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『14.魔女裁判〜一番星の咎〜』
開幕
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ついに幕が上がる、新舞台『魔女裁判』。
血とサビの臭いが漂う禍々しいポスターが、
観客の緊張感を煽っていた。
そこに描かれたのは、血と痣に塗れた青年・ダミアン。
ぼろぼろの服を着た彼を、数多の手が指差していた。
怒り、苦悶、諦観が入り混じた表情で縛られながら、
彼はどこか遠くを見つめていた。
開演を告げるブザーが鳴る――
幕は降りたまま、遠くから聞こえるのは天使の歌声のような美しい旋律。
聴く者を恍惚とさせたその瞬間、
ガベルの打音が響き、歌声は断ち切られた。
ワイン色の幕が重々しく上がる。
広がるのは、恐怖と狂気に満ちた魔女裁判の光景。
吊るされた鎖、ひび割れた壁、血を思わせる赤黒い液体――
観客が息を呑む。
魔女裁判――誰もが悟った。
ここは「正義の場」ではない。
これは、"地獄の入口"だと。
舞台中央、黒い鎖で吊るされた青年――
「アスモデウスの化身」と告発されたダミアン。
荒縄が無慈悲にその華奢な身体を締め上げる。
屈辱的な姿のはずなのに、
燃える紅い瞳が放つ威厳が、彼こそが真の支配者であるかのように錯覚させる。
『あいつだ!』
民役の男がダミアンを指差し、叫ぶ。
『夜中、夢に現れた! 淫らな声で歌い、俺を誘惑した!』
震える声に、
怒りと恐怖が交じる。
その叫びは導火線となり、
周囲の民が次々と声を荒げた。
『ミサで、あいつの目に見られたわ!
魂を吸い取る、紅い目で!』
『私の夫を誘惑して心を奪った!』
『男も女も子供も、堕落させた悪魔だ!』
『夢の中で、あいつが私の上に乗ってきた! 雄のサキュバスだ!』
舞台は、非現実的な
狂気と憎悪の叫びで
覆い尽くされていく。
最前列の観客が身を竦ませる。
その中で――
ダミアンは、
ただ静かに吊るされていた。
沈黙は罪の肯定ではない。
むしろ、己の醜さを
他者に押し付ける彼らへの、
無言の糾弾であった。
『静粛に!』
ガベルが鳴り響く。
判事役のカペラが
冷酷な声で場を鎮めた。
普段の甘いマスクは影もなく、
今の彼は冷徹な断罪者だった。
重厚な黒の法服、
冷たい青い瞳が観客までも支配する。
『ダミアン。お前は淫欲の悪魔、アスモデウスの化身と告発されている。民や聖職者を堕落させた罪を認めよ』
威圧的なガベルの音が、観客の鼓膜に鋭く響く。
『今、認めろ。人々をその瞳と歌声で堕落させるため⋯⋯聖歌隊に化けていたと』
告発者である神父役の男が前に出た。
十字架を握る手が震え、額には汗が滲んでいる。
『告発は事実です! 我が教会の聖歌隊におりながら、彼は神聖な場を汚しました。誘惑の歌声で、私の心に邪悪な影を……』
その声はかすかに揺れていた。
沈黙を破ったのは、
吊るされたままのダミアン。
『……俺が、誘惑した?』
低く、静かな声。
冷ややかな瞳で神父を見据え、吐き捨てる。
『己の欲望を他者の罪にするのが神の教えですか。神父様』
視線が神父に集中する。
彼は唇を震わせ、目を逸らすしかなかった。
『私は被害者です⋯! 清く正しい私が、彼奴を寵愛しているなど…謂れのない噂まで立てられて⋯!』
しかし、神父が狼狽しているのは明らかであった。
ダミアンは判事へ視線を戻し、静かに続けた。
『俺は誘惑などしていない。化けてもいない』
彼は観客をも睨むようにして言葉を続けた。
『淫らな夢も、堕ちた心も――それはお前たち自身の欲望だ。それを"悪魔"の仕業として正当化しているだけだ』
観客が息を呑む。
しかし彼は止まらない。
『神はすべてを見通している。お前たちの愚かさも、醜さも』
一人の民が震えながら叫ぶ。
『黙れ! 悪魔め! お前は神父様まで惑わせたんだ!』
ダミアンは一瞥するだけ。
その視線が、観客の胸を締め付けた。
吊るされたその姿すら、どこか神聖さを帯びるほどに――
『閉口させよ』
判事が命令する。
兵士が縄を強く締め上げた。
『……かッ、は……!』
白い肌に食い込む縄。
観客の脳裏には、ルシファーのスキャンダル写真がフラッシュバックする。
それでも、ダミアンは静かに呼吸を整え、判事を見据えた。
『俺は悪魔でも、堕天使でもない、人間だ。……お前たちと同じ』
判事は彼を睨むと、冷徹に告げた。
『奴を拷問にかけろ』
その言葉を最後に、舞台は暗転した。
明転――
鈍く軋む音が響き、
鎖の金属音が静寂を裂く。
観客席から、息を呑む気配がもれる。
ダミアンは無惨にも、
拷問台に縛り付けられていた。
先ほどの気高い姿は消え、
手足は四方に引き伸ばされ、
白いシャツは赤黒い染みに
染まっている。
縄が肌に食い込むその無力な姿は、
美しさと痛々しさが交錯していた。
生々しい光景に、
目を背ける観客もいた。
『お前が悪魔でないなら、証明してみろ』
判事の冷え切った声が響く。
その視線を受けた拷問官―カストル―が、無言で鞭を振り上げた。
――パァン!
乾いた音が、ダミアンの背中を裂く。
『くっ……ふ……!』
堪えるような息遣いが漏れ、
前列の観客が思わず目を覆う。
『お前に誘惑されたという証言は偽りか?』
判事の声は冷酷に続く。
『なら覆してみろ。お前の歌と瞳で人々を惑わし、夢にまで現れ、男も女も、子供さえも堕落させたその事実を!』
荒い呼吸の中、ダミアンは判事を睨みつける。
燃えるような目は、まだ屈していない。
『……何度でも言う。俺は……誘惑などしていない。神への歌を紡ぐ者だ……!』
かすれた声の奥に、揺るがぬ意志が宿る。
判事は苛立ち、拷問官へ目配せした。
拷問官は細長い
金属製の拷問具を持ち上げる。
その先端は赤く熱せられ、
じわじわと輝いていた。
『認めぬか。ならば、その身体に刻んでやる。お前が悪魔である証を』
ダミアンのシャツが剥ぎ取られ、観客席がどよめく。
美しさが拷問で穢される瞬間を、
誰もが息を呑んで見つめていた。
熱せられた鉄が肌に近づく。
鋭い金属音が耳を刺し、
恐怖が支配する。
―――ジューッ……!
焼ける音が、劇場に響いた。
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