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革命編 五章:決戦の大地
隠された切り札
しおりを挟むウォーリスが率いる悪魔達に襲撃されたガルミッシュ帝国の中で、僅かながらも事態は前進を見せる。
奴隷契約を施されていた妖狐族クビアと狼獣族エアハルトは、互いにセルジアスとユグナリスの協力を受け入れた。
二人分の奴隷契約書を持っていたクビアを、セルジアスは受け取る。
そして契約書内に書き込まれている指定の箇所に親指から溢れる血判を捺し込むと、契約書が僅かな光を灯すと同時に、二人の背中に入れられていた奴隷紋の契約が光りながら消失するのが見えた。
それを確認した後に、セルジアスは改めて口を開く。
「――……これで、御二人に施された奴隷契約は解消されます」
「自分じゃ見えないけどぉ、奴隷紋は消えたのよねぇ?」
「ええ。これで貴方達を縛る契約は無くなりました。……ただ、先程の御依頼ですが」
「分かってるわよぉ、ちゃんとやるわぁ。そっちこそぉ、報酬は絶対に守ってよねぇ」
「勿論です」
背中に在る奴隷紋が消えたことを改めて確認するクビアは、そうした会話をセルジアスと行う。
そして報酬の件について念押しすると、セルジアスは淀みの無い返事で答えた。
一方で、ユグナリスと向き合うエアハルトも背中に入れられていた奴隷紋が消失したのを嗅覚で察する。
するとこれからの行動について、ユグナリスに問い掛けた。
「それで、すぐに行くのか?」
「はい。出来る限り、日中の内に」
「……影か」
「はい。ザルツヘルムは影を使って移動していました。影が大きく制限される日中なら、まだ追い付けるかもしれない」
「だが、転移魔法で移動させた可能性がある。そうなったら俺でも追うのは難しい」
「リエスティアは魔力を受け付けない体質なんです。彼女を連れて転移魔法で移動できないとなると、この大陸から出る方法は限られる」
「……船か?」
「そうです。この大陸で船が寄港できる場所は限られる。馬の脚でも帝都から港がある街までは、三日は掛かる距離です。例え日中で影を使わずに移動できたとしても、リエスティアは車椅子ごと移動するしかない。今ならまだ追えるかも」
ユグナリスは悪魔騎士の影で移動できる速度と制限を考え、リエスティアの追跡が可能だと考える。
そうした二人の会話を聞いていたパールが、顔を向けながら自分の知る情報を伝えた。
「――……ここを襲った者達の中に、空を飛んでいた奴がいた。合成魔獣にも空を飛んでいた奴がいる」
「!」
「もし空を飛べるなら、リエスティアという女を抱えるか背に乗せて運べばいい。船で海を渡る必要は無い。違うか?」
「……それは……」
パールの情報と意見を聞き、ユグナリスは渋い表情を見せる。
飛行できる手段を相手が持つ以上、地上から海路を経由した移動方法は絶対の可能性ではない。
となれば、帝都から離れた時点で敵側は影の移動手段を切り替え、飛行して移動している可能性もある。
そもそも悪魔騎士が操る下級悪魔の中に空を飛べ海を渡れる怪物がいれば、わざわざ地上を走る理由も無い。
そこまでの可能性に思い至れなかったユグナリスに対して、話を聞いていたセルジアスも口を挟む形で情報を伝えた。
「ユグナリス、言い忘れていたが。リエスティア姫だけではなく、どうやらアルトリアも敵に捕まった可能性がある」
「あの、アルトリアが……!?」
「ただ、その状況が少し奇妙だ」
「え?」
「パール殿の話だと、どうやらアルトリアはリエスティア姫を連れ去った影を追っていたらしい。しかもその影に、自ら飛び込んだそうだ」
「……!」
「君も思ったかい? 私と同じことを」
「……あの性悪女が、何の考えも無く敵の影に飛び込むわけがない。……何か策があった?」
「私も同じ事を考えていた。だが、その策が分からない。我々も介入できる策なのか、それともアルトリアだけで対応する為の策なのか。その見当が付かないんだ。……ユグナリス。君はそれが、何か分かるかい?」
「……」
セルジアスはパールから聞いたアルトリアの状況を聞き、自ら捕まりに行くような行動を見せた様子に思惑があるのではと考える。
そうした問い掛け向けるセルジアスに対して、ユグナリスは考えながら不意に視線をパールとクビアの方に向けて、何かを思い出すように呟いた。
「……魔符術……?」
「え?」
「アルトリアはここ最近、魔符術の研究をしていました。ローゼン公にも御話しましたが……」
「……ああ、祝宴に参加するよう伝えた時か。確かに聞いたけれど」
「あの時、アルトリアは言っていましたよね? 『自分の手の内を他人に知られたら意味が無い』と」
「……!」
「多分、敵側はアルトリアが魔符術を使える事を知りません。あの性悪女なら、もしかしたらそれを利用して嵌めようとするかも……」
そうした推測を伝えるユグナリスの意見に、セルジアスは僅かながらも納得を見せる。
アルトリアは凡そ魔法技術に卓越した魔法師である事は、帝国内であればほとんどの者達が周知していた。
しかし魔符術という技術は最近になって覚えたばかりであり、更にほとんどの者が魔符術の概要を知らない。
そして恐らく、二人を連れ去る事を画策していたウォーリスも魔符術をアルトリアが習得していたのは知らなかっただろう。
その盲点を突いたアルトリアが、魔符術で何か仕掛けを打っていたとしても不思議ではない。
彼女を悪い意味で知る二人だからこそ抱けた思考は、自然とアルトリアに魔符術を教えた張本人に視線を向ける。
そして視線を向けられたクビアは、少し引き気味に問い掛けた。
「な、なによぉ?」
「クビア殿。アルトリアは貴方に教わった魔符術で、どんな研究を? その成果などは?」
「……んー、そうねぇ。成果と言ってもぉ、まだ実ってなかったわよぉ?」
「実っていない?」
「あの御嬢様が魔符術で使いたかったのはぁ、転移魔術の魔法版を開発する為なのよぉ。でもまだ転移魔法は完成してなかったわぁ。あんな短期間じゃぁ、段階的な実験しか出来なかったしぃ」
「……その、実験というのは?」
「えっとねぇ。まずは魔符術で使う紙札の紋様に魔法で使う構築式を組み込んだぁ、効率的な魔力循環路の確立してぇ。それからぁ、転移する際に判別する紙札と紙札の識別とぉ、その位置確認――……あっ」
「どうしました?」
「そういえばぁ、あの子って私達の装束に紙札を入れてたのよぉ。そして装束を来た私達に念話を飛ばして来たのよねぇ。アレも私が教えたんだけどねぇ?」
「それが、どういう……?」
「だからぁ、私達に仕掛けた特定の紙札に自分の意思で声を飛ばしてたってことぉ。――……だとしたらぁ……」
「……アルトリアは、貴方達と念話できる紙札を持っている……!? なら、貴方達の装束に仕掛けられた紙札を使えば、逆にこちらからも……!?」
クビアが思い浮かべた情報を察するセルジアスは、アルトリアが持つ紙札で交信が可能かもしれないという考えに至る。
しかしそれを教えた張本人のクビアが、渋い表情を見せながら伝えた。
「でもぉ、私達の装束はこの通りボロボロぉ」
「……紙札は?」
「見た限りだとぉ、一緒に破けちゃってるわねぇ。エアハルトなんか上半身の服が吹っ飛んじゃってるしぃ」
「……フンッ」
「こうなるとぉ、私達の装束に仕掛けられた紙札だと通信は不可能だと思うわぁ」
「……そうですか……」
通信が難しい事を伝えるクビアの言葉を聞いたセルジアスは、僅かながらも落胆の表情と声を漏らす。
そうした二人の話を聞いていたパールが、何かを思い出しながら身に着ける装束の腰元にあるポケットを探り、あるモノを見せながら話し合う二人に声を向けた。
「……私が持っている紙札は、使えないか?」
「!」
「少し強く握り過ぎて、荒れてはいるが」
「そういえば、パール殿も紙札を……!」
「ああ、アリスから受け取っていた。これでアリスと話せるなら、使ってくれ。私には出来なかった」
パールはそう言いながらクビアに近付き、右手に持つ紙札を手渡す。
そして紙札を受け取ったクビアは、改めて魔符術の使用方法について説明した。
「魔符術を使うにはぁ、触媒となる紙札に魔力を送り込む必要があるのぉ。でも送り込む魔力が大き過ぎると紙札がボロボロの紙屑になるしぃ、少な過ぎると魔符術を行使する量に届かず不発になるのぉ。魔符術を使う為には、高度な魔力制御の修練と精度が必要だわぁ」
「……私は、神業を使えない。でも、あの時は紙札からアリスの声が聞こえた」
「そうじゃなくてぇ。この紙札を触媒として使う魔術はぁ、術者からしか行使できないのぉ。……ただしぃ、念話の場合は紙札を持つ術者が交互に通じ合えるけどねぇ」
「それでは、貴方ならアルトリアの持つ紙札と念話が……!?」
「本来はそうなんだけどぉ。あの御嬢様が作った魔符術はねぇ、ちょっと問題があるのぉ」
「問題?」
「薄い紙札の耐久性を上げるのが難しいからぁ、御嬢様は注ぐ魔力量が少なくても良いように紋様と構築式を改良したのぉ。でも代わりにぃ、交信する為の構築式をかなり削っちゃったのよねぇ」
「……つまり、どういう……?」
「要するにぃ、この紙札は二枚一組でしか交信できない簡易版なのよぉ。……で、さっきから紙札を発動させて喋ってるわけなんだけどぉ、何の応答も無いわねぇ。この紙札と対となってる紙札をぉ、今の御嬢様は持ってないってことねぇ」
「……ッ」
クビアは紙札を摘まみながらそう述べ、手元に残る紙札では現在のアルトリアと交信が出来ない事を話す。
それを聞いたユグナリス達は渋い表情を浮かべ、二人の奪還に繋がる手掛かりが無い現状に苦々しい思いを抱えた。
そんな時、クビアの持つ紙札を見ていたエアハルトが鼻を微かに動かす。
すると全員が居る場所から視線を逸らすように向けながら、その場に居る全員にある事を伝えた。
「……おい、女狐」
「なぁにぃ?」
「確かあの女、紙札の束を手持ち鞄に入れていたな」
「そういえばそうねぇ。でもぉ、それがどうしたのぉ?」
「俺達の服に仕掛けていたくらいだ。あの女、自分の服にも紙札を付けていたと思うか?」
「あの子の性格を考えてぇ、付けてるでしょうねぇ。実験も兼ねてぇ」
「なら、あの女の服に付けていた対の紙札《かみ》が、あの鞄の中にも入ってたと思うか?」
「それはぁ、入ってるんじゃなぁい? せっかく付けたならぁ、試しに使って……えっ、もしかしてぇ……?」
エアハルトがそうした言葉で尋ねて行く内に、クビアは何かに気付く。
それを察するようにエアハルトは顔の向きを戻し、全員に視線を向けながら伝えた。
「その紙札と繋がっている魔力の匂いが、近くにある」
「!」
「あの女、どうやら鞄を落としたらしい。……いや、わざと落としたのか?」
「……攫おうとしていた敵に気付かれない為に、わざと紙札を入れた鞄を落とした?」
「もしそうなら、あの女の鞄には自分の服に取り付けた紙札が入っているかもしれない」
「エアハルト殿っ!!」
「チッ、面倒なことをする女だ」
そうした会話を行う中で、紙札から流れ出る魔力からアルトリアが落とした小鞄の位置をエアハルトは把握する。
するとクビアやセルジアスに続き、ユグナリスが慌てる様子を見せながら扉側に向かい始めた。
それに追従しながらも舌打ちを漏らすエアハルトは、二人で共に部屋から出て行く。
エアハルトの嗅覚を頼りユグナリスは屋敷から走り出た後、数分後に帝城前の正面出入り口に投げ捨てられている茶色の小鞄《ポーチ》を二人は発見した。
こうして連れ去られ行方の分からない二人を捜索する為に、ユグナリス達は僅かな痕跡を辿っていく。
その痕跡には、ウォーリスすら気付かないアルトリアの切り札が隠されていたのだった。
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