虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ

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結社編 三章:神の兵士

新たな肉体へ

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 ケイルを殺害して現れたのは、『青』の七大聖人セブンスワンガンダルフ。
 大魔導師として名高い老人は怒り狂うエリクさえ氷塊に封じ、残るマギルスとアリアがいる場所へ錫杖の先端を地面に着きながら悠然と歩き向かった。

 度重なる古代魔法の行使で意識を失ったアリアと、それを乗せている青馬から降りたマギルスは大鎌を構えて戦闘状態に入るが、ガンダルフを見ながら不可解な表情へ変化する。

「……このお爺さん、まるで草か木みたいだ。存在感が薄い……」

 あのエリクが背後をあっさり取られ奇襲された理由を、対峙するマギルスが洞察する。
 ガンダルフは誰しもが持つ生物の気配が薄く、植物に等しい次元まで自身の存在感を薄めていた。
 気配を感じる事に長けたエリクやマギルスが、目の前に居るガンダルフにそのような印象を抱く事自体が不可解な状態でしかない。

 そして命を刈り取る首無族デュラハンとしての感性が、ガンダルフという老人の本質を見抜いた。

「そうか、このお爺さん……!」

「……首無族デュラハンか。魔大陸では生と死の境界を歩む者達と聞くが、儂の本質を一目で見抜くか」

 マギルスの洞察力に気付いたガンダルフは、緩やかな歩みと共に錫杖の先を少し溜めて地面に着ける。
 その僅かな違いを見破ったマギルスは、振り向かずに青馬に命じながらガンダルフに駆け出した。

「アリアお姉さんを連れていって!」

「ブルルッ」

 青馬は主人の命令に従い、アリアを乗せたまま皇都側へ駆け出す。
 その瞬間、マギルスと青馬の居た位置に地面から氷の杭が突き出し、それが檻となって築き上げられた。

 それを免れたマギルスは凄まじい速度で駆けながらガンダルフに接近し、大鎌を振り上げて首を刈り取ろうとする。
 しかしガンダルフを覆っていた透明の結界が阻み、その結界に触れた大鎌の刃を氷膜が生み出され、それが刃から柄を通じてマギルスの右手にまで一瞬で生成された。
 それはマギルスに痛みを生み、苦痛の声を漏らす。

「イ、タァッ!!」

「自ら近付くとは、浅はかなり」

 大鎌と共に右肘まで伸びる氷膜を見たマギルスは、左手で魔力を帯びた手刀を作り、瞬時に右腕を捨てる判断をして肘先から切断する。
 それで肉体全てを氷漬けにされる事を防ぎながら後方へ跳び、ガンダルフから距離を取った。

 マギルスは切断した右腕から大量の血を流しながら痛みに耐え、歯を食い縛りながらガンダルフを睨む。
 そして結界を解いて氷漬けになった大鎌と右腕を地面へ落としたガンダルフは、マギルスよりも逃げる青馬を見た。

 そして再び長い錫杖の先を地面に着けると、青馬の進行方向だった先に巨大な氷の壁を地面から突き出すように作る。
 それで進路を塞ぎ、更に四方を囲むように氷の壁が作り出されると、アリアを乗せた青馬は行き場を失い停止した。

「儂の代替スペアを連れて行かれては困るな。小僧よ」

 マギルスに視線を戻したガンダルフは、感情の篭らない瞳を向けて話し掛ける。
 それを聞いたマギルスは、初めて焦りを見せながら話した。

「……ッ。……やっぱりその身体は、お爺さんのじゃないね?」

「……やはり見抜くか」

「僕も色んな人を見たけど、お爺さんみたいな人は初めて見たよ。……肉体と魂の色が、全然違う人なんてさ」

「……流石は首無族デュラハンじゃな。肉体と魂で見抜くとはな。……故に、邪魔でしかない」

 錫杖を僅かに溜めて地面へ着けたガンダルフが、再び氷の杭を作り出してマギルスを襲う。
 それを察知したマギルスは痛みに耐えながら魔力障壁を足場にして空へ回避した。
 そうして難を逃れたと思えた瞬間、突き出された氷の杭が崩れて小さな礫となり、それが弾丸のようにマギルスを下から追撃する。

「ウ、ワァアッ!!」

 その威力はアリアが得意とする『雹の弾丸ハイルバレッド』を上回り、マギルスの物理障壁を一瞬で破壊して少年の体を貫いた。
 辛うじて頭部への弾丸は回避しながらも、痛みで新たな障壁を生み出せずにマギルスは落下する。
 なんとか負傷を治そうと魔力を高めて肉体を治癒させようとするマギルスだったが、それより早く氷の杭を地面から突き出したガンダルフの氷の杭で串刺しにされた。

「ぐ、あ……ッ!!」

「お前さん達は、後で儂の研究素材として使おう。それまでは大人しく待っておれ」

 エリク同様に突き刺された部分から氷が生み出され、マギルスの身体を覆っていく。
 重傷のマギルスはエリクのように抗う事も出来ず、そのまま氷塊の中に封じられた。

 連戦し疲弊しながらも強力な魔人として活躍していたエリクとマギルスを一瞬で倒して封じたガンダルフは、そのままアリアと青馬が封じられた氷の壁へ向かう。
 悠然と歩むガンダルフが氷の壁に到着すると、錫杖を地面に着けて氷の壁を一部だけ崩した。
 そしてガンダルフが氷の壁内部に入ると、青馬の姿は無く中央にアリアだけが寝かされている光景が見る。
 
 そして次の瞬間、横から出現した青馬がガンダルフに後ろの脚で蹴りを放つ。
 それはガンダルフが張り直した結界に阻まれ、瞬間的に凍らされた青馬はその姿勢のまま主人と同じように氷塊の中に封じられた。

「主人同様、間抜けな馬じゃな」

 そうした感想を漏らしながら、ガンダルフは倒れているアリアへ歩み寄る。
 緩やかな歩みで辿り着くと、眠るように倒れるアリアを見て微笑みながら呟いた。

「……ふむ、やはりランヴァルディアに衝突ぶつけて正解じゃった。未熟な肉体が熟成かもされておる。……やっと聖人へと達したか、アルトリア」

 長く垂れる白髭を触りながら、ガンダルフはアリアの肉体を観察する。
 そしてガンダルフは屈みながら右手を伸ばしてアリアに触れようとした時に、再び真横から凄まじい衝撃が襲った。

「!?」

 アリアに触れる為に結界を解除した隙を狙い、ガンダルフの頭部に衝撃が走る。
 吹き飛ばされたガンダルフは、アリアから離れるように吹き飛び地面を転がった。
 そして青い帽子の無い頭から血を流しながら身を起こすと、アリアの方を見て僅かに驚く。

 そこには、首の無い青馬が居た。
 そしてアリアを守るように立ち阻み、ガンダルフに対して威嚇する。
 ガンダルフは凍らせたはずの青馬の方を見ると、氷の中に封じられていたのは茶色の毛並である普通の馬だけが残っていた。

 青馬は乗り移っていた茶色の馬の肉体から離れて氷塊から脱出し、魔力で編んだ精神生命体アストラルの肉体で姿を現している。

「なるほど、普通の馬に憑依していたというわけか」

『……ブルルッ』

精神生命体アストラルの馬か。厄介な種族じゃが……、儂も似たようなものか」

 青馬を見ながら自嘲するガンダルフは錫杖を握り直して立ち上がると、錫杖の先を青馬に向ける。
 それを回避するように青馬は姿を消した。 

 ガンダルフは周囲を見回しながら青馬を探す。
 しかし青馬は予想外の所から出て来た。

「!」

 青馬はアリアが倒れる下から魔力で肉体を形成し、アリアを背に乗せて一気に駆け出す。
 そして開いた氷の壁穴を駆け抜けようとしたが、それより先にガンダルフが氷の壁を修復させて逃走ルートを無くした。

「アルトリアを連れたままでは、精神生命体アストラルでも儂の壁を抜け出すのは不可能じゃろう」

『……ブルッ』

精神生命体アストラルを滅するのは不可能と云われておるが、その肉体を形成しておる魔力を散らせば、姿を保ちアルトリアを乗せたままではおれぬよな?」

 ガンダルフは自分の青い帽子も拾い上げ、頭部に負った傷を治癒させながら防止を被り直すと、青馬を追い詰めるように歩み始める。
 そして錫杖の青馬へ向けながら青い魔力の霧を発生させると、それを嫌がる青馬は逃げるように走るが、青霧に回り込まれ壁際へと追い詰められた。

「本来は、神兵の心臓コアの力に飲まれて魂を消失させたランヴァルディアの肉体を奪うつもりじゃったが。紛い物とはいえ、それすら浄化してしまうとはのぉ」

『……ブルルッ』

「マシラでは聖人に達しておらぬ故、予備として残すことを選んだが……。今ならば、儂の新たな肉体となるのに十分に相応しい」

 微笑みながら青霧となる魔力を青馬に接触させると、魔力で形成された肉体が崩れていく。
 霧状の魔力が青馬の魔力を削り、肉体を維持出来ずに消失させる事に成功した。
 障害を取り払い、再び地面へ倒れたアリアを見ながらガンダルフは微笑みを浮かべる。

 今回の事件で、魔人バンデラスにアリアを誘拐して研究施設に運ぶようにランヴァルディアは命じていない。
 それは事件の首謀者であり黒幕である『青』のガンダルフが命じた事だった。

 その真の狙いは、ランヴァルディアとアリアを衝突させ戦いの中で肉体の進化を促し、ランヴァルディアを『神兵』として完璧な肉体に変化させ、アリアは『聖人』としての進化へ導き、どちらかを己の肉体とする為。
 そうする事で二人の肉体を熟成させ、今現在の古く老いた肉体から鋭気ある肉体を己の物とする為に、ガンダルフは策を巡らせた。

 その結果、ランヴァルディアは『神兵』の肉体を喪失し、『聖人』として進化し生き残ったアリアの肉体を奪う為に、ガンダルフはこの瞬間まで待ち続ける。

 自らの思惑が上手く進んだガンダルフは、喜びを隠さずアリアへ手を伸ばす。 
 幼い頃のアリアに出会い聖人へと至れる技量と魂を見抜いたガンダルフは、この若く多彩な才能と豊富は知識を宿した肉体を狙い続けていた。
 表向きは師として接し、互いに知識と技術を交わす魔法師として認め合う。
 その裏側では、次の肉体を仕立て上げる計画を憎悪に塗れたランヴァルディア自身に行わせる。

 老獪かつ狡猾な策を巡らせていたガンダルフは、次なる肉体へと選んだアリアへ触れようとした時。
 頭上から舞い降りる赤い炎を纏った一本の短い赤槍がガンダルフの右腕を貫いた。

「ッ!?」

 ガンダルフは右腕に突き刺さる槍に驚き、周囲が氷壁が赤色に染まるの光景に気付く。
 氷壁が炎に包まれながら溶け始めると、頭上を塞いでいた氷に空いた小さな穴がひび割れながら崩れ、そこから長い赤髪を後ろに纏めた長い赤槍を持つ一人の少女が姿を現した。

 ガンダルフは現れた少女を睨みながら、その名を呼んだ。

「……『赤』のシルエスカ!」

「――……貴様の悪道もそこまでだ、『青』のガンダルフ!!」

 現れたのは、ルクソード皇国の守護騎士である『赤』の七大聖人セブンスワンシルエスカ。
 人間大陸を守護するはずの七大聖人セブンスワンが敵対し、対峙する戦いが開始された。
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