虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ

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螺旋編 五章:螺旋の戦争

停滞の備え

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 『神』と対峙する『青』は都市内部に巨大な氷柱の結界を作り出し、その内部で戦闘を継続する。

 その氷柱の出現に一早く気付いたのは、『神』に追われて逃げていた最も近い場所に居る者達。
 気を失っているエリクとマギルスを背負いながら走る、ケイルとクロエだった。

 ケイルは突如として後方に作られた氷柱に気付き、やや後ろを走るクロエに呼び掛ける。

「――……お、おい! あのデッカい氷は……」

「氷柱結界だね。『青』が自分に有利な空間結界を、作り出したんだ」

「やっぱりさっきの奴は、今の『青』の七大聖人セブンスワンってことか……」

「いや。彼は昔から、ずっと『青』だったよ」

「え……?」

「彼は三千年以上前から自分の肉体オリジナルを保存して、複製した肉体を作って永らえていた。……そして今の彼が、本当の肉体オリジナルに戻った『青』なんだよ」

「……お前、それを知ってたのか?」

「勿論さ。だってその方法で生き永らえる事を勧めたのが、私だからね」

「!?」

「彼は不憫な秘術と習わしを継承し続けた一族でね。秘術継承者の子供を媒介に、その肉体を奪い魂を移し、秘術継承者を生き永らえさせていた」

「子供を……!?」

「その一族に生まれて秘術を継承した彼もまた、自分の子供を生贄に生き永らえる事を周りから望まれた。彼はその一族の中でも、特に才能を持ってたからね。――……でも彼はそれを拒否して、自分の子供以外の一族全てを殺した」

「……!?」

「彼は自分が愛し育てた子供を殺してまで、生き永らえる事を拒んだんだ。……そして秘術を途絶えさせる為に自分自身も殺そうとした。そこに現れたのが、私というわけだ」

「……複製。つまり、子供を使わず奴が憑依できる身体を増やしたってことか」

「その通り。彼の一族が継承していた秘術は、他者の魂を塗り潰しその肉体を乗っ取れはするけど、血族以外の肉体だと数年以内に劣化し腐ると同時に、憑依者の魂も摩耗し精神性が衰弱する。だから複製の肉体でも、代用が可能だと教えてあげたんだよ」

「なんで、そんな事を……?」

「彼もまた、人類の中で数える程しか達せられなかった天然物の聖人だからね。そのまま死なせるには惜しい、稀有な人材だった」

「……でも。確かアイツ、アリアの身体を乗っ取ろうとしたって……?」

「彼は彼なりに、アリアさんの存在をずっと危険視していたんだろうね。それに、アリアさんもまた稀有な人材だ。ただ殺すより肉体を乗っ取って保管していた方が、人類の為になると思ったんじゃないかな」

「人類の為だと……!?」

「彼は今も昔も、人間という種族がこの世界で生き永らえる事を望んでいる。その為なら小を切り捨て大を救う決断を躊躇せず行えるし、そういう彼だからこそ今でも七大聖人セブンスワンに足る資格を、許されているんだよ」

「……ワケが分かんねぇ。アタシから見れば、『やつ』もアリアも、そしてお前も、単なる狂人だ」

「そうだね。でもそうだからこそ、彼や私には守れるモノがあったんだよ」

「……」

 そう話しながらも走り続ける二人は、氷柱結界内に居る『神』から逃れる為に走り続ける。
 そして都市東部の箱舟ノアを目指し、辿り着こうとしていた。

 そうした中で、赤く染められていた夜空が元の黒い空に戻り始める。
 更に都市内部の黒い塔が赤く発光している様子も無くなり、元の黒いだけの塔に戻った。

 それに気付いたケイルは上を見上げ、訝し気な目を向ける。

「――……空が……?」

防衛機能システムを止めたから、また箱庭ここ休眠状態スリープモードに入ったんだろうね」

「……これも、お前がやったのか? そんな事が出来るんだったら、始めからやってれば……!」

「知らない暗号施錠パスワードを掛けられた機械を操作するのは、流石に私でも無理なんだよ。でも持ち主が暗号施錠パスワードを自分から解いてくれれば、その横から操作する事は、誰でも出来るのさ」

「……よく分からんが、アリアの奴がここの機能とやらを動かしたから、お前でも操作できるようになったのか?」

「そういう事だね。――……そして彼女が防衛機能システムを起動させる程に追い詰められたのは、エリクさんの死がきっかけなのは間違いない」

「……エリクは。こいつは今、生き返ってるんだよな?」

「そうだね。肉体的に生き返ったのは間違いない」

「肉体的……?」

「問題は精神と魂かな。そちらが死んでいたら、身体が生き返っても動けないのは当然だ」

「!?」

「死後の世界から、戻れるか戻れないか。彼の生死は、それに懸かってるんだよ」

「……エリク……ッ」

 ケイルは抱えるエリクの顔を横目で見ながらも、表情を引き締めて緩やかになった走る速度を戻す。
 そうして二人は意識を失った男達を抱え、逃走を続けた。

 一方その頃、箱舟ノア側でも変化が訪れる。
 黒い人形達が停止し箱舟ノアの周囲を守るように張られた青年の結界が解除されると、箱舟ノア二号機の状態は一気に改善していた。

「――……エ、魔力薬液動力機関エーテルエンジン! 再稼働を開始!」

「各設備の機能も、正常に戻りました! 通信も可能です!」

「な、何が……?」

「中央部の黒い塔、赤い光が収まっています!」

「あの光が消えた……? 人形といい、さっきの恐ろしい感覚といい、向こうで何が起こっているんだ……?」

「そんなことより、今は急いで離陸を!」

『――……待て!』

「!?」

「……この声、グラド将軍?」 

 兵士達が再稼働した箱舟ノアを急いで離陸させようとした時、身に着けている通信機に声が届く。
 動力機関の再稼働と同時に起動確認をしていた艦橋や兵士達の通信機に入るグラドの声に、艦橋内で指揮している艦長が答えた。

「グラド将軍! 待てとは、いったい――……」

『まだ状況が分かってない状態で、無暗に飛ぶな!』

「し、しかし! 今の内に離陸しなければ、また設備が機能しなくなる恐れも……!」

『だからだろうが!』

「え……!?」

『このまま箱舟ふねを飛ばしてる最中に、またあの赤い光が復活して設備が停止してみろ。箱舟ふねに乗ってる全員、箱舟ここを棺桶にする破目になるぞ!』

「……そ、そうか!」

「確かに、その危険性もある……」

 グラドの通信で届く声を聴いた全員が、急ぎ離陸しようとするあまり次に起こる危険性を予測できていなかった事を悟る。

 仮に今すぐに離陸する事が出来ても、再びあの黒い塔から赤い光が放たれれば箱舟ノアの動力は再び停止しかねない。
 その状況に陥れば、離陸し浮いていた箱舟ノアはそのまま落下し、乗せている全員と共に地面へ墜落し全滅してしまう。

 その危険性をグラドの言葉で考え至った艦橋員達と兵士達に対して、一呼吸を置いた艦長が各所に命令を飛ばした。

「――……各人員も持ち場に配置したまま、状況が分かるまで待機! 各計器と設備の確認を行い、離陸準備をいつでも可能な状態にまで進めておくんだ!」

「了解!」

「シルエスカ元帥に通信は届くか?」

「は、はい!」

「元帥にこちらの状況を伝え、指示を仰ぐ。また敵の情報を知る為に、こちらに乗船中の兵士達を動かすべきかも聞いてくれ」

「分かりました!」

「外に居る各国の増援にも、こちらの状況と対応を伝えるべきだろう。この二号機しか、帰る手段は残されていないのだから……」

 艦長は各艦橋員にそう伝えた後、唇を噛みしめた後に小さく呟く。
 既に箱舟ノアの一号機は突入時点で大破し放棄され、三号機も損傷が激しく艦橋や動力機関を始めとした修理が終わっていないのだ。

 辛うじて軽微の損傷で済んでいるのは、この二号機だけ。
 収容した一号機と三号機の乗務員を合計すると、百名前後。
 更にアスラント同盟国軍やマシラ共和国の生き残りを合計すると、約二百名前後。

 同盟国軍は今回の戦いで四百五十名前後の兵員を都市内部に赴かせ、幾多の攻防で生き残ったのは僅か二百名以下という状態になっている。
 しかも百名以上が負傷者であり、健在に動ける部隊と兵士も五十名も存在するかどうか。
 
 既に七割に届く被害を受けたアスラント同盟国軍は、もし次に予想外の何かが起これば。
 その時には全滅を覚悟するしかない事を、艦長以外の兵士達や乗務員達も心の奥底で感じ取っていた。

 そうした中で、再び通信機にグラドの声が響く。

『――……おい! 二号機に乗船している整備班を何人かこっちに……三号機に寄越してくれ!』

「え……!?」

「しょ、将軍!? 今、どちらに!?」

『三号機だよ、急いでくれ!』

「いつの間に……!? しかし三号機は損傷が酷く、動力機関も損傷したままだと聞いて――……」

『三号機の動力も動いてんだよ!』

「!」

『あの赤い光が放たれて止まっちまってたが、その前に動力機関の修理は完了させてたんだ。後は艦橋さえ整備すれば、三号機も飛べる!』

「し、しかし! 将軍が言われた通り、この状況で人員を動かして何か起これば――……」

『だからだろうが! 状況が動かない今、出来る限りの手は尽くす!』

「!」

『頭の回転と手足を止めんな! 次に起こる事を今まで起きた情報で考えられる限り想定して、自分達が出来る限りの事をしろ!』

「……了解! 三号機の整備班に、三号機むこうへ行くように伝えろ!」

「は、ハッ!」

「各砲塔と銃座に着いている者達は、周囲の警戒! 些細な事でも確認できたら、すぐに伝えさせるんだ!」

「了解です!」

 艦長はグラドの言葉で状況の停滞と同時に止まっていた思考を再び回し、自分達が今やるべき事を最大限に行わせる。
 グラドの命令通りに整備班が三号機に護衛の一部隊と共に向かい、各砲座と銃座に着いている人員に視認での監視を行わせた。

 更に艦橋では箱舟ノアに備えられた魔力索敵機レーダーを使い、都市全体の魔導反応と魔力反応を確認させる。
 すると魔力索敵機レーダーに魔力の反応が起こり、それを艦橋員が伝えた。

「――……極めて巨大な、魔力反応を確認!」

「!」

「都市中央部付近ですが、東側こちらに寄った場所です!」

「左舷、第二砲塔からも連絡! 魔力反応があった方角に、巨大な氷のような壁が出現しているとのこと!」

「その情報を、元帥と将軍に伝えろ!」

「はい!」

 そうした情報が艦橋員達から伝えられ、グラドやシルエスカの耳に届く。
 すると一分ほど経った頃に、箱舟ノア二号機の艦橋にシルエスカの通信が届いた。

『――……シルエスカだ。我と干支衆まじんは、異変が起きたと思しき場所へ向かう』

「元帥達だけで……!?」

『何か変化があり危険と判断した場合には、そちらは私を無視して離陸して構わない。干支衆まじん達も同様に、置いて行って問題は無いそうだ』

「それでは、元帥達を置き去りにしてしまう……!」

『この都市を落とす為には、元凶を殺す以外に手段は無い。――……我が刺し違えてでも、この都市は落とす』

「……了解しました。御武運を!」

 そう伝えた艦長は右手で敬礼し、その後にシルエスカの通信が途切れる。
 こうして窮地を逃れた箱舟ノアも停滞した事態の中で備え、この戦いの終幕を見届ける為に準備を始めた。
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