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革命編 八章:冒険譚の終幕
虚無の漂流者
しおりを挟む膨大な魔鋼で築かれた天界の自爆が止められてから数ヶ月間、人間大陸の国々はそれぞれに情勢の変化を見せ始める。
しかし天界の戦いに参加した者達の心には、常にそれを防ぎ止めたであろう者達の消息についての懸念が生じていた。
そんな彼等は現在どうなっているのか、実際に把握できている者はいない。
しかし当の本人達もまた、自分達がどのような現状に置かれているのかを完全に把握できていなかった。
「――……おい、もう何日になるよ……。ここに居るの……」
「……さぁ……」
そうした声が聞こえるのは、何も存在しない真っ暗な空間。
しかしその中に灯火のような仄かな光が一つだけ存在し、その中に包まれるように存在する幾人か人影が見えた。
その光の中を覆われながら暗闇の空間を漂うのは、アルトリアとリエスティアを含めたエリク・ケイル・マギルス。
彼等は一つに光に覆われながら無事な姿を見せていたが、全員が酷く疲弊した様子を見せていた。
天界の戦いで連戦を繰り返していたエリクとマギルスは、その疲弊を癒すように浮遊しながら寝入っている。
逆に肉体的な疲弊よりも精神的な消耗の激しさを愚痴るように呟くのは、ケイルとアルトリアの二人だった。
「あーあ……どうしてこうなっちまったんだろうなぁ……」
「……またその話するの、飽きないわね」
「うるせぇな。……まったく、お前のやる事に付き合うと毎回こんな感じになるんだよな……」
「ちょっと、私のせいみたいに言わないでくれる?」
「いや、お前のせいだろ」
「コレは私のせいじゃないでしょ!」
「……お姉さん達、元気だね……」
「……そうだな」
ケイルとアルトリアの口論を聞きながら、疲れ切ったマギルスとエリクは互いにそうした呟きを向け合う。
そんな一同に囲まれながら表情を強張らせるアルトリアは、大きな溜息を漏らしながらこうなっている現状を改めて口にした。
「もう、しょうがないでしょ。循環機構を騙すのには成功したけど、計画が成功したと認識したと同時に循環機構が機能を完全に停止しそうになったんだから。それを止めて輪廻と現世を循環する魂の経路を繋ぐのに精一杯で、あの聖域が消滅する状況まで手が回らなかったんだし」
「……んで、逃げ遅れたアタシ等はこうなってると。……要するに、最後の最後でお前の詰めが甘かったってことだろ……」
「何度も言っておくけど、私はアンタ達に逃げろって言ったわよね? それに循環機構を騙す作戦はアンタ達が思い付いたんだから、これは全て自己責任よ!」
「へいへい、分かった分かった。……んで、ここは何なんだよ。あの世か?」
「さぁね。……少なくとも、現世でもないし輪廻でもない。生命が生きる為に必要なモノが全て無い、別空間みたいだけど……」
「アタシ等が前に巻き込まれた、螺旋迷宮ってやつと一緒か?」
「そう言えなくもないし、違うのかもしれない。螺旋迷宮やマナの大樹があった聖域も、生命こそいないけど生命に必要な最低限の環境は存在してたわけだし。……ここには、それすら無いわ」
「なら、どうしてアタシ等は生きてられるんだよ……」
「創造神の肉体のおかげね。彼女から発生してる結界の魔力が、私達に必要な空気を生み出しながら維持してくれてる。……ただ、流石に食事までは作ってくれないみたいだけど」
「だろうな……。……アタシ達、このままどうなるんだ?」
「この魔力を利用すれば水は作れるし、暫くは持つわね。でも生身である限り、聖人でも生命活動の限界はあるわ。……このまま飢え死にするか、その前に誰かが助けてくれるのを祈るか。それだけよ」
「……はぁ、結局は運頼みかよ……」
暗闇を見上げるように浮遊しながら寝そべるケイルは、自分達の状況がほぼ絶望的である事に溜息を漏らす。
しかし彼女の口から漏れる言葉には皮肉こそ込められながらも、アルトリアに対する悪意や憎悪は感じられなかった。
それを把握しているアルトリアもまた、悪態こそ漏らしながらも状況を分析しながら現状から脱出する為の手段を考え続けている。
悲観的な状況にも見える彼等だったが、それでも自分達の生存を諦めるつもりが無い様子が窺えた。
しかし時間の流れも分からず何も無い暗闇の空間において、彼等は状況を脱する為の手掛かりが無い。
アルトリアが創造神の肉体に触れながら転移魔法を使おうとしても失敗し、他三人の強力な斬撃も暗闇の中では瞬く間に消失するだけだった。
しかしそうした絶望の中でも、彼等が決して認めない脱出手段もある。
それは誰かを犠牲にするような脱出方法であり、それをアルトリアが提案すると他の三人が同時に止めていた。
「……仮にここが時空間だとしたら、それを破壊するか、現世と繋がるような扉を作るしかないわね。でもこんなに何もない空間だと、座標も分からないし。……最悪やるとしても、支払える代償として……」
「駄目だ」
「ダメ!」
「絶対にやるなよ!」
「……なんでよ?」
「お前がそういう余計なことすると、もっと厄介な事になるのが目に見えてんだよ」
「今度は未来じゃなくて、過去とかに飛ばされそうだもん! それはそれで面白そうだけどさ!」
「俺はもう、君を失いたくない」
「……分かった。やらないわよ」
脱出する手段を選ぶに際して自分を犠牲にする代償ばかりを考えるアルトリアを、エリク達はそうした意見で留める。
そうしてアルトリアの自己犠牲を妨げる三人によって、彼等は何もない真っ暗な空間をただ漂いながら変化を待ち続ける状況が続いていた。
全員が聖人や魔人である為に、本来の人間に必要な栄養を彼等は取る必要性が薄い。
しかし終わりの見えぬ無限の暗闇を漂い続ける彼等を最も苦しめていたのは、ただ無為に流れ続ける時間だった。
それを紛らわす為に、彼等は他愛もない話を続けている。
しかしその時間は、彼等がそれぞれに知らなかった互いの情報を知る良い機会にもなっていた。
「――……そういや結局、お前って創造神の権能を使えてるんだよな?」
「まぁ、そうね」
「なんでいきなり、使えるようになったんだ? ……やっぱり、創造神の肉体と接触したからか?」
ケイルは今まで疑問に思っていた事を口にし、創造神の肉体を見ながらそう尋ねる。
するとアルトリアは考えながら、それを否定するように首を横に振って答えた。
「いいえ。創造神の肉体との接触が原因じゃないわね」
「じゃあ、どうやって?」
「私が魂を二つに分けてた話は、アンタ達にしたっけ?」
「それ、あの未来で初めて知ったけどな」
「私は小さな頃に、自分の魂を二つに分けたのよ。そして基本となる魂は肉体に、そして短杖の方にもう一つの魂を付与した。それから十年近くあの短杖を肌身離さず持っていたおかげで、分けた魂がどちらも人一人分の魂として留まるようになったの」
「……それがワケ分からねぇんだよ。どうしてわざわざ、魂なんてモンを分けたんだ?」
「私が扱えてた能力を封印する為よ」
「!?」
「私は子供の頃から、魔法とは違う奇妙な能力が使えた。でも年齢が経つにつれてその能力が強くなっていくのを感じて、私は自分自身でそれを制御できる自信が無かったの」
「だからって、その能力を弱める為に魂を二つに分けたのか?」
「そう。そして成長する能力は短杖《つえ》の魂に封じて、その度に記憶や知識も流し込んでた。その結果、私の身体と短杖の二つに能力の強弱が異なる二つの同一存在が生じる事になった」
「……だから記憶の無い未来の君は、短杖の方から出て来た君に圧倒されたのか」
「そういうこと。ほとんどの能力を短杖の方に移してたから、本体の私は記憶も無くて能力も大幅に弱体化してたというわけ。そもそも、魂を分けた時点でかなり能力制限が掛けられてたんだけど」
「そして今のお前は、その二つの魂が融合して更に強い能力を得たってわけか。それが創造神の権能ってことか?」
「半分正解、半分ハズレね」
「えっ」
そうした話を行っていたアルトリアの言葉で、ケイルは自分が知る情報から結論を導き出す。
しかしそれに対して曖昧な答えを返すアルトリアに、ケイルは首を傾げながら不可解そうに問い質した。
「どういうことだよ」
「確かに分けていた二つの魂が掛け合わさるように融合した事で、私は更に強い能力を得た。……でもそれだけだと、創造神の権能とは呼べないの」
「そうなのか?」
「創造神の権能を扱うには、もう一つの鍵が必要だった。……それこそが、創造神の生まれ変わりである私が天界に来ることだったんだと思う」
「!!」
「あのマナの大樹から流れ込む膨大なエネルギーは、創造神の生まれ変わりである私の魂に干渉して来た。実際に日食が起きて私達の下界と天界が一時的に繋がった時、そのエネルギーが接触している私達に届いたから通路が開かれた。そして前世とも呼べる創造神の記憶も、一気に引き出そうとした。……それが最後の鍵。創造神の権能を扱う為に、必要だったモノよ」
「……じゃあ、お前は創造神の記憶が……」
「ええ、甦ってる……んだけどね……」
「えっ?」
「そのエネルギー源だったマナの大樹が機能停止して、どうやら創造神の権能も封じられたみたい。おかげで今の私は、ただ奇妙な能力が使えるだけの存在に逆戻りよ」
「……でも、記憶自体は覚えてるんだろ?」
「まぁね。……でも、つまんない記憶よ」
「つまらない?」
「全部を知った気になってた女が、実は何も知らなかったっていう記憶。それを知らずに勝手に絶望して自殺したのが、創造神って呼ばれてるモノの正体。……ただ、それだけ」
「……」
溜息を漏らすようにそう語るアルトリアに、三人はそれぞれに思うような表情を向ける。
するとアルトリアは苦笑を浮かべながら、創造神の権能に関する話を終えた。
「そんな事より、もっと面白い話でもしましょ。……例えばケイル、私が居ない間にエリクとはどこまで進んだの?」
「……は?」
「えっ、嘘。まだ何もしてないの? 未来から戻って、あれだけ時間があったのに?」
「……お前、アタシ等がどういう状況だったか知らねぇのかよ」
「それはそうよ。短杖の方にいた私はずっと『青』と協力してたし、本体の私はずっと寝てて起きたら帝国に行ってたし。アンタ達が何してたか、よく分からないのよね」
「……」
「えっ、何よ。止めてよ、その顔!」
「……おい、エリク。コイツ、思いっきりぶっ叩いていいよな?」
「ちょっと、何そんなに怒ってるのよっ!」
「うるせぇ! お前のそういうとこが、アタシは大っ嫌いなんだよっ!!」
「……ふっ」
そう言いながら再び揉め始めるアルトリアとケイルを見て、エリクは久し振りに微笑みを浮かべる。
すると二人の喧嘩を呑気そうに見ていたマギルスが、横の暗闇へ視線を向けながら何かに気付いた。
「……ねぇねぇ、アレ見てよ」
「え?」
「……っ!!」
「ちょっと、アレって……!?」
マギルスは声を掛けると、喧嘩していた二人やエリクは指が向けられている方角へ視線を送る。
すると彼等はそれぞれに驚きを浮かべ、暗闇の中に浮かぶモノに気付いた。
それは真っ暗な空間とは対照的に、遠くからでも分かる程に白く輝いている巨大な門。
彼等は『虚無』と呼べる世界で長い時間を浮遊する中、初めて暗闇以外の景色を見る事が出来たのだった。
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