ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特攻ラスボスは俺が倒す―

つくもいつき

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序章

第1話 ラスボスが女性特攻能力持ちなのに主人公が女体化して詰んだ件

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 十五歳の夏。
 俺――佐藤あゆむは、水泳部の帰りに暴走車にはねられて死んだ。


「おぉ、よしよし……いい子だ……」


(……どなた?)


 気づけば、ほおに三条の切り傷のある女性の腕に収まっていた。
 どうやら俺は異世界転生したらしい。
 言葉を話す頃には、俺はこの世界がとあるゲーム世界と類似しているのを認識した。


(男は射精で経験値が減る世界? はあ? どんなエロゲ設計思想だよ……。間違いない、これ、やりこんでたゲームの世界だ)


 元・成人向けタクティカルRPG 〈あべこべ世界で成り上がり!〉――ダンジョン×トレハン×逆転世界の怪作。


 生前やりこんだゲーム世界に転生し、俺も最初のうちは喜んだ。
 だが、自分の名前を知った瞬間、少しばかり落ち込んでしまう。


 ――俺が転生した人物は、モブ・アイカータ。
 物語開始直後に呪われて、性別転換TSするサブヒロイン兼主人公の親友枠であった。




◆□◆




 十八歳を迎えた俺は、原作どおり上級冒険者学校に入学した。
 黒鉄こくてつの校門を抜け、敷石しきいしに落ちた樫の影をまたいで俺は歩く。


「おはようございます!」


 元気よく俺はあいさつする。胸元で軽く右手を上げた。
 花壇の水まきをしていた用務員の女性が面食らったように振り向く。


「あ、お、おはよう」


 彼女は顔を赤くする。控えめな会釈を返してきた。
 じょうろの噴霧が朝日をつかみ、つかの間の虹をつくる。
 『わ、私にあいさつ?』と彼女は戸惑い続ける。会釈をしながら、俺はその脇を通り抜けた。


 周りと比べ、頭ひとつ分ほど高い視線から、俺は広い前庭を見渡す。
 石畳で舗装された道を十数名の生徒たちが先を行く。
 群青のジャケットにプリーツスカート、タイツ――見渡す限り女子の制服ばかりだ。
 濃紺ジャケットでズボンを穿く男子の姿は見当たらない。


 女子たちは談笑の輪を崩さない。それでいて視線だけが、俺に吸い寄せられている。


「でっかぁ……♡」


「胸板、太ももすごっ……。エロすぎんでしょ……♡」


 漏れ聞こえる声。居心地の悪さを覚える。
 浅黒く分厚い手で、俺は頭をひとかきした。
 目元を隠していた黒の前髪が風に跳ねる。俺はひと息ついて、歩みを進めた。


(主人公様はどんな姿をしてることやら)


 原作では水の王国にある、この上級冒険者学校を舞台に物語が始まる。
 プレイヤーは三年後の淫魔王ラスボス戦に向け、主人公を育成していく。
 主人公の容姿や名前を自由に設定できるゲームであったことから、主人公がどんな人物か、俺も未だわかっていない。わかっているのは和国出身者であることだけ。


 俺は革鞄のストラップを握り直した。
 春先の冷たい空気に、肩を震わせる。
 大きな靴底が石畳を軽く打つたび、乾いた音が跳ね返った。





 俺が教室に入ると、好奇の視線が肌をなぞった。
 様々な香料が俺の鼻をかすめていく。


 視線は受け流し、自席を探す。
 自席の後ろに座る人物を見て――俺は息を呑んだ。


 銀糸のような髪。ガラス戸から差す陽光を、髪は照り返す。
 銀の束はあざやかな朱と白の絹ひもによって、蝶結びでわえられている。
 馬の尾のように垂れては、床をかすめそうであった。


(……きれいだな)


 彼は太ももに拳を置き、藍の瞳を前へと向ける。
 その凛とした姿に、思わず俺は見入った。


 息を整え、俺は自身の髪を撫でつける。
 胸の鼓動を抑えてから、銀髪の彼に歩み寄った。


「や、初めまして」


 軽く手を上げ、俺は声をかけた。
 銀髪の彼が、俺を見上げる。


 背丈は俺より頭ひとつ低い。
 男子用の濃紺ジャケットを身に着け、彼はぴんと背筋を伸ばしていた。
 銀ボタンが窓の光を跳ね、胸の“波と歯車”の校章がわずかにきらめいている。


 とがめるような声を、彼は発した。


「――お、遅い。待ちくたびれたぞ。我一人かと思った」


「すまんすまん」


 俺は苦笑し、謝りながら席に着く。
 彼のほうへ体を向け、あいさつを続けた。


「俺は、モブ・アイカータ。この街、ミカの商家出身。君は?」


「――我はカナメ・ビゼン」


「ビゼンって、和国将軍家の?」


「おおっ、いかにも! 我は将軍家子息、和国一の快男児とは我のこと――どうだ驚いたか?」


「驚いた」


 ふんすと胸を張るカナメを、俺は見つめる。
 遠巻きで会話を盗み聞きしていた女子たちが、『嘘……!?』『鼻血出そう……!』などとざわめいていた。


 カナメは俺たちの反応に大いに満足したようであった。
 喜色を浮かべ、彼は胸をさらに反らした。


 俺は念のため、特殊技能を使う。
 才能タレントの『目』で彼を見た。
 こめかみが脈打つ。視界の縁に黒い染みが走り――次の瞬間、真紅のきらめきが眼前で弾けた。


 一瞬だけ、視界が赤に染まる。
 を開く。才能タレント〈女神の祝福〉が視界に映し出されたことで、カナメが原作主人公であると、俺は確信した。


「お前、アイカータと言ったな? ……でかいな。もしかして寮の相部屋の者か?」


「そうですかね。訳あって今日から入寮ですけど」


「やはりそうか! これからよろしく頼むぞ。そ、それと、そうかしこまらずともよい。今の我はこの国ではただのボーケンシャというやつだ。共に肩を並べて戦うもの同士、仲良くしてくれ」


「……わかった。こちらこそよろしく」


「うむ!」


 俺たちは握手した。
 カナメの小柄な手のひらに刻まれた剣だこが、こそばゆい。
 触れただけで、長年の鍛錬のあとを感じ取った。


 俺は片眉を上げて、目を見張る。
 途中、驚いた様子のカナメと目が合った。


 厚みを感じたのはお互い様だったようだ。
 俺たちははにかみ合い、さらに固く相手の手を握った。


 そのことで周囲から『尊い』だの、『やば……!』といった言葉が漏れたが、俺は無視する。


(ため息の出るほどの美人。俺、性別転換TSしたら、やばそうだなぁ……)


 今の状態でも心奪われかけているのを俺は感じていた。


 予定ではカナメと同じ寮室で寝て覚めたら俺は女体化してしまう。
 原作展開を守るためとはいえ気は進まない。
 明日の朝の出来事を空想し、俺は深くため息をついた。




◆□◆




 ――そして、翌朝。


「お、お、女の胸ぇっ!?」


 俺は目の前の出来事が、悪い冗談であることを祈った。


(主人公が女体化? え? はあ?)


 寮室の隣のベッドで銀髪の彼――いや彼女が、濃藍のうあい甚平じんべえ越しに自らの胸を揉みしだいている。


「――も、モブ、これっ!? わ、我の胸にふくらみがぁっ!?」


 薄暗がりの中響く高い声。
 まるで異物を確かめるように、彼女――カナメ・ビゼンは胸を触る。
 生まれたばかりのふくらみと俺を、彼女は怯えた目で交互に見つめていた。


(マジか、マジなのか!?)


 俺は跳ね起き、汗ばむ手で目をぬぐう。
 本来たどるはずの歴史を外れ、原作主人公が性別転換TSした光景から、俺は目を背けた。


(主人公が女体化ぁ!? この世界のラスボスは、女性じゃ相手にならないんだぞ!? ゲーム内で、ラスボスの女性特攻の魅了スキルを、防ぐ手段はなかった!!)


 目の前のカナメが女体化した光景を、口を開けたまま、俺は見つめ続ける。


「~~っ! そ、そんな見るな、痴れ者ぉっ……!」


 ちょっと前まで胸を揉みしだいていたカナメが、急に身をよじる。
 頬を茹で上がらせ、俺から隠れるように背を向けた。


 それどころではなかった。


(なんで!? 俺が女体化するはずだったろ!?)
 

 俺が異世界転生をしてからずっと備えてきたオープニングイベントが、原作から大きく乖離かいりした。
 背に冷汗が噴く。指先の震えは止まらない。


(ただ一人、才能タレント〈女神の祝福〉で呪いを無効化できる男主人公が、世界を救う鍵だってのに……!!)


 男性じゃないと、ラスボスの前に立つことができない。
 だが、世の男性は、才能タレント〈女神の呪い〉を持った状態で生まれ、女性といたしたり溜め込んで暴発すると経験値を喪失する。――定期的に、割合で経験値が消えてしまう。



 三年後、誰がラスボスの前に立つ?


 心臓の音が跳ねる。
 自身の戦う姿が脳裏にぎる。
 シーツに落ちた汗が、ぽつ、と染みを広げた。


















───◇◆ 次回予告 ◆◇───
タイトル:「幕間1:学内共有型魔導板帳ログ①」

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