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『17.星幽の母』
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翌日。
俺は劇場の控室で頭を抱えていた。
幽霊母さんの依頼を受けて
劇場中を探し回ったが、
ロケットペンダントの手がかりはゼロ。
「……劇場中探したけど、どこにもない。ヒント少なすぎだろ」
苛立ちながら
小道具置き場を探るも、
成果はない。
けれど、カリーナの切実な瞳が
頭から離れない。
「どうしても見つけたいんだよな……」
己でも驚くほど、
俺は操られるように
ペンダントを探していた。
「あんなプライベートなもん、普通は部屋にあるよな」
呟きながら俺は決意した。
――シリウスの部屋を探るしかない。
***
その夜。
俺は整然とした部屋に足を踏み入れた。
机や棚に並ぶ脚本や資料が
几帳面すぎて、息が詰まりそうだ。
「……脚本の確認ついでって言えばごまかせるよな」
自分に言い聞かせながら、
引き出しを開ける。
けれど、劇団関係のものばかりで何も見つからない。
「もっと奥か……?」
引き出しを探る音がやけに響き、
冷や汗がにじむ。
「さすがに『あんたの幽霊母さんに会った』なんて言えないしな……」
『私にはもう、時間がないのです』――
カリーナのセリフが胸を締めつける。
「……くそ、見つからねえ……」
苛立ちを覚えたその時、
バスルームの扉が開く音がした。
「やばっ、撤収撤収」
慌てて部屋を後にする。
結局、今夜も収穫はゼロだ。
リビングで一人、
カリーナの言葉を思い出す。
『あの子にとって私が、ただの悲しい記憶ではなく、あたたかい思い出になるように』
頭の中で『G線上のアリア』が流れる。
気づけば、その旋律を口ずさんでいた。
「Ah……♪」
不思議な導きに包まれるような感覚。
まるで幽霊母さんがそばにいるみたいに――
静かな部屋に声が溶けた時、
扉の向こうから
微かな足音が聞こえた。
「ルシ……」
振り返ると、風呂上がりの
シリウスが立っていた。
「その曲……なぜ歌ってる?」
戸惑う声に、
俺は肩をすくめる。
「何となく。G線上のアリア、綺麗な曲でしょ?」
シリウスは微かに首を振る。
「その曲を聴くと……胸が苦しくなる。懐かしいような、でも悲しいような……」
カリーナの言葉が蘇る。
『あの子にとって、私は悲しい記憶……』――
「……もしかして、あんたの母さんが好きだった曲じゃない?」
シリウスは記憶をたぐるように
瞳を閉じる。
「わからない。でも……記憶の彼方で、誰かが歌っていた気がする」
その声はわずかに震えていた。
「……昔からこの曲は苦手だ。聴くと、心が締めつけられる」
哀しげな瞳に、
幼いシリウスの面影が重なった。
***
ベッドに横たわり、
意識が霞みゆく刹那――
ふいに、『G線上のアリア』の旋律が微かに耳をかすめた。
包み込むような音色は、
子守唄のように耳をくすぐる。
「……なんだ?」
俺がかすれた声を漏らすと、
隣でシリウスが目を開けた。
その瞳は、眠りと覚醒の狭間で 揺らめき、夢幻の光を宿している。
静かにベッドを降りた彼は、
足音すら響かせず、
幽かな光に導かれるようにチェストへと歩み寄った。
見えない糸に操られる人形のように、
指先が小さな引き出しに触れる。
引き出しが開いた瞬間。
ティラミスの甘やかな香りが広がり――
そこで待っていたのは、
古びた金のロケットペンダントだった。
「……こんなところに……ずっと失くしたと思ってたのに」
シリウスはペンダントを手に取り、そっと開く。
そこに映るのは、
幼き日の彼と母カリーナ、
そして父プロキオン。
「……思い出した……小さい頃、母さんの膝の上で……母さんがこの曲を歌ってくれたこと……」
風に揺れる一輪の花のように、
シリウスの声が儚く揺れる。
「母さんが作ってくれた、ティラミスの香りも……」
彼の手がペンダントを握りしめるたび、
記憶の波が優しく押し寄せる。
やがて、サファイア色の瞳から
大粒の涙が静かにこぼれ落ちた。
「小さい頃……母さんがいなくなったことを受け入れられなくて……
俺はずっと……記憶を閉じ込めていたんだ……」
月明かりがその涙を銀糸のように照らし出し、
シリウスの影を浮かび上がらせる。
「シリウス……」
俺は言葉を失った。
夜空駆ける天狼の如く気高い彼が、
今はただ、母を悼む一人の仔狼となっている。
その姿が、あまりにも儚くて、
美しくて――
「……もうすぐ母さんの命日だ。母さんが、
何かを伝えたかったのかもしれない」
月明かりの中、幻想的な旋律が
部屋を満たし、
閉ざされていた記憶が解き放たれていった――
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