虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ

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逃亡編 三章:過去の仲間

望まぬ再会

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 老騎士ログウェルの顔を見たアリアは驚き、エリクは背中に抱える大剣を引き抜こうと構えた。
 アリアはその場に硬直し、思わず驚きながら声を零した。

「なんで、あのログウェルがここに……。まさか、私を連れ戻しに追って来たの……!?」

 目の前に現れたログウェルの目的が、自分を帝国へ連れ戻す事だと思ったアリアは、エリクに向けて声を掛けた。

「エリク!!」

「乗っていろ、アリア」

 黒い大剣を引き抜いたエリクが、微笑みを向けたログウェルに対して敵意を向けた。
 突然のエリクの行動に周囲は驚き、他の架け橋から乗り込んだ傭兵達が降りた。
 その中には赤髪のケイルも含まれている。
 そして傭兵仲間だったワーグナーやマチスも、突如として老人に大剣を向けたエリクに驚き、大声でエリクに声を向けた。

「エリク、その爺さんがどうしたってんだ!?」

「お前達、すぐこの場から逃げろッ!!」

「!?」

 ワーグナーの声に反応し、エリクが大声で逃げるように訴えた。
 それに驚いた傭兵仲間達は、エリクが警戒を向ける程の相手だと気付き、それぞれが思わず武器を握ろうとした。
 その中で傭兵ギルドマスターのドルフが、目の前の老人の正体に思い至った。

「……ログウェル。まさか、ログウェル=バリス=フォン=ガリウスか……!?」

 目の前の老人が何者か悟ったドルフは、降りてきた傭兵達に叫びながら声を掛けた。

「お前等、手を出すな!! コイツは帝国の化物、ログウェルだ!!」

「!?」

「たった一人で、一本の剣で、王級魔獣を殺しきった化物が、まだ生きてここにいやがるとは……!!」

 元帝国魔法師であり男爵嫡子だったドルフが、当時の記憶を思い返してログウェルに最大の警戒を向けた。
 ログウェルの戦果を直に聞いていた世代だけあって、その恐ろしさを誰よりも知っていたからこそ、ドルフは傭兵達に手を出させなかった。
 船から降り立った傭兵の中で、ログウェルの名を聞いても制止しなかったのは赤髪のケイルであり、エリクの隣まで走り寄った。

「エリク、お前等の追っ手か。アタシも手伝うよ」

「下がってろケイル。お前では勝てない」

「ただの爺さんだろ」

「あの男は、俺より強い」

「!?」

 そして灰色の外套を完全に脱ぎ去ったログウェルが、微笑みながら腰の長剣を右手で引き抜き、軽く笑いながらエリクに話し掛けた。

「前に言ったじゃろう。いつか本気のお前さんと、手合わせをしたいと」

「……」

「手合わせ、しにきたぞぃ」

「ケイル、下がれッ!!」

 ケイルを押し退けたエリクが、その瞬間に凄まじい金属音を鳴らした。
 押し退けられたケイルは地面へ転がりながらエリクの方を見た時には、既にログウェルと戦闘を開始していた。

 目に見えぬ剣戟がログウェルから飛び交いながら、それをエリクは回避しつつ篭手で受け、隙を見るように大剣を奮って素早い攻撃を仕掛けた。
 北港町の時とは速さの桁が違う戦闘に、アリアは戦々恐々とした面持ちで常人離れした二人の戦いを見せられる。
 樹海の森の勇士パールもかなり素早かったが、老人のログウェルは更に速い動きを見せ、エリクはほぼ防戦一方の展開へ追い込まれていた。
 その中でエリクの警告通りに距離を取った傭兵達が、その戦いを遠巻きから見せられていた。

「エリク……!!」

「あのエリクと、互角……いや……」

「エリクの旦那が押されてる……!?」

「マジかよ。あのエリクの兄貴が……」

「あの爺さん、何者だよ……!!」

「……でも、すげぇ……」

「やべぇよ……。あんな戦い、見たことねぇ……」

 ケイルを含んだエリクの傭兵仲間達も、圧倒的な強さだと思っていたエリクを相手に、善戦どころか圧勝しそうな老人の剣戟に戦々恐々とした表情が含まれる中で、戦士としての興奮が鳥肌として立つ思いを味わっていた。
 あの境地の強さまで至れるのに、十数年程度では辿り着けない。
 数十年以上の訓練と戦場経験が必要だと、その戦いを見ていた傭兵達が感じていた。

 あの老人に勝つのは無理だ。
 それこそ老衰を待つしかない。
 そう思わせるほどに、ログウェルの強さは異常だった。

「どうしたかね、エリク!」

「……ッ!!」

「お前さんの強さは、そんなもんじゃ無かろう!」

 激しい戦いの中で、エリクの実力を引き出す為に更に速さを増して剣戟の速度を上げたログウェルの動きに、エリクの対応が難しくなって来た。
 防具の無い腕や足、顔や首に僅かに長剣が掠め、エリクの全身に流血が増えていく。
 そしてエリクの横腹に長剣が薙がれて直撃し、防具の鉄と長剣の鉄が触れ合いながら、更に長剣を力強く薙いだログウェルの膂力が、エリクの巨体を押して横へ飛ばした。

「グゥ……ッ!!」

「エリク!!」

 エリクの顔が初めて険しく歪む表情になり、その攻撃でエリクが腹部を痛めた事をアリアは察した。
 居ても立ってもいられないアリアが船上から身を乗り出して飛び降りる。
 風属性魔法で落下速度を軽減して上手く着地すると、そのままエリクの援護を行う為に短杖を向けた。
 それに気付いたエリクが、アリアに向けて大声で怒鳴った。

「やめろ、アリア!!」

「で、でも!」」

「この爺さんは、今のお前でも、グ……ッ!!」

「余所見をする暇があるとは、まだまだいけるということじゃな。嬉しいわい」

 細い長剣で大剣と鍔迫り合い、力比べで接近するログウェルに、エリクは対応で精一杯の状態だった。
 アリアはこの状況を打破する為に思考する最中、それを遮るように目の前に現れた人物がいた。

 赤い外套を羽織った細い顔が僅かに見える人物。
 エリクとログウェルの戦いの視界を遮られ、苛立つアリアは大声で赤い外套の人物に怒鳴った。

退きなさい!!」

「……相変わらず偉そうだな。性悪女」

「……この声、まさか……!?」

「そうだ、俺だ」

 そうして赤い外套の男がフードを脱ぎ、その顔を露にした。
 その男の顔を見た時、アリアはログウェルを見た時以上の驚愕を晒し、目を大きく開けて指を向けた。

「まさか、あんた……。ユグナリス……!?」

「久し振りだな。アルトリア」

 アリアの目の前に居た赤い外套の男が見せた顔は、自前の赤毛と対照的な青い瞳が浮び上がり、頬が削げ落ちながらも整えられた顔立ちの青年。
 ガルミッシュ帝国の現皇帝ゴルディオスの第一子であり、第一皇位継承権を持つ次期皇帝候補。
 アリアから見れば、従兄弟であり元婚約者である人物。

 彼の名はユグナリス。
 ガルミッシュ帝国第一皇子、ユグナリス=ゲルツ=フォン=ガルミッシュだった。
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