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『17.星幽の母』
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カリーナの命日の夜、
空には雲一つない満天の星々が瞬いている。
墓地へと続く道を、
俺たちは静かに歩いていた。
夜風が髪を撫で、
月明かりが柔らかく地面を照らす。
劇場の完璧なセットみたいだ。
ざわめく木々を抜け、
シリウスと俺は、
幽霊母さんの墓標の前に立った。
墓標には、既に4本の白いカーネーションが供えられていた。
その花言葉は「一生愛し続ける」。
「……父さんが来たんだな。あの人らしい花選びだ」
シリウスは静かに呟き、
手に握ったロケットペンダントを
胸元に押し当てた。
風が止むと同時に、
どこからか聞こえてきたG線上のアリア――
柔らかく、天から降り注ぐような旋律。
歌声とともに、
淡い光が墓標の周りを舞い始める。
「……ルシ、これは……」
「間違いない……会いに来たんだ。あんたの母さんが」
月明かりが形を変え始める。
淡い光の粒が集まり、
シリウスが息を呑む間に
ひとつの人影を描き出した。
現れたのは、先日舞台袖で会った女性――
朧げな輪郭、風に揺れる長い金髪、
そして優しさに満ちた翡翠の瞳。
「思い出してくれて、ありがとう」
シリウスの前に立つカリーナは微笑み、
そっと息子の頬へ手を伸ばした。
「ふふ、すっかり母さんより大きくなって」
シリウスは声を詰まらせた。
「母、さん……」
驚いて固まる息子を愛おしげに
カリーナは撫でた。
「ごめんね……母さんがいなくなってから、たくさんつらい思いをさせて」
その声は光みたいに柔らかく、
シリウスの心を優しく包み込んでいく。
シリウスの、
サファイア色の瞳に涙が滲む。
「母さん……オレ、思い出したよ……小さい時、母さんがよく、
G線上のアリアを歌っていたこと。
昔からあの曲は悲しくなると思ってたけど、
母さんとの思い出が詰まった曲だったんだ………」
彼の声が詰まり、涙がこぼれる。
大きな彼の姿に、
幼い少年の影が重なる。
「それと……オレ……母さんの作ったティラミスが大好きだった……」
カリーナの笑みが深まり、
彼女から淡い光の粒が立ち昇る。
それは次第に光の珠となって宙に舞い始めた。
揺らめきながら俺たちの周りに次々と浮かび、
その中に鮮やかな光景が映し出された。
「これは……母さんの記憶……?」
シリウスの呟きに、俺も息を呑む。
カリーナの記憶が、
光の珠に次々と映し出される。
まるで、走馬燈みたいに――
柔らかな陽光が差し込む劇場の舞台裏、
若き日のプロキオンが跪き、
薔薇の花束を差し出している。
「……これは……母さんにプロポーズする父さん……?」
シリウスが息を詰めたまま、
光の珠を見つめている。
場面が切り替わり、
純白のドレスに身を包むカリーナが現れる。
鏡越しに自分を見つめ、
照れたように微笑む。
別の珠に映し出されるのは、
まだ赤子のシリウスを抱き上げる瞬間。
『シリウス。あなたは母さんの光よ。特別になんてならなくて良いの。ただ、健やかに生きてくれるだけで――』
彼女の優しい囁きが、
G線上のアリアとかさなる。
さらに別の珠には、
幼いシリウスが
初めてよちよち歩きを始め、
つまずいて泣き出す場面。
あたたかい腕が、
そっと彼を抱き上げ、語りかける。
『つらいときは、泣いたっていいのよ』
次の珠には、
母の膝の上で微笑む、
幼いシリウス。
G線上のアリアが静かに流れる中、彼は無邪気に微笑み、
傍らのプロキオンも穏やかに
その様子を見つめている。
そして最後の珠――
病室の薄明かりの中、
小さなシリウスが不安そうに母を見あげ、
そっと手を握っている。
『大丈夫よ……シリウス。母さんはこれからも、あなたの中にいるから。愛してるわ、ずっと……』
大人のシリウスの声が震え、
彼の頬を一筋の涙が伝う。
「……思い出した……俺は、ずっと……母さんに……」
舞っていた光の珠が消え、
再びカリーナの姿が淡い光に包まれる。
幽霊母さんは俺を見つめると、
儚く笑いかけた。
「本当にありがとう、ルシファーさん。あなたのおかげで、やっとこの子に会えたわ」
俺は夢を見ているような気持ちになりながらも、微笑み返した。
「……Je vous en prie, Madame.(どういたしまして、マダム)」
彼女は聖母のように微笑むと、
再び息子へ向き直る。
「シリウス。母さんね……もう、次の人生が始まるの……
最後に、あなたに会えて良かった……あなたの母になれて、幸せだった」
「……っ、母さん……!」
シリウスが手を伸ばす中、
カリーナは足元から
光の粒となって、
星空へと昇っていった。
「寂しい思いをさせてしまったけど……
ルシファーさんと巡り逢えて良かった……どうか、彼と幸せを創ってね」
その粒が見えなくなるまで、
G線上のアリアの旋律が、
夜空に響き続けていた――。
その場に立ち尽くす
シリウスの肩に、
俺はそっと手を置く。
「幽霊母さんからあんたを頼まれちゃったよ。……大事にしろよ、この命」
シリウスは小さく頷き、
夜空を見上げた。
無数の星々が、
彼を見守るように優しく輝いていた――。
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