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第3章
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しおりを挟む……歩果ちゃんとはほとんど話したことないけど、そういえばクラスでよく天然だと言われている子だった。と、そこまで思って、彼女がひとりでいることに気付き、首を傾げる。
いつもなら、彼女のそばには必ず花野琴音ちゃんという親友がいる。歩果ちゃんとは正反対の、背が高くてサバサバした感じの子だ。
「そういえば、今日は琴音ちゃんと一緒じゃないんだね」
会話の種にと思って何気なく訊くと、歩果ちゃんが言葉に詰まった。私から目を逸らし、小さく「うん」と頷く。
今にも消え入りそうな声に、しまったと思う。聞いてはいけないことだったかもしれない。
微妙な空気になってしまって、私は一歩後退った。
「……あ、えっと……じゃあ」
しれっと踵を返して歩き出す。すると、制服の裾を掴まれた。
「――?」
振り返ると、歩果ちゃんが控えめに私のティーシャツを掴んでいる。
「歩果ちゃん?」
「あの……水波ちゃん。もうちょっとだけ、私と一緒にいてくれないかな?」
「え?」
歩果ちゃんはもじもじしながら、
「私、人混みが苦手で……いつもは、琴音ちゃんが守ってくれるんだけど、今日はその……喧嘩しちゃって」と言う。
なるほど。そういうことだったのか。
事情を察し、私は近くの教室の時計を見る。朝香との約束の時間まではまだ少しある。
「うん、いいよ」
頷くと、歩果ちゃんの表情がぱあっと明るくなった。
それから、私はしばらくプラカードを持った歩果ちゃんと一緒に構内を歩いた。
これまで歩果ちゃんとは話したことはほとんどなかったけれど、穏やかな性格の子だった。喋り方もおっとりしていて、笑うと花のように可愛い。
正直、とてもだれかと衝突するような気の強い子には思えない。歩果ちゃんは、どうして琴音ちゃんと喧嘩してしまったのだろう。
「ねぇ、水波ちゃん」
ちょいちょいと歩果ちゃんに袖を引かれた。
「ん?」
「あれ食べない?」
歩果ちゃんが指で指し示したのは、校門前にある屋台。
「……牛串?」
屋台には、大きく『牛』の文字と絵がある。
そういえば、うちの高校は普通科のほかにいくつか専門学科がある。農業科や調理科はいつもお店顔負けの凝った出し物をするので、そこがうちの売りでもあったりする。
「宣伝付き合ってくれたお礼に奢るよ」
「えっ、いいよ……って、ちょっと歩果ちゃん!」
歩果ちゃんは私の声も聞かず、屋台へ一目散に走っていく。牛串を二本買うと、私の元へ戻ってきた。買ったうちの一本をグイッと私に差し出し、微笑む。
「はいっ!」
買われてしまっては、受け取らないわけにはいかない。このところ、奢ってもらう機会が増えたな、なんて思う。
「ありがとう……」
礼を言いながら受け取ると、歩果ちゃんは嬉しそうに牛串にかじりついた。
私も牛串にかじりつく。その瞬間、じゅわっと肉汁が口の中に広がった。
「!」
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