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終章:エピローグ
傭兵の人生
しおりを挟む生まれ育った故郷であるベルグリンド共和王国に帰還したエリクは、黒獣傭兵団の拠点へ訪れる。
そしてこの一年間で人間大陸の各地を見て回っていた事を明かし、フォウル国に居るドワーフ族の職人達に作ってもらったマチスの義足を土産として持ち帰った。
義足を渡して付けさせた後、エリクは黒獣傭兵団の次期副団長にマチスがするよう告げる。
その言葉にマチスとワーグナーは驚愕しながら、動揺した面持ちで問い掛けた。
「――……お、俺が副団長って……そもそも、ワーグナーが引退って……?」
「なんだ、まだ話してないのか?」
「あー……まぁ、まだな。……つぅか、その為に義足を持って来たのかよ。お前」
「ああ」
ワーグナーが引退するという話を初めて聞いたマチスは、そうした疑問を二人に向ける。
すると互いにそうした言葉を口にし、改めてエリクはマチスを次の副団長に推す理由を明かした。
「今やってる事務は、他の者を雇えば出来るだろう。それにマチスが動けるようになれば、使節団も安心して任せられる。そうじゃないか?」
「……まぁ、確かにな。鈍っちゃいるだろうが、この義足なら訓練次第で動きはある程度まで戻せるだろうし。未熟な連中も任せられる」
エリクは自分がマチスを推す理由を明かすと、ワーグナーも考えながらそれに同意する様子を浮かべる。
しかし当人であるマチスは、それを否定するように二人へ荒げた声を向けた。
「ちょっ、ちょっと待ってくれよ! 俺が副団長ってのは、流石にダメだろ!」
「そうなのか?」
「さ、さっきも言ったけど。俺は黒獣傭兵団を裏切った男だぜ? そんな奴を副団長にしたら、他の団員だって反対するに決まってるだろっ!?」
「なら、反対する団員は出て行けばいい」
「!?」
「俺達の時もそうだった。そうだろう?」
淀みの無い口調に発せられるエリクの言葉に、マチスは強張った表情を固める。
するとそれを聞いたワーグナーが肯定するように頷き、自分達が黒獣傭兵団を率いるようになった状況を思い出しながら述べた。
「ああ、お前と俺が団長と副団長になるって言った時も、反対した連中は出て行った。それはお前も見てたろ?」
「そ、それは……。でも、それからまともな数と戦力を戻すのに、十年近くも掛かったし……!」
「だったら、また十年くらい時間を掛けりゃいいだろ」
「!?」
「確か魔人ってのは、人間より長生きなんだろ? だったら大きな問題じゃない。違うか?」
「……ここまで頑張って来た団員を、切り捨てるってのかよ……!?」
「別にこっちから切り捨てはしないさ。ただ付いて行けないって奴が出て行くなら、止める気はないだけだ」
「……!!」
「アイツ等が俺達にここまで付いて来たのは、俺が命令したからじゃねぇ。自分の意思でだ。その意思が違う方向に向いたんなら、別の生き方を探せばいい」
「……ワーグナー……」
「ただ、お前は強制だぞ。さっき言ったよな? 下働きでも何でもやるってよ」
「そ、それは……」
「俺は、エリクの案に賛成だ。――……次の副団長は、お前がやれ。マチス」
「……っ」
敢えて命じるように伝えるワーグナーも、次期副団長にマチスを推す。
現副団長と団長に推される形となったマチスは、表情の強張りを強めながら両拳を強く握った。
すると再び客室の扉が開かれ、そこから他の団員達が次々と入って来る。
中には十年以上前から共に付いて来た団員達の姿も見え、そんな彼等を代表するように一人の団員が声を向けた。
「――……話は聞きましたよ、団長。それに副団長も」
「!」
「副団長が引退したら、マチスの兄貴を副団長にするって話。本気ですか?」
「……ああ、本気だ」
真剣な表情で問い掛ける団員と他の団員達の表情を見て、エリクは真面目な表情で答える。
そうした面々に板挟みにされる立ち位置にいるマチスは焦る表情を浮かべ、僅かに顔を伏せた。
すると団員達は互いに顔を見合わせた後、全員が頷きながら再び一人の団員が答える。
「そうですか。――……なら、俺達に異論は無いです」
「……え?」
団員達の答えを聞いたマチスは、閉じた瞼を開きながら伏せた顔を上げて驚きを見せる。
すると団員達もまた、個々に異論を挟まない理由を述べ始めた。
「いやぁ。今の副団長を見てると、色々と忙しそうだし……」
「責任ある立場っての? 確かに憧れるけど、実際にやると難しそうで疲れそうだしなぁ」
「単純に、国のお偉いさんと真正面から話したり交渉する度胸は無い」
「それな」
「平のままが気楽でいいや」
「……ほぉ、テメェ等……そういう風に副団長を考えてたわけか……」
「あっ、ヤベ」
副団長になる気概が見えない団員達からそうした言葉が向けられ、副団長であるワーグナーが表情を苛立たせる。
すると代表として話していた団員が、こうした意見の一致を見せていた自分達の心境を明かした。
「実は団員達の中でも、次の副団長は誰がなるんだろうなって話はしてたんですけどね。誰がなっても不満が出るだろうし、いっそのことマチスの兄貴がなればいいんじゃないかって言ってた奴も多いんですよ」
「……で、でもよ……。俺は……」
「分かってます。確かに裏切った貴方が副団長になるのは、正直に言って複雑です」
「だったら……」
「でも今の貴方は、ちゃんとそれを追い目に感じてくれてる。……だからこそ、信頼できると思う」
「!」
「まぁ、ここに居ない連中で反対する奴もいるかもしれないですけど。俺達は副団長と団長を信じてるし、そんな二人が今の貴方を信じて副団長に推薦するなら、俺達だって信じます」
「……ッ!!」
そう述べる言葉に周囲の団員達も頷き、マチスの副団長就任について異論を挟む様子は無い。
むしろ支持する立場を見せる団員達に対して、マチスは表情を歪ませながら何かを堪えるように顔を伏せ、そのまま幾つかの涙を零した。
そんな彼等の姿を見ながら、改めてワーグナーは伝える。
「――……まぁ、こんな形でバレちまったが。俺はそろそろ、黒獣傭兵団を引退したいと思ってる」
「!」
「最近、身体がすっかり動かなくなっちまったし。腰がやたら痛ぇんだよなぁ。……つぅわけで、マチスが義足に慣れてまともに動けるようになったら、引ぎ継ぎを始めるからな。他の団員達にも伝えとけ」
「了解!」
「次の副団長に関して異論がある奴は、俺に文句を言いに来いと言っとけよ。だったらお前が副団長やるかって聞いといてやる。それで拒否った奴は即効で追放だ」
「うわっ、ヒデェ」
「さっき自分の意思がどうこうって言ってたのに」
「あ? なんか文句あっか?」
「いえ、別に!」
「次期副団長の話は、これで終わりだ。――……つぅかお前等、揃いも揃ってサボってないで仕事しに行け!」
「えぇー!? 団長が帰って来たって聞いて戻ってきたんですよぉ」
「っていうか、それなら副団長もサボりじゃないっすかっ!?」
「うるせぇ! 給料抜きにすっぞっ!!」
「ヒデェ、この副団長!」
「マチスの兄貴、早く復帰してこんな副団長なんか追い出してくれよな!」
冗談交じりの罵倒が飛び交う団員達は、そう言いながら客室を出て自分達の仕事に戻っていく。
そうして出て行った彼等の言葉を聞いたマチスは手で涙を拭き落とし、改めてワーグナー達に顔を向けながら伝えた。
「一応、やってみるけどよ。……上手く出来るか、分からないぜ?」
「それでいいんだよ。元々、俺達の居場所が欲しくて続けた傭兵団だ。後はお前が好き勝手にやりゃいい」
「いや、副団長で好き勝手は……団長もいるしよ」
「そう、それだ。――……エリク、お前はどうすんだ?」
「ん?」
「マチスを副団長にするってことは、お前が団長を続けるつもりなんだろ? 戻って来たってことは、もうやる事はやり終わったのか?」
「……いや、予定はある」
「予定?」
「それまで、俺はまた旅に出ようと思う。共和王国に寄ったのも、義足を渡す為だったからな」
「そうか。またすぐ、行っちまうのか?」
「ああ、すまない」
「それは別に良いけどよ」
「それと、新しい外套。まだあるか?」
「あるぜ。……そういや、あの爺さんと戦ってた時にボロボロにしてたな。やるか?」
「ああ、頼む」
「じゃ、ちょっと待ってろ。ついでに、予備で何枚か渡してやるよ。お前の事だから、また破きそうだしな」
「ありがとう」
ワーグナーはそう言いながら客室を出ると、倉庫に置いてあった黒獣傭兵団の紋章が縫われた黒い外套を幾つか折り畳んでエリクに渡す。
そしてそれを布袋にしまいながら担ぐと、エリクは改めて二人に見送られながら拠点前で別れの挨拶を告げた。
「――……それじゃあ、行って来る」
「おう。次は何処に行くんだ?」
「次は、帝国に行こうと思っている」
「帝国に?」
「少し、会いたい男がいる」
「会いたい男?」
「ああ。それが終わっても、また少し人間大陸を見て来るつもりだ」
「そっか。……たまには、連絡くれよ。伝言でもいいからよ。各国の上層部とは伝手があるんだろ?」
「ああ。思い出したら、状況は共和王国に伝える」
「思い出したらかよ。……まぁ、元気でやれよ」
「エリクの旦那、またな」
「ああ、お前達もな」
三人はそうして別れの言葉を向け、背を向けたエリクをマチスとワーグナーは見送る。
それから半年後、副団長であるワーグナーは黒獣傭兵団を引退し、義足に慣れ以前の動きを取り戻したマチスが正式に新副団長を引き継ぐ事になった。
改めて就任した副団長マチスと、国王ヴェネディクトの代理として補佐役を勤めるクラウスとの間で継続雇用契約が結ばれる。
黒獣傭兵団は引き続きベルグリンド共和王国で傭兵業を務め、南領地復興を支援しながら宗教国家の交流を使節団として任される事になった。
引退したワーグナーは、自らの望みであった村へ一人で住み暮らすようになる。
そこでマチルダの息子が築いていく新たな家族の光景を見守りながら、十数年後に波乱に満ちた生涯を思い出しつつ満足した様子で人生を終えたのだった。
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