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革命編 二章:それぞれの秘密
少女の記憶
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私が小さな頃、一つの出会いがあった。
それが私自身の意識と、私自身が持つ能力について深く考えさせるようになる。
二歳の頃、私は周囲の者達が何を話している言葉をすぐに理解し、自身の生まれた素性や環境を認識できていた。
自分が居る場所はガルミッシュ帝国という人間の国であり、皇帝の弟が興した新興の貴族家で生まれる。
父クラウスと長男セルジアスという家族の他に、多くの家令や従者達が居る屋敷で暮らしていた。
新興ながらも父親の開拓事業と産業によって高い技術で築いた都市と幾つもの街が領土内に作られ、私は貧困とは無縁の暮らしが出来ている。
欲しい物を言えば周囲の者達が与えてくれて、衣食住についても領民達に比べれば遥かに恵まれていた。
何の苦労も無い、皇族の一員である公爵家での生活。
誰もがそう思うだろう生活を、私は二歳の時点で飽き始めていた。
『――……つまんない』
『お、御嬢様? まだ御勉強が……』
『おわったわ。……あなたに教わることは、もう無いわよ』
二歳の私を呼び止めようとする家庭教師の女性をそう述べて部屋を出た私は、その日に帝国語に関する勉強を完全に終えた。
公爵家が雇い入れた教師だけあり、教え方が上手いと思う。
けれど教材となる本を与えられてから一日も経てば、私はそれを全て読み終わり内容を全て暗記できてしまうのだ。
普通の子供であれば優秀な教育者となれるだろう教師でも、私の前では教える事は何も無い。
だから勉強部屋に詰められる退屈な時間が嫌で、私は教師が出すだろう課題を全て理解している証明となる課題文書を渡し、それに目を通し驚愕している様子に溜息を漏らしながら勉強部屋を出て行った。
『――……またか。アルトリア』
『……お父様』
部屋を出て自分の部屋に戻ろうとする私を止めたのは、廊下に待機していた公爵当主である父親。
私がこうするだろうことを予測し待っていた父親は、小さな溜息を吐き出して話し掛けた。
『アルトリア。どうして授業を真面目に受けない?』
『だって、教えてもらうことが無いもの』
『本から学ぶ事が、全ての知識ではないぞ』
『だったら、誰かの書いた本をそのまま教えるような教師を連れて来ないでください。つまらないです』
『つまらないか。……アルトリアよ。ならばお前は、どのような授業を望む?』
『本の事しか教えない教師よりも、色んな事が書かれてる新しい本を用意してくれた方がいいです』
私はそう述べて父親の隣を歩き通り、自分の部屋へ戻る。
それに溜息を漏らしながらも見送る父親は、特に私の事を咎めようとはしなかった。
今の私がどういう存在か最も理解している人が居るのだとしたら、この時点では父親がまさにその一人だっただろう。
二歳という子供が大人顔負けの知識を素早く学習し、既に並の大人では言い負かす事さえ不可能な話術と知識を身に付けている。
更に奇妙な能力を使えた私は、屋敷の中で好きな振る舞いを許されながらも、外に出る際には能力の使用を禁じられ父親や従者達に厳しい監視を受けていた。
その頃の私は、逆に自分のように出来ない人々の気持ちが理解できなかった。
どうして物事をすぐに覚えられないのか、どうして自分のような能力が他の者達も扱えないのか。
それはそうした能力を出来ない他者が劣っているだけであり、自分自身の能力こそ正常なのだと考えていた。
そう考えなければ、自分が異常な存在だと認めてしまうようで嫌だったから。
私が持つ能力は、現象や物体を操作する力だ。
例えば暖炉の火が消えそうになっていたら、手を翳し向けただけで爆発したように炎の勢いが増す。
他にも雨が降らずに枯れつつある溜池に手を翳すと、水の量が氾濫を起こす程に凄まじい勢いで増加する。
硬い土に触れれば一瞬で柔らかく変化したり、逆に凝縮して凄まじい硬度の土塊を作り出すことも出来た。
父親や周囲の人達は、私が使う能力を『魔法』という現象に近いものだと言う。
でも当時の私が調べた限り、私が使っているのは『魔法』ではないと断言できた。
部屋に戻った私は壁際に用意された本棚を見上げて、軽く右手を上げる。
すると欲しいと思った本が引き寄せられるように本棚から離れ、小さな私の腕に緩やかに収まった。
『……なにか、おもしろいことは無いのかしら』
私はそう言いながら寝台まで赴き、身体を預けながら本を広げて読む。
既に何度も読んだ『魔法』に関することを書かれた魔導書だったが、文字や帝国の歴史や法律などが書かれた本よりも、色々な事を考えながら面白く読むことが出来た。
『……魔法かぁ。……おもしろそうだけど、この能力があるし。……それに、お父様が許してくれないだろうし。……つまんない』
この頃から私は、周囲が課す制約に縛られ、自分が思うような時間を過ごせない事に苛立っている。
その縛りは、私の能力を他の者達に見られないようにしたいという、父親の思惑がある事は承知していた。
しかし当たり前に使える能力を禁じられ、それを自慢する事すら許されない私にとって、今の生活は鬱憤が溜まっている。
そんな鬱憤が蓄積していたある日、私の部屋に父親が訪れた。
また新しい家庭教師を連れて来たのかと溜息を漏らしたが、実際に尋ねて来た内容を聞いて興味を示す。
『――……アルトリア。二ヶ月後に皇子の誕生日を祝う場が設けられる。今回はセルジアスと一緒に、お前も出席させようかと考えているが。どうする?』
『皇子の、誕生日?』
『そうだ。お前にとっては、従兄弟ということになるな。今年で四歳だから、お前より二歳年上だ』
『……』
『今回は、それに近い年頃の子供も集まるだろう。お前もその祝宴に出て、友達でも作ってみるか?』
『……友達……』
『ただ、お前の能力は人前で見せるな。……どうする? お前が嫌なら、屋敷に残ってもいいぞ』
父親はそう述べ、私を皇子の誕生日に誘う。
おそらく、不貞腐れている私の御機嫌を良くする為に誘ったのだろう。
そうした父親の気遣いよりも、現状の暇に飽きた状況を嫌った私は頷き、四歳になる帝国皇子の誕生日会へ赴いた。
そこで私は、予想外にも屋敷に居た頃の方がマシだと思う体験をする。
祝宴の場に赴いた私と長男は、多くの貴族家に暇も与えられないまま挨拶という名の長話に付き合わされ、挙句に私達に子供達を擦り寄らせて懇意にさせようとする気満々の意図が伺える大人達の波に呑まれた。
私はそうした者達の様子と欲望に塗れた空気が嫌になり、トイレと称して監視をする侍女や従者達から逃れ、祝宴が行われていた城の中を隠れながら逃げ回った。
そしてとある部屋に駆け込んで追跡を逃れると、私はその部屋で休んでいた少し年上の女の子と出会う。
その女の子は『クロエオベール』と名乗り、逃げている私を匿い、私が初めて覚える裁縫や刺繍を教えてくれた。
私は大人から言い付けらながら教えられる事はあっても、歳の近い子供に教えられたことは無い。
だから初めて、歳の近いその子が私の知らない刺繍と裁縫という技術を持つ様子を尊敬し、対等に接した。
それが私、アルトリア=ユースシス=フォン=ローゼンが初めて『友達』になったクロエオベールとの出会い。
そして初めて出来た『友達』を私の能力で傷付けてしまった出来事が、今でも胸の奥に深く突き刺さったまま私の魂に刻まれるように残っていた。
それが私自身の意識と、私自身が持つ能力について深く考えさせるようになる。
二歳の頃、私は周囲の者達が何を話している言葉をすぐに理解し、自身の生まれた素性や環境を認識できていた。
自分が居る場所はガルミッシュ帝国という人間の国であり、皇帝の弟が興した新興の貴族家で生まれる。
父クラウスと長男セルジアスという家族の他に、多くの家令や従者達が居る屋敷で暮らしていた。
新興ながらも父親の開拓事業と産業によって高い技術で築いた都市と幾つもの街が領土内に作られ、私は貧困とは無縁の暮らしが出来ている。
欲しい物を言えば周囲の者達が与えてくれて、衣食住についても領民達に比べれば遥かに恵まれていた。
何の苦労も無い、皇族の一員である公爵家での生活。
誰もがそう思うだろう生活を、私は二歳の時点で飽き始めていた。
『――……つまんない』
『お、御嬢様? まだ御勉強が……』
『おわったわ。……あなたに教わることは、もう無いわよ』
二歳の私を呼び止めようとする家庭教師の女性をそう述べて部屋を出た私は、その日に帝国語に関する勉強を完全に終えた。
公爵家が雇い入れた教師だけあり、教え方が上手いと思う。
けれど教材となる本を与えられてから一日も経てば、私はそれを全て読み終わり内容を全て暗記できてしまうのだ。
普通の子供であれば優秀な教育者となれるだろう教師でも、私の前では教える事は何も無い。
だから勉強部屋に詰められる退屈な時間が嫌で、私は教師が出すだろう課題を全て理解している証明となる課題文書を渡し、それに目を通し驚愕している様子に溜息を漏らしながら勉強部屋を出て行った。
『――……またか。アルトリア』
『……お父様』
部屋を出て自分の部屋に戻ろうとする私を止めたのは、廊下に待機していた公爵当主である父親。
私がこうするだろうことを予測し待っていた父親は、小さな溜息を吐き出して話し掛けた。
『アルトリア。どうして授業を真面目に受けない?』
『だって、教えてもらうことが無いもの』
『本から学ぶ事が、全ての知識ではないぞ』
『だったら、誰かの書いた本をそのまま教えるような教師を連れて来ないでください。つまらないです』
『つまらないか。……アルトリアよ。ならばお前は、どのような授業を望む?』
『本の事しか教えない教師よりも、色んな事が書かれてる新しい本を用意してくれた方がいいです』
私はそう述べて父親の隣を歩き通り、自分の部屋へ戻る。
それに溜息を漏らしながらも見送る父親は、特に私の事を咎めようとはしなかった。
今の私がどういう存在か最も理解している人が居るのだとしたら、この時点では父親がまさにその一人だっただろう。
二歳という子供が大人顔負けの知識を素早く学習し、既に並の大人では言い負かす事さえ不可能な話術と知識を身に付けている。
更に奇妙な能力を使えた私は、屋敷の中で好きな振る舞いを許されながらも、外に出る際には能力の使用を禁じられ父親や従者達に厳しい監視を受けていた。
その頃の私は、逆に自分のように出来ない人々の気持ちが理解できなかった。
どうして物事をすぐに覚えられないのか、どうして自分のような能力が他の者達も扱えないのか。
それはそうした能力を出来ない他者が劣っているだけであり、自分自身の能力こそ正常なのだと考えていた。
そう考えなければ、自分が異常な存在だと認めてしまうようで嫌だったから。
私が持つ能力は、現象や物体を操作する力だ。
例えば暖炉の火が消えそうになっていたら、手を翳し向けただけで爆発したように炎の勢いが増す。
他にも雨が降らずに枯れつつある溜池に手を翳すと、水の量が氾濫を起こす程に凄まじい勢いで増加する。
硬い土に触れれば一瞬で柔らかく変化したり、逆に凝縮して凄まじい硬度の土塊を作り出すことも出来た。
父親や周囲の人達は、私が使う能力を『魔法』という現象に近いものだと言う。
でも当時の私が調べた限り、私が使っているのは『魔法』ではないと断言できた。
部屋に戻った私は壁際に用意された本棚を見上げて、軽く右手を上げる。
すると欲しいと思った本が引き寄せられるように本棚から離れ、小さな私の腕に緩やかに収まった。
『……なにか、おもしろいことは無いのかしら』
私はそう言いながら寝台まで赴き、身体を預けながら本を広げて読む。
既に何度も読んだ『魔法』に関することを書かれた魔導書だったが、文字や帝国の歴史や法律などが書かれた本よりも、色々な事を考えながら面白く読むことが出来た。
『……魔法かぁ。……おもしろそうだけど、この能力があるし。……それに、お父様が許してくれないだろうし。……つまんない』
この頃から私は、周囲が課す制約に縛られ、自分が思うような時間を過ごせない事に苛立っている。
その縛りは、私の能力を他の者達に見られないようにしたいという、父親の思惑がある事は承知していた。
しかし当たり前に使える能力を禁じられ、それを自慢する事すら許されない私にとって、今の生活は鬱憤が溜まっている。
そんな鬱憤が蓄積していたある日、私の部屋に父親が訪れた。
また新しい家庭教師を連れて来たのかと溜息を漏らしたが、実際に尋ねて来た内容を聞いて興味を示す。
『――……アルトリア。二ヶ月後に皇子の誕生日を祝う場が設けられる。今回はセルジアスと一緒に、お前も出席させようかと考えているが。どうする?』
『皇子の、誕生日?』
『そうだ。お前にとっては、従兄弟ということになるな。今年で四歳だから、お前より二歳年上だ』
『……』
『今回は、それに近い年頃の子供も集まるだろう。お前もその祝宴に出て、友達でも作ってみるか?』
『……友達……』
『ただ、お前の能力は人前で見せるな。……どうする? お前が嫌なら、屋敷に残ってもいいぞ』
父親はそう述べ、私を皇子の誕生日に誘う。
おそらく、不貞腐れている私の御機嫌を良くする為に誘ったのだろう。
そうした父親の気遣いよりも、現状の暇に飽きた状況を嫌った私は頷き、四歳になる帝国皇子の誕生日会へ赴いた。
そこで私は、予想外にも屋敷に居た頃の方がマシだと思う体験をする。
祝宴の場に赴いた私と長男は、多くの貴族家に暇も与えられないまま挨拶という名の長話に付き合わされ、挙句に私達に子供達を擦り寄らせて懇意にさせようとする気満々の意図が伺える大人達の波に呑まれた。
私はそうした者達の様子と欲望に塗れた空気が嫌になり、トイレと称して監視をする侍女や従者達から逃れ、祝宴が行われていた城の中を隠れながら逃げ回った。
そしてとある部屋に駆け込んで追跡を逃れると、私はその部屋で休んでいた少し年上の女の子と出会う。
その女の子は『クロエオベール』と名乗り、逃げている私を匿い、私が初めて覚える裁縫や刺繍を教えてくれた。
私は大人から言い付けらながら教えられる事はあっても、歳の近い子供に教えられたことは無い。
だから初めて、歳の近いその子が私の知らない刺繍と裁縫という技術を持つ様子を尊敬し、対等に接した。
それが私、アルトリア=ユースシス=フォン=ローゼンが初めて『友達』になったクロエオベールとの出会い。
そして初めて出来た『友達』を私の能力で傷付けてしまった出来事が、今でも胸の奥に深く突き刺さったまま私の魂に刻まれるように残っていた。
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