星に溺れるカーテンコール 〜これは愛か執着か? 今宵もきみに溺れる~

うまうま

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『17.星幽の母』

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*****

夜の闇が深まり、
月明かりがベッドルームを照らしている。
ふたりの息遣いが
静けさの中に溶け込んでいく。  

シリウスの髪を
指先で遊ばせながら、俺は彼の肩に頬を寄せた。  

肌が触れ合うたび、
温もりが心地よく広がる。  

ふと、あの旋律が浮かぶ。  
『G線上のアリア』――
カリーナがシリウスを膝に抱いて歌っていた曲。

笑みを浮かべながら、
俺はそっとその旋律せんりつを口ずさむ。  
女声のように高く、
透き通った声で空間を満たしていく。  

シリウスが微かに息を呑んだのが分かった。  

「星の光を集めたような声だ。さすが、天使の歌声だ」  
「ふふ、今はあんたのためだけに歌ってるんだよ。可愛い天使がね」  

女声の柔らかさと透明感に、
時折低い男声を織り交ぜ、
ふたりだけの調べを紡ぐ。  

シリウスは瞳を閉じ、
俺の声に耳を傾けていた。  

その表情には、かつての哀しみの影はない。
ただ、安らぎと幸福が広がっている。  

やがて、彼がゆっくりと目を開け、微笑みを浮かべた。  

「……こんなに美しい歌声、天使が羽ばたいてるみたいだな」  

俺は少し照れくさくなりながら
肩をすくめた。  

「ありがとう。褒めても何も出ないよ」  

シリウスは俺の頬に手を添え、
真剣な眼差しで見つめてくる。  

「今なら分かるよ。この曲が俺にとってどれだけ特別だったか……母さんは、あんなに俺を想ってくれていたんだ」  

胸の奥が熱くなる。  
俺はシリウスの頬に
優しく触れながら、甘く囁いた。  

「あんたは間違いなく愛されて……望まれて生まれてきたんだ。両親からね」  

俺を見つめる、
サファイア色の瞳が揺れる。  

「…Sei davvero sceso dal cielo(お前は本当に天から降りてきたんじゃないか)……? 地上に堕ちてきた時、痛くなかったか?」

――こんなセリフを真剣な目で言っちゃうんだから、
笑っちゃうよね。

「シリウス。生まれてきてくれてありがとう。俺の傍にいてくれること……それが、何よりの奇跡だよ」  

天狼星の瞳が潤み、
そこに宿るあたたかい光が
俺の胸を満たしていく――

静かな夜が包み込む中、
俺たちはただ、互いの温もりを感じながら微笑み合った。  

空では満天の星が、
祝福するように優しく
揺らめき続けていた――。





*****

ふたりが墓標に立つ前の刻。

広い屋敷の書斎で、
一人の男が妻の写真の前に
白いカーネーションを飾っていた。

今でも鮮明に思い出す、
鈴のような声。
108本の赤い薔薇を差し出した時の、弾ける笑顔。

彼女が紡ぎ出す、
儚くも美しいG線上のアリア――

『あなた……』

天使が笑うような声で、
彼女は男をそう呼んでいた。

今、その声で呼ばれた気がする。振り向いても誰もいないことを
解りつつ、彼は振り返った。

ところが――

「………っ!!」

時が止まった。

「……カリーナ……!」

男の前に、おぼろげな光を
放ちながら佇む美女――
胸には、大きな薔薇の花束を抱えている。

『毎年カーネーションをありがとう。……そして、あの時もらった薔薇の花束、本当に嬉しかった』

目を見開いて立ち尽くす男に、
彼女はそっと近づく。

『私の夫になってくれてありがとう。あなたと出逢えて……幸せでした』

朧げな花束が、
光の粒となって天に昇ってゆく。

彼女とともに。

「カリーナ……! 待ってくれ、逝かないでくれ……!」

男のサファイア色の瞳から
冷徹な光が消え失せ、
大粒の涙が盛り上がる。

「……私を……おいて逝くな……」

必死に手を伸ばす男の手を取り、
彼女は微笑んだ。


『……次の人生でも、またあなたに会いに行くわ』

幻想的なまでに美しく、
彼女は笑う。

『それとね……シリウスにはもう自分の道があるわ。あの子を信じて、見守ってあげて』

男の腕の中、
彼女は光の粒となって消えた。

部屋には、『G線上のアリア』の
残響がほのかにただよっていた。

「夢でも見たのか……」

男はしばらく呆然と佇んだ後、
涙を拭いながら書斎の椅子へ腰掛ける。
思うように動かぬ脚をもどかしく思いながら。  

シリウス――彼の一人息子。  

「妻を失い……舞台を失い……私はただ、生き永らえた。あの子に夢を託すしかなかった。それが正しかったのか……私にも分からない」

蒼天色の瞳が揺れ、
男はつややかな長髪をかき上げる。

彼自身、父親から愛された経験が乏しく、
我が子へどう接するべきか分からなかった。

「……だが、それ以外に……私は何ができた? あの子に、何をしてやれた……?」

彼女と出逢うまで、
己が父になるなど
想像もしていなかったのに――

幼い息子の姿が脳裏に浮かぶ。
泣きながら母を探すあの子を、
どう慰めればよかったのか。

『かあさんは、いつになったらかえってくるの……?』
『かあさんのティラミスがたべたい……!』

あの子の笑顔を最後に見たのは、
いつだったろうか――。

「……いつか、あの子と向き合える日が来るだろうか……」

妻の写真へ語りかける。
しかし返事はない。

「今度……食事にでも誘ってみるか。……来てくれるだろうか」

写真の中、カリーナの笑みが
深くなった気がした。




『星幽の母』おわり
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