ忠告」
「ん?」
「友達については、最大限努力してダメだったなら、仲良くしなくていいと思う」
「えっ?」

 なんだそれ、と綺瀬くんを見る。せっかく頑張る気になったのに。

「世の中にはたくさん人がいる。その中で、合わない人がいるのは当然だよ。一回親しくなったからって、ずっと友達でいなきゃいけないわけじゃない。無理に自分を殺して合わせる必要なんてないんだ。合わない人たちとは、無理に付き合わなくていい。いつかきっと、相手の全部を好きになれなくても、どこか一部でも好きになれるところがあって、喧嘩してもまた会いたいって思える運命の子に出会えるから。だからさ、それまで、どうか諦めないで。……大丈夫。俺はいつだって、水波の味方だよ」

「……うん」

 どうして、この人はこんなにも私が欲しい言葉をくれるのだろう。
 まるで、会ったばかりのはずなのに、ずっと前から知っているみたいだ。

 綺瀬くんの言う運命の子というのが、今目の前にいる彼自身だったらいいのに、と思う。
 だって、綺瀬くんがとなりにいてくれるだけで、私はこんなにも心が安らぐ。飾らないじぶんでいられる。
 私は綺瀬くんのとなりで、安心して目を閉じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

【完結】知られてはいけない

ひなこ
ホラー
中学一年の女子・遠野莉々亜(とおの・りりあ)は、黒い封筒を開けたせいで仮想空間の学校へ閉じ込められる。 他にも中一から中三の男女十五人が同じように誘拐されて、現実世界に帰る一人になるために戦わなければならない。 登録させられた「あなたの大切なものは?」を、互いにバトルで当てあって相手の票を集めるデスゲーム。 勝ち残りと友情を天秤にかけて、ゲームは進んでいく。 一つ年上の男子・加川準(かがわ・じゅん)は敵か味方か?莉々亜は果たして、元の世界へ帰ることができるのか? 心理戦が飛び交う、四日間の戦いの物語。 (第二回きずな児童書大賞で奨励賞を受賞しました)

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

処理中です...