屑と謳われた者たちの英雄譚

yuzuku

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第一章

化け物

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焦げた本棚と黒い煙、その部屋の中にはバケツを持ったリーラとオーナーが立っていた。
扉の外には野次馬をしているメイドがたくさん立っていてリーラはバケツをオーナーに見せる。
「何か誤解があるようですが、私は火を消しただけです。」
「そんなことを言って誤魔化そうとしているのは明白だ。この部屋には直前まで俺しかいなかったのだ。そして、戻って来てみればお前が立っていた。棚を燃やして、俺が来たことを察したお前はあたかも火を消しに来たメイドだと言い張るつもりだったのだろう。」
「私にはこの棚に火をつけるメリットがありません。」
掃除が始まって数時間、リーラはこの家のことは何も知らないのだ。
ただ雇われて掃除をしていただけに過ぎないリーラは、自分が何の罪を着せられているのかも分からない。
「誰かに雇われたのだろう。ここには貴重な書物が山ほどある。すり替えて燃えたことにすれば盗み出すことも可能だ。もしくは、この世に数冊しかない本がさらに数が減れば希少性が増す、つまり燃やすことに意味があるだろう。」
オーナーはペラペラとリーラを追い詰めようとする。
だが、この状況においてリーラは冷静だった。
「私がやったという証拠はどこにあるんですか。そもそも、盗み出すにしろ、希少性を高めるために本を処分するにしろ、この棚を燃やす必要はないです。むしろ、捕まるリスクを増やしているだけに思えます。」
「うるさい、犯罪者の言うことなど聞く必要はない。この部屋は火を持ち込むことは出来ないようになっている。つまり、棚に火をつけた魔力が感じられさえすればいい。こっちに来い!!」

オーナーがリーラの腕を掴もうとしたので、リーラは窓際に逃げた。
魔力なんてあるわけがない。
それがバレたら別の問題が浮上してしまう。
神に見放された化け物、それと同じように魔法が使えないと知られてしまったらどうなるのだろう。
私は、処分されてしまうだろうか。
それが分からないからこそ、バレるわけにはいかない。

「犯人の目的は、書物をどうにかすることではなく、棚を燃やすことだったのではないですか。」
リーラがそう言った瞬間、オーナーが一瞬だけ目を泳がせた。
それは犯人を示していると同義だと判断した。
そして、反応を示したのはオーナーだけではなかった。

「この棚を燃やすなんて、よほど火の魔法に自信があったのね。」

扉の外に立っていたのは奥様で、オーナーは顔を逸らす。
奥様は中へと入ってくると、焦げた棚に近づいた。
「この棚には私が魔法をかけていたの。持ち出すことが出来ないようにこの棚に収めたものがどこかへ消えて無くならないように。その魔法よりも上回れば棚ごと燃やすこともきっと可能でしょう。だけれど、私にはあなたが私よりも優れた魔法を使えるとは思えない。騒ぎを起こすことが目的ならば、逃げ道を用意するのが普通でしょう。逃げ道を用意せず馬鹿な夫に見つかった、そんな間抜けであったならそれほど口が回るはずもないわ。」
奥様はリーラの肩を掴む。
「火をすぐに消したのね、そのおかげで私の魔法は消えなかった。偉かったわね。」
奥様はリーラが持っていたバケツに視線を落としてから、オーナーを見た。

「ねぇ、言葉で言わないと分からないかしら。それなら何度でも言ってあげるわ。」

急に扉が閉まり、部屋にはオーナーとリーラと奥様だけになった。
扉の外にいたメイドの声も聞こえなくなり、静まり返った部屋は気味が悪い。

「貴方を愛しているわ、これから先も死んでからもずっと。結婚するときそう誓ったわよね?なのに、どうして貴方はよそ見ばかりするのかしら。」
「もう耐えきれないんだ、当然だろう!!!きみに縛り付けられた生活はもううんざりなんだよ。唯一の楽しみだった彼女たちもきみの呪いによって死んでしまった。そこまでする必要があったのか!?」
「何をふざけたことを言ってるのかしら。貴方は私と魔法の誓約書を交わしているのにも関わらず、彼女たちを寝室に呼んだのよ。呪いで死ぬと分かっていながらそうした、貴方が殺したようなものじゃない。」
「本気だなんて思わなかったんだ、本気で、殺すなんて思ってなかったんだ!!!」

どっちもどっちだな。
そう思いながらリーラは二人から距離を取っていた。
結婚するときに交わした魔法の誓約書。
内容は分からないが、お互いに裏切らないとかそんなだろう。
そうしてオーナーは、奥様の重さに耐えきれず他の女に手を出した。
その結果、可哀想なことに手を出された方が死んだのだ。
同意の上なのか、無理やりなのか知らないが、お気の毒だ。
そうして、その誓約書を燃やすためにオーナーは火の魔法を使った。
その罪をなすりつけられようとしたというわけだ。
たくさんのメイドを雇った時点で、誰かを生贄にしようとしていたのかもしれない。
そうして今一番危険なのは、この会話を聞いてしまったリーラなのだ。

その場から逃げようとしているリーラの横すれすれにソファが飛んできた。
そのソファが壁に当たってボロボロと床に落ちる。
あれだけの大きなものを浮かせられるなんて、奥様は本当に魔法が強いらしい。

「賢いあなたなら分かるわよね。私の元で働き続けるならば生かしてあげましょう。でも、それを断ると言うのならこの場で殺すしかないわ。」
「わざわざ隠しごとを私に聞かせた理由はなんですか?そんなことしなくても、奥様なら私を簡単に殺せるのでは?」
「分かってないわね、誰かを殺す魔法なんてそう簡単でもないのよ。あらゆる情報と、私の弱みとを天秤にかけて、条件を揃えて、縛りをつけて、そうしてようやく成功するのよ。一切の証拠を残さず誰かを殺す、それがとても難しいのよ。」
「そんなことしなくても、燃やして土にまけばいいのに。広大な土地を持ってるならバレないでしょ。魔力が残るのが心配なら、魔法使わずに火をつければいいのに。」
リーラがそんなことを言えば、奥様は顔を歪めて首を傾ける。
「あなた、何を言ってるの?魔力が残らないなんて、ありえない。人は生きているだけで魔力と共にある。何をしようとも魔力の痕跡を消すのが難しいのは当たり前のことじゃない。」
こちらこそ、何を言われているのか分からない。
魔法を使うから魔力の痕跡が残るんじゃないのか?
奥様は気持ち悪いモノを見るような目でリーラを見る。
「もし、もしも、一切の魔力の痕跡を残さないモノがいるとすれば、そんなの化け物だけよ。あなた、賢いと思っていたけど見込み違いみたい。そんな常識も分からないような小娘、側には置いておけないわ。」

奥様はリーラに手を翳す。

「痕跡が残るけど仕方ないわ。あなたの望み通り燃やしてあげる。」
火の魔法がくる。
リーラは顔を庇うように腕を前に出す。
だが、いつまで経っても魔法がこない。
「どうして・・・燃えないの?」
奥様が戸惑っているそのとき、窓に何か見えた。
窓の外にはアサバがいて、窓ガラスを割ろうとしていた。
だが、ヒビも入らないし窓を叩く音すら聞こえない。
リーラがその窓の鍵を開けた瞬間、アサバが窓をたたき割った。
「どうして、窓が割れるのよ!!!そんなはずない、ありえない!!!」
ヒステリックのように叫ぶ奥様を無視して、リーラは窓から外に出ようとした。
そのリーラの腕を掴んだのはオーナーだ。
「生かして帰すわけにはいかない!!お前には全ての責任を負って死んでもらわなくては!!!」
「まだそんなこと言ってるの?似た者夫婦、死ぬまで一緒にいればいいよ。」
リーラを引っ張り出してくれたアサバは大声で笑うと、オーナーの顔面を蹴り上げた。
「あーあ、報酬良かったんだけどな。さすがに、紹介先でリーラが死んだら後味悪いからな。」


リーラはアサバに抱えられて、お屋敷を後にした。
そして今、警備隊に追われている真っ最中だ。
「奥様は呪いによってたくさんのメイドを殺していたんです、それを警備隊に伝えるべきでは?」
「あの家はこの町ではそれなりに名の通った資産家だ。かたや俺たちはその日暮らしする一般人。どっちが信用度が高いかって話。そもそも、奥様がメイドを呪い殺した証拠なんて出てこないだろ?リーラの話では、奥様はかなり高度な魔法の使い手だ。当然、魔力を調べられないように手の込んだ呪いが仕込まれてんだ。俺がリーラを助けたのは、奥様がリーラを殺そうとしてるのが外から見えたから。奥様の魔法で部屋の中の音が聞こえないし、窓ガラスも割れなかった。それが突然解除されたから、助けだせたってわけだ。」

部屋の外の音が消えたのは、奥様の魔法だったのか。
それにしても、どうして奥様はリーラを殺さなかったのだろうか。

「それにしても、リーラ。もうこの町には住めねぇぞ。モクレンに迷惑かかるっていうのは分かるだろ?このまま、この狭い土地で逃げ回るのなんて限界が来る。よその国に移動したほうがいい。」
アサバはそう言って、リーラを下ろした。
リーラは一瞬黙ると、アサバの顔を見る。
「私がモクレンさんの側にいて欲しくなかったってことですか?」
「なんのことだ?」
とぼけているのは丸わかりだった。
目が笑っていないのだ。
「アサバさんは、私がモクレンさんのところにいるのを分かってて仕事を持ってきたんでしょ。そうじゃなければ、美人でもない、どこにでもいそうなメイドの仕事なんて持ってくるはずもない。私が問題を起こして、モクレンさんから引き離したかったんですか。」
「問題が起きるか否かはどうでもいい。そのまま雇われるも良し、殺されるも良し。それで、遠くに行かなければならなくなれば尚よし。俺が望んだ最善になったわけだ。」

アサバからすれば、一番大事なのはモクレンでリーラは死んでも構わないってことだ。

「そうですか。それじゃあ、モクレンさんにはアサバさんから説明しておいてください。一時的でも雇って頂きありがとうございましたとお伝えください。」
リーラがそう言うとアサバは、乾いた笑みを見せた。
「美人じゃないうえに、可愛げもないな。濡れ衣着せられそうになっても冷静で、俺の本心を聞いても悲しい顔ひとつしない。さらには魔法が使えないなんて、本当に化け物なんじゃないか?」

アサバの顔は、先ほど見た奥様の気味悪がっている顔と同じだった。

「どんな化け物だとしても、人の形してればモクレンは優しくしちまうんだよ。女の子ならなおさらだ。お前のせいで、モクレンが不幸になるなんて許さない。今ならまだ、殺さずにモクレンから離すだけで済む。モクレンの情が深くなる前にどうか、遠くに行ってくれ。」
「聞き分けてるのにわざわざ相手を化け物と罵るなんて、本当に失礼な人ですね。まぁでも、あの屋敷から外に出してくれたのは感謝します。それでは、もう行くので。」

そんなリーラを後ろから眺めるアサバは、そっとリーラに手を翳す。
殺した方が、のちのちいいのだろうか。
そう考えて翳した手から、魔法は出さなかった。
さすがに今殺せば、モクレンに向ける顔がない。

アサバはリーラに背を向けてモクレンの元へと急いだのだった。
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