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革命編 六章:創造神の権能
少年の架け橋
しおりを挟むウォーリスの裏切りによって復活した創造神には、自身が抱く負の感情と記憶によって黒幕を打ち砕く。
その矛先は別の者達に変わりながらも、創造神の『魂』と『器』になっている二人を救おうとする未来のユグナリスによって一時的に鎮静化を見せた。
そうした事態が変化していく直前、視点はマギルスへと戻る。
創造神の攻撃から逃れながら未来のユグナリスと別れたマギルスは、『精神武装:俊足形態《スピードフォルム》』で空を駆け跳びながらある場所を目指していた。
「――……おじさんの魔力、どんどん高くなってる……。……これ、もしかして前よりも……!!」
マギルスは魔力感知によって赤鬼と化し始めているエリクの場所まで向かい、その状況を確認しようとしている。
黒幕が倒された今、復活した創造神と暴走しそうなエリクの相手を同時にするのは困難だと判断し、先に止められそうな赤鬼の方へ対処に向かったと言ってもいい。
しかし以前に赤鬼となったエリクが放つ魔力を遥かに上回る存在感が、向かっている先から放たれ続けていることをマギルスは察する。
それに僅かな冷や汗を浮かべながらも、マギルスは自然と口元を吊り上げながら笑みを浮かべた。
「……なんでかな。初めて赤鬼を見た時は、やばいって思ったけど。……でも、今まで戦って来た相手に比べたら、余裕だと思えちゃうよね!」
マギルスはそうした言葉を呟き、高鳴る鼓動と共に高揚感を抱き始める。
過去にエリクとマギルスは幾度と模擬戦を繰り返したが、互いに本気で殺意を交え合った事は無い。
それは敵となる立ち位置に居なかったという幸運に恵まれ、実力の上でも仲間として互いの協力し合える存在になっていた為でもあった。
しかしそれは、マギルスにとっては不幸とも呼べたかもしれない。
仲間であるが故に二人は本気で対峙した事が無く、いずれも同じ敵へ向き合い、互いに本気の敵意や殺意を向けた実力を知らない。
しかも互いに敵となれば厄介な相手であると理解しながらも、そうした立場になる事は無いだろうという秘かな安堵が、今まで共に過ごした二人の間には在った。
しかし現在、その安堵は失われる。
二人を取り持っていたケイルは傍に居らず、暴走を抑制していたアリアは創造神の『魂』として捧げられた。
技術的にも感情的にも赤鬼を抑止できる者は存在せず、もはや実力行使で抑え込む以外に手段は無いことをマギルスは察していた。
そうしてマギルスは空中に張った物理障壁を駆け跳んだ後、身体を回転させながら広大な森の地面へ軽やかに着地する。
すると上体を起こしながら顔を上げながら前方へ視線を向けると、そこに立ち尽くす三メートル程の巨体である赤肌をした鬼の姿を発見した。
「――……ガァア……ッ!!」
「……久々に見たよ、おじさんの赤鬼。……やっぱり、そうだったんだね」
白髪ながらも見覚えのある二本の黒角を生やした赤鬼を見て、マギルスはそれがエリクだと確信する。
そして赤鬼の足元には、服と肌を血で染めたアルトリアの亡骸が倒れているのを確認した。
マシラ共和国の時と同様に、エリクの暴走が再びアルトリアの死によって招かれる。
それを理解しながら背負う大鎌を右手で回し構えたマギルスは、左手で柄を掴みながらその先端を赤鬼に向けた。
「先に言っておくけど、アリアお姉さんやケイルお姉さんみたいに、僕は手加減しないよ!」
「……ガァアア……ッ!!」
「クロエのやり方は、ちゃんと見てたもんね。――……エリクおじさんは、僕が叩き戻すっ!!」
「ァアアアアアアッ!!」
マギルスの脳裏には、未来で赤鬼と化したエリクを止めた『黒』の姿が思い出される。
あの時にエリクは起き上がれなくなるまで『黒』によって叩き潰され、その後に肉体と意識は元の状態に戻っていた。
その時と同じ方法でエリクを元に戻す事を考えるマギルスは、同情や容赦など抱かずに武器を向けて本気の敵意と殺気を纏う魔力に込める。
それに反応した赤鬼は周囲の木々や植物を揺らす程の咆哮を上げながら、理性を感じさせない瞳を向けてマギルスに襲い掛かった。
その素早さは以前より遥かに凌駕し、赤鬼は右拳を振るいながらマギルスへ叩きつける。
それを大鎌の柄で真正面から受け止めたマギルスは、魔鋼の装備で強化した魔力と身体能力を発揮し、地面に僅かに両足をめり込ませながら受け止めて見せた。
「ガアアアッ!!」
「おっも……!! ――……でも、まだまだだねっ!!」
マギルスは赤鬼の凄まじい右拳を真正面から受け止めながら、高揚感を増していく。
しかし余裕を崩さず喜々とした微笑みを向けるマギルスは、拳を受け止めていた大鎌の柄を大きく跳ね上げた。
「ァアッ!!」
「うりゃっ!!」
「ガ――……グッ!!」
押し込もうとした右拳を弾かれた赤鬼は、そのまま右腕を真上に跳ねて姿勢を崩す。
その隙を突くようにマギルスは大鎌を振り、その柄で赤鬼の右腹部を全力を叩きつけた。
それを受けた赤鬼は苦しむような声を漏らし、地面を削り大きく後退りながら動きを止める。
しかしその間隙を見逃さず、『俊足形態』のままマギルスは赤鬼の眼前へ迫り、大鎌の柄を使って激しい殴打を全身に浴びせた。
「ガッ……グォアアッ!!」
「隙だらけじゃん、おじさんっ!!」
「ガホォッ!!」
「魔力だけで、そんなに馬鹿デカくてさぁ! ――……元のおじさんの方が、もっと強かったよっ!!」
理性を失いただ目の前の相手を殺す事しか考えられない赤鬼に対して、マギルスは容赦の無い言葉と殴打を浴びせ続ける。
そしてマギルスは両腕を振り回しながら抗う赤鬼をすり抜け、右足の回し蹴りをその顔面へ放ちながら大きく吹き飛ばした。
赤鬼は森の木々に激突し、肉体の各箇所に出血を帯びた状態で倒れる。
それを見たマギルスは大鎌を折り畳みながら背負い戻すと、今度は僅かに腰を落として素手のまま身構えた。
「今のおじさんに、大鎌は要らないよね」
「……ガァア……アアアッ!!」
赤鬼は両腕を支えにして腰を上げると、そのまま前傾姿勢でマギルスへ駆け出す。
それを避けもせずに真正面から対峙して見せるマギルスは、赤鬼を両腕で受け止めながら大きく地面を後退った。
しかしそれだけで踏み止まると、マギルスは両腕を突き出して赤鬼の姿勢を再び崩す。
そして容赦なく赤鬼の顔面や巨体に夥しい打撃を瞬時に加え、そのまま同じ場所まで吹き飛ばした。
今度は背を地面に着けた形で倒れる赤鬼を見るマギルスは、奇妙な感覚を抱きながら右拳を開き閉じる。
すると訝し気な表情を向け、仰向けのまま動かぬ赤鬼に対して不満気な声を向けた。
「どうせ暴走するならさ、もっと本気で来なよ」
「……ァ……ガァア……ッ」
「いや、そうじゃないね。……そっか。今のおじさん、戦る気が無いんだ」
「……ァアア……ッ」
「アリアお姉さんが死んじゃって、どうでもよくなっちゃったんだね。――……だから、暴走した演技なんかしてる。そうでしょ?」
「……」
赤鬼の手応えが自分の予想を超えていない事を理解し、マギルスはそうした推測を立てる。
それを聞いていたのか、赤鬼は唸る声を止めながら左腕を支えに上体を起こした。
その瞳は先程のような理性の無い瞳は無く、黒くも寂し気な両瞳が垣間見える。
マギルスはそれを見て、推測を確信に変えながら話し掛けた。
「おじさん、やっぱり自分でコントロールできるようになってたんだね。魔人化を」
「……どうして……」
「分かるよ。前より魔力は凄いし、攻撃も強かったけど。……おじさんの殺気や敵意が、全然乗ってなかったから」
「……ッ」
「ちぇ、せっかく赤鬼のおじさんと本気で戦えると思ったのになぁ」
残念さを込めた溜息を本気で漏らすマギルスは、構えを解きながら今の赤鬼を見せる。
すると上体を起こした赤鬼は、両腕を両膝に乗せたまま顔を俯かせた。
そんな赤鬼に対して、マギルスは不機嫌そうな様子で問い掛ける。
「それで、どうして演技なんかしてたわけ?」
「……俺はまた、アリアを守れなかった。……また、アリアを死なせた」
「だから、どうでもよくなったんだね。……それで暴走したフリをすれば、誰かが自分を殺してくれると思ったの?」
「……ッ」
「図星だった? 真面目なおじさんだったら、そう考えるよね。……うーん……」
エリクの言葉を聞いたマギルスは、暴走した演技にそうした意図があると考える。
すると言葉を詰まらせたエリクの態度で、それが正しかった事を理解した。
そんなエリクに対して、マギルスはアルトリアの亡骸を見ながら考える。
すると何かを思い出しながら、遠くに聳え生える『マナの樹』を見て思考を閃かせた。
「エリクおじさんさ。諦めて死ぬのは、まだ早いかもよ」
「……?」
「実はね、創造神が復活したみたいなんだ。多分、アリアお姉さんの魂が抜き取られて、身体の方に移されたんだと思うけどさ」
「……なにっ!?」
「だからアリアお姉さんの魂は、まだ創造神の中で生きてると思うんだよね。……それでもし、肉体の方を元に戻せて。アリアお姉さんの魂も戻せたら、生き返ったりするのかな?」
「……出来るのか?」
「未来でね、クロエが同じ事をおじさんにしてた。ほら、未来のアリアお姉さんにおじさんが殺されちゃった時だよ」
「!」
「アレとは少し違うかもしれないけど、今のアリアお姉さんとあの時のエリクおじさんは状況が似てる気がする。……それにもし、アレが本当に『マナの樹』だったらさ。アレがあると思わない?」
「……まさか!」
「ウォーリスって奴の目的はね、『マナの樹』に創造神の『魂』と『器』を捧げて、そこに生えた『マナの実』を食べて権能を得る事だったんだって。……あの大樹の何処かに生えてるのかもしれない」
「……死者も生き返らせる、『マナの実』があるっ!?」
「それをおじさんみたいに飲ませて、アリアお姉さんの身体を治して、魂も元に戻す。『青』のおじさんもいるし、出来るんじゃないかな?」
「……!!」
赤鬼のままだったエリクは厳つかった表情を更に強張らせ、腰を上げて身体を立たせる。
そして徐々に赤鬼と化していた巨体を縮めながら、赤肌を火に焼けた褐色に戻して白髪の人間へと戻った。
それを確認しながら微笑みを浮かべたマギルスは、『マナの樹』を見上げながら声を向ける。
「行こう、おじさん。『マナの実』を見つけに! ……そしてさ、皆と一緒に帰ろう!」
「……ありがとう、マギルス。……お前も、居てくれて良かった……」
「へへっ。――……あっ、あっちはどうなったかなぁ」
「あっち?」
「赤いお兄さんが、創造神の相手をしてくれてるんだけど……戦ってる感じがしないんだよね?」
「……行こう。俺を青馬に乗せてくれ」
「いいよ!」
『ヒヒィン』
マギルスは屈託の無い笑みを浮かべ、青馬をその場に出現させる。
するとアルトリアの亡骸と黒い大剣を背負い持ったエリクを後ろに乗せ、魔力障壁を足場にして青馬を森の上空を駆けさせた。
そして創造神と未来のユグナリスが戦っていた周辺へ向かい、二人は『マナの樹』に視線を注ぐ。
特にエリクは失意の底から這いあがり、自分に与えられた最後の役割を果たそうとしていた。
こうしてマギルスによって正気を取り戻せたエリクは、アルトリアを生き返らせる事を目的に改めて動き出す。
しかしそんな二人の意思とは裏腹に、意識を戻したケイルと気絶した創造神の状況に危機が迫ろうとしていた。
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