虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ

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結社編 三章:神の兵士

待ち人との再会

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 ランヴァルディアとシルエスカの戦いが外で繰り広げられる最中。
 研究施設の崩壊と共に下層まで落下していたエリクが、落下した場所で瓦礫を押し退けながら這い出てくる。
 ケイルと強制的に別たれたエリクは力の入らない状態から脱し、上を覆う瓦礫を自身の手で押し退けながら脱出に成功した。

「……ケイル……」

 エリクは穴の開いた天井を見上げながら呟く。
 そして周囲に目を向けると、エリクは困惑にも似た訝しさで下層の状況を察した。

「……下は、何があったんだ……?」

 エリクが見ているのは、ほぼ全てが崩壊している下層施設。
 研究機材から部屋までほぼ全てが壊滅し、ただの崩れ落ちた鉄の塊しか存在しない。

 エリクは穴の開いた靴でそれを踏み締めながら移動すると、瓦礫に突き刺さっていた自分の大剣を発見した。
 先程の崩落で大剣も落ちてきたのだと察したエリクは、大剣を自身の手に戻して鞘も探す。
 しかし鞘は見つからず、そのまま手に持った状態でエリクは下層の中を歩き回った。

「――……す……けて……。だれ……か……」

「!」

 その最中、瓦礫に半身を潰されながらも息を残した研究者を見つける。
 それに近付き瓦礫を押し退けたエリクは、下半身が潰れた研究者に問い質した。

「おい」

「……あ……」

「ここで何があった? どうしたらこれほど崩れる?」

「……所長、と……。聖人の、女が……戦って……」

「聖人の女……。アリアのことか?」

「……」

「……死んだか」

 下半身が潰れていた研究員は意識を失いながら息を止め、エリクは近くにあった白布で研究員の遺体を覆う。
 それでも情報を得られた事で、エリクはこの惨状が起こった原因をある程度は理解した。

 下層でアリアは所長と呼ばれる者と戦っていた。
 それが下層の崩壊を招く程の激しい戦いだったという事は理解する。
 しかしこの惨状を招く程の相手とアリアが戦っているのかと考えた時、エリクは大剣を持つ手に自然と力が篭り、アリアの安否を思う。

 この崩落した状況で無理矢理通ったような大きな穴を発見したエリクは、そこを通り穴の中を道なりに進む。
 するとそこには、一つの大きな空間と共に外へと続く鉄の大扉があった。
 しかし、その扉の中央に大穴が存在している。
 その周辺には先程の研究員と似通った状況の者達もいたが、ほとんどが瓦礫に埋もれて即死している状況であり、生存者は誰もいなかった。
 
「……これは……」

 その惨状を見たエリクは、大穴に向かって走り出す。
 そして足に力を込めて大穴を跳び潜ると、外に出る事に成功した。

 そこは第四兵士師団が拠点へと改造した山の中腹部分。 
 麓に近い場所に秘かに入り口が気付かれ、そこから様々な荷物を搬入する用途として作られている場所だったらしい。
 そうした事を気にする様子も見せないエリクは、大穴の位置と外壁となっている岩の削られ方を見て状況を察した。

「アリア、外に出たのか?」

 アリアと何者かの戦闘は外に続き、エリクはしばらく歩いて外を見渡す。
 すると遠方に見える木々が生い茂る土地で、大きな気配が二つ存在しているのをエリクは感じた。

「……あそこに、アリアが……」

 エリクはそこに向かう為に山を降りようと考える。
 下へ降りられる場所を探そうと走り出した時、エリクは人の気配を感じた。

「!」

「――……そこの者、止まれ!」

 エリクを止めたのは、待ち構えていた皇国騎士団ロイヤルナイツの騎士達と数十名の兵士達。
 研究施設内から脱出する関係者達を捕縛する為に動いていた大隊規模の人員が、各出入り口を包囲し待ち構えていた。

「我々は皇国騎士団ロイヤルナイツだ! 武器を捨て、投降しろ!」

「……」

「抵抗するのであれば、この場で処断する!」

 白銀の甲冑鎧を着込んだ騎士達が投降を呼び掛けるが、それにエリクは答えずに皇国騎士団と名乗る者達が自分の敵かどうかを考える。
 武器である大剣を捨てようとしないエリクを見て騎士達は捕縛しようと動いた際、背後で控えていた騎士の一人が前に出た。

「……あの男は……。……総員、構えを解いて待機!」

「!」

 その騎士の呼び掛けでエリクを包囲していた騎士達は武器を降ろし、一人の騎士がエリクの方へ歩み出す。
 それに対してエリクは警戒を抱くが、その騎士が歩きながら甲冑の兜を外して素顔を晒した。
 その人物はブロンドの髪を帯びた二十代前半の若い男であり、エリクの記憶で見覚えのある顔だった。

「お前は、あの老人の所にいた……」

「覚えていらっしゃいましたか。ハルバニカ公爵邸にて庭師を務めております、ウィグルです。御挨拶は初めてですね」

「どうして庭師が、鎧を着てここにいる?」

「此度は出征で、皇国騎士団ロイヤルナイツで一隊の指揮を任されております」

「出征だと?」

「我々はハルバニカ公爵の命により、第四兵士師団に不穏な動きがあるとの情報を得てこの基地周辺で各所に偽装魔法を施して潜伏しておりました。そして基地内で騒動が起きた事を察し、騒動の鎮圧と事情聴取を兼ねて第四兵士師団と研究施設の関係者を捕縛しています」

「……そ、そうか」

「エリク殿を発見した際には、設営している仮設拠点へと御連れするよう言われています。さぁ、こちらへ」

「いや、向こうで強い気配が二つ戦っている。……アレのどちらかがアリアだ。俺はそこに――……」

「アルトリア様でしたら、既に仮設拠点へ搬送を行っていると、こちらで報告を受けていますが?」

「……本当か!?」

 ウィグルの報告を聞いたエリクは驚きの視線を向け、声を荒げて問い質す。
 それに動揺せずにウィグルは真摯に報告した。

「数十分前に二つの光球がこの横穴から飛び立ち、空で戦闘を交えました。その片方が墜ちた場所を捜索した際に、アルトリア様が発見し保護したと報告を受けています」

「なら、向こうの大きな気配は……」

「恐らく一人は、『赤』の七大聖人セブンスワンたるシルエスカ様。もう一人は内部から出て来た生存者達の話から推測するに、非合法研究の中心人物となっていた生物学研究所の所長、ランヴァルディア=ルクソードが高いかと」

「……そうか」

 アリアが無事に保護された事を知ったエリクは、初めて安堵の息を漏らす。
 この一ヶ月の間、エリクは常に緊張状態の中でアリアとケイルの捜索を行い続けた。

 精神的な拠り所と余裕を無くし、更にあのような形でケイルと別れてしまったエリクは、予想以上に精神的にも肉体的にも疲弊している。
 それを証明するように、エリクは片膝を沈めて全身が脱力した状態へ陥った。
 それにウィグルは駆け寄り、心配するように声を掛ける。
 
「エリク殿!」

「……早く、アリアが搬送されたという場所に連れていってくれ」

「しかし、そのような状態で山を降りるのは……」

「大丈夫だ。少し、気が抜けただけだ。……連れていってくれ」

「……分かりました」

 ウィグルはエリクにそう了承し、部隊の指揮を副隊長に任せてエリクを仮設拠点まで連れて行く。
 エリクは身体に力を戻して立ち上がり、それに付いて行った。

 数十分後、麓へと辿り着き拓けた場所へ案内されたエリクは、仮設拠点の光景に驚く。
 大小様々な天幕が張られ、外では牛車が繋がれた荷車に載せられた檻に囚われた者達が見える。
 そして騎士と兵士達が入り乱れながら移動し、基地施設に居た民間人と思しき者達を数百名保護しながらも監視している。
 基地施設内の街に居た人々は仮にも基地施設に常駐していた兵士達の家族やそれを相手にしていた商売人である為、今回の事件と無関係とは言い難く保護という名目で監視しているようだ。

 そして、それ等を監視し捕らえられる程の規模の騎士や兵士が動く姿に、エリクは驚きを見せながら呟いた。

「……騎士団というのは、これほど兵数が多いのか?」

「いえ、皇国騎士団ロイヤルナイツの人員自体は二千名程です。今回の作戦には、皇国騎士団が五百名、魔法師団が五百名、第一兵士師団と第二兵士師団から二千名ずつ、合計で五千名が今回の作戦に加わっています」

「……それだけの規模が、今回の事で動いていたのか?」

「はい。更に『赤』のシルエスカ様が率いる【赤薔薇の騎士ローゼンリッター】が参加しています。人員こそ皇国騎士団の十分の一以下ですが、彼等はシルエスカ様が直々に鍛え抜いた騎士達です。個人戦力は一個中隊に匹敵するとも言われています」

「……そうか」

 エリクはそれに関して興味は示さず、周囲を見ながらアリアを探す。
 それに気付いたウィグルが案内を再開した。

「アルトリア様は医療部にて治療を受けているそうです。どうぞ、こちらに」

「治療だと?」

「大きな負傷は無いとは聞いていますが、発見した時には意識を失われていたそうです。なので、医療部に」

「……そうか」

 顔の影を深めたエリクがウィグルの後を付いて行き、医療部となっている天幕群へと入る。
 そこには様々な負傷者達が布張りの地面に寝かされ、医者や回復魔法の使い手から治療を行われていた。

 比較的に軽傷な者達は医療薬品のみでの治療で行われ、重傷者達は回復魔法で重大な傷を治癒させた後に医療薬品で対応する。
 人員や薬品の数が限られる中でそうした処理をしていく医療部の動きを横目に、先導するウィグルは一つの小さな天幕にエリクを案内した。

「……アリア!」

「――……」

 その中に居たのは、簡易寝台にシーツを掛けられて寝かされる金髪の少女。
 エリクにとって一ヶ月振りとなる、アリアとの再会だった。
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