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革命編 四章:意思を継ぐ者
茶番の始まり
しおりを挟むガルミッシュ帝国の先帝時に帝国宰相を務めていた元侯爵、カールバッハ=フォン=ゼーレマン。
彼は隠居した身ながらも今回の祝宴に参加し、帝国皇子の正妃としてリエスティアを迎えようとする皇帝ゴルディオスに異を唱えてみせた。
その内容はオラクル共和王国との同盟関係が釣り合わない事を言及しており、それを聞いていた多くの帝国貴族達は無言ながらも納得した様子を見せる。
そしてその異に関して一定の理解を得たゴルディオスは、改めてリエスティアに与えるべき立場が何かをゼーレマンに尋ねた。
そこでゼーレマンから出た提案は、リエスティアを『正妃』ではなく『側妃』として迎えること。
更に身体的な欠点を持つリエスティアを公の場から離し、帝都から離れた別の場所で暮らすように伝え述べた。
それを聞いていたユグナリスは、表情を強張らせながらゼーレマンを睨む。
しかし不意にある言葉を思い出し、右側に立つセルジアスに視線を移しながら怒りの籠る小声で問い掛けた。
「ローゼン公……。まさか、さっき言っていた『仕込み』というのは……」
「……そう。私と皇帝陛下から、あの方が今回の祝宴に出席をするようゼーレマン侯爵家に呼び掛けた」
「!!」
「彼は皇帝陛下や父上を除けば、帝国で最も信頼と実績の厚い人物でもある。彼が君達との件に賛同してくれれば、他の帝国貴族達も強い反発は無くなると、思ったんだけどね」
「……ゼーレマン卿と、口裏を合わせているわけではないのですか?」
「残念ながら、その時間も無かった。だからさっき、少し荒れるだろうと言っただろう?」
「……それじゃあ、彼の言っている事は……」
「自分自身の本心から共和王国との和平を疑問視し、リエスティア姫の正妃について異論を伝えているんだろうね。……しかし、流石は元帝国宰相殿だ。痛いところを突いて来る」
現帝国宰相を務めるセルジアスは、旧帝国宰相が的を得た言葉で和平の脆さを突き、リエスティアの立場を正妃から側妃へ下げた事に苦笑を浮かべる。
それはゼーレマンの反論をある程度は予想しながらも、この状況で自分の発言に深みを持たせる効果的な言動を行う姿は、老齢ながらも帝国宰相を担うだけの才覚に衰えが無い事を実感させられた事にも起因していた。
この事態が悪い形でセルジアスの予想を突いた出来事だと理解したユグナリスは、睨むのを止めて驚愕する。
そこでゴルディオスが声を発した瞬間に視線を戻しながら、向かい合う現皇帝と元宰相の会話に意識を集中させた。
「――……正妃ではなく、側妃にか。……卿らしい提案だな。ゼーレマン」
「恐縮にございます」
「確かに、我が帝国と共和王国の現状を鑑みれば、そうした提案をする事も頷ける。……だが前提とする今までの話は、実際に起きている事では無く、卿が考えるオラクル共和王国の状況を元にした案だろう?」
「……」
「卿がいずれも述べた事は、実際に帝国で起こった話ではなく、未来に起こるかもしれないという危惧から来るもの。共和王国と同盟を続ける不利点に関しても、今度に訪れるウォーリス王との会合までは、まだ分からぬ事だ」
「確かに、そうですな。……しかし、そういう話であれば。リエスティア姫をユグナリス殿下の正妃に迎えるという御話も、少し性急な話に思えます」
「ほぉ。既にユグナリスの子を出産しこうして抱いているリエスティア姫の立場を決めるのは、むしろ今ですら遅すぎると思うがな」
「確かに遅いですな。しかしここまで遅くなれば、もう少し遅らせても同じことでしょう。ウォーリス王の来訪を待ち、その上でリエスティア姫の正式な立場を話し合う場が設けられてからでも、遅くはなりますまい」
「……つまりリエスティア姫を正妃とする決断は、ウォーリス王の来訪まで待てと。卿はそう言うのだな?」
「その通りです。……加えて言うのであれば、仮にウォーリス王との話し合いが決裂した場合。リエスティア姫を共和王国に返還するか、あるいは帝国内にて共和王国の人質として留め続けるか。そうした流れも、事前に考えておいた方が良いかと思われます」
「……!!」
ゼーレマンは帝国と共和王国との和平が決裂した場合にも備え、リエスティアの身柄に関する事も言及する。
それを聞いた帝国貴族達は同意するような力強い頷きを見せ、逆にゴルディオスと隣に居る皇后クレアは渋い表情を強めた。
更にユグナリスの表情は強張りを強め、奥歯を噛み締めながらゼーレマンに対する憤りを必死に抑え込む。
この場でゼーレマンに感情的な怒鳴りを向けてしまえば、やはり帝国皇子は精神的な成長をしていない事を自ら明かす事になり、自分だけではなく成長を認めて出席させている皇帝の面目すらも潰しかねない事を、今のユグナリスは理解できていた
故にユグナリスは必死に怒鳴りたい気持ちを抑え込み、話の流れを信頼する皇帝に全て委ねる。
そして怒りを悟られぬようにゼーレマンから視線を逸らしたユグナリスは、その時に当事者であるリエスティアの様子を見た。
「……!」
その際にユグナリスが見たのは、リエスティアの横顔。
瞼を閉じたままの横顔で口元を微笑ませているリエスティアは、少し顔を伏せ気味にした状態で視線を向けるユグナリスに小声で話し掛けた。
「……ユグナリス様」
「ティア? どうしたんだい」
「……私は、側妃でも構いません」
「!!」
「この子が無事に育てられる場所があるのなら、私は二人から離れても……」
「ティア……!!」
今までゼーレマン達の話を聞いていたリエスティアは、王妃ではなく側妃としての立場となる事を受け入れる様子を見せる。
それに対して驚愕を漏らすユグナリスだったが、リエスティアは続く言葉でこの状況に対する理解を伝えた。
「……このままでは、私の立場で帝国内が二分されてしまいます」
「!」
「皇帝陛下の御考えと、臣下である各帝国貴族の考えが大きく違えれば、それは様々な亀裂が生じることです。特に共和王国の人間である私が正妃となれば、不安の残る同盟関係を帝国は続けざることになる。それを各帝国貴族達は、良しと考えません」
「で、でも……」
「そうなれば同盟関係の賛成派と反対派で、帝国内が決裂してしまいます。……ローゼン公が仰っていたように、そうなったら私だけではなく、この子やユグナリス様も危険に晒されてしまうでしょう」
「……ッ」
「ユグナリス様とシエスティナが傷付いてしまうくらいなら、私は二人と離れて暮らす事も厭いません」
「でも、それだと君が……」
「……ユグナリス様。私が以前に言った事を、覚えていらっしゃいますか?」
「え……?」
「私は、何も出来ない自分がとても嫌いです。……そんな私にも、大切な存在が二人も出来ました」
「!!」
「私は大切な二人の為になるのなら、どんな辛いことでも耐えられます。……だから、私はそれでいいんです」
「……クッ!!」
リエスティアは自分以上に大切だと語る二人の為に、自ら二人の傍から離れる覚悟がある事を伝える。
それを聞いていたユグナリスが、その大切な二人が自分と娘である事を自覚し、強張る表情を強めながら顔を伏せた。
一方で皇帝ゴルディオスと元宰相ゼーレマンの討論は続いており、それは一進一退を繰り返しながらも情勢的にゼーレマン側の側妃案が場を強く納得させつつある。
そんな二人の会話を聞きながら王妃案の状勢が悪いと感じるセルジアスは、渋い表情を見せながらユグナリスに聞こえる小声で呟く。
「やはり、この場にアルトリアは必要不可欠だったか……」
「……アルトリア、ですか?」
セルジアスの呟きが聞こえたユグナリスは、右側を向きながらそう尋ねる。
その声に応えるセルジアスは、この状況を覆す為に考えていた策を改めて伝えた。
「そうだよ。だから私は、アルトリアがこの場に出席する事を頼もうとしたんだ」
「……俺達の関係をアルトリアが認めてくれれば、この状況が……何か変わるんですか?」
「少し、予想していた流れとは違うけどね。……それでもアルトリアが正妃案に賛同する形でこの場に居れば、この状況を変えられる事を言えたかもしれない。良くも悪くもね」
「……確かに、アイツなら……」
皇座の席に居ないアルトリアが仮に参列していた場合の事を考えながら、二人は同じ考えに至る。
突拍子も無い行動をしながらも、理に叶う言動をしながら他者を圧倒するアルトリアの存在感は、まさに父親譲りと言ってもいい。
もしこの場でアルトリアが味方側に立てば、状況が逆転する事もあり得るだろう。
そう考える二人のアルトリアに対する理解は合致し、ユグナリスはアルトリアが参列していない事について悔いる様子で顔を伏せる。
しかしセルジアスは逆に顔を上げ、壇上の上から周囲を見渡しながら何かを探す様子を見せた。
そんな様子を確認するユグナリスは、セルジアスに問い掛ける。
「ローゼン公……?」
「……実は、アルトリアがこの会場の何処かに居るかもしれない」
「!」
「変装して出席すると言って来てね、招待状を渡しておいたんだ。……いや。例え見つけたとしても、この場に立つ事はしてくれないか……」
セルジアスは諦めた様子を見せながら、見上げた顔を引かせて瞼を閉じる。
それを聞いていたユグナリスは何かを考え、眉を顰めながらもセルジアスに問い掛けた。
「……ローゼン公。アルトリアは、本当に出席しているんですね?」
「ああ。別邸の家令から届いている情報では、既に会場に来ているはずだ」
「どんな変装をしているかも、分かりますか?」
「確か、奴隷にした魔人の二人を従者として連れて来たらしい。アルトリア自身は、茶色の装束を着ていたようだよ」
「茶色の装束……」
変装しているアルトリアの服装を把握していたセルジアスの情報を聞き、ユグナリスは表情を強める。
そして顔を上げながら壇上から周囲を見渡し、茶色の装束を身に付けている女性の姿を探した。
その眼力は強く、またログウェルとの鍛錬で身に付けた新たな技術が捜索力を高める。
視力を生命力で高めながら見渡したユグナリスは僅かに眉を顰めた後、会場内の隅に設けられた外来客用の席に座る茶色の装束を身に付けた茶髪の女性を視線に留めた。
「……居ました」
「えっ」
「多分、あそこに座ってるのがアルトリアだと思います」
「……分かるのかい? この距離で」
「見た瞬間、無性に苛ついたので。間違いありません」
「……どういう見分け方をしてるんだい」
呆れた様子を浮かべるセルジアスだったが、それでも五百人を超える参加者から変装しているアルトリアを見分けたユグナリスの観察能力に驚きを浮かべる。
そして少し考える様子を見せたセルジアスは、ユグナリスに小声で頼んだ。
「……ユグナリス。もしこの状況を変えたいなら、少しだけ馬鹿を演じてくれないかい?」
「えっ。……分かりました。馬鹿皇子らしく、どんな事でも演ってみせますよ」
「そういうところは、嫌に頼もしいね。……いいかい。今から私が言うことを、君なりの方法でやってみてくれ」
「はい」
そうしてセルジアスは小声で呟き続け、ユグナリスにある事を提案する。
それを聞きながらユグナリスは驚きを浮かべたが、覚悟を決めた表情を浮かべて互いに目を合わせずに頷いた。
それから討論を続ける皇帝と元宰相を無視するように、ユグナリスが壇上の前まで歩き始める。
それに気付いた帝国貴族達は僅かに騒めき、それに気付いたゼーレマンとゴルディオスは前に出て来たユグナリスに視線を向けた。
「――……ユグナリス?」
「……父上。御許しください」
「!」
皇帝が立つ位置よりも前に歩み出ながら、ユグナリスは小声で謝罪を伝える。
それを聞いたゴルディオスは驚きを浮かべ、それより先に進んだ足を止めたユグナリスは視線を向けるゼーレマンや貴族達には視線を向けず、息を吸いながらある方角に大声で叫んだ。
「――……アルトリアッ!!」
「!?」
「この場に来ているんだろっ!! 今すぐ、俺の前に出て来いっ!!」
「なっ!?」
「アルトリア様だとっ!?」
ユグナリスは大声でそう叫び、突如としてアルトリアを呼びつける。
それに驚く周囲の者達の中には、アルトリアがこの祝宴に参加している事すら知らない貴族達が多く、動揺しながら周囲を見回し始めた。
その呼び声が届いていたアルトリアは、変装した姿ながらに苛立ちの表情を強める。
そして自分を呼ぶユグナリスの意図を一瞬で見抜いた様子で、大きな溜息を吐き出しながら呟いた。
「……あの馬鹿。やっぱり嫌いだわ」
「アリス。あの男、お前の事を呼んでいないか?」
「ええ。どうやら、また茶番をやりたいみたいね」
「茶番?」
「三年前に決着け損ねた、喧嘩の続きよ」
アルトリアはそう言いながら、嫌そうな表情を強める。
しかし席から立ち上がると、自分へ視線を向けながら呼び続けるユグナリスがいる壇上へ足を進め始めた。
それを追うようにパールも席を立ち、アルトリアに付いて行きながら壇上に向かう。
こうして場の状況はユグナリスの呼び声で一変し、誰もが予想する事の出来ない事態へと陥り始めていた。
応援ありがとうございます!
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