虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ

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南国編 四章:マシラとの別れ

嘘と本音

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リディアの名でマシラ王と謁見が果たされた数日後の朝。

今だ宿の部屋に引き篭もるアリアに、
エリクは食事を持ってきている。

数日前は食事さえ拒否していたアリアだったが、
今はエリクに差し出された食事なら拒否せず、
小食ながらも部屋の中で食べていた。

エリクも食事を持ち込み食べながら、
アリアが食べ終わったシチューが盛られた小皿を受け取り、
料理が無くなった皿を持ちながら、
いつもの様に部屋を出て行こうとした。

しかし今日は珍しく、アリアがエリクに話し掛けて来た。


「……エリク」

「!」

「私を、置いていって……」

「……」


そう一言だけ話して黙ったアリアに、
エリクは部屋の机に皿を置き、
再びアリアに向かい合いながら答えを返した。


「君を置いては行かない」

「……なんで……?」

「君と、そう約束した。覚えているか?」

「……守るって、約束?」

「そうだ。君を一生、守るという約束だ」

「……」

「君も、絶対に付いて来いと俺に言った。だから俺は、君に付いて行く」


膝を床に着けて屈みつつ、
エリクはアリアの視線に合わせ、
真っ直ぐな言葉と共に真剣な表情を向けた。

アリアはそれを生気の薄い瞳で見ながらも、
顎を引いて視線を下に向けた。


「……エリクは、真っ直ぐだよね……」

「?」

「いつも、私のこと、真っ直ぐ見てる……」

「そうだろうか」

「……私、子供の頃からずっと、エリクみたいに真っ直ぐ人を見たこと、一度も無い……」

「?」

「私、子供の頃、異常だって言われてたの」

「……異常?」

「二歳になった頃には、文字を書いて勉強もして、大人顔負けで喋れるようになって。魔法も普通に使えてたの。しかも、皆とは違う魔法の使い方で。……私、人が出来ない事を、いっぱい出来たの」

「それは、凄いんじゃないのか?」

「そう、凄かったの。……だから周りの人達は、私を異常だって言ってた」

「……」

「でも私も、なんでみんなは私が出来る事を出来ないんだろうって、そう思ってた。私みたいにすれば出来るのにって、見下してた。……その頃にはもう、周りに居る人達を、真っ直ぐ見れなくなってた」

「……」

「お父様も、お兄様も、使用人も。私は皆のこと、真っ直ぐ見れなくなったの……」

「……」

「私が異常だから、ガンダルフっていう魔法使いをお父様達は呼んで、私の先生をしてもらった。私がどうやって魔法を使ってるのか、私がどうして異常なのか。五歳になるまで先生をしてもらって、色々分かったの」

「……」

「それから先生は戻って、私は普通の子より出来が良い程度のフリをする事にしたの。魔法も、皆が使っているモノに切り替えて。……もう、異常だって、言われない為に」

「……」

「皆に自分が異常だって言われるのが怖くて。だから、私はみんなを真っ直ぐ見ないようにして、そして接してきた……」

「……」


呟くように零すアリアの話を、
エリクは黙って聞き続けた。

今までの沈黙していた分を吐き出すように、
アリアは話を続けた。
自身の過去とも言うべき話を。


「……エリクといると、凄く楽だった」

「楽?」

「だってエリクは、ほとんど何も知らないから。普通を知らないから、私のことを誰かと比べて異常だって思わないし、言わないから。だから、私を私として真っ直ぐ見るエリクの目は、凄く楽だったの……」

「そうか」

「……怒らないの?」

「怒る?」

「だって、私。エリクが何も知らないことを利用して、騙して、楽をしてたのに……」

「……?」

「本当は、私が本気を出して魔法を行使すれば、大抵の相手はどうにかなるの。でもエリクがいれば、私は異常な部分を見せずに、旅を出来ると思った。……私が楽をしたいから、貴方を雇って、守ってもらってたの」

「……」

「あのログウェルだって、ゴズヴァールだって、私が本気でやれば、多分簡単に倒せる。……でも、私が本気を出したら、きっとそれを見た皆が、私を異常だって、人間じゃないって、そう思う。……それが嫌で、私はエリクに守ってもらってたの……。本当は、エリクに守ってもらわなくても平気だったのに……」

「……」

「魔法と体術がちょっと使える程度の魔法師のフリをして、エリクや皆を騙してた。そんな私をエリクは守る為に、樹海でいっぱい怪我をして、ログウェルに殺されそうになって、王宮に乗り込んで闘士達と戦ってくれて、でも死刑にされそうになって……」

「……」

「私が騙してエリクを雇ったから、エリクに負担ばかりかけて……。私が出て行ったから、お父様が死んで……。……ごめんなさい。ごめんなさい……」


生気の無い瞳から再び涙が溢れ、
小さな声で謝罪を続けるアリアに対して、
エリクはただ黙って立ち上がり、
机の上に置いていた皿を手に取り、
部屋の扉から出て行こうとした。

しかし、そこで立ち止まったエリクは、
泣き続けるアリアに向けて話し始めた。


「俺は、君を守れていたんだな」

「……え?」

「今まで、君の心が守れていたのなら、それでいい」

「……なんで、そんなこと言うの……。私、ずっとエリクを騙して……」

「君に雇われて、良かったことがある」

「……?」

「君は俺に、誰かを倒せと命じた事はあっても、殺せとは一度も命じなかった」

「!」

「俺は生まれてからずっと、魔物を殺せと、誰かを殺せと命じられて戦い続けた。……殺せと命じなかったのは、君が初めてだった」

「エリク……」

「……もしかしたら俺は、誰も殺したくないのかもしれない。それに気付けた」

「!!」

「俺は命を奪うことより、君やあの医者のように、誰かの助けたかったのかもしれない」

「……エリク、私は……」

「俺はどれだけ傷付いていい。痛みを受けるのも、何かを殺すのも、もう慣れている。……だから君を、最後まで守らせてほしい」

「……私は……」

「皿を、戻してくる」


皿を手に取り、扉を開けて部屋を出たエリクは、
階段を降りて食堂まで皿を戻した。

部屋を出て行ったエリクを見送るアリアは、
エリクの話を聞いてから、
更に奥底から沸き上がる感情が揺さ振られ、
心の奥底から何かが溢れるのと連動して、
再び涙が瞳の奥から溢れ出した。

それから昼まで、アリアの部屋にエリクは訪れなかった。



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