虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ

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革命編 五章:決戦の大地

つまらぬ強さ

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 同盟都市内部で起こるマギルスと悪魔騎士デーモンナイトザルツヘルムの戦いは、僅かながらも変化が生まれる。
 互いに実力の一端を明かし合った二人は、数多に存在するザルツヘルムのストックを全て刈り取るというマギルスの意思と成長によって圧倒を見せていた。

 『精神武装アストラルウェポン俊足形態スピードフォルム』を足に纏ったマギルスは、空中に生み出す物理障壁シールドと地面や建物を足場にしながら青い閃光となって影から生み出されるザルツヘルムの分身と下級悪魔達を瞬く間に大鎌で刈り取る。
 再生能力や治癒の効力を失くすマギルスの大鎌は、無限にも思わせるザルツヘルムが内包するストックを着実に削り取っていた。

 僅か一分にも満たぬ時間で二百を超えるストックを失ったザルツヘルムは、何とかマギルスに瘴気の一太刀を喰らわせようと分身達で反撃を試みる。
 しかし反撃した瘴気の剣を余裕の表情で回避したマギルスは、その場に現れているザルツヘルムの分身と下級悪魔達の首を綺麗に刈り取り、それが泥となって沈む光景を眺めながら物理障壁シールドの上に立って怒鳴った。

「――……ねぇ! これ、やっぱりつまんないんだけど!」

『!』

「こんなの幾ら出て来たって、僕を倒せるわけないじゃん。……やっぱりおじさん、前と変わらないね。悪魔になっても、弱いまんまだ」

『……ッ』

「これならまだ、未来あのときの方がずっと楽しかったよ。……あーあ。この分だと、ウォーリスって奴もあんまり強くないのかな」

 ザルツヘルムを圧倒しているにも関わらず、自らこの状況の不満を持つマギルスは侮辱とも言える言葉を敢えて言い放つ。
 それを聞いていたザルツヘルム本体は、周囲に散らばせている下級悪魔レッサーデーモン達の影を一箇所に集めさせた。

 その動きを感知するマギルスは、影が集まる場所へ視線と意識を向ける。
 そして集まる影が山の如く盛り上がり始めると、その影から発せられるザルツヘルムの声がマギルスに向けられた。

『――……申し訳なかった。少年』

「?」

『私は君を脅威と感じながらも、まだ過小評価し過ぎていたようだ。……あの時と同じように、君を失望させてしまうところだったよ』

「ふーん。じゃあ、次は僕も楽しめる?」

『約束しよう。君につまらないなどという言葉は、もう言わせない』

「そっか。じゃあ、さっさとなってよ。僕が楽しめる形態かたちにさ」

 謝罪を向けるザルツヘルムは、山のように膨れて蠢き集まる影を徐々に収縮していく。
 それに対して特に妨害の意思を見せないマギルスは口元を微笑ませ、ザルツヘルムに起きている変化の終わりを待っていた。

 すると収縮していく影が、人間の姿を模りながら凝縮していく。
 今まで影で分散していたザルツヘルムのストックが全て一箇所に集まり、一つの意思ザルツヘルムによって統合された。

 その変化が終わり、マギルスは改めてそこに現れたザルツヘルムの姿を見る。

 ザルツヘルムは先程までの四十代程の人間形態とは異なり、黒い角を頭部に二本備え、背中側には悪魔の証とも言える黒い羽を生やした若々しい姿を明かす。
 更に瘴気の軽装鎧ライトアーマーを身体に備え、右手に持つ瘴気を纏った黒い長剣を持っている。

 まさに悪魔騎士デーモンナイトとして真の姿を現したザルツヘルム本体は、真剣な表情でマギルスを見つめ返した。

「――……待たせてしまって、申し訳ない」

「別にいいよ。それより、早くやろう!」

「私も、まだこの姿で戦うのは不慣れでね。……少し、らさせてもらう」

「その前に、死なないでね!」

「ああっ!!」

 ザルツヘルムは背の羽を大きく広げながら瘴気オーラの波動を放ち、周囲の建築物を容易く吹き飛ばす。
 そして吹き飛んでくる瓦礫や破片を自らの魔力圧で吹き飛ばしたマギルスは、互いに嬉々とした顔を向けた。

 すると次の瞬間、二人は同時に地面を破壊する程の踏み込みを見せて姿を消し、丁度その中間地点に現れた二人は互いの武器を衝突させる。
 その衝撃が更に周囲の地形を崩壊させ、ザルツヘルムの瘴気オーラとマギルスの生命力オーラが混じった魔力が武器を通じて火花を散らし合った。

 そして互いの顔を武器を挟む形で見合う二人は、微笑みを強くして歓喜の声を向け合う。

「今度は、もっと良いね! おじさんッ!!」

「君もだ、少年っ!!」

 その一撃で互いが予想する以上の実力を持っている事を認知した二人は、全力をぶつけられるに値する相手であると賞賛しながら歓喜する。
 絶大な力を持つ者ほど、その力を全力で振るう機会に恵まれない事を知る二人は、互いに自分の力を持て余した好敵手である事を理解し合った。

 そして互いが示し合わせるように接触した武器の刃を離し、続けて更なる連撃を開始し始める。
 互いに両手で握って振る剣と大鎌の衝突は、周囲の景色を吹き飛ばす程の威力を見せながら互角の渡り合いを見せた。

 そうして幾度も打ち合う中で、ザルツヘルムが更に微笑みを強くする。
 すると拮抗するマギルスに対して、敢えて声を向けながらこう告げた。

「君こそが、本当の魔人なのだな! 少年っ!!」

「えっ!?」

「あの時、私達が作り出していた合成魔人キメラを、君は劣化品だと言った! 君を見ると、まさにあの言葉が真実だったのだと思わされるっ!!」

「それがどうしたのさっ!?」

「嬉しいのだよ、私は! 本物の魔人である君と、こうして対等に戦えるのが! ――……非力な人間に生まれたことを、私はずっと後悔していたのでね」

 そう言いながら再び武器の刃を押し合う形で接触させた二人は、武器の向こう側から相手の顔を見る。
 マギルスは改めて相手の顔を見ると、そこには羨望にも似た眼差しを自分に向けるザルツヘルムの瞳が見えた。

 そして武器を押し合ったまま、ザルツヘルムはこう語り始める。

「私は幼い頃に、ナルヴァニア様に命を救って頂いた」

「!」

「皇国の流民街で、私は娼婦をしていた母親から生まれた。しかし愛されぬ子供として彷徨っていた私を、偶然にもナルヴァニア様が見つけて拾ってくださった」

「……」

「私は人としての生き方を、そして暖かな愛情をナルヴァニア様から与えられた。……私はあの方の為に、己の命と生涯を使おうと心に決めた」

 自身の生い立ちをそう語るザルツヘルムは、交えていたマギルスの刃を弾きながら押し退ける。
 先程よりも力を増したザルツヘルムに押し出されたマギルスは、大鎌を構えて前に飛び出し、物理障壁シールドと併用した高速機動によってザルツヘルムの背後へ襲い掛かった。

 しかしマギルスの大鎌はザルツヘルムの剣によって防がれ、再び二人は向かい合う形となる。
 そして話を続けるように、ザルツヘルムは真剣な表情で自身の抱いて来た感情モノを明かし始めた。

「だが当時の私は、特別な力も何も無い、ただの子供でしかなかった」

「むっ」

「私はナルヴァニア様に与えられるばかりで、何も返す事が出来なかった。……そうしている間に、あの方は皇国から離れ、植民国であるこの帝国のゲルガルド伯爵家に嫁いだ」

「!」

「私はあの方に仕える為に、騎士に必要な勉学と修練に励んだ。……だが私が騎士となる前に、あの方は皇国に戻って来た。御優しかったあの姿から、変わり果てた状態で」

「……むぅっ!?」

「皇国に戻ってからのあの方は、ただ悲しみに明け暮れる日々を過ごしていた。何かから逃げるように酒に溺れ、部屋から一歩も出ぬ日々を続けた。……だからこそ、私はあの方を支えたかった。そして自ら従士見習いとして傍に付く事を望んだ」

「……さっきから、何の話をしてるのさ!」

 戦いながら流暢に話すザルツヘルムに、マギルスは僅かに苛立ちを向けて刃を押し退ける。
 そしてザルツヘルムの首を刈り取ろうと大鎌の刃を相手の首元に近付けた瞬間を、それを払うようにザルツヘルムの剣が弾きながらマギルスの身体と共に吹き飛ばした。

 吹き飛ばされたマギルスは身体を回転させながら着地し、そのまま構える。
 しかし次の瞬間、既に自分の背後に回っていたザルツヘルムを察知しながら大鎌を振ると、それも受け止められながら拮抗した状況を作り出された。

「っ!!」

「君になら分かるだろう、少年。――……今の私が、君には届き得ない領域にいることを」

「!」

「君は私のように、こんな悪魔ちからに頼らずともここまでの力量レベルに辿り着いた。それは賞賛すべきことだ。――……だが一つの生命である限り、君が辿り付ける領域たかみには限りがある」

「そんなこと……っ!!」

「今の私は、何万という生命を糧として、その能力ちからを全て自分のモノにしている。仮初とは言え、今の私もウォーリス様と同じ到達者エンドレスの領域に居るのだ」

「!!」

「君がどれ程まで優れた『個』であろうと、集められた『すべて』の力を統べる私達には勝てない」

 凄まじい機動力を駆使して多彩に攻めるマギルスの大鎌こうげきを、ザルツヘルムは既に視線すら向けずに瘴気の剣で受け止めている。
 万を超える生命を統合し結集させた悪魔騎士ザルツヘルムの実力は、未来で戦った悪魔アルトリアに匹敵する脅威レベルとなっていた。

 そしてザルツヘルムは受けていた長剣に凄まじい腕力を込め、大鎌を弾きながらマギルスを中空へ浮かせる。
 そのコンマ数秒にも満たない隙を突くように、ザルツヘルムの長剣が浮いたマギルスの胸を易々と貫いた。

「ア……ッ!!」

「――……さらばだ。少年」

 心臓を貫かれたマギルスは、その勢いで吹き飛ぶように後方の建物に衝突する。
 崩れ落ちる建物を見ながら、ザルツヘルムは寂し気な表情を浮かべた。

 しかしその建物から顔を逸らそうとした瞬間に目を見開き、驚きを見せた表情で再び崩れる建物にザルツヘルムは視線を向ける。

「……まさか。瘴気を帯びた私の剣で、しかも心臓を穿うがたれたというのに……。……何故、まだ立てる?」

 僅かな驚きに包まれるザルツヘルムは、視線の先にある光景を見る。
 それは崩れた瓦礫の中に立つマギルスの姿であり、その光景を信じ難い様子でザルツヘルムは呟いていた。

 そして穴が開いた建物から出て来るマギルスは、改めてザルツヘルムと向かい合う。
 更に顔を上げて微笑みを見せたマギルスは、こうした言葉を言い放った。

「――……さっきからさ。一つの生命いのちだから限界があるとか、全ての力を集めたとか、よく分かんないけど話をしてたけど。……それを言うなら、僕だって一人じゃないもんね」

「!」

「僕は僕になってから、ずっと一人じゃなかったよ。青馬あいぼうはずっと傍に居たし、ゴズヴァールおじさんやエアハルトお兄さん達が遊んでくれたし。それからアリアお姉さんとケイルお姉さん、そしてエリクおじさんに会って、そして初めての友達が出来て、やりたい事が出来て。すごい楽しかった」

「……」

「色んな事があったけど、僕はそういう楽しいことがいっぱいあったから、これだけ強くなれたんだ。……僕の力は、自分一人の力じゃない。みんなと一緒に集めた強さだもんね!」

「……!!」

「でもおじさんの強さは、そうじゃないよね。……おじさんってさ、自分で集めてない強さを使ってて、何か楽しいの?」

「……ッ」

「楽しくないよね。……だっておじさん、つまなそうだもん」

 マギルスはそう問い掛けるように言い放ち、ザルツヘルムが抱く心情こころの本音を突く。
 突かれたザルツヘルムは僅かに唖然とした様子を見せた後、マギルスは自ら大鎌を折り畳みながら背負い直した。

 それを見たザルツヘルムは、訝し気な表情を浮かべて問い掛ける。

「……何のつもりだ?」

「最初は強そうだからワクワクしたんだけど。今のおじさんと戦っても、楽しくないや」

「!!」

「それに僕、ここまでおじさんと遊びに来たわけじゃないからね。遊ぶんだったら、その後でやってあげる」

「……逃がすと思うか? この状況で」

 完全にザルツヘルムに対する高揚感や戦意を失くしたマギルスは、自ら背を向けてその場から去ろうとする。
 それを止めるように瘴気の剣を向けたザルツヘルムに対して、マギルスは軽く右手を扇ぎながらこう伝えた。

「止めときなよ。そんな剣でさ」

「……!?」

 そうマギルスが言った瞬間、正気を纏っていたザルツヘルムの長剣に刀身が無くなっていることに気付く。
 意識していなかった長剣の異変に驚くザルツヘルムに対して、マギルスは口元を微笑ませながら言ってのけた。

「最初に言ったじゃん。僕の大鎌がどういう効果ものかさ」

「……まさか、あの攻防で私の剣を……!?」

「おじさんが刺そうとした時には、もう切っておいたよ。気付かなかったの?」

「……!!」

「そんなつまんない顔して戦われるのも嫌だし。どうしてもりたいなら、他の人とやりなよ。――……じゃね!」

 マギルスはそう別れを告げて俊足形態スピードフォルムのまま駆け出し、ザルツヘルムの傍から離れる。
 それを唖然としたまま見送るザルツヘルムは、何かを思いながら口元を微笑ませながら呟いた。

「……つまらぬ強さか。……彼等なら、あるいは奴を……そして、あの方の運命を救ってくれるのかもしれない……」

 ザルツヘルムはそう呟き、刀身の無い剣の柄を捨てる。
 そして自ら悪魔化を解き、再び外観を人間の姿に戻しながら影の中に身を潜らせた。

 こうしてマギルスとザルツヘルムの戦いもまた、意図しない形で終わりを迎える。
 その戦いの中でマギルスに真意を突かれたザルツヘルムは、奥底に隠す願いをほのめかしながら暗闇の中に姿を消したのだった。
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