虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ

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南国編 四章:マシラとの別れ

羽ばたく翼

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マシラ王ウルクルスの秘術は実行され、
被術者となったアリアは死者の世界へ赴いた。

……そう、思われた。


「……?」

「……おかしい」


被術者のアリアは瞳を開け、
術者であるマシラ王は疑問を呟く。

互いに不思議そうな表情を浮かべる中で、
傍観者となっている王子とケイルは、
変化が見られない二人を見て疑問を述べた。


「お父さん……?」

「おい、どうしたんだよ」

「……私の秘術が、発動しなかった」

「は?」


二人の声に反応したマシラ王が、
ありのまま起こった事を話した。

その内容を理解できないケイルは、
続けて疑問を述べた。


「発動しなかったって、どういう事だよ?」

「言った通りだ。死者の世界へ入れなかった」

「は?」

「いや、世界の門は開いていた。だが、対象者の下へ導かれなかった。……これは、まさか……」

「なんだよ。アタシ達にも分かるように言ってくれ」


ケイルが疑問を述べる中で、
マシラ王は独自である結論へ辿り着いた。

その疑問の答えを聞こうとした時、
先に結論を述べたのは、被術者だったアリアだった。


「……対象者がいなかったのよ」

「え?」

「この魔法は、術者と被術者。そして、対象となる魂が死者の世界に居てこそ成り立つ。そういう魔法なの」

「術者と、被術者と、対象者?」

「術者は王様と王子様。被術者は私。そして対象者は、私のお父様。つまり、クラウス=イスカル=フォン=ローゼンの魂よ」

「……おい、それって」


アリアが述べる事を理解したケイルは、
驚きと怪訝を含んだ表情を見せた。

そしてアリアは自身の口で、答えを告げた。


「お父様の魂が死者の世界に無い。時間の感覚が現実とは違うと言っても、向こうに行ってお父様の魂が消滅するのには、流石に早過ぎる。そうでしょ、王様?」

「……ああ。マシラ血族の秘術を行使する際に残し続けた記録があるが、最低でも100年以上前の死者とも交信が行えたはずだ。つい先日、死んだと知らされたローゼン公爵の魂が消滅するには、早過ぎる」

「色々と可能性はあるけど、それでも単純な話、複雑な魂をどうこうできる存在なんて、私か師匠であるガンダルフくらい。師匠は帝国と王国の戦争開始時はマシラで足止めされてたから、介入するのは不可能。私が知る限りでは、帝国にも王国にもそんな高度な魔法技術を持った高名な魔法師はいなかった」

「……それって、やっぱり……」

「お父様は生きている。少なくとも、死んではいない。そういうことよ」


アリアの結論を聞いた時、
ケイルは怪訝な表情で瞳を見開き、
マシラ王自身は同意するように頷いた。

そして数秒の間を置いてから、
溜息を吐き出したケイルが呆れつつも微笑みを漏らした。


「なんだよ。じゃあ気落ちする必要ねぇじゃねぇか。お前の親父が生きてるなら。そうだろ?」

「……」

「なんだよ、どうしたんだよ?」


父親の生存が秘術の失敗で知れたにも関わらず、
アリアは疑問の表情から怪訝な表情に変化し、
何かに気付いたような驚きの表情を見せ、
その後は少女らしからぬ鋭い視線と怒りの表情を浮かべた。

その表情を隠すように口を覆いつつ、アリアは聞いた。


「……ケイル」

「なんだよ」

「グラシウスの所に行くわ。そして、東港町に居るドルフに質問するようにお願いする」

「質問?」

「お父様が死んだという情報が、何処から流れてきたものなのか。それを確認したいの」

「お、おう」

「マシラ王。マシラ共和国政府は、どうやって戦争終結とローゼン公爵の死亡を知ったの?」

「帝国首都に残している大使館員から、魔道具を用いて知らされたと聞いているが……」

「……やってくれたわね。お父様」


悔しそうな表情と声を浮かべたアリアが、
自身の指爪を噛みつつ二人に聞いた後、
自身の荷物を軽くまとめ、部屋を出ようとした。

あまりにも唐突なアリアの行動にケイルは止め、
取り残されそうになったマシラ王は質問をした。


「お、おい。ちょっと待て」

「どうしたんだ。アルトリア姫」

「……迂闊だったわ。まさかこんな手で騙されるなんて……」

「騙される?」

「……帝国最大派閥筆頭であるローゼン公爵が死んだなんて情報が、敵国の王国側や反乱軍が言い触らしてるならともかく、帝国側からこんなに早く他国に伝えるなんて、おかしいでしょ。普通は混乱を招かない為に、自国や敵国は勿論、他国には絶対に隠蔽するわ」

「それは、確かに……」

「……何処まで真実か分からないけど。でも、お父様が死んでいないのなら、死んだという情報を流した理由が帝国にある。そしてすぐに浮かぶ理由があるとすれば、二つ」

「ふ、二つ?」

「一つは、王国軍と反乱軍側に対する情報操作。帝国の要だったローゼン公爵が亡き今、ローゼン公爵領に残ってるのは撤退した各領の避難民と同盟領軍、そして帝国では知名度の低いセルジアスお兄様のみ。お父様が居ないローゼン公爵領なんて、油断しまくるか、歯牙にもかけずに反乱軍は帝都を押さえようと向かうでしょうよ」

「……」

「そして二つ目の理由。それは、その話を私に聞かせる為よ」

「……えっ」

「出て行った私を戻す為に、お父様が死んだという情報を流して、私が戻ってくるように仕向けてるのよ」

「……えっ。じゃあ、撤退する為にお前の親父が囮になったってのも、嘘なのか?」

「嘘ではないでしょうね。でも、実戦経験と重厚な訓練を積んできたローゼン領の軍が、まともに戦った事も無い領兵を使って反乱を起こすような無能貴族に、簡単に討ち取られるはずがないわ。例え、少数でもね。むしろ少数だからこそ、撹乱には向いてるもの」

「……」

「仮に死んだとしても、お父様的には私が帝国に戻ってくれば良いのよ。だから生死に関わらず、ローゼン公爵が死んだって情報を流して各勢力の油断を誘い、私を連れ戻せる一石二鳥の策を講じた。……私がお父様なら、そうするわよ」


悔しそうに声を震わせるアリアの話に、
ケイルもマシラ王も引き気味の表情しか浮かべられない。

一つ目の理由はまだいいだろう。
情報戦は戦争の中で重要であり、
不利な情報を敢えて流す事で相手の行動を制限するのは、
マシラ王もケイルも頭の中では納得している。

しかし、自分の生死に関わらず、
娘を戻らせる為に死の報告を流すという部分で、
明らかに常軌を逸した狂人の発想だと思い至った。


「王様、それに王子も感謝するわ。そしてごめんなさいね。貴方達に有益そうな情報は寄越せそうにないわ」

「あ、ああ。それはいいんだが……」

「ケイル、傭兵ギルドに行くわ。ドルフの奴、絶対にお父様に金で買収されて、あの報告を届けさせたに決まってる」

「お、おう……」


そのままアリアはケイルを伴いながら部屋を出て、
残されたマシラ王と王子は呆然としつつも、
後を追うように部屋から出て、宿の外に出た。

そこで待機していたゴズヴァールを見て、
マシラ王は疑問を述べた。


「ゴズヴァール。彼女達……それに、エリクという男は?」

「宿から出てきたケイル殿達に連れられ、傭兵ギルドへ行くと。……何かあったのですか?」

「……はははっ」

「ウルクルス様?」

「まったく、逞しいものだよ……」

「?」

「いや、こっちの話だよ。……王宮へ戻ろうか。アレク、ゴズヴァール」

「うん」

「はっ」


そうしてマシラ王は王子と共に馬車に乗り、
外で歩き守るゴズヴァールを伴い帰っていった。
その馬車の中でマシラ王は、
呟きながら過去の事を思い出していた。


「……アルトリア姫。初めて会った時に比べれば、随分と感情豊かだったな」

「?」

「あの姫様が子供の頃だったか。一度、帝国に訪問した際に催された歓迎パーティで見たんだがね。美しく綺麗な子供だと初めは思ったんだが、冷たい表情もあって近寄りがたい雰囲気を感じて、その時は不気味に思えたんだ」

「……」

「その後に何かあったのか。それとも国を出て、ここに来るまでの間で仲間を得たからなのか。歳相応の顔立ちになっていたよ。……アルトリア姫か。色々あったが、不思議と憎めない子だ」

「お姉ちゃん、元気になって良かったね」

「ああ。そうだね」


そう笑い合うマシラ血族の親子は王宮に戻り、
その後も一匹の怪物に守られながら、
マシラ共和国の象徴であり続けた。

一方、傭兵ギルドへ乗り込む形となったアリア達は、
東港町の傭兵ギルドマスターのドルフを通じて、
帝国側から情報が意図的に流された事を知った。

しかもマシラ共和国の傭兵ギルドに、
真っ先に情報を渡すように条件付けされた上で。

それを知った際にアリアが見せた顔は、
悔しさと怒りを同居させたものであり、
その取り乱し様は父親の死の報告を受けた時より酷かったと、
マシラ共和国の傭兵ギルドマスターであるグラシウスが証言する。

こうして折れた翼を修復し、アリアは再び羽ばたく事を決意させた。



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