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革命編 三章:オラクル共和王国
反撃の活路
しおりを挟む『砂の嵐』に包囲され逃げ場を失った村人達は、絶望の表情を色濃くしながら顔を伏せる。
そうした状況の中で唐突にクラウスは自身の名を明かし、ミネルヴァを殺すという脅しを包囲する敵傭兵達に向けた。
その声に応えるように歩み出たのは、『砂の嵐』を率いる【特級】傭兵スネイク。
まるでクラウスの事を見知ったような言葉を発するスネイクに対して、本人もそれを認める旨の言葉を零す。
それを聞いていたワーグナーは驚きを秘めた表情を向けながら、村人達と共に二人の話を聞いていた。
「――……スネイク! まさかお前が、共和王国の番犬として飼い慣らされているとは驚きだな! どういう心境の変化だ?」
「相変わらず、減らず口だけは立派だな。もうすぐ貴様が撃ち殺される姿を見れると思うと、嬉しい限りだ!」
「お前が撃ち抜かれるの間違いだろう! 三十三年前の、あの時のようにな」
「アレはメディアが邪魔した結果だろう! 女に助けられる、情けない小僧が!」
「貴様こそ、その女に固執して呆れられていただろう! メディアは言っていたぞ。お前のような生き方しか出来ない男は、実につまらんとな!」
「……どうやら撃ち抜かれるよりも、爆散する方が好みらしいな!」
クラウスとの罵り合いを続けていたスネイクが、メディアの名を出した辺りから余裕を保っていた表情に苛立ちを浮かべる。
そして傍に控えていた傭兵から手榴弾を受け取り、右手に持ちながら信管と繋がる撃発装置の安全ピンに左手の人差し指を入れた。
そうした様子を知ってか知らずか、クラウスは煽りの言葉を続ける。
「また爆弾か! だから貴様はメディアに飽きられる事も分からんらしい!」
「なに……!?」
「メディアはな、冒険できる男が好みなのだ! ただ危険を冒す男を好むのではなく、危険だと理解しながらも恐れと共に新たな道を突き進もうとする、強い意思を持つ男を好む!」
「……!!」
「お前のように過去の遺物に固執し、安全圏から恐れも抱かず人殺しをして金を稼ぐしか能の無い男など、メディアは微塵の興味も沸かんぞ! 貴様がメディアにフラれた理由は、その軟弱さを理解していたからだ!」
「……貴様ァ……ッ!!」
スネイクは姿を見せた当初の冷静な面持ちが完全に消え失せ、激昂した表情と共に右手に握る手榴弾を軋ませながら強く握り締める。
その話を聞いていたワーグナーや村人達、そして『砂の嵐』の傭兵達もまた、二人の間にどのような出来事があったのかを察してしまった。
スネイクとクラウスの関係は、予想外にも一人の女性を取り巻く痴情の縺れという様相を表している。
それに関して特に感情を浮き彫りにしているのはスネイクであり、メディアという女性によほど入れ込んでいたらしい。
話を聞いていたワーグナーは、メディアがクラウスとの間に子供を儲ける程の親密な関係であった事を知っている。
そしてスネイクがクラウスを嫌っている理由こそ、メディアという女性の意中を掴んだ男だからに他ならないと考えた。
しかし二人の対立は、ミネルヴァの命を代価として脅迫が成立しない事を意味している。
それを察してしまったワーグナーは、クラウスの煽りを止めるように呼び掛けた。
「クラウス! 煽り過ぎると、マジで爆弾を飛んで来るぞ……!」
「何もしていなくても、すぐに飛んで来ただろう。……だが奴が話に乗ったおかげで、周囲の気も散らせる事は出来た」
「え?」
クラウスは口元を吊り上げながら微笑みを見せ、ワーグナーの懸念にこう答える。
それを聞いたワーグナーが言葉の意味を理解するよりも先に、次の事態が動いていた。
スネイクは憤りを宿す表情を浮かべ、右手に強く握る手榴弾に視線を向ける。
それから数秒ほど迷いのある瞳の動きを見せたが、大きく腰に捻りながら左手の指で撃発装置の安全ピンを外して甲高い金属音を鳴らした。
更に右腕を振り被りながら、手に持つ手榴弾をクラウス達が留まる防波堤の中に投げ込もうとする。
その動作に合わせて、『砂の嵐』の傭兵達も手榴弾を握り持った。
しかし次の瞬間、日が昇る空と地面の間を通り抜ける一つの影が、クラウス達が構える場所を飛び越える。
すると影を生み出した物体が地面へ着地し、転がりながら『砂の嵐』の構える陣地で停止した。
「……!!」
「なっ!?」
落ちて転がって来た物体を見たのは、『砂の嵐』の傭兵達。
それは自分達の見慣れた緑色の球体であり、既に撃発装置の安全ピンが抜かれた状態の手榴弾だった。
スネイクもまた投げ込まれた手榴弾を見て、熱くなった感情を一気に引かせる。
そして目を見開きながら、部下である傭兵達に命じた。
「退避ッ!!」
「!」
ただその一言だけで傭兵達は驚愕した思考を解き、スネイクと共に下がりながら手榴弾から離れる。
それと同時に投げ込まれた一つの手榴弾が赤く光りながら爆発し、傭兵達は驚愕と共に襲って来る爆風に煽られた。
それに驚いたのは『砂の嵐』だけではなく、倉庫前の防波堤で構えていた村人達やワーグナーも含まれている。
突如として爆発した敵傭兵側の様子に唖然とし、吹き込む土煙と破片を防波堤で遮りながらも、それぞれが驚きの声を漏らした。
「な、なんだ……!?」
「向こう側で、爆発したっ!?」
「……こ、こっちに投げようとして……失敗した?」
村人達は予想外の事態で動揺しながらも、自分達の場所で爆発が起きなかった事に安堵する。
しかしワーグナーだけは、クラウスを見ながら驚愕の視線を向けながら聞いた。
「おい、どうなってんだよっ!?」
「どうやら、上手くいったようだ」
「上手くいった……?」
「倉庫の上を見てみろ」
「……!」
クラウスは右手の人差し指を上に向けながら、ワーグナーに何が起きたかを説明するように見せる。
そしてワーグナーは顎を上げながら頭上を見上げ、そこから見えた僅かな人影を目視した。
「アレは……!?」
「彼が、シスター達が回収していた手榴弾を持って来てくれた。危険だからと、銃や他の武器とは別の場所に保管していたらしくてな。取りに行ってくれていた」
「……爺さんっ!!」
「――……待たせたな、悪ガキ共っ!!」
クラウスは倉庫の上に居る人物に関してそう話し、ワーグナーは微かに見えるその人物に気付く。
それはワーグナーが古くから知る、王都で武具屋を営んでいた老人。
武器庫を管理していた老人は別の場所に保管していた手榴弾の入った木箱を運び出し、倉庫の屋根に登って『砂の嵐』に投げ込んだのだ。
老人は再び手に持つ手榴弾の安全ピンを引き抜き、続いて敵傭兵達が逃げ込んだ場所へ投げ込む。
それを見たクラウスは、動揺する村人達に向けて強い口調で命じた。
「銃を持てッ!!」
「!」
「奴等の陣形が乱れた! 今の内に、敵の数を減らすッ!!」
「あ、ああっ!!」
クラウスの檄に一瞬だけ硬直した村人達だったが、状況を見て沈み込んでいた意識が再び浮上する。
絶望の感情が意識の奥へ戻り、勇気を振り絞りながらクラウスと同じように小銃を構えた。
ワーグナーや孤児院の少年達もまた小銃を持ち、その場の全員が同じ方角へ銃口を向ける。
そしてクラウスの指示により、全員が反撃を開始した。
「敵の胴体より下部分を狙え! そうすれば命中率が上がる。――……撃てッ!!」
「ッ!!」
クラウスの号令で全員が発砲を開始し、防波堤や建物から身を晒す傭兵達を狙う。
それによって何名かの銃弾が敵傭兵に命中し、短い悲鳴を上げさせた。
更に老人が投げ込んだ新たな手榴弾が爆発し、迎撃しようとする敵傭兵団の陣形が更に乱れる。
それを見逃さないクラウスは、土煙が舞う敵陣の人影を見ながら指示し、狙うべき相手を撃ち続けた。
こうして『砂の嵐』に包囲された状況の中、一筋の活路が見い出される。
敵が持つ手榴弾を得たクラウス達は、初めて『砂の嵐』へ有効打を与える事に成功した。
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