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逃亡編 ニ章:樹海の部族
拳で制する者
しおりを挟むエリクとブルズの決闘は、パール戦の時と違い、緩やかに始まった。
互いが示し合わせたかのように歩み寄り、至近距離まで近付いたのだ。
互いに腕を振れば直撃できる距離の中で、睨み合うように鋭い眼光を向け合う両者に、周囲は固唾を飲んで見守るしかない。
背と体格が一回り大きなブルズが、その表情をニヤリと歪めつつ先に右手を振って、エリクの左顔面を勢いよく豪快に殴った。
「ちょっと、エリク!!」
避けもせず殴られたエリクの対応に、思わずアリアは立ち上がって怒鳴ってしまう。
センチネル部族全員がエリクが避ける動作すらせず、そのまま殴られた事を理解できずに動揺した。
しかし、エリクはその殴りに対して同じく右の殴りで対応し、ブルズの左顔面を殴り付けた。
「『ッ!!』」
「……こういう勝負が望みだろう」
互いに唇を切って血を流し、殴られたブルズが血の唾を地面へ吐きながら、ニヤリとした表情でエリクに顔を向けた。
「『……ペッ、いいなぁ……ッ!!』」
エリクの意図を汲んだブルズが、呟きつつ左腕でエリクの右横腹へ殴りつける。
それを返すようにエリクも左腕を振るい、ブルズの左横腹を殴りつけた。
「『……まさか、殴り合う気か。あのブルズと……』」
「『いくら使徒様の勇士でも、無茶だ……!!』」
センチネル部族の族長ラカムがエリクの意図を察し、それを聞いたセンチネル族達が動揺を見せる。
大岩さえ素手で叩き割ると名高いブルズの豪腕に、敢えて真っ向勝負を持ち掛けたエリクを理解できず、それぞれが重々しい声を上げた。
そうした中で着席したアリアとパールだけが、エリクの目的と意図を察した。
「『エリオは、本当に叩き潰す気だな』」
「『みたいね。まったく、無茶するわよ』」
「『わざと殴られてから、同じ方法で殴り返す。そうしてブルズが得意とする腕力勝負を、エリオから持ち掛けた。腕力の殴り合いだ、必ず勝てるとブルズは思うだろう。それにブルズは応え、挑発に敢えて乗った』」
「『エリオが殴り勝てば、得意分野で負けたブルズは精神的にも折れて、パールを狙うのを諦めるかもしれない。それ狙いってことね』」
「『あのエリオが、そこまで考えているとは思わなかった』」
「『エリオって、戦いに関しては私より遥かに優秀よ。観察眼も着眼点も、まさにプロフェッショナルという感じだから』」
「『だが、それで勝てる自信がエリオにあるのか?ブルズは力だけなら、森の中で最も強いのは確かだ』」
「『どうでしょ。でも体の傷自体は私が癒せる事を知っているから、多少の無茶は出来ると思ってるんでしょうね』」
パールとアリアが互いにエリクの狙いを見定め、決闘の先を見据えた勝負をしている事に納得した。
そんな中でもエリクとブルズは殴り合い、決闘場の舞台に二人の血が舞い飛ぶ。
「『ッ、ウラァアアッ!!』」
「フッ!!」
顔面が拳で切れて血だらけになり、胴体は殴りつけられ内出血が見えてくる。
そうした殴り合いが数十分に渡り続いた。
互いに顔は血塗れで膨れ上がり、胴体の内臓や骨を痛めているせいか、内出血と青痣が浮かび上がっている。
互いに息を切らせた中で、それでも拳を振り上げるブルズは、トドメと言わんばかりにエリクの顔面を狙った。
しかしエリクは顎を引いて僅かにずらし、ブルズの右拳が直撃する箇所を、自らの額にして受けた。
「『グァ……ッ!!』」
右拳を左手で包みつつ痛みを訴えるブルズの姿を確認したエリクは、怯んだブルズに力を込めた右手を振るった。
「『――ァ……ッ!!』」
「フヌゥッ!!」
身構えられずに体勢を崩したブルズの顔面に、右拳を見舞ったエリクはブルズを殴り飛ばす。
ブルズは辛うじて踏み止まりながらも、両足を震わせながら重心をよろけさせ、地に右膝を着けてしまった。
「……」
「『……ゥ、……グゥ……ッ!!』」
追い討ちすらしないエリクは、ブルズを見下ろしながら次の攻撃を待っていた。
次に殴る順番がブルズであり、もう殴れないのなら敗北したも同然の勝負。
その挑発に乗ったブルスは、脳が揺れ意識が揺れながらも震える足で巨体を立ち上がらせた。
そして現状で出来る右拳の殴打を、エリクの胸部分に突き殴る。
しかし足に力が入らない殴打は大した威力にならず、体重で押しただけのブルズの殴りを受けたエリクは、それに返すように踏み込みを強くした右拳でブルズの胸部に撃ち込んだ。
「『――……ッ、ァ……』」
背中から地面へ沈んだブルズは、僅かに身悶えながらも動きを停止させた。
決着と共に周囲が静まる中で、エリクは決闘場の外れに居た白髪の老人に目を向け、その視線を受けた老人が何かを呟いた。
それを受けた傍らの壮年男性が、決闘場に上がり、高々と声を上げた。
「『この勝負、センチネル部族代表。勇士エリオの勝利!!』」
高らかに掲げられる勝利の声に、センチネル部族は喜びながら立ち上がり、マシュコ部族一同は気を沈めて頭を項垂れさせた。
エリクは息を絶え絶えにしながらも、その場を後にするように振り返り、センチネル部族が居る方角へ戻ろうとする。
「……ッ」
足を縺れさせ倒れそうになるエリクの正面に、決闘場に降り立ったパールが抱えるように受け止め、遅れつつもアリアが傍に観客席となる場から降りてきた。
「エリク、大丈夫?」
「あ、ああ……」
「無茶するわね、まったく」
「こうするのが、早かったからな。……君の要望、通りか?」
「ええ、よくやってくれたわね」
血が流れる顔面を見せるエリクは、アリアの要望を叶えられたか確認する。
アリアは叶った事を認めて、エリクの右腕に優しく触れた。
そして不敵に笑い合うエリクとアリアを見て、パールは初めて柔らかく笑い、口元に笑みを浮かべた。
こうしてブルスとの決闘は、エリクの勝利によって彩られた。
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