5 / 13
【前編】千年の祈り、あるいは想い(うらみ)
第3話 王国の異変
平和なポシーオを終えた翌年。年始めからトルマーレは不穏な空気に包まれていた。
スピネル火山がくすぶり、煙を時折上げ始めたのである。建国以来、鎮静を保っていた神の山が。
「火山神様がお怒りだ」
「怪物が地下で暴れている」
「怪物が呪いで火山を噴火させようとしている」
近頃、民の口より語られるのはそればかり。
国王トルマンは憂国していた。
我が父なる神の山よ。どうか―――
トルマンはここ最近、側近の静止を振り払い、王室付きの学者を連れて足しげく山へ入っていた。
しかし何度火口付近を調査しても、異変の原因や、今後噴火するかしないのかすら分からなかった。
どうか、荒ぶることなく―――。
彼は唯、祈るしかなかった。
巫覡の役を担った彼らは、千年も前に幽閉してしまったのだから。
「陛下、これ以上は危険です。お願いですからもう城へお戻りください……!」
振り払うも随行してきた側近に、彼は半ば強引に城へ連れ戻されていった。
どうか、赦してくれ―――。
*****
よく晴れた昼下がり。
スピネル火山を見上げながら、
トルマーレの民は今日も口々に不安や憶測を語っていた。
「今日もスピネル様から煙が出ているわ」
「建国のときに噴火したなら、また新たな国でも生まれるんじゃないか?」
「怪物がなにかしたに違いない! 火山神話で悪魔の子孫が言った通りだ!」
「トルマン様なら、きっとどうにかしてくださるさ。火山神の御子孫なんだから」
トルマーレは平和な島国だった。島神なる火山は建国以来鎮静を守り、今日までトルマーレの民を穏やかに見守ってきた。大きな争いや災害はまず起こらず、のどやかな国、おおらかな民がそこに生きていた。
そんなトルマーレに今、何が起ころうとしているのだろうか。
*****
王宮の本丸。兵士たちは、緊張の面持ちで跪いていた。
『こんなのは何年ぶりだろうな』
先ほどベテラン兵士が呟いていたのをタンザは思い出した。
急遽、王への臨時引見がなされたのである。大方、火山のことだろうと予想はついていた。しかしここには兵士の中でも限られた者のみ集められている。近衛兵、現兵士長、それと同クラスのベテラン兵―――。
近衛兵候補とはいえ、若手兵士である自身までこの場にいるのはいささか疑問だった。
空気が引き締まる。
その場にいた者らは一斉に、二階の玉座へ現れた神の子孫へ深々と敬礼した。
「表を上げよ」
凛とした声が本丸に響く。
気さくで親しみやすく、民より慕われている君主が、今日はどこか不安な硬さを感じさせた。
「皆、急にもかかわらずよく集まってくれた。皆も存じのとおり、我らが父スピネルに異変が起きている。このようなことは建国以来、例のないことである」
王は玉座から起立し、神話を描いた壁画に触れた。
「これはまさに、千年前、悪魔の子孫が予言したことと言えよう」
悪魔という単語に、タンザは身体がぴくっと反応した。
―――あいつらは悪魔なんかじゃないのに。
「して、ここからが本題である。今から申すのは、王宮でも一部の者しか存じえなかったことだ。信じられない者もおろうが、聞いてほしい」
他者の呼吸音さえ聞こえそうな静寂の中、トルマンは語り始めた。
この島に伝わる地下の怪物―――悪魔の子孫。そう呼ばれる一族が、この王国の地下で生活をしている。
彼らは今も確かに存在している。かつては地上で共存したものの、千年前の不吉な予言で時の王ダイモンドの怒りを買い、地下へと幽閉され現在に至る。
ただ、彼らは神話で言われているような怪物ではない。種族は違えど、我らと同じ人間である。
超人的能力を駆使する彼らは、今回のスピネル火山について何か知っているかも知れない。
近日、彼らとの談判に赴くため、今日集めた顔ぶれを随伴したい。
「話は以上である。エスピリカの能力は我々にとっても未知数のため、警戒する必要がある。ただ、汝らにも家族がいる。この中で、地下へ随伴してもよい者はおるか」
王の言葉が途切れるや否や、その空間に坐するすべての視線が一斉にタンザへと向かっていた。
彼は、自分が腕を挙げていることにやっと気付いた。王の問を受けた瞬間、勝手に身体が動いていたのだった。
自身が注目の的となってきることに数秒遅れて気付き、少し萎縮する。
が、彼は絶対に手を下げなかった。
「オニキスの息子、タンザか。ありがたい。頼み申すぞ」
タンザを筆頭に、一人、また一人と手を挙げていく。全員が手を挙げ切ると思った矢先、一人の若い兵士が口を開いた。
「誠に僭越ながら申し上げます、陛下。つまり、この地に伝わる"地下の怪物"の伝承は誤りで、我々と同じ人間が……、その、千年も、地下に閉じ込められているということでございましょうか」
近衛兵が瞬時に殺気立つのを、王は片手で制した。
王は目を伏せながら応えた。
「いかにも、その通りである。不吉な予言に憤った我が祖先は、エスピリカの力を恐れ、人権を奪い、暗い地下へ幽閉したのだ。スピネル火山が噴火するのであれば、愚かな行いをした王家への報いであろう。しかし、民に罪はない。私は民だけでも守りたいのだ」
王は、その兵士の目をまっすぐ見据えて続けた。
「そして私は、私の代のうちにエスピリカを地上へ迎え入れたいと思っている。かつての時代のように、トルマーレとエスピリカが共存できる未来を作りたいのだ」
空間にどよめきが起こった。
側近らもここまでは知らされていなかったらしく、目を見合わせている。
そんな中、トルマンは凛とした声で続けた。
「今必要なのは対話だ。武器は極力持たずに行く。エスピリカを武力で従わせるのではない。対話によってこの国を、ともに護っていきたいのだ」
若い兵士は参加の意を表し、手を挙げた。
スピネル火山がくすぶり、煙を時折上げ始めたのである。建国以来、鎮静を保っていた神の山が。
「火山神様がお怒りだ」
「怪物が地下で暴れている」
「怪物が呪いで火山を噴火させようとしている」
近頃、民の口より語られるのはそればかり。
国王トルマンは憂国していた。
我が父なる神の山よ。どうか―――
トルマンはここ最近、側近の静止を振り払い、王室付きの学者を連れて足しげく山へ入っていた。
しかし何度火口付近を調査しても、異変の原因や、今後噴火するかしないのかすら分からなかった。
どうか、荒ぶることなく―――。
彼は唯、祈るしかなかった。
巫覡の役を担った彼らは、千年も前に幽閉してしまったのだから。
「陛下、これ以上は危険です。お願いですからもう城へお戻りください……!」
振り払うも随行してきた側近に、彼は半ば強引に城へ連れ戻されていった。
どうか、赦してくれ―――。
*****
よく晴れた昼下がり。
スピネル火山を見上げながら、
トルマーレの民は今日も口々に不安や憶測を語っていた。
「今日もスピネル様から煙が出ているわ」
「建国のときに噴火したなら、また新たな国でも生まれるんじゃないか?」
「怪物がなにかしたに違いない! 火山神話で悪魔の子孫が言った通りだ!」
「トルマン様なら、きっとどうにかしてくださるさ。火山神の御子孫なんだから」
トルマーレは平和な島国だった。島神なる火山は建国以来鎮静を守り、今日までトルマーレの民を穏やかに見守ってきた。大きな争いや災害はまず起こらず、のどやかな国、おおらかな民がそこに生きていた。
そんなトルマーレに今、何が起ころうとしているのだろうか。
*****
王宮の本丸。兵士たちは、緊張の面持ちで跪いていた。
『こんなのは何年ぶりだろうな』
先ほどベテラン兵士が呟いていたのをタンザは思い出した。
急遽、王への臨時引見がなされたのである。大方、火山のことだろうと予想はついていた。しかしここには兵士の中でも限られた者のみ集められている。近衛兵、現兵士長、それと同クラスのベテラン兵―――。
近衛兵候補とはいえ、若手兵士である自身までこの場にいるのはいささか疑問だった。
空気が引き締まる。
その場にいた者らは一斉に、二階の玉座へ現れた神の子孫へ深々と敬礼した。
「表を上げよ」
凛とした声が本丸に響く。
気さくで親しみやすく、民より慕われている君主が、今日はどこか不安な硬さを感じさせた。
「皆、急にもかかわらずよく集まってくれた。皆も存じのとおり、我らが父スピネルに異変が起きている。このようなことは建国以来、例のないことである」
王は玉座から起立し、神話を描いた壁画に触れた。
「これはまさに、千年前、悪魔の子孫が予言したことと言えよう」
悪魔という単語に、タンザは身体がぴくっと反応した。
―――あいつらは悪魔なんかじゃないのに。
「して、ここからが本題である。今から申すのは、王宮でも一部の者しか存じえなかったことだ。信じられない者もおろうが、聞いてほしい」
他者の呼吸音さえ聞こえそうな静寂の中、トルマンは語り始めた。
この島に伝わる地下の怪物―――悪魔の子孫。そう呼ばれる一族が、この王国の地下で生活をしている。
彼らは今も確かに存在している。かつては地上で共存したものの、千年前の不吉な予言で時の王ダイモンドの怒りを買い、地下へと幽閉され現在に至る。
ただ、彼らは神話で言われているような怪物ではない。種族は違えど、我らと同じ人間である。
超人的能力を駆使する彼らは、今回のスピネル火山について何か知っているかも知れない。
近日、彼らとの談判に赴くため、今日集めた顔ぶれを随伴したい。
「話は以上である。エスピリカの能力は我々にとっても未知数のため、警戒する必要がある。ただ、汝らにも家族がいる。この中で、地下へ随伴してもよい者はおるか」
王の言葉が途切れるや否や、その空間に坐するすべての視線が一斉にタンザへと向かっていた。
彼は、自分が腕を挙げていることにやっと気付いた。王の問を受けた瞬間、勝手に身体が動いていたのだった。
自身が注目の的となってきることに数秒遅れて気付き、少し萎縮する。
が、彼は絶対に手を下げなかった。
「オニキスの息子、タンザか。ありがたい。頼み申すぞ」
タンザを筆頭に、一人、また一人と手を挙げていく。全員が手を挙げ切ると思った矢先、一人の若い兵士が口を開いた。
「誠に僭越ながら申し上げます、陛下。つまり、この地に伝わる"地下の怪物"の伝承は誤りで、我々と同じ人間が……、その、千年も、地下に閉じ込められているということでございましょうか」
近衛兵が瞬時に殺気立つのを、王は片手で制した。
王は目を伏せながら応えた。
「いかにも、その通りである。不吉な予言に憤った我が祖先は、エスピリカの力を恐れ、人権を奪い、暗い地下へ幽閉したのだ。スピネル火山が噴火するのであれば、愚かな行いをした王家への報いであろう。しかし、民に罪はない。私は民だけでも守りたいのだ」
王は、その兵士の目をまっすぐ見据えて続けた。
「そして私は、私の代のうちにエスピリカを地上へ迎え入れたいと思っている。かつての時代のように、トルマーレとエスピリカが共存できる未来を作りたいのだ」
空間にどよめきが起こった。
側近らもここまでは知らされていなかったらしく、目を見合わせている。
そんな中、トルマンは凛とした声で続けた。
「今必要なのは対話だ。武器は極力持たずに行く。エスピリカを武力で従わせるのではない。対話によってこの国を、ともに護っていきたいのだ」
若い兵士は参加の意を表し、手を挙げた。
あなたにおすすめの小説
神子は二度、姿を現す
江多之折(エタノール)
BL
1/7外伝含め完結
ファンタジー世界で成人し、就職しに王城を訪れたところ異世界に転移した少年が転移先の世界で神子となり、壮絶な日々の末、自ら命を絶った前世を思い出した主人公。
死んでも戻りたかった元の世界には戻ることなく異世界で生まれ変わっていた事に絶望したが
神子が亡くなった後に取り残された王子の苦しみを知り、向き合う事を決めた。
戻れなかった事を恨み、死んだことを後悔し、傷付いた王子を助けたいと願う少年の葛藤。
王子様×元神子が転生した侍従の過去の苦しみに向き合い、悩みながら乗り越えるための物語。
※小説家になろうに掲載していた作品を改修して投稿しています。
描写はキスまでの全年齢BL
【完結】下級悪魔は魔王様の役に立ちたかった
ゆう
BL
俺ウェスは幼少期に魔王様に拾われた下級悪魔だ。
生まれてすぐ人との戦いに巻き込まれ、死を待つばかりだった自分を魔王様ーーディニス様が助けてくれた。
本当なら魔王様と話すことも叶わなかった卑しい俺を、ディニス様はとても可愛がってくれた。
だがそんなディニス様も俺が成長するにつれて距離を取り冷たくなっていく。自分の醜悪な見た目が原因か、あるいは知能の低さゆえか…
どうにかしてディニス様の愛情を取り戻そうとするが上手くいかず、周りの魔族たちからも蔑まれる日々。
大好きなディニス様に冷たくされることが耐えきれず、せめて最後にもう一度微笑みかけてほしい…そう思った俺は彼のために勇者一行に挑むが…
偽りの聖者と泥の国
篠雨
BL
「感謝すら忘れた者たちに、明日を語る資格はない」
自らの都合で聖王セシルを追放し、異世界から新たな「勇者」を召喚したアドレアン聖王国。
しかし、その身勝手な選択が、国を、大地を、そして人々の心を根底から腐らせていく。
壊れゆく少年勇者と、彼を歪に愛した騎士。
二人の執着が交わったとき、聖王国は二度と再生不能な終焉へと突き進む。
裏切り者たちには、因果応報という名の、容赦なき報いが下る。
これは、傲慢な国が崩壊するまでの、無慈悲な記録。
-----------------------------------------
『嘘つき王と影の騎士』から引き続き読んでくださる皆様へ
この物語は、セシルを虐げた者たちが、ただただ因果応報の末路を辿るだけの物語です。
本編に救いはありません。
セシルたちのその後が気になるという方は、本編は飛ばして、最終話の後に掲載する「閑話」のみをお読みいただくことをお勧めいたします。
本作は『嘘つき王と影の騎士』の続編となりますが、前作をお読みでない方でも一つの物語としてお楽しみいただけます。
「お前を愛する事はない」を信じたので
あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」
お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。
秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~
めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆
―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。―
モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。
だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。
そう、あの「秘密」が表に出るまでは。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科
空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する
高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体
それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった
至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する
意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク”
消える教師
山奥の男子校で繰り広げられるダークファンタジー