虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ

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革命編 四章:意思を継ぐ者

雷撃の爪痕

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 人類史において、『魔獣王』と呼ばれる存在は幾度か目撃されている。

 曰く、銀色の美しい毛並みを持つ巨大な狼。
 巨大な狼を中心に同じ毛並みをした狼の群れが、雷鳴の鳴る空の下でとてつもない速さで大地を駆け抜ける姿が語られていた。
 その姿を見た者達は、彼等を魔獣種の中で最も美しく、また最も気高く強い一族であると伝えられている。

 それが銀狼族と呼ばれる魔獣と、それを束ねる『魔獣王』フェンリルの逸話。

 そして『魔獣王フェンリル』の血を受け継ぎ、人と似た姿を持つ者達。
 彼等は自分達を誇り高き魔獣王の一族であると語り継ぎ、魔獣王フェンリルに対する信仰と誇りを抱いている。

 その種族こそ、エアハルトと同じ『狼獣族ろうじゅうぞく』。

 特別な能力を持つ種族を除けば、魔獣を祖先とする獣族の中で最も強いと呼ばれる狼獣族として生まれたエアハルトは、その誇りこそが生き甲斐だった。
 特に人間ばかりがいる人間大陸で生まれ、その生い立ちから過酷な幼少期を過ごしたエアハルトにとって、自分の存在意義を見出す為のに『狼獣族』という在り方を強く意識するしか無かったのかもしれない。

 そしてザルツヘルムと対峙したエアハルトは、狼獣族として次の境地に辿り着く。
 それを実際に目にする会場内の人々の中で、彼を鍛えていた老騎士ログウェルは微笑みを見せながら呟いた。

「――……どうやら、修練の結果が出たようじゃな」

「え?」

 ログウェルの呟きを傍で聞いていたユグナリスは、疑問の声を思わず漏らす。
 それに対する返答なのか、ログウェルは自身の肉体に電撃を迸らせるエアハルトの状況を口にした。

「魔獣を祖とする獣族の成長には、修練と実戦経験以外にも必要なモノがある。――……それは、生存本能を極限まで高めることじゃよ」

「生存本能……?」

「自分の死と向き合いながら、その負に抗い自身の矜持を保つこと。あの若者エアハルトは、色々と感情の振れ幅が大きいようじゃったからな」

「……よく分からないけど。エアハルト殿がその負に抗えたということなのか?」

「それもあるじゃろうが、他にも成長を手助けするモノはある。……それが、お前さんのような存在だったということじゃろうな」

「え?」

「心を燃やし、現在いまの自分を超える為に明確な目標あいてを得る。……邪険にし興味も無さそうに装いながらも、お前さんに対して強い対抗心を持っていたということじゃよ」

「……エアハルト殿が、俺に……」

 ログウェルはそう語り、エアハルトの急激な成長にユグナリスの存在が関わっている事を伝える。
 それを聞いたユグナリス自身は驚きを秘めながら、狼の姿となり電撃を纏うエアハルトに視線を注いだ。

 そして肉体から電撃を放つエアハルトは、明確な敵意を向けながらザルツヘルムを睨む。
 一方でザルツヘルム側も変貌を見せるエアハルトの状況に驚きを見せながら、小さく息を吐き出して呟いた。

「まさか、そのような手段わざを隠し持っていたとは……。……また私は、魔人という存在ものを過小評価していたらしい」

「……?」

「あの少年といい、貴様といい。――……やはり魔人は、徹底して潰すべき存在だ」

 ザルツヘルムはそうした言葉を口にし、左手に備える手甲から四本の短剣を取り出す。
 そして左腕を上空に掲げ、同時に四本の短剣が天井に備えられている照明の鎖を切断し、それぞれ床に落下しながら破片が飛び散った。

 そして会場内の三分の一に暗闇が広がり、その部分には僅かな灯火あかりだけが残る。

 しかし暗闇の中でも身体を輝かせるエアハルトは、それに動じる様子は無い。
 逆に暗闇に紛れる様子を見せるザルツヘルムに対して、エアハルトは睨みを向けながら呟いた。

「……またか」

 床に広がる影を眺めながら、エアハルトは何かを視界で把握する。
 それは影の中を蠢く下級悪魔レッサーデーモン達が、形を成しながら影で自分を包囲する状況だった。

 そして次の瞬間、周囲の影から夥しい数の異形の怪物達が飛び出す。
 そのいずれもがエアハルトを喰らう為に、露になる牙と爪で襲い掛かった。

「……ハァアアッ!!」

「!」

 しかし牙と爪が届く瞬間、暗闇の中で輝く電撃が更に強まる。
 エアハルトの周囲に極光がほとばしり、襲い掛かって来た下級魔獣レッサーデーモン達にからだを焼き散らした。

 そして電撃の放流を止めた後、エアハルトは自身の輝きで見えるザルツヘルムに声を向ける。

「……無駄だ。貴様の出す雑魚ザコなど、すぐに消滅できるぞ」

「そのようだ。だが、それだけの魔力を電撃として使用し、いつまでその余裕を保てるだろうか?」

「その前に、貴様を殺すッ!!」

「悪魔共の餌になれ、魔人ッ!!」

 エアハルトは足を踏み出し、明確な殺意を高めながらザルツヘルムに向かおうとする。
 それと同時に周囲の影から再び下級悪魔レッサーデーモン達が異形の姿で飛び出し、突入を阻むように重なり合った。

 そこでエアハルトは右腕の電撃で魔力斬撃ブレードを放ち、前方を阻む下級悪魔レッサーデーモン達に瞬く間に消失させる。
 そして横や後方から迫る下級悪魔レッサーデーモンを置き去りにし、電撃を纏ったエアハルトが閃光となってザルツヘルムの顔面へ右拳を突き出した。

 しかしザルツヘルムの頭部を吹き飛ばしたかに見えたエアハルトは、自身が殴り散らした物体の正体に気付く。
 それは異形同士を組み合わせた人型に見える偽装ダミーであり、エアハルトはすぐに周囲を見回しながらザルツヘルムを探した。

 その姿を嘲笑うかのように、ザルツヘルムの声が暗闇の中で響く。

『――……だから言ったのだ。無駄だと』

「!」

『この悪魔達は、私の肉体を成している一部でしかない。どれだけ殺そうと、その全てを殺し尽くさぬ限り、貴様の電撃は私の本体まで届かない』

「なら、全てを散らせばいいだけだ」

 ザルツヘルムは自身が悪魔達の集合体だと語り、その肉体となっている下級悪魔レッサーデーモンを全て殺す必要がある事を伝える。
 その余裕を浮かべてた口調にエアハルトは苛立ちを強め、自身の肉体を纏う電撃を更に強めながら、今度は両脚を交互に繰り出しながら放つ魔力斬撃ブレードで影を蠢く下級悪魔レッサーデーモン達を斬り裂きながら消失させていった。

 その凄まじい攻撃を繰り出すエアハルトの魔力斬撃ブレードが、壇上側にまで向かい飛ぶ。
 留まっていた騎士や魔法師、そして帝国貴族達はそれに驚き、大きく避ける動きを見せながら暴れるエアハルトに動揺した面持ちを浮かべた。

「あ、あの男……味方ではなかったのかっ!!」
 
「我々まで、諸共に……!?」

「全員、影となっている床や障害物から離れて! 魔法師は結界を展開し、あの余波を耐えるんだっ!!」

「は、はいっ!!」

 動揺を浮かべる面々に対して、セルジアスは結界を敷ける魔法師に全面を守らせる。
 しかし壇上側へ向かう魔力斬撃ブレードのどれもが、人が居る場所へ直撃するような軌道を描いていないことを、壇上に立つユグナリスとログウェルだけは察していた。

「凄い……。エアハルト殿が、アレほど強くなるなんて……!」

「……」

「あの調子なら、エアハルト殿一人で怪物達を倒せるんじゃ……!」

「……それは、どうかな」

「えっ?」

 暗闇で繰り広げられる戦を見たユグナリスは、圧倒する電撃と斬撃に放つエアハルトの勝利が揺るがない事を確信する。
 しかしログウェルはそれを否定するように呟くと、改めてエアハルトの動きを見ながら何かに気付いた。

「……電撃ひかりが、少しずつ弱くなっている?」

「魔力とは、無限に存在するわけではないからのぉ」

「えっ」

「純粋な魔族と比べても、魔人の持つ魔力量は少ない。それをあれほどの出力で放ち続ければ……」

「……魔力が尽きたら、エアハルト殿が……!」

「さて。ここからが、彼奴の真価を見極めるところじゃろうな」

 魔封じの枷を嵌められていたエアハルトの様子を思い出したユグナリスは、魔力が切れた際の結果がどうなるかを容易くも想像してしまう。
 しかし別の部分に注目を向けるログウェルは、悪魔達に囲まれるエアハルトを見届ける様子を見せた。

 そうした声を零すログウェルの様子に気付きながらも、ユグナリスは渋い表情を強める。
 壇上から見るエアハルトの電撃が弱まり、放つ魔力斬撃ブレードも細く威力が弱々しくなるのを察してしまったのだ。

 それはザルツヘルムも確認しているようで、影の異形達を介しながら余裕のある声を響かせる。

『――……どうやら、貴様の底も尽き始めているようだ』

「……クッ!!」

『先程の威勢に比べて、随分と呆気ない。やはり貴様は、ウォーリス様の敵には値しない』

 まるで無限にも思える悪魔達の出現は、エアハルトの魔力残量を確実に減らしていく。
 どれほどの悪魔を飼っているのか分からないザルツヘルムの強襲は続き、ついにエアハルトの肉体を纏っていた金色の魔力かがやきが途切れ始めた。

 それを逃さず、ザルツヘルムは影に潜む下級悪魔レッサーデーモン達に命じる。

『今度こそ、その餌を喰らい尽くせ。悪魔共ッ!!』 

 魔力が底を尽くエアハルトに対して、ザルツヘルムは影に潜む下級悪魔レッサーデーモン達に一斉での捕食を命じる。
 そして四方八方の影から襲い来る異形あくまの牙が、エアハルトを喰らう為にも我先にと襲い掛かった。

 しかし、迫る悪魔達に突如として赤い光が照らされる。
 それが影を軸に姿を見せていた悪魔達の姿を照らし、強い揺らぎを見せながら異形の姿を保つ事を困難にさせた。

 突如として見える赤い光を確認したザルツヘルムは、驚愕の声を漏らす。

『むっ!?』

「……姿を見せろ」

 会場内の暗闇が突如として赤い光に満たされ、次々と影が揺らぎ悪魔の姿が保てずに影へ戻る。
 その正体が何かを察したザルツヘルムは、驚きの声を漏らした。

『これは……火だとっ!?』

「……俺がただ、斬撃ツメを飛ばしていただけだと思ったか?」

『!』

 エアハルトはそう呟き、周囲に満ち始める赤い火を背負う。
 そしてザルツヘルムは影越しに火の発生源を確認し、更なる驚きを零しながらエアハルトを睨んだ。

『……斬撃の爪跡から、火が……?』

「影さえ失くせば、貴様の飼っている化物共は影から出られない。……そして貴様自身が、飼っている化物共を影を収める依り代として、表に出る必要がある。そういうことだろう?」

『……まさか、気付いていたのか。この、僅かな時間で……』

 エアハルトが浴びせた斬撃の跡から、続々と火が共に地面や壁を走る。
 すると照明を失くして影の落ちた空間に火の光が齎され、エアハルトを包囲していた影の広がりも大きく制限された。

 そしてエアハルトと対峙する位置に、ザルツヘルムは影の中からその実体からだに見せる。
 改めて肉体を介して向き合う二人は、鋭く睨み合いながら互いに構える様子を見せた。

「……これで、貴様の喉元を噛み砕ける」

「……認めよう。貴様もまた、『敵』として十分な脅威を持つ相手だった」

 エアハルトは身に纏う金色の魔力を再び強め、身構えながら鋭い犬歯を見せる。
 そしてザルツヘルムは左腰に帯びる帯剣を右手で引き抜き、改めて剣を抜いた状態で立ち合った。

「……我が忠誠の剣に賭けて。――……ウォーリス様の敵を、私が倒すっ!!」

「グルル……ッ!!」

 赤い火が灯る会場内で、ザルツヘルムとエアハルトは凄まじい速度で駆け出す。
 そして金色の魔力を纏う殴打と影を背負う剣の刃が激突し、凄まじい衝撃となって会場に振動を起こした。

 こうして悪魔と繰り広げていた戦いは、エアハルトの起点によって防がれる。
 しかし本体であるザルツヘルムを倒す為に、エアハルトは再び電撃を纏いながら襲い掛かるのだった。
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