423 / 1,360
螺旋編 四章:螺旋の邂逅
善行の広まり
しおりを挟む教会に寄付したエリクは初老の修道女と子供達に泣かれ、困惑しながらも帰ろうとしたところを引き留められてしまう。
教会内の応接室らしき部屋に通され、その部屋の椅子に座らされて待つようシスターに懇願されてしまうエリクは、仕方なく待つ事となった。
シスターが応接室を出ると、少女達がシスターに付いて行く。
その間、少年達に囲むように見られるエリクは、表情とは裏腹に馴染みの無い状態に秘かに困惑していた。
そうして十分程の時間を待たされ、シスターが女の子達を伴い戻って来る。
その手には紅茶などを入れる陶器のポットが持たれており、子供達は何も入っていない陶器のカップと、茶紙に包まれた麦菓子を持ってきた。
「お待たせして、申し訳ありません」
「いや……」
シスターが微笑みながらそう話し、エリクの正面にある椅子へ座り、机の上に陶器のポットを置く。
そして女の子達は慎重にエリクの前に陶器のカップを置き、シスターはその器にポットの中身を注いだ。
注いだ液体は僅かに湯気を立たせ、エリクの鼻に仄かな香りを漂わせる。
そして茶紙に包まれた麦菓子も傍に置かれ、エリクは持て成されている事を理解した。
そしてエリクがシスターの顔を見ると、微笑みながらも申し訳無さそうな表情で謝られてしまう。
「貧相な物しか御用意できませんが……」
「いや。そういうのは、気にしなくていい」
「ですが、あれほどの大金を寄付して頂いた方を、無下に帰せません」
「……そ、そうか?」
「はい。貴方のおかげで、借金の返済を行えました。本当に、ありがとうございます」
「ありがとうございます!」
そう礼を述べるシスターが頭を下げると、子供達も礼を言いながら謝意を伝える。
その慣れない光景にエリクは困惑して頭を掻きながらどうしたものかと悩んでいると、顔を上げたシスターに改めて尋ねられた。
「……それで、あの。本当にあれ程の大金を、この教会に……?」
「ああ」
「しかし、どうして……?」
「ガルドという男を、知っているか?」
「!!」
ガルドという名を聞いた瞬間、初老の女性は目を見開く。
そして思わず腰を上げ、初老に似合わず声を張り上げて聞いた。
「ガルド様の、お知り合いですか!?」
「あ、ああ」
「そうですか! ……そうでしたか。やはり神は、私達をお見捨てにはなっていませんでした……」
「……?」
椅子に座り直したシスターは、手を合わせ祈るように目を閉じる。
突拍子も無い様子にエリクは困惑し、今度はエリクから聞いた。
「ガルドを、知っているのか?」
「はい。ガルド様はよく、この教会に来て頂いていたのです」
「そうか」
「ガルド様は月に一度ほど参拝にいらっしゃり、幾らかの御布施を頂いておりました。それに、子供達でも出来る簡単な仕事を紹介して頂き、金銭の得方や商売の方法、それに子供達に身体の動かす習い事を教えてくれていました」
「ガルドが……?」
「はい。この孤児院を出た子供達の中には、ガルド様が紹介してくれた仕事などに就いて暮らせるようになった子供達も多いのです。本当に、ガルド様には大変お世話になっておりました」
「……そうか」
エリクはシスターの話に半分も理解できず聞き流していたが、大まかな事は理解する。
ガルドはどうやら、定期的にこの教会に通っていたらしい。
その度に御布施を渡し、更に孤児の子供達と戯れに近い身体の動かし方を教え、更にそれなりの年齢の子供達には仕事も紹介していたそうだ。
それが教会と孤児院の運営を助け、慎ましい生活ながらもシスターと子供達がこの王都で暮らせるだけの生活を送れていたという。
しかし、ガルドが死んでから状況が変わった。
「しかし十年程前にガルド様が参拝に訪れなくなり、お仕事が忙しいのだと始めは思っておりました。しかし何ヵ月もお尋ねにならず、ガルド様が死んでしまったという話を耳にしました」
「……」
「ガルド様の死は、私達にとってとても悲しい知らせでした。子供達の中には、ガルド様を慕っていた子達も多かったので……」
「……そうか」
「それから私や子供達は、ガルド様に教えて頂いた事を続け、子供達は子供でも出来る仕事を、私も内職をして、何とかその日を暮らせるようにしていたのです」
「……」
「しかし昨年に、病気をした子の為にも高額の薬が必要となり、先程の男達に金銭を借りました。それで薬が買えて子供は救われましたが、代わりに莫大な利息が借金に加わってしまい……」
「……そ、そうか」
「そして教会の土地を形として引き渡すしかないと、そう思っていたところで、貴方様が尋ねて救って頂けました。……本当に、ありがとうございます」
「そうか」
改めてそう謝意を述べて頭を下げるシスターに、エリクは頭を掻きながら曖昧に声を返す。
そして顔を上げて微笑むシスターは、エリクに尋ねた。
「貴方様も、ガルド様のお知り合いですか?」
「ああ」
「そうですか。どのようなお知り合いか、聞いても?」
「同じ仕事をしていた」
「そうなのですか。けれど、どうして教会に寄付を……?」
「ガルドが生きている時に、ここに『おふせ』というものをしていると聞いた。だから、代わりにしようと思った」
「え……?」
「ガルドがしていた事は、俺達がする。そう決めていた」
そう話すエリクは陶器のカップを摘み、中に注がれていた御茶を飲む。
相変わらず舌が効かないエリクは飲み尽くすと、麦菓子を一つ摘まむ。
それと同時に、子供達が麦菓子をじっと見ながら物欲しそうにしているのを察した。
「……お前達で食べろ」
「え?」
「食べろ」
「い、いいの?」
「ああ」
「やったぁ!」
エリクは茶紙の包みごと麦菓子を子供に渡し、子供達はそれを喜びながら摘み取る。
そしてそれを美味しそうに食べる子供達を見て僅かに口元を微笑ませ、席を立った。
「俺は、そろそろ行く」
「お、お待ちください。お名前を聞いても……?」
「俺は、エリクだ」
「エリク様……」
「時々、裏の墓地にも来る。そのついでに、また来る」
「は、はい! ありがとうございます……」
そう言いながらエリクは教会を出て行き、シスターや子供達はそれを頭を下げて見送る。
そして去り行くエリクに、シスターは祈りを込めて手を重ね合わせた。
「……神よ。この巡り合わせに、そして繋がりに、感謝いたします……」
そう涙を流し祈るシスターを見て、子供達も真似るように祈る。
それから教会は、エリクから渡されたお布施を使い、慎ましくも子供達のお腹や衛生面を気遣えるだけの余裕を持つ暮らしを行えるようになった。
更に得られた金銭を少しずつ使い、以前まで行えていた他の孤児や貧民である者達に炊き出しを行えるようになる。
シスターをそれを行う都度、人々にこう話す。
エリクという心優しき者が、自分達とこの教会を救ってくれた事を。
それは貧民街の中で口々に伝わり広まり、エリクの名が王都の貧民街に広まった。
そしてエリクという人物が黒獣傭兵団の団長であり、また帝国軍の侵攻で大活躍をしたという話も伝わる。
エリクの善行と活躍は、こうした形で王都の中で、そして王国の中で拡がり続けた。
0
あなたにおすすめの小説
薬漬けレーサーの異世界学園生活〜無能被験体として捨てられたが、神族に拾われたことで、ダークヒーローとしてナンバーワン走者に君臨します〜
仁徳
ファンタジー
少年はとある研究室で実験動物にされていた。毎日薬漬けの日々を送っていたある日、薬を投与し続けても、魔法もユニークスキルも発動できない落ちこぼれの烙印を押され、魔の森に捨てられる。
森の中で魔物が現れ、少年は死を覚悟したその時、1人の女性に助けられた。
その後、女性により隠された力を引き出された少年は、シャカールと名付けられ、魔走学園の唯一の人間魔競走者として生活をすることになる。
これは、薬漬けだった主人公が、走者として成り上がり、ざまぁやスローライフをしながら有名になって、世界最強になって行く物語
今ここに、新しい異世界レースものが開幕する!スピード感のあるレースに刮目せよ!
競馬やレース、ウマ娘などが好きな方は、絶対に楽しめる内容になっているかと思います。レース系に興味がない方でも、異世界なので、ファンタジー要素のあるレースになっていますので、楽しめる内容になっています。
まずは1話だけでも良いので試し読みをしていただけると幸いです。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
転生社畜、転生先でも社畜ジョブ「書記」でブラック労働し、20年。前人未到のジョブレベルカンストからの大覚醒成り上がり!
nineyu
ファンタジー
男は絶望していた。
使い潰され、いびられ、社畜生活に疲れ、気がつけば死に場所を求めて樹海を歩いていた。
しかし、樹海の先は異世界で、転生の影響か体も若返っていた!
リスタートと思い、自由に暮らしたいと思うも、手に入れていたスキルは前世の影響らしく、気がつけば変わらない社畜生活に、、
そんな不幸な男の転機はそこから20年。
累計四十年の社畜ジョブが、遂に覚醒する!!
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~
k33
ファンタジー
初めての小説です..!
ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?
現代知識と木魔法で辺境貴族が成り上がる! ~もふもふ相棒と最強開拓スローライフ~
はぶさん
ファンタジー
木造建築の設計士だった主人公は、不慮の事故で異世界のド貧乏男爵家の次男アークに転生する。「自然と共生する持続可能な生活圏を自らの手で築きたい」という前世の夢を胸に、彼は規格外の「木魔法」と現代知識を駆使して、貧しい村の開拓を始める。
病に倒れた最愛の母を救うため、彼は建築・農業の知識で生活環境を改善し、やがて森で出会ったもふもふの相棒ウルと共に、村を、そして辺境を豊かにしていく。
これは、温かい家族と仲間に支えられ、無自覚なチート能力で無理解な世界を見返していく、一人の青年の最強開拓物語である。
別作品も掲載してます!よかったら応援してください。
おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。
転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~
ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。
コイツは何かがおかしい。
本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。
目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる