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南国編 二章:マシラの闘士

エリク襲来

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 時刻は昼前。
 晴天の空と少し薄寒い風が漂う中、王宮を覆う外壁に備えられた門の近くでマシラ共和国の兵士達が佇み、軽く空腹感を宿しながら暇を持て余し欠伸を見せた時。
 そんな時に兵士達の前に現れたのは、黒い外套を羽織りフードで顔を隠しながらも、僅かに見える黒髪を覗かせながら、黒い服を着て黒い大剣を背負う大男。

 それに気付いた兵士の一人が、近づいてくる黒い大男に歩み寄っていく。
 王宮の門を守る守備兵達も気付いて視線を集め、兵士が進路を遮るように大男を塞ぎ止めた。

「止まれ。王宮に何用か?」

「……」

「おい、止まれと――……」

 制止を聞かない黒い大男の前に、警告しながら歩み寄った守備兵の一人が、手に持つ槍を黒い男に向けた。
 そうして初めて停止した黒い大男に、守備兵が改めて警告と勧告を向けようとした時。
 黒い大男は兵士が向けた槍先の柄を握り、強く握り締めた瞬間、槍が折れ砕けた。

「!?」

「き、貴様! 何を――……」

 唐突な黒い大男の行動に、兵士達は驚くと同時に警戒を敵意へと切り替えた。
 そして次の瞬間。
 折れた槍先の柄を握ったまま、黒い大男は折れた槍を奪うと、守備兵の胴を突いて吹き飛ばした。

「グアッ――……ッ!!」

「なっ!?」

「貴様ッ!!」

 吹き飛ばされた仲間の守備兵を見て、守備兵達が一斉に襲い掛かる。

「ブガッ!?」

「ウワァッ!!」

 しかし黒い大男は奪った折れた槍を力強く振り、守備兵達を一瞬で蹴散らした。
 壁に叩きつけられて気を失った守備兵を確認し、折れた槍を投げ捨てた黒い大男は、閉ざされた門の前に立ち、大剣を背中から抜いて構えた。

「――……フンッ!!」

 力強い踏み込みに合わせて身体を捻り、体全体の膂力を駆使した黒い大剣の攻撃が王宮の門に直撃する。
 すると分厚く頑丈な木製の扉が、破片を飛ばしながら砕け散った。
 扉を破る轟音を鳴らしつつ、何度か黒い大剣を振った後。
 通過できる空間が王宮の門に出来上がると、そこに黒い大男は入り、王宮の門を通過した。

 しかし、門の内側には騒ぎを聞きつけた二十数名の兵士達が隊列を整えて待ち構えていた。
 そして門を破り入って来た黒い大男を見て、兵士を束ねる兵長が大声で問い質した。

「貴様、何者だ!?」

「……」

「ここがマシラ王の住まう王宮と知っての――……」

「関係ない」

「!?」

 兵長の言葉を一言で流し、黒い大男は右手に持った大剣の先を地面で引き摺りながら、兵士達が集う場所へ自ら歩み寄って行く。
 それを見た兵長は、接近しながら威圧感を放つ大男に対する為に、部下である兵士達に命じた。

「全員隊列を広げろ! 奴に、矢を放て!」

「ハッ!!」

「構え! ――……撃てッ!!」

 兵長は部下達に命じて陣形を広げつつ、正面に槍を持った兵士達を構えさせ、左右と後方で弓を持った兵士達を揃えさせる。
 そして弓兵達が弓の弦を引き絞り、兵長の号令と共に矢を放った。
 合わせて十数本の矢が黒い大男に向けて放たれると、頭上や左右から襲い来る矢を見ながら、黒い大男は右手の大剣を強く握り締め、腰を落として構えた。

「馬鹿め! そんな大剣で対処でき――……」

「フッ!!」

「――……な……いっ!?」

 黒い大男が扇状に描きながら大剣を正面に振った瞬間、直撃するはずの矢が弾かれるように落ちた。
 そして素早く大剣が二度振られ、矢が全て叩き落される。
 大剣に直撃して砕かれた矢の他にも、振りで発せられた風圧で矢の軌道を逸らされるなど、常人では成し得ない、常軌を逸した光景を兵士達は見た。
 その光景を見た兵士の一人が、体を震わせながら足を引かせて呟いた。

「ば、化物……」

 その呟きが静かに兵士達の中で響いた時、発せられた風圧で黒い大男のフードが退き、その素顔を露にさせた。

 黒い大男の名は、エリク。
 囚われたと思われるアリアを救う為に、正面から堂々と王宮に乗り込んできたエリクは、マシラ共和国の兵士達と対峙し、鋭い眼光と表情を見せながら、言葉を発した。

「……アリアは、何処にいる?」

 それは、ただ呟いただけなのか。
 それとも目の前の兵士達に尋ねたのか。

 それでも目の前に現れた化物染みた大男が、低く唸るような声と共に大剣を握り締め、再び歩き始める姿を見た時に、十数名の兵士達が足を引かせ、陣形を崩した。
 そんな兵士達に気づいた兵長は、エリクから目を逸らし、兵士達に怒鳴るように命じた。

「馬鹿者、陣形を乱すな! 第二射を――……ッ!?」

 再び矢を放つよう命令しようとした時、大剣を抱えたエリクが突如として走り出し、正面の兵士達の群集に突っ込んで来た。
 あれだけ大きな大剣を抱えながら、素早く移動するエリクを見た兵士達は、そのエリクの姿に正面の陣形が僅かに怯みを見せる。

 そして次の瞬間。
 走りながら地面を大きく蹴り上げたエリクは、目の前に出来た兵士の群集を飛び越え、兵士達に命じていた兵長の背後に降り立った。
 一瞬の合間に何が起こったから理解できず、兵士達も兵長も唖然としたまま振り返り、目の前まで来たエリクを見て震えていた。

「なっ……。ば、馬鹿な……」

「お前が、指揮官か」

「ッ!?」

 エリクがそう聞いた瞬間に、兵長は怯えを思考の奥へ引かせて、腰に携えた剣を右手で握り振った。
 しかしその剣は振り切られる前に防がれた。
 エリクの左手によって剣を握った手が覆われ、兵長が剣を握っていた右手を力を込めて握った。
 その瞬間に握られる兵長の異様な音が鳴り、その右手の骨が砕けた。

「グ、ギャッ、アアアアアアアァァ、ァ……ッ!!」

「昨日の夜から今日の朝までに、闘士という者達が捕えた女がここにいるはずだ。何処だ?」

「ギ、ア、グアッ、イッ、ヤメ……ガア……ッ!?」

「何処だ」

 剣を握る右手を離す事さえ許されず、兵士隊長の断末魔がその場に響いた。
 その声で幾らか正気を取り戻した兵士達が、近接戦に切り替えて腰の帯剣を抜き、エリクに襲い掛かろうと背中を斬ろうとした。
 しかしそれを知っていたかのように、エリクは兵長の左手を握ったまま兵長ごと腕を振り、背中側へ薙ぐように振った。
 そして兵長を投げ捨てるように、兵士達に向けて勢いよく投げつけた。

「ッ!!」

「ウワッ!?」

 投げつけられた兵長に驚きながら、咄嗟に持っていた剣を手から離して、腕と身体で兵長を受け止めた数名の兵士達。
 しかし次の瞬間には、エリクの豪腕で振られた大剣の薙ぎに巻き込まれた。

 刃の部分ではなく大剣の腹の部分に直撃しながらも、着ていた防具が凹み、数名が腕や胸の骨を折り、呻き声を出しながら痛みを訴えた。

「……か、怪物だ……」

「に、逃げろ……!!」

 それを見てしまった他の兵士達は、目の前の化物に怯えて剣を落とす者が続出し、それぞれが四散するように逃げ出した。

 残されたのは僅かに気力を残す兵士達と、痛みを訴えて地に伏せて蠢く兵士達と兵長のみ。
 それ等の人物達を見下ろしながら、凄まじい威圧感を放つエリクは再び尋ねた。

「もう一度、聞く」

「ヒッ……!!」

「闘士という奴等が捕えた女が、ここにいるのか?」

「さ、昨晩に、闘士達が確かにそれらしい者を……」

「何処に連れていった。牢獄か?」

「……ろ、牢獄なら、あっちの方に……」

「本当だな?」

「は、はい……」

「そうか」

 兵士達が教える言葉を聞いたエリクは、そのまま倒れる兵士達から離れるように歩み始めた。
 そして牢獄がある場所へと目指し、エリクは歩み始める。

 幾人かの兵士達と遭遇しながらも、右手に持つ大剣で殴りつけて無力化させるエリクは、一際大きな建物の前に辿り着いた。
 そしてその建物の前に立つ黄色い服を纏った細めの男と出会った。
 その人物を見ながら、エリクは思い出すように呟いた。

「お前も闘士か?」

「お前が侵入者かぁ」

「お前達が捕えた女は、何処だ?」

「なるほどぉ。ゴズヴァール闘士長が捕えた女の仲間かぁ」

「……ゴズヴァールというのが、アリアを捕えたのか」

「あの女の首も身体も、実に細かったなぁ。俺の鎖で締めたら、とても良い顔で泣いてくれそうだったねぇ」

「……」

 エリクはアリアを捕えた者の名前を聞き覚えた。
 そしてアリアに対してそう告げる男の闘士に対して、エリクは怒りを沸かせて苛立ちを感じた。
 目の前の闘士の男が腕に纏う鎖を解き放ち、両手で回しながら風切り音を鳴らして話し掛けた。

「お前の、その太い首を絞めたらどんな顔をしてくれるのか。楽しみだ」

「……」

 鎖を回しながら近付く男の闘士と、大剣の柄を力強く握り締めたエリクは対峙した。
 こうしてエリクはアリアを取り戻す為に、マシラ共和国の闘士達との戦いを開始した。
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