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逃亡編 ニ章:樹海の部族
森の生活
しおりを挟む森の部族が起こした決闘から、約一ヶ月の時間が経過した。
「『――……これで、良し』」
「『おぉ……。ありがとうございます、使徒様』」
「『別にいいわよ。怪我が治ったからって、あんまり無茶しちゃダメよ』」
アリアはアリスという偽名のまま樹海の中に滞在し、回復魔法などを森の部族達に施し、怪我や病気で苦しむ者達を癒した。
特に年老いた大族長を含んだ族長達には好評で、あのブルズさえアリアに対しては頭すら上がらず、一人の勇士として恥ずかしくない態度で臨むほどだ。
「『つ、強い……』」
「『これが、神の使徒の勇士か……』」
「……もう終わりか?」
エリクはエリオという偽名のまま、森の部族の中で勇士として名を広げ、他の勇士達を鍛える為に戦っていた。
アリアとエリクは常に一緒に行動し、普通の町に比べれば不便ながらも、食料や寝床に困らずに住む生活を送っている。
二人が拠点にしている場所は、基本的にセンチネル部族の集落。
時には森の中央にある遺跡の村に泊まり、長く滞在する機会がある村には、そこで寝泊まりしつつ怪我人や病人を魔法で癒し、若い勇士達に訓練を施している。
そんな生活を送る中で、一通りの村々を回り終えた二人は戻ってきたセンチネル部族の訓練場となる場所で、アリアとパールは二人で軽い模擬戦を行っていた。
石の刃が付かない棒をパールは使い、アリスは買っておいたショートソードを使う。
そんな二人をエリクは遠巻きで見つつ、周囲を見張っている状態だった。
アリスの剣を卓越した棒捌きでパールは悉くあしらい、そんな余裕の防戦を見せるパールにアリアは悔しさを感じつつ挑む。
「『なぁ、アリス』」
「『ん、どうしたの?』」
「『どうして急に、アタシと訓練すると言い出したんだ?』」
「『森の中を見て回って思ったの。魔法だけで対処しようとするには、魔物も魔獣も、そして貴方達のような森に棲む者達には対応できない。少しでも生身のまま戦えるようにしなきゃってね』」
「『なら、エリオと訓練すればいいんじゃないか?』」
「『ダメダメ。エリオはそういうのに慣れてないから、ある程度は手加減してくれるパールにやってもらわないと、訓練にならないもの』」
「『そうか。良い心掛けだが、神の業……じゃないな。魔法も十分に強いじゃないか。あれを使えるだけで、十分に強いと思うぞ』」
「『そう、魔法は強い。でも魔法だけに頼るのは、自分の弱さを補うことになっても、私自身が強くなったワケじゃないもの。ある程度は魔法無しで自衛できるようにならないとね』」
「『アリスは、今の自分に満足していないのか?』」
「『してないわよ。私はもっと、強くならなきゃ……ねッ!!』」
「『そうだな。だがまだまだ、だなッ!!』」
そうした会話を行いつつ、訓練を行うアリアとパールは、更に深い友情で繋がりつつあった。
実はあの時に行った決闘で、本来はマシュコ部族を傘下に出来るセンチネル部族は、族長ラカム直々に決着の無効を唱えた。
理由はセンチネル部族として戦った勇士エリオが本当は森の外の人間であり、更には神の使徒の勇士でもあったからだ。
その件に関しては大族長の承認の下で認められたのだが、各部族から揉める内容として浮上したのは、勇士エリオと女勇士パールの婚儀の件。
神の使徒アリスに追従する勇士エリオが、センチネル部族のパールのみを妻にするのは不服だった為か、他の部族からもエリクの妻にと女性達が勧められてきた。
それを却下した雇い主のアリアが、不公平を理由にしない為にエリクとパールの婚儀そのものを無効にしたいと提案した。
そしてその提案をあっさり認めたのが、白髪の老人である大族長だった。
これによりパールはエリクと夫婦ではなくなり、晴れて独身の女勇士パールに戻った。
しかし女勇士パールと婚儀出来る相手が、再び居なくなったのもまた事実であり、パールに勝利できる勇士を育てる為に、エリクが他の勇士達を鍛えるという妥協案が提示された。
だからこそ、パールの機嫌は今までに無いほど好調だった。
エリオとの蟠りも薄くなり、言葉が通じない状態は継続しながらも、食事を渡したり二人でたまに棒と棒剣を突き合わせ、戦いの訓練なども行っていた。
そうした中で、パールに微妙な変化が起きていた。
「『……なぁ、アリス』」
「『ん、どうしたの?』」
「『お前は、エリオが好きなのか?』」
「『えっ、どうしてそうなるの?』」
「『お前達が話している時、とても楽しそうに見える。特にエリオは、お前と話す時に笑顔を向けることがある』」
「『ああ、そうね。確かにエリオって、私と話す時に、少し笑ったりするわね』」
「『だから、その。エリオはお前の事が好きで、妻にしたいんじゃないかと、そう思う』」
「『違うわよ。単にあれは、私以外に言葉を理解できる人が、エリオの周りにいないだけで……』」
「『じゃあ、お前達の言葉を覚えれば、お前達は笑顔を向けてくれるのか』」
「『えっ』」
「『アリス、アタシにお前達の言葉を教えてくれ』」
「『えっ。う、うーん……分かった。いいわよ』」
「『よしッ!!』」
「……もしかして、パールって……」
そんな会話を行ったことで、アリアはパールの微妙な心境の変化に気付いた。
パールはもしかしたら、エリクの事が好きになったかもしれない。
そんな今更な可能性をアリスは感じ、パールに帝国語の言葉を教えた。
パールは言葉の覚えが非常に早く、僅か数週間で基礎的な帝国語と文字を覚えた。
同時にエリクも帝国語の勉強を行ったが、それを見ていた他の村人達や部族達が、一緒に帝国語を習いたいと言い始め、アリスとして忙しい毎日が続いていた。
同時に、アリアには安らぎに近い時間だった。
追っ手の事を考えずに住む森の中で、ある程度の自由を許される環境が、アリアには楽しくてしょうがなかった。
実は大族長と直に対面した時、アリアとエリクは大族長にこう伝えられた。
いつまでも、この森に居て構わないと。
本当にそうするべきかを悩みつつ、エリクに相談したアリアだったが、任せるの一言だけを口にしたエリクに更にアリアは頭を悩ませた。
その中で息抜きを求めたアリアが思いついた事を大族長に頼み、遺跡見学を望んだ。
「『この遺跡は、魔法学としても歴史的価値としても非常に高いんです。見せてもらっても?』」
「『構わないが、中は荒れて所々崩れているし、特に何もない。あるとすれば、壁画くらいか』」
「『壁画! 是非見せてください!』」
大族長と仕える男性に頼んだアリアは、エリクとパールを伴って遺跡の中を探検させてもらった。
そして壁画のある場所へ赴いたアリアは、光の魔法で周囲を照らして壁画全体を見回した。
夢中になるアリアの様子に、エリクとパールは茫然としつつ伴っていた。
「凄い、凄いわ。帝国にもこんな遺跡無いわよ」
「そんなに凄いのか?」
「ええ。世界各国にこんな遺跡が所々にあるんだけど、こんな大規模な壁画、そうそうないのよ」
「そうか」
「もう、エリクったら。もっと感動してもいいとこなのに」
「俺には、よく分からないからな」
「まあ、そうだけどさ……」
そんなアリアが見ている壁画には、白く塗られた髪の赤い瞳の少女らしき姿の人物が、巨大な樹から生まれ落ちた姿が描かれていた。
次第にその少女は女性の姿となり、様々な人々や魔物、魔獣等と共に天へと登り、皆が赤い瞳の少女に光を託す姿が描かれている。
その壁画を見たアリアは釘付けになり、壁画の意味を理解できないエリクとパールは、暇そうに周囲を見て回っていた。
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