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『19.星纏う、漆黒の髪〜それはマタタビ?〜』
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しおりを挟む「あれ……シリウス監督の髪、いつもにまして、めちゃくちゃ良い香りじゃないですか……?」
稽古の休憩中、
カペラの一言が
団員たちを沸き立たせた。
今日は編み込みハーフアップにした、シリウスがいるソファ――
黒曜石の輝きまとう
長髪が揺れるたび、
甘やかで上品な香りが漂っていた。
近くにいたカストルが、
指先をそっと彼の髪へ
滑らせる(勝手に)。
「Wow…とぅるんとぅるんだぜえ……!」
他の団員も引き寄せられるように、
シリウスの髪へと寄ってきた。
「ローズとジャスミン……あとシトラス系? なんかクセになる……」
「それにすごいわ! 静電気防止加工でもされてるのかしら?」
「ああんシディ……嗅いでもいーい?」
「……好きにしろ(気味悪いやつらだな)」
シリウスは演出ノートから
顔を上げず、
面倒そうに許可を出した。
するとマタタビに
群がる猫の如く、
団員たちは魅惑の長髪に
戯れ始めた。
触れる者、嗅ぐ者、編み込む者──
全員、その美髪の
虜となっていた。
――バンッ!!
そこへ、ルシファーが
勢いよく降臨した。
「QU'EST-CE QUE C'EST QUE CE BORDEL !?(なんだこの騒ぎは!?)」
紅い瞳が妖しく光り、
猫と化したメンバーを見渡す。
「Oh là là!…Non!! Non,non,non!!」
彼は静かに歩み寄り、
メンバーを押しのけて
シリウスの背後へ回った。
そして、ゆるやかに
ウェーブがかった長髪を
両手で包み込み、
深く、深く、香りを吸い込んだ。
「Haa… Mon dieu…(はああ…神よ…)俺の髪……」
顔を上げたルシファーは
すっかり蕩けた表情となっていた。
「みんな。この髪に勝手に触れちゃだめだ。俺の髪なんだから」
「いや、俺の髪だろ……」
シリウスが冷静に突っ込むが、
ルシファーは聞いちゃいない。
彼はくすりと笑い、
メンバーを見渡した。
「この御髪はね、ただの髪じゃない。
これは夜空に瞬く黒曜石、月光を浴びて輝く絹……
そして何より、俺だけが許された"禁断の楽園"……」
「禁断の、楽園?」
劇団メンバーがざわめく。
「触れれば快楽、嗅げば陶酔、絡みついたらJe deviens fou(クレイジー)……Ah…」
舞台さながらに、
おおげさな身振り手振りで
シリウスの髪の価値を説く
天才役者。
「なんかルシファーの語り……セクシーすぎない?」
苦笑する団員を余所に、
彼の艷やかな演技には
拍車が掛かってゆく――
「Oh……罪深き甘美な香り……星空を閉じ込めた黒い滝よ……」
「………(今日のルシは酔っ払いみたいだな)」
シリウスの胸中を余所に、
ルシファーはシリウスの髪を
指で梳き続けている。
「この輝きは国宝級……オークションにかけたら、億は下らないだろうね」
「勝手に売るなルシ――」
「Haa……Mon noir profond, mon paradis personnel.
(俺だけの漆黒、俺だけの楽園)」
漆黒の長髪と輪舞曲を
舞い始めるルシファー。
しかし彼だけでなく、
劇団メンバーはすでに
シリウスの髪の虜になっていた。
「独り占めは良くないぜえ……公共の福祉だ」
「もっと触らせてくれ…!」
「ちょっとだけ、もう一回嗅がせて……」
「一房もらってお守りにしたい……」
半目になり、
面倒くさそうにするシリウス。
ルシファーは団員たちへ
逆毛を立てた。
「Syaaa…!! Non,俺だけの楽園! これ以上触っちゃだめ!」
彼はポケットから櫛を
取り出すと、
丁寧にブラッシングし始める。
「シリウスは、顔より何より、髪が汚れることを嫌うんだ。……この間なんか、道端でカラスに白い爆弾を落とされて……女子高生みたいに叫んで――」
――バサバサッ!!!
ルシファーの演説を遮るように、
天井の梁から黒い影が舞い降りた。
「……なんだ?」
静寂。
そして——
「……Aaaaaaaaah(きゃあああああ)!!!!」
女子高生のような悲鳴が
響き渡った。
「カラス!? なんで!? 劇場の中だぞ!?」
「どこから入ったの!?」
「シリウスが女子高生みたいに叫んでる!!」
劇団メンバーがざわつくなか、
女子高生――いやシリウスは
本気でパニックに陥っていた。
「Non venire qui(来るなッ)!!! Demone piumato(羽毛の悪魔がッ)!!!」
長髪を守るように抱え込みながら――
逃げる!
逃げる!!
逃げる!!!
その姿は、蛮族から
逃げ惑う姫君さながらだった。
「シディ、そんな可愛い声出せたのねっ! そしてお姫様みたい!」
「Nooo!! 早く追い払ってくれ!!!」
カァ――バサバサバサ!!
カラスは目を輝かせて
執拗にシリウスの頭上を狙っている。
彼のきらめく髪を
「光り物」と判断したのか――?
「Ce connard(クソったれ)!!! この黒羽野郎、"俺の楽園"を二度も汚させるか!!!」
ルシファーは
自前の日傘を広げて
シリウスの髪を庇いつつ、
まさに"クソったれ"な
カラスを威嚇した。
「空砲の音を食らえ!」
「犬の鳴き声SEだ!」
激しい攻防戦の末、
団員たちはなんとか
カラスを外へ追い出すことに成功した。
「シリウス監督、無事?」
「……なんとか。みんな、ありがとう」
青ざめながらも、
長髪を整えるシリウス。
「この髪が穢れたら、俺はもう終わりだ……Stronzo(クソったれ)……」
「俺が守護神になるさ,Raiponce de jais(漆黒のラプンツェル)」
そして、その翌日——
劇場の至る所に、
カラス避けアイテムが
大量にぶら下がっていた。
ダミーの逆さ吊りカラス、
釣り糸の罠。
果てはカラスの天敵、
フクロウの模型まで……。
劇団メンバーは戦慄した。
「……これ、全部シリウス監督が?」
「そんなにカラスがトラウマに……」
「劇場どころか、自宅にもめっちゃぶら下がってるらしいぞ」
一方シリウスは、
完全に開き直っていた。
「これだけ対策すれば、あの羽毛の悪魔も寄って来ないだろう……」
今日もツヤリング浮かぶ
髪をとかしながら、
彼は悟ったような目で遠くを見つめていた。
夜空を束ねた髪を持つ男は、
今日も楽園を守るために
生きるのだった――
『星纏う、漆黒の髪~それはマタタビ?~』おわり
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