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『18.気高き天狼、パピヨンになる』
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しおりを挟む今夜はいよいよ、
シリウスの超怖い父さん――
プロキオンさんとの食事会だ。
きらびやかなシャンデリアが
ゆらりと光を放つ高級レストラン。
銀のカトラリーが奏でる音が
かすかに耳に届き、
白いクロスのテーブルには
豪華なイタリアンが並べられていた。
そして目の前に座る、
圧倒的な存在感を放つ父と子。
どちらもゆるく波打つ長髪を
なびかせ、
サファイア色の瞳をまたたかせている。
ローマの彫刻が
動き出したかのようなその美貌は、
二人が実の親子であることを
物語っていた。
⋯⋯改めて、このテーブル、
顔面偏差値高すぎるだろ。
もちろん俺含めて。
お陰で周囲からも
熱い視線が俺たちへ注がれていた。
ところが――
普段は気高き天狼のシリウスが、
今は違う。
その瞳は時折父親を捉えたかと思えば、
すぐに逃げるように視線を落とす。
背筋を伸ばして座っているが、
肩には微かな緊張が見て取れる。
なんだこの縮こまり具合……
パピヨンかよ⋯⋯
今隣にいるのは頼れる
舞台監督シリウスではない。
父に怯える、
シリウス少年の姿がそこにあった。
「シリウス、最近はどうだ?」
プロキオンさんの声が静かに響く。
低く落ち着いた声。
それは父親としての情を持っているようにも、
言葉の奥に冷ややかさがにじんでいるようにも聞こえる。
「……別に、普通です」
シリウスは短く答えた。
それ以上は語るまいという意思が見える。
だが、親父さんは微かな笑みを浮かべながら、追い打ちをかけるように問いを続けた。
「普通、か。お前にとっての『普通』とはどういうものなのか、少し教えてくれないか?」
その声にはどこか探るような響きがあり、
テーブルに置かれたシリウスの手が一瞬だけ震える。
――よし、俺の出番だ。
「普通って言っても、舞台が絡めば普通じゃない日々ばっかりですよ。稽古から本番まで、いつも全力で走り続けてる。ねえ、シリウス監督?」
さりげなく助け舟を出すと、
シリウスは一瞬だけ俺に目を向けた。
感謝の色が宿るその瞳を見て、
俺はほっとする。
けど、親父さんの視線は俺を離さない。
その視線には、
何かを見抜こうとする意志が感じられる。
夜空を切り裂く彗星のみたいなまなざしだ。
「そうか……君たちの舞台は確かに素晴らしい。特にルシファー君の演技力には未だに圧倒されるばかりだ。⋯⋯だが、舞台を離れた君たちはどうなんだ? 昔と変わらず、仲良くやれているか?」
針のように鋭い問いかけ。
核心に近づこうとしているのが
明らかだった。
シリウスはグラスに手を伸ばしたが、
その指先は微かに震えている。
ワインの液面が揺れ、
危うくこぼれそうになったところで、
俺はさりげなくナプキンを差し出した。
「ええ、まあ……稽古以外でもシリウスには助けてもらってますよ。
彼は何かと気が利く人ですからね!」
俺は愛想笑いを崩さず、
鋭いまなざしに答えた。
今の俺はシリウスの盾だ。
たとえレベル100の父親が
相手でも、俺は盾となり
シリウスを守る。
シリウスが何度も
俺へ手を伸ばし、
救ってくれた時のように。
このスリリングな食事会――
ただよう緊張感が奇跡的に解けるのか、
それとも新たな波が来るのか。
それは神のみぞ知ることだった。
**
その後も二三、
スリリングな攻防戦を交わした頃、
デザートのティラミスがテーブルに置かれた。
すると、空気が変わった。
プロキオンさんの瞳に、
一瞬あたたかな光が宿る。
何かを懐かしむような、
柔らかなまなざしがシリウスを捉える。
⋯⋯この親父さん、
こんな優しい顔もするんだな。
「お前の好物だったな⋯⋯ティラミスは」
かすかな優しさが滲む声に、
シリウスの手がピクリと震える。
「お前の母さんが死んだ後、何度も作った」
やさしげな声が続く。
俺は少しだけ息を呑んだ。
⋯⋯シリウスの実家、
金持ちでお手伝いさんもいるのに。
まさかこの人が、
息子のために、手ずから
ティラミスを――
隣で、シリウスの瞳が微かに揺れた。
視線の先、ティラミスの層ひとつひとつが、
過去の断片をおりなしているように見えた。
「……小さいお前が泣きながら、『母さんのティラミスが食べたい』と言った時、仕方なくな」
シリウスは何も言えずに俯く。
しかしその姿に、
今までとは違う思いが灯る、
小さな少年が重なって見えた。
稽古中でもベッドの上でも、
あれほど自信に満ちて支配的なこいつが――
シリウスが、父へ泣きながら母の味を求めた。
それは俺の知らなかった
思い出だ。
そして、その思い出を
誰よりも知っているプロキオン――
あれだけ息子に
冷たく厳しい人が、
そんな記憶を懐かしげに抱いているとは。
⋯⋯このパパ、
超怖いだけじゃないな。
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