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1年目春 商会令嬢対決編
第19話 ショートカット
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異界ダンジョン〈試しの山〉。
俺はこの異界ダンジョンそのものへ意識を注いで、情報を『視る』。
深紅に反転した視界が、無数の光脈となって網の目を描く。
森も岩も熱を孕んだ空気も、あらゆる存在の輪郭が符号へと分解される。
気温、魔素・聖素濃度、魔物の種別と位置、地形の立体情報、仲間の生体反応――膨大な数値と文字列が洪水のように脳へ雪崩れ込み、頭蓋がきしんだ。
(──必要な、情報を……!)
意識を研ぎ澄まし、奔流の中から平面地図情報の層へダイブする。
深紅の大地に幾筋もの光点が瞬き、隊列を組んで移動していた。
光は班ごとに色別されている。
俺とカーラは白。レンとシモンの位置は北北西に一キロ離れた淡緑の光点。黄色のアリス班は速度を伴って南下し、他班もそれぞれの軌跡を残している。
十五秒。頭蓋の中で何かがプツンと弾ける感触。
鼻腔を熱い液体が伝い、視界がにじむ。
「あ、アイカータくんっ!?」
魔光を解除すると同時に膝が抜け、地面に崩れ落ちた。
視界が元に戻る。足元の黄土とカーラの甲冑靴が揺れて映った。
あと五秒でも長びいていたら、脳幹が焼けていた。
鼻血が滴り、赤い点を土に散らした。
カーラの慌てた声がかすかに遠く、生ぬるい風が頬を撫でた。
(全員の位置は、わかった――)
ぐらつく意識をつなぎ止めながら、俺は拳で地を叩き、再び立ち上がろうとした。
力が入らずに、その場に倒れ込む。
鼻っ柱が土にまみれる。痛いのかどうかもわからないまま、うめいた。
「だ、大丈夫か?」
「予定、どおり、に……」
俺は振り絞った声を上げる。
からからに乾いた喉を震わせるたび、鉄の味を帯びた唾液が舌の裏で苦く弾けた。
しゃがんだカーラが俺を仰向けに変えた。
そのまま彼女も横になる。
うつ伏せになり、彼女は腕立て伏せの体勢を取っていた。
俺は意図を察して転がる。
カーラの背に覆いかぶさった。
視点が上昇する。
熱を吸った鎧が俺の肌を温めた。
彼女に腕を回し、どうにか落とされないように自身の腕を掴む。
震える指先が汗に滑りそうになり、必死で力を込めた。
肩に顎を乗せる。亜麻色の髪が頬をくすぐった。
拭った鼻から血が一筋垂れる。
「……悪い」
「き、気にしてない。むしろ……いや、行こう」
カーラが前進する。
移動しながら、ぽつりぽつりと俺は手にした情報を小出しに伝えた。
◆□◆
俺の才能――〈第四の目※1〉の反動により身じろぎも苦痛な状況。
カーラの背に揺られたまま、俺は体力の回復を待っていた。
〈第四の目〉によって、モンスターの位置情報は把握している。
モンスターたちに遭遇せずに俺とカーラは前へ前へと着実に進んでいた。
灼けた金属板――ハーフプレートアーマーが低温の火傷のような熱を押しつけてくる。
湿った熱帯の空気は肺の奥にまで入り込み、息を吸うたび焦げた草葉と硫黄が混じった煙が喉を擦った。
遠くで雷にも似た地鳴りがごろごろと腹の底を揺らす。
噴煙の影が空の端を曇らせている。
「右……」
「──わかった!」
カーラの肩越しに吐き出した俺の声は、熱気の層でくぐもり、自分の耳に届く頃にはすっかりかすれていた。
俺の両脚を持つ彼女の手が強まる。
気づかいに、温かさを感じた。
「アリスたちは……六十分で山頂に……」
アリスたちはマップ北西端の転送点⑤から開始したのであろう。
俺たちとのレースに負けまいと、淀みのない動きで移動していた。
ダンジョン突入時点での戦力図※2を、俺は頭で整理する。
通常であれば、第一班(レベル2×3+レベル3)/第二班(レベル3×4)と、レベルによる体力の差が到着時刻に響いてくる。
(俺たちはショートカットを使えば、五十分ほど……。合流を考えると時間がない……)
彼女の班はすでに森林地帯を抜けきりそうな位置にいた。
おそらくはマップ北の正規ルートから山頂を目指すことになるはずである。
あまりにも迷いがない動き。
アリスの才能〈黄金感覚〉で最適なルート選択を行っているのだろうと、俺は勘繰った。
(早めに進まないと……)
魔法の携帯袋にしまったメモ書き。
対アリスの秘密兵器に、俺は想いを馳せた。
しばらく進んで視界が開ける。
カーラの背から俺は標高1,000メートルはあろう火山を見上げた。
灰を孕んだ雲が山頂を巻き込み、咆哮のような噴気が尾を引いて空へ昇る。
空気は熱に揺らぎ、遠目にも赤熱した岩流が脈動しているのがわかる。
近づくたび、地面の奥で心臓が脈打つような振動が強まる。
汗ばむ肌を熱と恐怖が同時に這い上がった。
アリスたちが山頂に着くまでの予測残時間、五十五分。
□
俺はカーラから降りて、灼けた赤土の上に腰を下ろした。
足元はまだふらつくがもう一人で歩くことはできそうだった。
根を張ったシダの影から立ち上る湯気が頬をなで、火山風が硫黄と草の匂いを混ぜて運ぶ。
「いったん、小休憩しよう」
そう言って、俺は魔法の携帯袋から塩おにぎりと携帯浄水瓶を取り出した。
立ったままのカーラに竜海苔※3で包んだ塩おにぎりを二つ投げてよこす。
「え? え?」
「いらなかったか?」
「──いるぅ!」
「お、おう」
俺は竜海苔をはがし、塩おにぎりにかぶりつく。
魔法の携帯袋内は時の流れが遅い――炊き立てと変わらぬ温かさを舌先で感じる。
にぎり飯の海塩が舌を刺激し、唾液がどっと湧いた。
粗い米粒を喉に押し込み、携帯浄水瓶に入れた耐熱ポーションで流し込んだ。
口内に残る塩気と炊き立ての甘さがじわりと指先に力を戻した。
耐熱ポーションの冷涼さが胃から広がる。
はっかを飲み干した気分だ。この世界の猛暑に欠かせない苦みを、俺は味わった。
カーラは満面の笑顔をたたえておにぎりを頬張っている。
リスのごとくほっぺたをふくらませていた。
「おいひぃ……っ!」
ただの水稔米を丸めて塩を振っただけ、と口には出さない。
幸せそうな横顔が、噴気孔の白煙を背景にやわらかく浮かぶ。
遠くではスカイスワローの鳴き声が短くこだました。
俺は自身の体力の残量を『視る』。
四割ほど回復しているのを見て、次にカーラを眺めた。
八割残っているのを確認する。
改めて彼女が体力お化けであることを思い知った。
「……」
「どした?」
視界を元に戻す。カーラが食べる手を止めて、俺のことを見つめていた。
恐る恐る、といった様子で彼女は俺に尋ねてきた。
「その、……その赤い目は、君の才能なんだよ、な?」
「ああ。前も言ったけど、あまり深く聞いてほしくはないかな。家族とカーラたちにしか教えてないし」
「あっ、ごめっ! そういう意味じゃなくて! ……ただ、大丈夫かな、って。す、すまない」
俺は手をひらひらと振って応えた。
合宿中に俺はレン・シモン・カーラには手の内を明かしていた。
実際の消耗を目の当たりにして、不安になったのだろう。
立ち上がって、彼女に俺が使っていた携帯浄水瓶を手渡す。
目を白黒させ、うろたえる彼女の耳元で俺は告げた。
「心配かけてすまない。……もう大丈夫だ、ありがとう」
「──!?」
口にした途端、カーラの耳が少し赤くなる。
ぽんとカーラの肩を叩いて、俺ははにかんだ。
「レンたちに追いつかなきゃな。次もカーラ頼みだ……また、よろしくな」
鼻血を垂らしながらカーラが短くうなずく。
俺はざらつく手袋で汗を拭い、前方の地形を見据えた。
赤土の向こう、噴気を吐く岩場の上に切り立った黒曜の崖がそそり立つ。
溶岩で焼かれた断崖は鈍い光を帯び、頂には幅一人分の細い獣道が絡みつく。
俺は首筋の汗に風を受けながら、険しくそそり立つ壁を見上げた。
(あの稜線のショートカットを使えば、レンたちに追いつける――)
未だにレンたちと通信魔法はつながらない。
あと百、二百メートル、距離を詰めれば届くはずだ。
俺は〈不動の跳躍する兎の足〉の代替装備を袋から取り出した。
靴を履き替える。原作知識に頼った時間短縮に取り掛かった。
アリスたちが山頂に着くまでの予測残時間、五十分。
□
「次は、あそこの、でっぱりに組み付いてくれ」
カーラの首に片手を回したまま、反対の腕を伸ばして指差す。
幅二十センチほどの赤茶けた突起。熱で脆くぽろりと崩れそうな外観である。
だがそこが唯一、次の足場に届くルートであった。
「ひぃいい……っ!」
ほぼ垂直に切り立つ黒曜混じりの壁――三百五十メートル級の絶壁が天頂を遮る。
上昇気流が火山風を引き上げ、硫黄と焦げ土の匂いがむせ返るほど濃くなる。
岩肌の隙間からは白い噴気がぷつぷつ漏れ、熱い蒸気が頬を刺した。
カーラの声が上ずる。
俺を背負ったまま素手で岩を掴み、手甲が震えるたび金属臭が熱気に混ざった。
今カーラは甲冑靴の替わりに〈不動の跳躍する兎の足〉を履いている。
本来はレンの風魔法〈飛行術〉で登るはずだったが、二手に分かれたため急遽この方法を選んだ。
「カーラなら、大丈夫だ。……頼む」
「──う、うわあああああああっ!!」
カーラは息を呑み、脚のバネを一気に解放――。
ぶおん、と重い風鳴りが耳を裂き、二人まとめて空中へ浮く。
彼女の両手が突起を掴むや、岩がきしんだ。
反動で視界が揺れ、火口の熱風が背面を焼く。
鉄の匂いと焦げた苔が鼻を刺し、汗が一筋、顎から地表へ滴った。
「よしっ。次はあの上の……」
「う、ううぅっ……」
カーラの肩が震える。俺は次の蹴り出しに備えてしがみつく力を強くする。
この後、俺たちは跳躍を七回繰り返し、崖上へ到達した。
〈試しの山〉五合目――森林帯を俯瞰する高さ。
登り切った途端、カーラは両手と膝を地面につき、四つん這いになる。
生まれたての牡鹿のように足が震え、ハーフアーマーの金具がカタカタと音を立てた。
俺が頭を撫でても反応が薄いことから、よほど怖かったのだろう。
カーラの震える姿を尻目に、俺は再度通信魔法でレンに呼び掛けた。
【レン、聞こえるか……応答しろ……】
山頂までは残り標高三百五十メートル。
通信が途絶えたままということは――。
胸に冷たいものが走る。
灰色の雲が火口上空で渦を巻き、時折雷光が紫に閃いた。
アリスたちが山頂に着くまでの予測残時間、三十分。
────────────────────────────────
〈用語解説〉
※1 第四の目=モブ・アイカータの才能。
ありとあらゆる情報を見通す力を持つ。
原作ではほとんどのステータスがUIで可視化されていたため空気スキルだった。
原作モブは、ヒロインの好感度や好きなものなどを
この才能によって把握して、主人公に教えていた。
※2 戦力図
◆第一班 《転送点③》出撃
モブ レベル2/スカウト(中衛・索敵・指揮)
カーラ レベル3/ファイター(前衛・盾役)
レン レベル2/ウィザード(後衛・火力)
シモン レベル2/アルケミスト(後衛・回復)
◆第二班 《転送点⑤》出撃
アリス レベル3/スカウト(中衛・索敵・指揮)
カナメ レベル3/サムライ(前衛・火力)
マリー レベル3/プリースト(中衛・回復・火力)
ルールルー レベル3/ウィザード(後衛・火力)
※3 竜海苔=深海ダンジョン産の耐炎海藻を乾燥させた食材包装商品。そのまま食べることができる。五枚=四銅で売っている冒険者の味方。
俺はこの異界ダンジョンそのものへ意識を注いで、情報を『視る』。
深紅に反転した視界が、無数の光脈となって網の目を描く。
森も岩も熱を孕んだ空気も、あらゆる存在の輪郭が符号へと分解される。
気温、魔素・聖素濃度、魔物の種別と位置、地形の立体情報、仲間の生体反応――膨大な数値と文字列が洪水のように脳へ雪崩れ込み、頭蓋がきしんだ。
(──必要な、情報を……!)
意識を研ぎ澄まし、奔流の中から平面地図情報の層へダイブする。
深紅の大地に幾筋もの光点が瞬き、隊列を組んで移動していた。
光は班ごとに色別されている。
俺とカーラは白。レンとシモンの位置は北北西に一キロ離れた淡緑の光点。黄色のアリス班は速度を伴って南下し、他班もそれぞれの軌跡を残している。
十五秒。頭蓋の中で何かがプツンと弾ける感触。
鼻腔を熱い液体が伝い、視界がにじむ。
「あ、アイカータくんっ!?」
魔光を解除すると同時に膝が抜け、地面に崩れ落ちた。
視界が元に戻る。足元の黄土とカーラの甲冑靴が揺れて映った。
あと五秒でも長びいていたら、脳幹が焼けていた。
鼻血が滴り、赤い点を土に散らした。
カーラの慌てた声がかすかに遠く、生ぬるい風が頬を撫でた。
(全員の位置は、わかった――)
ぐらつく意識をつなぎ止めながら、俺は拳で地を叩き、再び立ち上がろうとした。
力が入らずに、その場に倒れ込む。
鼻っ柱が土にまみれる。痛いのかどうかもわからないまま、うめいた。
「だ、大丈夫か?」
「予定、どおり、に……」
俺は振り絞った声を上げる。
からからに乾いた喉を震わせるたび、鉄の味を帯びた唾液が舌の裏で苦く弾けた。
しゃがんだカーラが俺を仰向けに変えた。
そのまま彼女も横になる。
うつ伏せになり、彼女は腕立て伏せの体勢を取っていた。
俺は意図を察して転がる。
カーラの背に覆いかぶさった。
視点が上昇する。
熱を吸った鎧が俺の肌を温めた。
彼女に腕を回し、どうにか落とされないように自身の腕を掴む。
震える指先が汗に滑りそうになり、必死で力を込めた。
肩に顎を乗せる。亜麻色の髪が頬をくすぐった。
拭った鼻から血が一筋垂れる。
「……悪い」
「き、気にしてない。むしろ……いや、行こう」
カーラが前進する。
移動しながら、ぽつりぽつりと俺は手にした情報を小出しに伝えた。
◆□◆
俺の才能――〈第四の目※1〉の反動により身じろぎも苦痛な状況。
カーラの背に揺られたまま、俺は体力の回復を待っていた。
〈第四の目〉によって、モンスターの位置情報は把握している。
モンスターたちに遭遇せずに俺とカーラは前へ前へと着実に進んでいた。
灼けた金属板――ハーフプレートアーマーが低温の火傷のような熱を押しつけてくる。
湿った熱帯の空気は肺の奥にまで入り込み、息を吸うたび焦げた草葉と硫黄が混じった煙が喉を擦った。
遠くで雷にも似た地鳴りがごろごろと腹の底を揺らす。
噴煙の影が空の端を曇らせている。
「右……」
「──わかった!」
カーラの肩越しに吐き出した俺の声は、熱気の層でくぐもり、自分の耳に届く頃にはすっかりかすれていた。
俺の両脚を持つ彼女の手が強まる。
気づかいに、温かさを感じた。
「アリスたちは……六十分で山頂に……」
アリスたちはマップ北西端の転送点⑤から開始したのであろう。
俺たちとのレースに負けまいと、淀みのない動きで移動していた。
ダンジョン突入時点での戦力図※2を、俺は頭で整理する。
通常であれば、第一班(レベル2×3+レベル3)/第二班(レベル3×4)と、レベルによる体力の差が到着時刻に響いてくる。
(俺たちはショートカットを使えば、五十分ほど……。合流を考えると時間がない……)
彼女の班はすでに森林地帯を抜けきりそうな位置にいた。
おそらくはマップ北の正規ルートから山頂を目指すことになるはずである。
あまりにも迷いがない動き。
アリスの才能〈黄金感覚〉で最適なルート選択を行っているのだろうと、俺は勘繰った。
(早めに進まないと……)
魔法の携帯袋にしまったメモ書き。
対アリスの秘密兵器に、俺は想いを馳せた。
しばらく進んで視界が開ける。
カーラの背から俺は標高1,000メートルはあろう火山を見上げた。
灰を孕んだ雲が山頂を巻き込み、咆哮のような噴気が尾を引いて空へ昇る。
空気は熱に揺らぎ、遠目にも赤熱した岩流が脈動しているのがわかる。
近づくたび、地面の奥で心臓が脈打つような振動が強まる。
汗ばむ肌を熱と恐怖が同時に這い上がった。
アリスたちが山頂に着くまでの予測残時間、五十五分。
□
俺はカーラから降りて、灼けた赤土の上に腰を下ろした。
足元はまだふらつくがもう一人で歩くことはできそうだった。
根を張ったシダの影から立ち上る湯気が頬をなで、火山風が硫黄と草の匂いを混ぜて運ぶ。
「いったん、小休憩しよう」
そう言って、俺は魔法の携帯袋から塩おにぎりと携帯浄水瓶を取り出した。
立ったままのカーラに竜海苔※3で包んだ塩おにぎりを二つ投げてよこす。
「え? え?」
「いらなかったか?」
「──いるぅ!」
「お、おう」
俺は竜海苔をはがし、塩おにぎりにかぶりつく。
魔法の携帯袋内は時の流れが遅い――炊き立てと変わらぬ温かさを舌先で感じる。
にぎり飯の海塩が舌を刺激し、唾液がどっと湧いた。
粗い米粒を喉に押し込み、携帯浄水瓶に入れた耐熱ポーションで流し込んだ。
口内に残る塩気と炊き立ての甘さがじわりと指先に力を戻した。
耐熱ポーションの冷涼さが胃から広がる。
はっかを飲み干した気分だ。この世界の猛暑に欠かせない苦みを、俺は味わった。
カーラは満面の笑顔をたたえておにぎりを頬張っている。
リスのごとくほっぺたをふくらませていた。
「おいひぃ……っ!」
ただの水稔米を丸めて塩を振っただけ、と口には出さない。
幸せそうな横顔が、噴気孔の白煙を背景にやわらかく浮かぶ。
遠くではスカイスワローの鳴き声が短くこだました。
俺は自身の体力の残量を『視る』。
四割ほど回復しているのを見て、次にカーラを眺めた。
八割残っているのを確認する。
改めて彼女が体力お化けであることを思い知った。
「……」
「どした?」
視界を元に戻す。カーラが食べる手を止めて、俺のことを見つめていた。
恐る恐る、といった様子で彼女は俺に尋ねてきた。
「その、……その赤い目は、君の才能なんだよ、な?」
「ああ。前も言ったけど、あまり深く聞いてほしくはないかな。家族とカーラたちにしか教えてないし」
「あっ、ごめっ! そういう意味じゃなくて! ……ただ、大丈夫かな、って。す、すまない」
俺は手をひらひらと振って応えた。
合宿中に俺はレン・シモン・カーラには手の内を明かしていた。
実際の消耗を目の当たりにして、不安になったのだろう。
立ち上がって、彼女に俺が使っていた携帯浄水瓶を手渡す。
目を白黒させ、うろたえる彼女の耳元で俺は告げた。
「心配かけてすまない。……もう大丈夫だ、ありがとう」
「──!?」
口にした途端、カーラの耳が少し赤くなる。
ぽんとカーラの肩を叩いて、俺ははにかんだ。
「レンたちに追いつかなきゃな。次もカーラ頼みだ……また、よろしくな」
鼻血を垂らしながらカーラが短くうなずく。
俺はざらつく手袋で汗を拭い、前方の地形を見据えた。
赤土の向こう、噴気を吐く岩場の上に切り立った黒曜の崖がそそり立つ。
溶岩で焼かれた断崖は鈍い光を帯び、頂には幅一人分の細い獣道が絡みつく。
俺は首筋の汗に風を受けながら、険しくそそり立つ壁を見上げた。
(あの稜線のショートカットを使えば、レンたちに追いつける――)
未だにレンたちと通信魔法はつながらない。
あと百、二百メートル、距離を詰めれば届くはずだ。
俺は〈不動の跳躍する兎の足〉の代替装備を袋から取り出した。
靴を履き替える。原作知識に頼った時間短縮に取り掛かった。
アリスたちが山頂に着くまでの予測残時間、五十分。
□
「次は、あそこの、でっぱりに組み付いてくれ」
カーラの首に片手を回したまま、反対の腕を伸ばして指差す。
幅二十センチほどの赤茶けた突起。熱で脆くぽろりと崩れそうな外観である。
だがそこが唯一、次の足場に届くルートであった。
「ひぃいい……っ!」
ほぼ垂直に切り立つ黒曜混じりの壁――三百五十メートル級の絶壁が天頂を遮る。
上昇気流が火山風を引き上げ、硫黄と焦げ土の匂いがむせ返るほど濃くなる。
岩肌の隙間からは白い噴気がぷつぷつ漏れ、熱い蒸気が頬を刺した。
カーラの声が上ずる。
俺を背負ったまま素手で岩を掴み、手甲が震えるたび金属臭が熱気に混ざった。
今カーラは甲冑靴の替わりに〈不動の跳躍する兎の足〉を履いている。
本来はレンの風魔法〈飛行術〉で登るはずだったが、二手に分かれたため急遽この方法を選んだ。
「カーラなら、大丈夫だ。……頼む」
「──う、うわあああああああっ!!」
カーラは息を呑み、脚のバネを一気に解放――。
ぶおん、と重い風鳴りが耳を裂き、二人まとめて空中へ浮く。
彼女の両手が突起を掴むや、岩がきしんだ。
反動で視界が揺れ、火口の熱風が背面を焼く。
鉄の匂いと焦げた苔が鼻を刺し、汗が一筋、顎から地表へ滴った。
「よしっ。次はあの上の……」
「う、ううぅっ……」
カーラの肩が震える。俺は次の蹴り出しに備えてしがみつく力を強くする。
この後、俺たちは跳躍を七回繰り返し、崖上へ到達した。
〈試しの山〉五合目――森林帯を俯瞰する高さ。
登り切った途端、カーラは両手と膝を地面につき、四つん這いになる。
生まれたての牡鹿のように足が震え、ハーフアーマーの金具がカタカタと音を立てた。
俺が頭を撫でても反応が薄いことから、よほど怖かったのだろう。
カーラの震える姿を尻目に、俺は再度通信魔法でレンに呼び掛けた。
【レン、聞こえるか……応答しろ……】
山頂までは残り標高三百五十メートル。
通信が途絶えたままということは――。
胸に冷たいものが走る。
灰色の雲が火口上空で渦を巻き、時折雷光が紫に閃いた。
アリスたちが山頂に着くまでの予測残時間、三十分。
────────────────────────────────
〈用語解説〉
※1 第四の目=モブ・アイカータの才能。
ありとあらゆる情報を見通す力を持つ。
原作ではほとんどのステータスがUIで可視化されていたため空気スキルだった。
原作モブは、ヒロインの好感度や好きなものなどを
この才能によって把握して、主人公に教えていた。
※2 戦力図
◆第一班 《転送点③》出撃
モブ レベル2/スカウト(中衛・索敵・指揮)
カーラ レベル3/ファイター(前衛・盾役)
レン レベル2/ウィザード(後衛・火力)
シモン レベル2/アルケミスト(後衛・回復)
◆第二班 《転送点⑤》出撃
アリス レベル3/スカウト(中衛・索敵・指揮)
カナメ レベル3/サムライ(前衛・火力)
マリー レベル3/プリースト(中衛・回復・火力)
ルールルー レベル3/ウィザード(後衛・火力)
※3 竜海苔=深海ダンジョン産の耐炎海藻を乾燥させた食材包装商品。そのまま食べることができる。五枚=四銅で売っている冒険者の味方。
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※※多少意識はしていますが、主人公最強で無双はなく、普通に苦戦します……流行ではないのは承知ですが、登場人物の個性を持たせるためそのキャラの物語(エピソード)や回想のような場面が多いです……後一応理由はありますが、主人公の年上に対する態度がなってません……、後、私(さくしゃ)の変な癖で「……」が凄く多いです。その変ご了承の上で楽しんで頂けると……Mです。の本望です(どうでもいいですよね…)※※
※※楽しかった……続きが気になると思って頂けた場合、お気に入り登録……このエピソード好みだなとか思ったらコメントを貰えたりすると軽い絶頂を覚えるくらいには喜びます……メンタル弱めなので、誹謗中傷てきなものには怯えていますが、気軽に頂けると嬉しいです。※※
男女比1対5000世界で俺はどうすれバインダー…
アルファカッター
ファンタジー
ひょんな事から男女比1対5000の世界に移動した学生の忠野タケル。
そこで生活していく内に色々なトラブルや問題に巻き込まれながら生活していくものがたりである!
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