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革命編 八章:冒険譚の終幕
過去の大罪
しおりを挟む元皇国騎士ザルツヘルムの話により、エリクは黒獣傭兵団に冤罪を施すよう依頼された経緯を知る。
それは不本意に生かされ続けたナルヴァニアの憎悪と、それに共感するザルツヘルムの忠誠心によって成された、復讐劇の一端だった。
それに巻き込まれた黒獣傭兵団の事を考え、エリクは僅かに表情を強張らせながら両手の拳を握り締める。
しかしその拳を固めさせたのは憤怒や憎悪ではなく、エリク自身は冷静な面持ちで聞いた。
「黒獣傭兵団を冤罪に陥れることが、ガルドに対する復讐だったのか。……それが本当に、ナルヴァニアという女の望みだったのか?」
「……なんだと?」
「俺はその女の事を知らないし、顔も見た事は無い。……だがお前が忠誠を尽くす価値があると思わせた女が、そんな復讐の仕方を望んだのか?」
「……ッ」
「その女の一族も、何も悪くないのに冤罪で処刑されたんだろう。なのに同じ事を黒獣傭兵団にして、それで満足するような女にお前は仕えていたのか?」
エリクは鋭い眼光と共にその言葉を突き付け、その復讐の仕方に対する疑義を持つ。
それを聞かれたザルツヘルムは先程の勢いを失くし、表情を強張らせながら顔を僅かに伏せた。
するとその表情が次第に無表情へ変化し、徐々に口元を吊り上げながら笑いを含む言葉を返し始める。
「……ナルヴァニア様は、そんな復讐を望んでいない」
「!」
「ナルヴァニア様は実行犯の死を知った時、その復讐心を黒獣傭兵団に向けるつもりは無かった。……既にその時には、宗教国家を通じて皇王暗殺未遂の依頼を出した首謀者がゲルガルドだと分かっていたからな」
「……ならどうして、お前を通じてウォーリス達に依頼が……」
「通じていない」
「!?」
「私がアルフレッド殿に依頼したのだ。黒獣傭兵団を冤罪に着せ、追い詰めるようにとな」
「……その女を意思ではなく、お前自身の意思で依頼したということか?」
「フッ、そうだ」
自分自身の意思で黒獣傭兵団への報復を依頼したザルツヘルムは、嘲笑を含ませながら自供する。
それを聞いたエリクは眉を顰め、強張った表情で再び問い質した。
「何故だ? お前の主人は、復讐を望まなかったんだろ」
「主君の命令に従うだけが、忠義ではない」
「!」
「時に主君を諫め進言し、自分で考え行動する者こそが従者としての務めだ。……だから私は自分自身の忠義に従い、黒獣傭兵団も復讐対象とすべきだと判断して依頼を出した」
「……主の意思を無視することが、忠義だと言うのか?」
「無視したのではない。私自身が主君の為に、そうすべきだと判断しただけだ」
「!」
「ナルヴァニア様は、既にその御手を復讐の血で染めていた。内乱の時に御自分の御家族に冤罪に着せた皇国貴族達をその手で尋問し、自ら刃を突き立てたのは彼女自身なのだから」
「!!」
「だが実際には、彼等もゲルガルドに操られていた実行犯に過ぎない。それを知った後の彼女は酷く後悔もしていたが、復讐者として正しいことをしたと私には思えた」
「……だから黒獣傭兵団に対する報復もやるべきだと、お前は思ったのか」
「そうだ。だから私自身の意思で依頼し、黒獣傭兵団に冤罪を着せ追い詰めさせた」
「お前の主人は、それを知っているのか?」
「知るわけがない。皇王として責務と実務に追われ、皇国内部に留まる【結社】の構成員達からランヴァルディアの娘である『黒』を隠すのに精一杯だったからな」
「……お前一人の、独断か」
「復讐とは徹底的にやるべきなのだ。その根幹を絶つだけではなく、その先に伸びる茎と葉から生えるだろう種も処理すべきだ。……ナルヴァニア様は復讐者として、その点だけは甘過ぎた」
「……もしかしてお前は、他にもそういう事を……」
「するに決まっている。そういう連中は、あの施設で実験体にさせたがな。――……それが私の考える、あの方へ対する忠義だ」
ザルツヘルムは黒獣傭兵団の一件以外にも、ナルヴァニアが復讐すべきだと考える相手に自らの考えで秘密裏に動いていた事を明かす。
それを聞いたエリクは鋭くさせていた視線を僅かに落とし、少し考えた後にザルツヘルムに関する自分自身の見解を述べた。
「……何故お前達がそんな依頼をしたのか、理由は分かった。……そしてお前の忠誠心が、本当は何で出来ているのかも」
「なに?」
「お前は、その女を憎んでいたのだな」
「!」
「お前はさっき、『望まぬ生を持たされた理解者』だと言った。だからお前も、その女に生かされたのを憎んだ。……違うか?」
今までの話を聞いたエリクは、そこから連想するザルツヘルムの本心を理解する。
それがザルツヘルムの抱える忠義の中に復讐心があると気付き、まるで嫌悪するように語る主君の甘い復讐劇に自らの復讐心を乗せているように思えたのだ。
それを指摘されたザルツヘルムは驚く様子を浮かべると、その数秒後に口元を緩ませ邪悪さを含む笑いを込み上げながら話し始める。
「……フッ、ハハハ……ッ!! ――……私の真意を見抜いたのは、お前で二人目だ」
「!!」
「そうだ、私はあの方を……ナルヴァニアを憎んでいた。ずっとな」
「……何故だ? お前はその女に救われたんだろう?」
「救われただと? 馬鹿を言うなっ!!」
「!?」
「私は生きることなど、一度として望んだ事は無い。……私はこの世に生まれた事を憎み、私自身の死を望んでいた。ずっとな」
「……ッ」
「あの女の身勝手な思想によって生かされ、生きざるを得ない日々。それは私に、生きる為の苦痛を味合わせ続けた。……その苦痛を味合わせる原因となったナルヴァニアを憎んでいたんだ。ずっとっ!!」
「……!!」
「だがそんな望まぬ生き方でも、唯一の楽しみはあった。生きながら苦しむあの女の姿を、間近で見れるという余興がな。他者から苦しめられ虐げられながらも、それを隠すように笑顔で覆っていたあの女の顔は滑稽だった。……だから騎士を目指した。あの女が、ナルヴァニアが生き苦しむ姿を間近で見続ける為にっ!!」
「……お前は……」
「ウォーリスも同じだ。あの女の息子でゲルガルドによって生きながら苦しみ続けるあの姿は、まさに滑稽で愉快だった。――……他者の苦しむ姿は、私に愉悦を感じさせる唯一の感情だったんだよ」
「……そこまで、自分の主人を憎んでいたのか?」
「当たり前だっ!! 私は、俺は知りたくも無かったんだっ!! あのまま娼婦の子として雑に扱われ、暖かな光など感じず、何も知らずに死にたかったんだっ!!」
「……ならどうして、自分で死ななかった?」
「死ぬ事すら無意味だと理解したからだっ!! ……この姿を見ろ。生きている時と死んでいる時、今の俺にどんな違いがあるっ!?」
「!!」
「生きようが死のうが、俺の魂はこの世界で循環を続ける。そんな世界で再び次の転生を得たいなどと思ったことは、一度も無いっ!! ……俺は俺として、この世界から消える。それが本当の望みなんだ! 生きる事だけを望むお前達と俺とは、根本的に違うんだよっ!!」
「……っ」
「だから世界が自爆すると聞いた時には 大いに結構だと思ったのだがな。……だがそれもお前達によって阻まれ、現世に残る唯一の楽しみも失われた。……それだけは、本当に残念だ」
今まで演じていたであろう偽りの忠義を吐き捨てたザルツヘルムは、彼等に協力し続けた本当の理由を明かす。
それを聞いていたエリクは渋い表情を強めると、同じように隣に佇む『青』は呆れに近い息を零しながら声を発した。
「……まさかこの男の本心が、このようなモノだったとはな。……やはりお前をこのままにしておくのは、危険過ぎるようだ」
「フッ、今更だな。……俺を世界から消せ。そのぐらいは出来るんだろう? 『青』の七大聖人」
「……」
挑発するように金色の瞳と声を向けるザルツヘルムに、『青』は表情を強張らせた右手に握る錫杖を向けようとする。
しかしそうした動きを止めるように、前に出ていたエリクが左手を翳しながら短い声で止めた。
「止めろ」
「!」
「まだ俺の話は終わっていない。――……ザルツヘルム。メディアという女を知っているな?」
「……!」
「ウォーリス達から聞いた。お前がそのメディアという女と最も接触し、その行方を調べていたと。……お前はメディアについて、何を知っている?」
メディアの名を出した途端、今まで薄ら笑いを浮かべていたザルツヘルムの表情が僅かに強張る。
そして彼女についてエリクが聞くと、今まで軽く動いていた口を重くさせながら閉じた。
そうして話す様子を見せないザルツヘルムに対して、エリクは自ら背負う大剣を引き抜きながら鬼神の赤い魔力と生命力の輝きを纏わせて告げる。
「お前が話せば、この大剣で魂も一緒に消滅させてやる」
「!」
「それがお前の望みなんだろう? ……引導は俺が叶えてやる。だから話せ」
自ら滅する事を約束するエリクに対して、隣に居る『青』は驚く様子を見せる。
そしてザルツヘルムもその言葉に驚きながらも、再び口元を微笑ませながら閉じていた口を開いた。
「……フッ、いいだろう、教えてやる。あの女について」
「そうか。……なら、そのメディアという女とは何処で会った?」
「……皇国内で皇族同士の内乱が起きる直前、ナルヴァニアはハルバニカ公爵家に招かれたクラウスと接触し、他皇子の討伐と後ろ盾となる皇国貴族の排除に協力することになった。……その前だ。あの女がナルヴァニアと接触して来たのは」
「!」
「奴は自ら【結社】という組織の構成員だと名乗り、様々な情報をナルヴァニアに齎した。……しかもその情報は、ナルヴァニアが欲している情報の大半だった」
「……その言い方。お前の主人は【結社】を雇ったんじゃないのか?」
「違う。そもそも当時のナルヴァニアや俺は、【結社】なる組織が存在する事など知らなかった。……最初に接触を持って来たのは、その【結社】に属するというメディアだ」
「!!」
ザルツヘルムの口から語られる話に、エリクは驚きを見せながら隣に居る『青』へ視線を向ける。
ここに来る前の話とは矛盾する出来事について訴えるような視線を向けると、『青』は再び表情を強張らせながら悩む様子で口を開いた。
「やはり当時、皇国に潜ませた【結社】にナルヴァニアと接触するよう命じた記憶はない。やったとすれば、そのメディアなる女の個人の意思だろう」
「……そうか。それで、その女はどんな情報をお前達に教えた?」
自分との関わりを再び否定した『青』に対して、エリクはそれ以上の追及をせず話をザルツヘルムへ戻す。
すると彼は過去の出来事を思い出し、メディアがナルヴァニアへ伝えた情報を明かした。
「……あの女が齎したのは、ナルヴァニアの血族を冤罪に追い込んだ皇国貴族達の情報。そしてその皇国貴族達が共闘し、クラウスを有するハルバニカ公爵家に対して同時に仕掛けようとしているという情報だった」
「!」
「その情報に信頼性があると判断したナルヴァニアはクラウスとの接触を決意し、ハルバニカ公爵家にその対策をさせるよう伝えさせた」
「どうしてその女は、そんな情報をお前達に?」
「さぁ、あの女のやる事だからな。私にもナルヴァニアにも、その意図は分からなかった。……だがあの女は、人の本性を見抜く事に長けている。俺の本性にも最初に気付き、馬鹿にするようにほくそ笑んだのはあの女だ」
「!」
「それからもメディアは協力を続けて来た。ウォーリスの助けを求める手紙を受け取ったナルヴァニアは、息子を助ける為に私を帝国に送らせた。その際にはメディアの転移魔法で、俺は帝国まで訪れウォーリスと接触した」
「転移魔法の使い手なのか」
「それだけはない。ある出来事を見て、奴の強さは七大聖人にも勝るとも劣らない可能性があるとすら思えた」
「ある出来事?」
「ウォーリスの依頼により、ゲルガルドに取り入る為に差し出す実験体を用意するよう頼まれた。その標的となったのは、皇国領の南方に暮らすルクソードの血を引く部族だった」
「……!!」
「ナルヴァニアは息子の為に非情を決し、その部族の捕獲に南方領地を支配する貴族家を唆して利用した。だがその部族は遊牧民であり、滅多に南方領地の都市や街には近付かず、かなりの実力者達ばかりの部族で兵士達を差し向けても拘束は難しい。……だがそのメディアという女は、恐るべきことをやって見せた」
「恐るべきこと?」
「天候を変えて嵐を発生させ、その部族が住む遊牧地の環境を破壊した」
「!?」
「地形を破壊する程の大魔法によって棲み暮らす為に必要な環境を破壊されたその部族は、予測通り南方領地の都市へ助けを乞いに来た。しかし南方の貴族家は訪れた部族達を捕らえるのに失敗し、そのまま逃がした。……そこまでの時点で、メディアはある計画を持ち掛けた」
「計画……?」
「部族達が欲しがる物資を囮にし、部族の主力となっている戦士達を誘き寄せる。そしてその彼等を人質にして、部族全員を捕らえる策だ」
「!!」
「それを有言実行する為にメディアは自ら物資の輸送団の護衛に紛れ、襲って来た部族の戦士達を返り討ちにして捕縛した。……その中には七大聖人のシルエスカと遜色の無い能力を持った男の戦士も居たようだが、まったく相手にもならなかったらしい」
「な……っ」
「メディアは一年足らずで『赤』の血を含む五十名以上の部族達を捕らえたので、帝国へ搬送できた。……そしてウォーリスはそれ等をゲルガルドへ献上し、上手く取り入る事に成功した」
ザルツヘルムはそう話し、過去の出来事でメディアがどういう関わりを持っていたかを明かす。
それを聞いていたエリクは、その皇国の南方に棲んでいたという部族について、ある一人の女性を思い浮かべながら呟いた。
「まさか、その部族というのは……ケイルの家族か?」
「お前の仲間だった女か。そういえば、あの部族の生き残りだったな」
「ならケイルの家族を捕まえたが、そのメディアという女なのか……!?」
「そうだ」
ここまでの話を聞いたエリクは、ウォーリスの依頼を請けたメディアによってケイルの一族が捕縛された事を知る。
それは数多に重なる因果によって、エリクの心境に複雑な思いを抱かせるに十分な情報だった。
こうしてザルツヘルムの本性と同時に、メディアという女性に関わるケイルの一族に及んだ真相の一つが明かされる。
それはケイルにとって復讐すべき相手であり、『創造神の欠片』を持つ者同士が殺し合いをするという因果を持たせるに十分な理由だった。
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