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第3章
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しおりを挟む「えっ……えっ? どうして? なんで綺瀬くんが私の学校にいるの!?」
驚く私に、綺瀬くんはしたり顔で言う。
「なにって、水波の文化祭を見に来たんだよ。学校での様子も見てみたかったし。あちこち探し回ってようやく見つけたと思ったら、クラスメイトの喧嘩の仲裁なんてしてるんだもん、びっくりしちゃった。かっこよかったよ、水波ちゃん」
「……もしかして、ずっと見てたの!?」
じわじわと恥ずかしさが込み上げる。
信じられない。見ていたなら声をかけてくれたって良かったのに。
「盗み見とか信じられない……」
「ごめんって。そんなに怒るなよ」
うなだれる私を見て、綺瀬くんはくすくすと笑っていた。
今日の綺瀬くんの格好は、黒のVネックティーシャツに、黒のパンツ。黒ずくめだ。
少し暑そうな気もするけれど、背の高い綺瀬くんに黒はよく似合う。
「でもすごいじゃん、水波。あの子たちは水波のおかげで大切な親友を失わずにすんだんだよ」
「……そう、かな?」
私は風になびく髪を整えながら、そわそわと落ち着かない心地になる。ちらりと綺瀬くんを見ると、にこにことして私を見ていた。
「そうだよ。えらいえらい」
不意に頭を撫でられ、どきりとする。
「……私はただ、綺瀬くんが教えてくれたことをあの子たちに言っただけ。素直になるって恥ずかしいし難しいけど、思いは口にしないと伝わらないって分かったから」
逆に、ちゃんと話せば分かってもらえるんだということも。
「それに……歩果ちゃんいい子だったし、私みたいに後悔してほしくなかったから」
綺瀬くんは「そっか」と微笑むと、なにやらバッグを漁り、不意になにかをずいっと差し出してきた。
「頑張った水波にはご褒美にこれをあげよう」
「……なにこれ」
「さっき買ったパウンドケーキ」
「一本まるごと!?」
「うん。だってそうやってしか売ってなかったんだもん」
「だもん、って……」
綺瀬くんが差し出してきたのは、マーブル模様のパウンドケーキだった。色味からして、チョコとプレーンだろうか。たぶん、調理科の屋台で売っているやつだ。
「がぶっとどうぞ」
「う……じゃあ、ひとくち」
綺瀬くんに促され、私は言われるままパウンドケーキにかじりついた。噛んだ瞬間、ふわりとバナナの甘い芳香が鼻に抜ける。
「……おいひい」
「でしょ?」
綺瀬くんは自分もパウンドケーキにかじりつく。綺瀬くんが食べたのは、私がかじったところだった。
「えっ」
思わず声が出てしまい、慌てて口を押さえる。
「ん?」
綺瀬くんはきょとんとした顔を私に向けた。
「……な、なんでもない」
私は見てはいけないものを見てしまったような気がして、サッと顔を逸らす。
顔が熱い。
綺瀬くんは、呑気に空を見上げながらパウンドケーキを食べている。ぜんぜん、私のことなんて意識してないって顔をして。
べつに、こんなのどうってことない。間接キスだなんて、今どき付き合ってなくてもふつうにするんだし。
……でも。でもなぁ。
少しだけ悔しい、なんて思ってしまう。だってなんだか、私ばっかり意識してるみたいで。綺瀬くんだって、私のこと好きって言ったくせに。
……綺瀬くんは、このあとどうするのだろう。帰るのだろうか。もし、時間があるならもう少し一緒にいたいなぁ。
私は意を決して、綺瀬くんへ身体を向けた。
「あの……綺瀬くん」
「ん? どうした?」
綺瀬くんが首を傾げる。
「あのさ、綺瀬くん……このあと時間あるなら、良かったら一緒に……」
思い切って誘おうとしたときだった。
「水波ーっ!」
静かな中庭に朝香の声が響き、私は飛び上がって驚いた。振り向くと、渡り廊下から手を振る朝香の姿。
その顔を見た瞬間、ハッとする。
そういえば、今日は朝香と文化祭を回る約束をしていたのだった。すっかり忘れて綺瀬くんを誘うところだった。
「もうっ! どこにもいないから探したんだよっ!」
「ごめん、あの……今ちょっと知り合いと話してて……」
言いながら、綺瀬くんを振り返る。……が。
「えっ? あれ?」
ベンチには、綺瀬くんの姿はなかった。
慌てて、周囲を見る。けれど、いない。どこにもいない。
「……綺瀬くん?」
トイレにでも行ったのだろうか……。
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