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革命編 二章:それぞれの秘密

兄の思い

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 数年ぶりに再会したローゼン公爵家で生まれた兄妹《きょうだい》は、互いに交える言葉も少ないまま盤上遊戯チェスを挟みながら向かい合う。
 そして盤上遊戯チェス先制しろを譲られ挑まれたアルトリアは、余裕の面持ちで挑発する兄セルジアスに苛立ち、椅子に腰掛け右手を伸ばして白駒の歩兵ボーンを進めた。

 それを微笑みながら迎えるセルジアスもまた、右手で黒駒の歩兵ボーンを動かす。
 そうして始まった兄妹きょうだい盤上遊戯チェスを観戦するのは、二人の傍に控え立つ老執事バリスだった。

「……これは……」

 バリスは似た顔立ちと金色の髪を持つ兄妹が進め動かす駒を見ながら、盤上で進む戦況に感嘆を漏らす。

 アルトリアは記憶こそ失いながらも、忘却しているのは国や人物の固有名詞と、それに関連する記憶だけ。
 盤上遊戯チェス自体のルールは把握したままであり、また駒を進める動きに淀みが無い。

 目覚めてから今まで盤上遊戯チェスをしていた事が無いにも関わらず、陣形の構築や対戦者セルジアスに対する駒の牽制にも余念が無く、熟練した動きを行っているのがバリスにも理解できた。

 そして互いの駒が見合う形となりながらも、この時点でどちらも一つの駒も打ち倒してはいない。
 しかし駒を動かし相手の陣形に踏み込みながら斜め前の敵歩兵ボーンを取ったのは、白駒の歩兵ボーンを握るアルトリアだった。

「……そういうところは、昔と変わらないな」

 攻め込んで来たアルトリアの白駒の歩兵ボーン見ながら、セルジアスは微笑みつつ対応する。

 陣形で配置していた黒騎士ナイトを動かし攻め込んで来た白歩兵ボーンを取り去ると、アルトリアは別の白歩兵ボーンを動かし右側斜めに位置する黒歩兵ボーンを削り取る。
 しかしその攻めを無視したセルジアスは先程と同じ黒騎士ナイトを更に動かし、右側に位置する白歩兵ボーンを削り取った。

 それを見たアルトリアはセルジアスを一睨みし、黒騎士ナイトの位置が危うい事を即座に察する。
 跳躍した黒騎士ナイトの狙いが右側の陣形を削ぎ落とす事だと理解すると、それを阻む為に白歩兵ボーンを斜め前に置いた。

 しかしそれを嘲笑うかのように、黒騎士ナイトは跳び下がりながら自陣の前に戻る。
 更に黒騎士ナイトの動きを抑制する為に白僧侶ビショップを右斜め位置に動かしたアルトリアに対して、セルジアスは自陣の左側へ攻め込んで来ていた白歩兵ボーンを斜め前に位置していた黒歩兵ボーンで取り除いた。

 こうした一進一退の攻防が盤上で続き、互いの持ち駒を少しずつ削り合う。

 アルトリアは序盤こそ白歩兵ボーンを用いた削りを行っていたが、粗方の白歩兵ボーンを失うと大きく動ける白戦車ルーク白僧侶ビショップを活用した攻め方に切り替えた。
 逆にセルジアスは序盤に黒騎士ナイトの跳躍する動きを活用して白歩兵ボーンを削り取り、両翼と中央へ適度に黒歩兵ボーンを残しながらアルトリアの動かす大駒の動きを制限させる。

 堅実に守りを固めながら削る兄セルジアスと、大胆な動きと攻めで翻弄しようとする妹アルトリア。
 同じ血を分けた兄妹ながらも真逆の動きを見せる盤上を傍らで見ていたバリスは、僅かな納得を浮かべながら互いの駒を動かす二人を見ていた。

「……チッ」

 始めこそ白駒を得て先制し攻め込んでいたアルトリアだったが、小さく舌打ちを鳴らす。
 何度も攻め込み白の大駒を用いて少しずつ黒駒を削りながらも、その都度に弱い黒駒が壁となって立ち塞がり、少しずつ大駒の身動きが取れなくなってしまっていた。

 逆にセルジアスは生かした黒歩兵ボーン黒騎士ナイトを駆使してアルトリアの白駒の攻めを封じ、逆に隙が出来た白駒の穴から黒僧侶ビショップ黒戦車ルークを通し、白陣営に踏み込む。
 そして互いに動かさずに鎮座させていたキングを先に動かしてしまったのは、虚を突かれた形で攻め込まれた白駒を持つアルトリアの方だった。

 それを見たセルジアスは、微笑みながらアルトリアに話し掛ける。

「……良いのかい? 逃げてしまって」

「!」

キングは、常に安全な場所に位置する必要がある。……しかしそのキングを動かすという事は、その場所はもう安全では無いということを自分で教えるようなものだ」

「……ッ」

「先に攻め込んで来た君が王を逃がす時点で、君は負けているんだよ。アルトリア」

「!」

 セルジアスはそう話し、逃げた白王キングを打ち取る為に一気に形勢を傾ける。

 自陣の守りに残していた黒僧侶ビショップに続き、黒女王クイーンまで動かしたセルジアスは一気に白王キングが逃げる道を塞ぎに掛かる。
 それに対応しようとアルトリアも白騎士ナイトや白僧侶《ビショップ》を陣形に戻し守りを固めようとするが、今度は黒戦車ルークがそこで開いた隙間から一気に突入し、白王キングを守るように位置していた白騎士ナイトを排除した。

 たった数手で一気に形勢が悪化した白陣営は守りを欠き、ほぼ白王キングが裸同然の状態で逃げ道を塞がれる。
 そこでアルトリアも温存していた白女王クイーンを動かし黒騎士ナイトを排除したが、黒歩兵ボーンを斜め前に打ち込まれ楔を打ち込まれてしまうと、それ以上の攻めを行えずに白女王クイーンを下げるしかなくなった。

 そうして白女王クイーンを守りに回し白王キングを守ろうとしたアルトリアだったが、その判断を察していたセルジアスは次の手を打つ。
 中途半端な位置で援護できずに浮いている大駒の白僧侶ビショップ白戦車ルークを排除し、自陣の守りに固めていた黒駒達を一気に前面へ押し進めて黒駒の動きを圧迫させた。

 白歩兵ボーンの多くを失い壁となれる駒も少なく、また大駒も機能し難い攻め方をされてしまったアルトリアは対抗手段も無いまま更に自陣に残していた黒騎士ナイトの二つを失い、左端へと白王キングを含めた白駒が追いやられる。
 そしてセルジアスが再び白陣営に食い込ませていた黒戦車ルーク黒僧侶ビショップで詰め寄ると、左部分に追い詰められた白陣営を持つアルトリアは表情を渋らせながら呟いた。

「……負けました」

「ありがとうございました」

 アルトリアは周囲を覆う黒駒の状況を見て、白王キングを生かし逆転できるが無い事を悟り、頭を下げながら降伏を認める。
 その言葉を受けたセルジアスは僅かに頭を下げ、盤上遊戯チェスにおける礼儀として対戦者への挨拶を行った。

 始めこそ互角にも見えた盤上遊戯チェスの結果は、兄セルジアスの圧勝という形で幕を閉じる。
 その結果に眉を顰めながら表情を渋らせている妹アルトリアに対して、兄セルジアスは再び微笑みながら話し掛けた。

「どうだった?」

「……強いわね」

「そうだね。確かに私は強いけれど、君の方が少し弱くなったのも原因だろう」

「!」

「少なくとも今の君は、七歳頃のアルトリアと同じくらいの技量だと思う。十三歳頃の君とした最後の盤上遊戯チェスは、もっと手強かったし、これほど簡単に勝てなかった」

「……ッ」

「それを考えれば、確かに君の記憶は完全に戻っていないらしい。……そして多分、そうした経験も戻ってはいないのだろう。違うかい?」

「……」

 セルジアスの問い掛けにアルトリアは答えず、ただ視線を横に逸らしながら椅子の背もたれに体重を預ける。
 それを見て呆れ気味に鼻息を漏らしたセルジアスは、盤上遊戯チェスの駒を元の位置に戻しながら話し伝えた。

「……私が小さな頃。丁度、七歳になった頃かな。……君が生まれた」

「……!」

「私はその時から、君の兄として相応しいように努力を重ねてきたつもりだった。……だが君の才覚は、少なくとも力量と呼べる点では、私よりも多くの才能に恵まれていた」

「……」

「私はそれを目の当たりにし、一時いっときは君に恐怖を抱いた。……しかし、恐れるだけで何も出来ないというのであれば、私は君の兄として接する事は出来ない。接する資格は無い。そう思うと、嫌な気持ちになった」

「……!」

「だから私なりに、時間を惜しまず自分自身の研鑽は積んだ。父上も同じ気持ちだったようで、私と共に君を恐れないように鍛錬を行った。……だからこうして、家族として自信を持って君に接する事が出来ている」

「……」

「私と君は、血の繋がった家族だ。……例え離れ離れになったとしても、君を一人の妹として心配もするし、家族として愛し続ける。……それだけは、知っておいて欲しい」

 セルジアスはそう述べながら微笑むと、椅子に降ろしていた腰を上げて席を立つ。
 そして再び盤上遊戯チェスに白い敷き布を被せると、部屋を出るように扉側へ向かって歩き進んだ。
 そのセルジアスの言葉を受けたアルトリアは、微妙な面持ちを見せながら眉を顰めている。
 
 しかし部屋を出て行く際、セルジアスは振り返らずにアルトリアへ声を向けた。

「――……アルトリア。これは兄として、注意しておくよ」

「……?」

「今この屋敷に、アルフレッドと名乗る男が来ている。……あの男にだけは、決して気を許さないようにするんだ」

「アルフレッド……。……確か、それって……」

「あの男は、おそらく私以上に読めない人物だ」

「!」

「彼と同盟都市建設むこうの現場で出会った際、盤上遊戯チェスの相手を申し込まれたことがあった。私はそれに応じた」

「……まさか、負けたの?」

「いいや、勝ったよ。……だが彼は、君や父上と同じように、盤上で定められた制約ルールのっとったやり方は好まないらしい」

「……どういうこと?」

「あの男は、今見える盤上には無いモノで何か企んでいる。……あの男には注意するんだよ」

 セルジアスはそう伝えると、部屋を出て行く。
 それを見送る形となったアルトリアや老執事バリスは、セルジアスにそこまで語らせる男の存在をあやぶんだ。
 
 こうして数年ぶりにローゼン公爵家の兄妹きょうだいは接し、兄は妹を思う事を伝える。
 その反面、屋敷に訪れたウォーリスに対する警告が向けられ、誰もがウォーリスの動向を危惧している状況となっている事をアルトリアは理解したのだった。
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