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螺旋編 五章:螺旋の戦争
強者激突
しおりを挟む『神』を崇拝する『黄』の七大聖人と、『神』を殺す覚悟を決めているケイル。
互いに相容れぬ思考と思想を持ち、必然とも言うべき対峙を果たして戦闘を開始した。
六体の分身体を駆使し凄まじい速さで襲い来るミネルヴァに対し、ケイルは抜刀の構えで左腰の魔剣を右手で引き抜き技を放つ。
抜刀した魔剣を幾度も素早く前方に斬り突き、そこから放たれる大量の|気力が斬撃となってミネルヴァを襲った。
「裏の型、『閃波』ッ!!」
「温いッ!!」
「!?」
秒間で数十以上の気力斬撃がミネルヴァ達を襲ったが、それは容易く回避されてしまう。
更に迫るミネルヴァ達に表情を強張らせたケイルは、跳び引きながら抜刀の構えに戻す為に鞘に魔剣を収め直そうとした。
しかしそれより早く、ケイルの眼前へミネルヴァが迫る。
「ッ!!」
「罪人に鉄槌をッ!!」
ケイルは迂闊にも跳んで引いた為に回避が出来ず、突かれるミネルヴァの旗槍を真正面から受ける。
旗槍の先には矛があり、ケイルはそれを見切り魔剣の刃でそれを受け流しながら体軸をズラして回避した。
その瞬間、ケイルの後ろに在った建物群が旗槍の突きで生み出された衝撃を受け、突き崩れながら崩壊する。
それすら驚く暇も無いケイルは、魔剣で旗槍を弾いた勢いで身体を遠退かせながら着地した。
しかしその瞬間、ケイルの左肩から夥しい出血が起こる。
ミネルヴァが放った突きの威力を完全に殺せず、更にその衝撃を霞めたケイルの左肩に凄まじい裂傷を生んだ。
「チィッ!!」
「罪人に裁きをッ!!」
「!!」
しかし別のミネルヴァがケイルの左右を挟むように近付き、更に上空に短距離転移した分身体も襲い来る。
魔力で形成されたミネルヴァの分身体は実体と変わらぬ質量を備え、その一撃一撃がケイルを殺せる程の威力を備えている。
それを先程の一撃で悟ったケイルは、左肩から感じる痛みを意識の奥へ追いやりながら、必死の形相でこの状況に対応した。
「月の型、『幾望』ッ!!」
「!」
更なる奥義を使い、ケイルはこの状況を脱しようとする。
傷付いた左肩を無視して左手で右腰に備えた赤い小剣を引き抜き、ケイルは再び両手の剣に巨大な気力の剣を纏わせる。
それと同時に分身体が迫る左右へ突きを放ち、自身の腕を酷使しながら半径十メートル以内に気力剣を振り斬った。
それに目を見開いたミネルヴァだったが、ケイルの突きを余裕を持って避ける。
しかし縦横無尽に気力の剣を振り回すケイルの間合いには近付かず、それからすぐに振り止まったケイルの様子を見て笑みを浮かべた。
「フッ」
「……ハァ……、ハァ……ッ!!」
「その程度の動きで、その有様。……自分の技にすら耐えられないとは」
「……ッ」
ミネルヴァの嘲笑うような言葉にケイルは肩を揺らしながら息を荒げ、両手の剣先を地面へ下げる。
ケイルは今の奥義を使った事で今までの消耗もたたり、ほとんどの体内気力を使い果たした。
しかも剣を振り回した両腕は震え、内部の毛細血管が出血を起こして腕全体が赤くなり始めている。
ミネルヴァに一太刀すら浴びせる事も出来ず、更に奥義に耐え得るだけの肉体を鍛錬できていなかったケイルは、それでも震える両手で剣を握っていた。
そんなケイルに対して、全てのミネルヴァが姿勢を戻して声を重ねながら告げる。
「自滅する罪人とは、敵にすら値しない」
「……ッ」
「その脆弱さ、まさしく『怠惰』の表れだな。大罪人に相応しい末路だ」
「……まだだ……ッ」
ケイルの有様を見て決着を悟ったミネルヴァ全員が、旗槍の矛を向ける。
しかしケイルは左肩から大量の血を流し、内出血も起こし震える両腕で剣を構え、抗おうとした。
それを冷ややかな瞳で見るミネルヴァは、分身体と共に呟くように詠唱を開始する。
「――……『我が神の名において裁きを下す。罪深き者達に死の裁きを。欲深き者達に苦の裁きを。無知深き者達の敬謙の教えを与えたまえ――……』」
それは三十年前、ミネルヴァがルクソード皇国を襲撃した際に見せた秘術の詠唱。
分身体を含めたミネルヴァの旗槍に白い魔力の光が集まり、全員がそれを天に掲げた。
周囲の暗闇すら照らす神々しい光が旗槍に集まり、その矛先がケイルに向く。
詠唱を唱え終えたミネルヴァは、睨むケイルを見ながら告げた。
「怠惰な罪人に、相応しき苦しみを。――……『慈悲深き神は死の鉄槌を下す』」
「……クソッ」
そう告げた瞬間に、全周囲に居るミネルヴァ達の旗槍から凄まじい魔力で形成された威力の光線が放たれる。
ケイルは逃げ場も無く、また奥義を振るえる腕も気力も無いままにその光を浴び、白い魔力光線の中へ消え失せた。
同時にケイルが居た場所が爆散し、周囲の建物や地面を削りながら吹き飛ぶ。
それを見ていた全てのミネルヴァは旗槍を下げ、爆風が収まらぬ中で別の場所へ視線を向けて呟いた。
「……誰だ、罪人への罰を妨げたのは?」
「――……内弟子が、随分と世話になったようだ」
そこは少し離れた建物の屋根であり、そこに三人の人影がある。
一人は東国特有の衣を身に纏った長い髪を結った武士であり、もう一人も黒装束を身に纏い白い仮面を身に着けた忍者。
そして忍者の両手に抱えられていたのは、あの魔力光線を浴びたはずのケイルだった。
ケイルは気力の底を尽き薄れる意識の中で、瞳を開ける。
そして自分を抱える忍者と、その傍に佇むもう一人の男の後ろ姿を見た。
「――……師匠……、トモエさん……?」
「馬鹿弟子め。やはり鍛錬を怠っていたか」
「……ゥ……ッ」
「儂の鍛錬を途中で抜けるからだ。……まったく。独り立ちをさせるには、ちと早すぎた」
「……すみません……」
「説教なら後でする。……後は任せろ」
「……はい」
師匠であるブゲンの叱りを受けながらも、ケイルは安堵した表情で瞳を閉じて気を失う。
そしてトモエの傍に控えていた二人の忍者にケイルは預けられ、ブゲンとトモエは共に建物から飛び降りて緩やかに着地した。
着地したブゲンが顔を上げると、そこには般若を想起させる厳つい表情を見せる。
そして仮面の裏に隠されているトモエもまた、全身に殺気を漲らせながらミネルヴァを見た。
「――……トモエ、奴は儂が斬る。手を出すな」
「私にも一枚、噛ませて頂きたいものです。……親方様と、心中は同じ故に」
そうして塊のような殺気と共に身体全体から気力を漲らせる武士と忍者を見たミネルヴァは、怒りの表情を即座に沈めて冷静かつ鋭い表情を見せる。
ミネルヴァは目の前に現れた二人が、ケイルの比ではない強さだと一目で見抜いた。
「……あの二人、強い」
「――……当理流師範、名を武玄《ぶげん》と申す。……その様相、彼の悪名高き『黄』の七大聖人とお見受けするが?」
「東国の武士か」
「如何にも。――……我が弟子の、意趣返しをさせてもらおう」
「フッ……。例え誰であろうと、『神』に仇名す者共は一人残さず滅するッ!!」
ミネルヴァはそう叫びながら分身体と共に突っ込み、ブゲンとトモエがいる場所へ迫る。
更に三体の分身体を転移させ、ブゲン達の頭上と後方に移動させて配置した。
三方から迫るミネルヴァ達を他所に、トモエは素早く手で印を結ぶ。
すると同時に襲い掛かったミネルヴァの分身体に、トモエの周囲から出現した黒装束の分身体が襲い掛かり、腰に携えた短刀と苦無で旗槍と競り合った。
「なんだと……!?」
「――……『忍法』、多重影分身の術。分身は貴様の専売特許ではない」
「ッ!!」
ミネルヴァと同様に実体を伴う分身達を作り出したトモエは、分身体同士で戦いを行わせる。
一方で、その隙間を縫うようにブゲンは瞬く間に歩を進め、一体のミネルヴァへ迫った。
それに反応したそのミネルヴァは旗槍を振って迎撃し、それに合わせるようにブゲンも左腰の刀を抜き放ち、旗槍の柄と刀の刃が激突する。
その衝撃で周囲の建物や地面が斬り裂かれるように崩壊し、ミネルヴァとブゲンは腕を僅かに軋ませながら互いの剛力を見せ合った。
「――……やはり、貴様が本物か」
「!」
「改めて名乗ろう。――……『茶』の七大聖人が一子、武玄。推して参るッ!!」
「……あの男の息子かッ!!」
鬼気とした笑みを浮かべるブゲンに対して、ミネルヴァは憤怒の表情を見せながら互いの武器を押し薙ぐ。
二人が生み出す突きと薙ぎの衝撃は中央部の建物を破壊し、地面を抉るように削りながら付近一帯が凄まじい戦場と化した。
こうしてケイルの師匠である武士ブゲンと忍者トモエが、『黄』の七大聖人と激突する。
互いに人間大陸で屈指の強者であり、聖人として相応しい激戦を見せた。
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