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螺旋編 一章:砂漠の大陸
気術
しおりを挟む宿を確保できたケイルとエリクだったが、一人用の部屋に二人が入る形で共有する事となる。
それに対して渋い表情を見せるケイルと平然とした様子で部屋に荷物を置くエリクの様子は、対極したものでもあった。
そして部屋に置かれた一つのベットと机に椅子を見ると、エリクは手を軽く上げて天井に着いてしまう高さを確認しながら呟く。
「……狭いな」
「寝泊りだけ出来る安宿だしな」
「荷物は、ここに置くか?」
「基本的には、自分達で持ち歩こう。扉の作りも鍵も御粗末だったし、部屋の中に置いといたら盗まれそうだ」
「そうか」
そんな話を交えながら、ケイルは荷物を置いてベットに腰を落ち着かせる。
エリクは部屋に備わる小窓越しに部屋の外を見渡し、外の様子を窺った。
「……見られている視線も、魔力も感じない」
「まだ組織は、アタシ等を発見できてないってことだな」
「敵がマギルス並の強さなら、気配も魔力も上手く隠しているかもしれない」
「その可能性もあるか。……よし。少し休んだら、港都市の中を見てみよう」
「情報収集と、店の位置だったか?」
「ああ。それに追跡されてるようなら、人の中に不自然な動きをしてる奴がいるはずだ。それで見極めよう」
「分かった」
ケイルの意見に同意したエリクは大剣を抱えて壁に背を預けた状態で床に座り、いつものように瞳を閉じて瞑想状態へと入ろうとする。
しかしエリクが完全に瞑想に入る前に、ケイルから話し掛けた。
「エリク」
「?」
「アタシが教えた修行の方も、ちゃんとやってるか?」
「ああ」
「で、どんな感じだ?」
「……俺の魔力を感じられるが、お前の言う『気』というものは、感じられない」
「やっぱりか。まぁ、感じられるようになるだけでも数年は掛かるって言われてるからな」
「……ケイル。もう一度、その『気』というモノを教えてくれないか?」
「『気』はどんな生命にも宿ってるエネルギー、生命力と呼んでもいい。そして気を使う事で、普通の人間では成し得ない技が使えるようになる。アタシは子供の頃に習った」
「……生命の、エネルギー……」
「お前に分かり易く言うと、魔人の魔力みたいなもんだ。ただ、人間には魔力が無い。そんな人間が強い魔獣なんかと対等に戦えるようになる為に、『気』を使って身体能力を高める技法として編み出したらしい」
「なら、俺にとって気は魔力と同じものなのか?」
「あくまでお前等みたいな魔人や魔族は、自分の体内で魔力を生み出して使って身体を強化したり魔術を使う。でも気は別で、魔力が無くても使えるんだよ」
「……分からないな」
「アタシも、魔人の魔力と気がどう違うのかは詳しくないからな。師匠辺りに聞けば、何か知ってるとは思うけど……」
「師匠?」
「アズマの国で、武士っていうのをやってる人だよ。もう十年近く会ってないけどな」
「そうか。……もう一度、俺に気を見せてくれないか?」
「……いいけどよ」
エリクに乞われるケイルは、軽く息を吐きながらベットから立ち上がる。
そして左腰に携える小剣の柄を右手で握り、緩やかな動作で引き抜いた。
そしてエリクに見え易い形で構えると、一呼吸してから真剣な表情へと変わる。
次の瞬間、小剣の刃に薄く白い発光が纏った。
「!」
「――……これが、アタシの習った『トーリ流術』の剣技。アタシの気を剣に宿らせると、鉄くらいなら簡単に切断できるようになる。基本は表の型、気を使う時には裏の型で、適応した技を使うんだ」
「……」
「まぁ、お前やマギルスだったら鉄でも簡単に叩き折れるだろ? これは言わば、『人間』がこの世界の化物共に対抗する為に編み出した技術の一つだ」
「……魔人の俺では、使えないということか?」
「いや、使える」
纏わせたオーラを引かせたケイルは、小剣を鞘に収める。
そしてエリクの顔を見ながら、真剣な表情のまま伝えた。
「ゴズヴァールを覚えてるか?」
「ああ」
「アイツはお前と同じ魔人だが、気の使い手でもあった」
「!」
「アタシが闘士に入った時、闘士長だった奴と儀礼的に腕試しをさせられた。逆にアタシはゴズヴァールを試す為に気を使ったんだが、それに合わせて奴も同じように気を身体に纏わせていた」
「……あの男が……」
「無意識に使ってるのかと思ったが、腕試しが終わった後に奴はこう言った。『ここで気術を使える人間に会えるとは』ってな。……奴は間違いなく、技術として『気』を扱える訓練を受けていた。多分、フォウル国で習ったんだろう」
「……なら、魔人の俺にも使えるのか?」
「ゴズヴァールが使えたんだ、お前が使えて当たり前だろ? ただ、お前等の場合は魔力っていう分かり易く感じ易い力が既にある。そのせいで、自分の中にある気を感じる事が難しくなってるのかもしれない」
「……」
「はっきり言って、お前の力量はアタシをとっくに超えてる。そんなお前がアタシに劣る部分があるとしたら、『気』の扱い方を知らないことだけだ」
「……気を覚えると、どうなるんだ?」
「例えば、生命の感知がし易くなる。お前やマギルスが使ってる魔力感知と同じようなもんだが、魔力を感じ取るんじゃなくて、生命力を捉えて感じられる」
「そうなのか」
「後は、一瞬だけ凄まじい力が出せたりとか。後は、かなり強めに殴られようが痛みに耐えられるし、数時間以上は走り続けても疲れが薄くなる。……そうだ、確か……」
「?」
「皇国でお前等が戦ってた、あの白い男。ランヴァルディアって言ったか? アイツがまさに、巨大な気の塊みたいな奴だった。空を飛んでたり、手から放ってた光も、全て『気術』の類だったはずだ」
「……気は、あんな事も出来るのか?」
「あれは、奴の凄まじい気の量があって初めて成立していた技だ。あんな事を普通の人間がやったら、一瞬で身体の気を使い果たして倒れちまうさ」
「そうか……」
ケイルが気に関する事を思い出しながら話し、エリクに伝える。
皇国で戦ったランヴァルディアが用いていた攻撃が『気』を使ったモノだと知ったエリクは、その脅威と凄さを改めて知った。
そして自身の手の平を広げて握るエリクは改めて顔を上げ、ケイルに伝える。
「――……ケイル。俺に、気の扱い方を教えてくれ」
「……お前、今は魔力の方も色々やってるんだろ? それと一緒に気の扱おうとしたら、どっちも中途半端になるだろ?」
「かもしれない。だが、学べるのなら学びたい。……文字や計算と同じように、きっといつか、それが役に立つ」
「……アタシは、教え方が上手い方じゃないぞ?」
「それでもいい」
「……分かった、教えるよ。でも、手順は沿わせるからな。まずは気を感じるところから始めるし、いきなり実戦で使えそうな技は教えないぞ?」
「頼む」
エリクの真剣な表情に答えたケイルは、ベットに腰掛けてエリクと話す。
幼い頃に習った気術に関する事をケイルは話し、そしてエリクに指導した。
その指導は一時間程で終えると、二時間後には宿を出る。
そして港都市内で情報を得る為に、二人は周囲に警戒しながら散策を始めたのだった。
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